第152話 昔話

(何だ……これは!?)


 ゾーダは驚いた。この日ゾーダはラーテルムとの会談の為に彼が支部長を務めるリロング支部を訪れていた。敷地内に入り事務所の中へ。その途中目にした支部の様子を見てゾーダは驚いたのだ。そこはおよそ傭兵団の一支部とは思えない程の平和な雰囲気を漂わせていた。ある者は支部の庭、芝生の上で昼寝をし、またある者達は支部の事務所内でカードにきょうじている。まるで休日の午後の一コマの様な、そんな様子を眉をひそめながら見ているゾーダ。それに気付いたタンファは軽く笑いながらゾーダに説明をする。


「何しろやる事がないからねぇ、時間を潰すのも大変なんだよ。だから普段より情報収集に人も時間も割ける。じゃなかったら、おたくらが俺達の事を嗅ぎ回ってる、ってのにも気付かなかっただろうさ。ちなみにおたくらが南で何をやっていたのか、大抵の事は把握している。良かったじゃないか、ライエとその弟が無事で。それに、まさかブロス達が六番隊を退けるとは思わなかったな」


 タンファの言葉にゾーダは更に驚いた。


「そんな事まで知っているのか?」


「ああ。さすがにエラグ国内で起きた事の詳細までは掴めていないがね。ただ、アーバンもテグザも苦労しているようだな。特にテグザは相当やり込められている。ライエ引き抜きに関わった側近達は死に、アイロウが再びバルファに攻めてくるんじゃないかって、戦々恐々としてるとか」


 そう話ながらクスクスと笑うタンファ。ゾーダは当然の疑問をタンファにぶつける。


何故なぜここの連中は何もしていない? 抗争中だぞ? アーバンとテグザも部下を率いて戦っている……ラーテルムは何を考えている?」


 ピタッと足を止めるタンファ。そして一言。


「それは本人から聞いてくれ」


 二人の目の前には扉。タンファはその扉を開けると「支部長、ゾーダを連れてきたよ」


 応接室だろうか、中央のテーブルに着いているラーテルムはゾーダの姿を確認するとスッと立ち上がり「久々だ、ゾーダ。良く来た」とゾーダを部屋の中へ招き入れる。



 ◇◇◇



「ほぅ、いいワインだ」


 ゾーダは出されたグラスに注がれたワインを口に含む。途端に口の中に広がる芳醇ほうじゅんな香り。そこらで売っている様な安ワインではないことは明白だ。


「ああ、取って置きを開けた。久々の客人だからな。しかし……」とゾーダの顔をまじまじと眺めるラーテルム。「何だ?」と問い掛けるゾーダ。


「いや、警戒しないんだなと思ってな」


 どうやらラーテルムはゾーダがすぐにワインに口を付けた事が気になったようだ。「俺を始末するつもりなら、わざわざここに呼びはしないだろ」と答えるゾーダ。「まぁ確かに……な」と言うとラーテルムもグラスを傾ける。


「しかし久々だ。お前が南に顔を出さなくなってどのくらいつ? 前は頻繁ひんぱんにこっちでの依頼を受けていたな……」


 コト……とグラスを置くと「で……お前は一体何を考えている?」とゾーダは問い掛ける。ラーテルムの話に付き合うつもりはないようだ。


「エイレイとの戦争に参加するでもなく、抗争に関しても何のアクションも起こさない。これはアーバンの指示か?」


「ふむ、確かにアーバンからは支部を守れと言われている。が、お前達は一つ思い違いをしている。そもそも俺もテグザもアーバンをボスだとあおいでいる訳ではない。奴が勝手に南の顔役を気取っているだけだ。ま、色々面倒事を引き受けてくれるからな、その礼に好きにさせているに過ぎない。大体お前、アーバンに団長なぞ務まると思うか? エクスウェルよりひどくなる事は明白だ」


「だったら尚更なおさらだ。お前の目的は何だ? ただただ抗争が終わるのを待っていると言うのか?」


 ゾーダの問いにしばし無言になるラーテルム。そして静かに口を開く。


「昔話をしてやろう。少し長くなるが時間はある、付き合えよ」


「……いいだろう」


「とある国のとある王。優秀な王だ、力がある。国も強く潤っていた。見た目はな。しかしいざふたを開けて中を覗いてみれば、国の内部は思いのほか問題が多い。景気がいいのは王都の周辺だけ、中央から離れる程金回りは悪くなる。辺境と呼べる程離れてしまえば悲惨なものだ。日々の生活にも困窮こんきゅうする者が多く、領主は如何いかに金を稼ごうかとそれにしか頭が回らない。結果治安も悪化し領内は荒れる。ではその治安を維持する為の武力はどうかと言うと、こちらも中々に厳しい。地方にいる優秀な兵は軒並み王都へ召し上げられるからだ。国王直属の軍、国王軍にな。それゆえ国王軍は強く王都周辺は治安もいい。そうして益々格差が広がって行く。しかし王はそんな自らの行いを振り返るでもなく、まるでなかった事かのように地方を治める貴族達に言う、金を稼げ、犯罪を潰せ、まるで働きが足りん、とな」


 ラーテルムはグラスを手にする。そしてクッとワインを流し込み、喉を潤すと話を続ける。


「まぁ万事がそんな感じだからな、当然地方の不満はつのる。地方貴族達が結託けったくし王に反旗をひるがえそうと考え始めるのは自然な流れだろう。そして間もなく反国王派の貴族達は政変を目的に挙兵する