第167話 逃亡者
「はっはっは、やっとお出ましだぁ! 待ってたぜぇ!」
聞き慣れた能天気な笑い声に出迎えられる。ベーゼント共和国、ジョーカーバルファ支部。俺達の到着を聞きつけたゼル他三番隊のメンバーがエントランスまで出迎えに出てきたのだ。リザーブルはどうだった? こっちの様子は? などと皆が話している横をツカツカとすり抜け、俺はゼルの前に立つ。
「よぅ、コウお前……」
「よぅ、じゃない!」
「何だぁ……どしたおい?」
詰め寄る俺に少しばかり面食らった様子のゼル。
「お前さ、最初リザーブル軍の相手、俺一人にやらせようとしてたろ! エイナさんが止めてくれたから良かったものの、無茶苦茶だぞ、お前!」
そう、俺はゼルに一言もの申したかったのだ。いくら何だって人使いが荒すぎる。ゼルのプラン通り進んでいたら、俺は三万相手に一人で立ち回らなければならなかったのだ。しかし、怒鳴る俺に対してゼルは実に予想外の反応をした。
「ぷ……ぷはは……はっはっは!」
……笑いやがった。
「何だおい、そんな事かよ……全く、何かと思ったぜぇ」
「そんな事って……どういう事だよ!」
「何を今更って話だよ。相手がどれだけいようがお前ならやれんだろ、エリノスん時みたいによ」
「エリノスの時とは桁が違う! 三万だぞ!?」
「何万でも変わらねぇよ。アウスレイ吹き飛ばした魔法あんだろ、あれ一発で充分だろ?」
「あのな、デカい魔法使うには時間掛かるわけ、呪文の
「……マジか?」
「マジだ。アイロウとやった時も使ったけど、あれ長い呪文いるんだぞ? どれだか下準備に気を遣ったか……」
「じゃあよぅ、お前一人だったら……」
「さぁね、どうなってたか……実際前線の俺とカディールの間を抜かれて騎馬隊に突撃仕掛けられたし……まぁライエが罠張ってたんだけど。戦えるのが何人かいればそうやって連携だってとれるよ、でもさすがに三万対一なんて無理だ。本当エイナさんいて良かったわ」
「…………」
無言のゼル。魔導師と言えど万能ではない、そんなほいほい超攻撃魔法が使えてたまるか。さすがにゼルも事の重大さが理解出来ただろう。と思っていたら、
「……はっはっは!」
……また笑いやがった。笑いながらゼルは話す。「まぁ結果オーライってヤツだ、な?」
……こいつ
「それよか夜空けとけよ?」
「はぁ? 何かあんの?」
「メシ行こうぜぇ?」
……おっさんと二人でメシ。何の罰ゲームだ。すると横で聞いていたライエが「あ、あたしも!」と参加。よしよし。が、
「悪ぃなライエ、今日はコイツと二人だ」
やっぱり罰ゲームだ。するとゼルはガシッとライエの肩を組んでゴニョゴニョと何かを話し始めた。「んなっ!? そんなんじゃ……!」と耳を真っ赤にして声を上げるライエ。「はっはっは、上手くやれよ」とゼルはライエの肩を叩く。何話してんだ?
「じゃあな、コウ。すぐ近くにお前らの宿とってあるからよ、そっち案内させるわ。支部はもうパンパンでよ。おい、ホルツ! 宿案内してやってくれ! じゃあ夜に……あ、デーム!」と、ゼルはデームに呼び掛ける。
「デーム……」と、ちょいちょいと手招きするゼル。デームはゼルに近付く。
「どうしました?」
「ああ、詳しい話は
「キュール? バルファの副支部長の?」
「そうだ。簡潔に説明する。テグザが死んだのは知ってるな? キュールとゾーダが始末した。おまけにラーテルム以下リロング支部の連中が丸ごと抜けた。これも知ってるな?」
「はい」
「よし。ゾーダはテグザの首を狙っていた、過去の因縁だ。同時にキュールもテグザの首が欲しかった。バルファの連中はテグザの言動に嫌気が差してた様でな、キュールはその厄介払いを引き受けたんだ。
「な! 逃げた!?」
「正確にはナーチを逃がしたヤツがいる。テグザの腰巾着だったベルバって野郎だ。コイツに関しちゃ俺も詳しくは知らねぇが、とにかくそのベルバがナーチを逃がし、自身も消えたそうだ。向かった先は掴んだ様でな、追手を差し向けたが音沙汰がない。て事はつまり、返り討ちに
「……そうですか」
「ゾーダとキュールを責めるなよ、あいつらは良くやった。すでにラクターには詳細を書簡で送ったそうだ。お前とは行き違いになった様だがな」
「致し方ありませんね。しかし、そのベルバはどうしてナーチを……」
「さぁな。同じ支部にいた訳だし仲が良かったのか……ベルバに関して分かってる事は一つだけ。ヤツは――」
◇◇◇
ジョーカープルーム支部。ガチャ、と自室の扉を開けるラテール。部屋の中へ入る寸前、少しばかり驚いた様な表情を浮かべた。
「いよぅ旦那、待ってたぜ」
ベルバが部屋の真ん中で腕を組ながら仁王立ちしていたからだ。
「……そんなに甘い警備ではないんだが?」
「ハッ、前に話したろ? 潜り込むのは得意なんだよ」
「……まぁ良い。で、用件は?」
「なぁに、前に話していたプラン、実現したぜ。キュールがテグザを始末した」
「……ほぅ、それは何よりだ」
「ああ。キュールの野郎中々動かなくてよ、ヤキモキしたもんだが……ま、どうにかな。んでだ、約束の
「……ああ、そうだな。真っ当な働きには正当な報酬が必要だ」
そう話すとラテールは壁際に置かれたチェストから革袋を取り出しベルバに手渡した。革袋の口を開いて中を覗き込むベルバ。袋の中にはみっしりと金貨が詰まっている。ベルバは思わず意外そうな声を上げた。
「へぇ、用意してくれてたんだな」
「前に話したろう、
「いや、ジョーカーを抜ける」
「何……?」
ピクリと反応するラテール。瞬間、表情が険しくなる。
「キュールの野郎が俺を狙ってやがる。ヤツを動かす為に少しばかり嘘を
「だったら尚更ここにいれば良い」
「ここが安全なんて保証はねぇぜ?」
「
両者
「ハハハハハァ! ま、そりゃそうだ。だがよ旦那、来る者
「……確かに、そうだな。お前は使える奴だと思っていたんだが……やむを得まい。当ては?」
「ねぇ。適当にやるさ」
「そうか。道中気を付けろ」
「ハッ、優しいねぇ……んじゃな、旦那」
そう言い残しベルバは部屋を出た。ラテールは静かに執務用の椅子に腰を下ろし、机をトントンと指で叩く。そしておもむろに立ち上がると部屋の扉を開けた。部屋の外には二人の男が立っている。ラテールの部下だ。
「何人か連れて跡をつけろ。適当な所で始末しろ」
「良いんですか?」
「構わん。あれは劇薬の類いの男だ。俺の手元にあるのなら適切に扱える。だが手元から離れてしまえば対応のしようがなくなる。どこでどんな騒ぎを起こすか分からん。そしてそれがどんな形で、どんな不利益を俺達にもたらすかのかも……面倒事の種はつまんで捨てるに限る」
◇◇◇
「くそ……くそっ! 何で俺がこんな……」
夜。薄い雲に隠れた月がぼんやりと、そしてやんわりと夜道を照らす。プルームより南へ半日、そろそろ次の街が見えてくるはずだ。ブツブツと文句を言いながら歩く男は、その横を歩く男にバチン、と背中を叩かれる。
「いつまでグチグチ言ってやがる! お前あのままバルファにいたらとっ捕まってアルマド送りだったんだぜぇ、分かってんのかよナーチ!」
「……ベルバ。
「別にぃ、大した理由はねぇが。まぁ
嘘である。ベルバはナーチの能力に期待していた。情報収集能力だ。ナーチはジョーカー諜報部所属、情報を扱う事に
「ま、難しく考えんなよ。お前一人じゃどうにもこうにも出来なかったはずだ、そうだろ? それに俺と一緒にいりゃあ取り
そう話しながら街道脇に目をやるベルバ。すると生い茂る木々の暗がりから、ガサガサと数人の男達が姿を現した。
「何だ……おい、こいつらは……」
「客だ。招かれざる、って言葉が付くがな。おたくら皆プルームで見た顔だ。お目こぼしはなしってかぁ? さすがはラテールの旦那だな」
「おい待てベルバ! お前ラテールとは仲がいいんじゃ……」
「おいおい、勘弁しろよ。あんな冷血トカゲ野郎とどうすれば仲良くやれるんだよ? 利害が一致してたから言う事聞いてただけで……」
「いたぞ!」
ベルバの話を
「手間ぁ掛けさせやがって……探したぞ! ベルバ! ナーチ!」
怒鳴りながら
「お前ら……プルームの
声を張り上げると同時に騎馬の男達は剣を抜く。釣られる様にラテールの部下達も
「じゃぁな」
「ぐあぁ!!」
「な!?」
「ぎやぁぁぁ!?」
ベルバの発した別れの言葉。その直後、刺客達は皆一様に首筋を押さえ、叫びながらのたうち回り始めた。ある者は首筋を
「何だ……これは……」
絶句するナーチをよそに、刺客達は一人、また一人と静かになる。やがて全員がピクリとも動かなくなると、ベルバは不気味に笑い出した。
「クク……クフヒヒヒヒ……アァッハッハハッァァァ!!」
「おい……ベルバ?」
不思議そうな表情のナーチを尻目に上機嫌のベルバは笑いながら
「フハハハハァ、いいぞお前ら、集合だぁ。相変わらずいい仕事しやがんなぁ……クフフフフ……」
(こいつ……何を……?)
「これ……
「ハハハハハァ! ご名答だ。コイツらこんな小せぇが、中々いい働きしやがんだよ。見た通りの大きさ、勿論軽い。だが、だからこそ気付かれずに近付ける。スルスルと身体をよじ登り首筋にガブリ、ってな。小せぇから呼び出した事すら気付かれねぇ。上手く出来てんだろ?」
そう話すベルバの足元にはギギギギ、とまるで虫の様に鳴きながら、小さな
「聞いてないぞ、お前……
「ああ、
「何で……?」
「ナーチ。お前、どうしてテグザみてぇなクソ野郎が支部長なんて椅子に座り続けられたと思う?」
「何でって……そりゃ強いから……だろ?」
「まぁな。単純に力がなきゃあんなバカ共まとめられねぇわな。だが違う。ヤツに対抗出来る様な実力者がいなかった……いや、消えてったからだ。何で消えたかは、分かるだろ?」
「お前か……?」
「クククク……全く、思えばいい様に使われてたもんだぜ。でもまぁ、悪かぁねぇ。里にいた頃にゃここまで召魔師として立ち回れるとは思ってなかったからな」
ベルバは右手を地面へ向ける。すると小さな魔達はすぅぅ、と消えて行く。
「しかしジョーカーに入って驚いたぜ、こんな北にも召魔師がいるとは思わなかったからな。しかも化け
「……? どういう事だ?」
「ベルバってのは本名じゃねぇ、召魔の里で付けられたあだ名だ。向こうの言葉で……っと、言葉っつっても普段使うお行儀のいい言葉じゃねぇぜ。
「ナニが……って……関係あるのか?」
「だろぉ? そいつは上手い事言ったつもりなんだろうがよ、上手くも何ともねぇよな。でもそれを聞いた周りの連中は大笑いだ。それから俺はベルバになった。一緒になって笑ってはいたが、俺は内心どうやってコイツらをぶっ殺してやろうかと、そればっかり考えてたぜ。そしてある時気付いたんだ、デカいのは強い、それは分かる。だが小さくてもやりようはあるんじゃねぇか、ってなぁ。そしてすぐに実行に移した。俺をベルバと名付けた野郎によ、さっきのアレを試してみた訳よ。そしたらお前……クフフフフ、ギャァァァ、痛い痛い、アァァァっつってよ……アァッハハハァ!」
どこか自分を
「……ベルバって名は変えないのか? いや……それよりエクスウェルやカディールはお前に気付いてないのか? ベルバ、って召魔の里の言葉だろ?」
「ああ。テグザに黙っとけって言われはしたが、ヤツらにはバレると思っていた。だが気付かれる事はなかった。ヤツらはエリートなんだよ。ベルバ、ってのはスラングだって話したろ? ヤツらはスラングを使う様な低い階級じゃねぇってこった。会った事はねぇが、リロングにもう一人召魔師がいるらしい。そいつからも何も言ってこねぇとこを見ると、そのリロングのヤツもエリートなんだろうよ。だからまぁ、別にベルバのままでいいかと思ってな」
「…………」
ナーチは無言だった。言葉が出なかった。テグザの側近、汚れ仕事を引き受けている外道だとは聞いていた。だが今、その根本を知ってしまった。こうなると単純にベルバを外道だとは思えなくなる。同情心が生まれてくる。
「これからどこへ向かう?」
「ああ、ここから南だ。こっちの連中が南方諸国って呼んでる国々がある内海沿いだ。あの辺は発展途上の小国がひしめき合ってる。発展途上って事は政情が不安定で治安も悪い国が多いってこった。俺らみたいのが身を隠すにはちょうどいいだろ? まぁ道中長ぇしよ、追われる者同士仲良くやろうぜ」
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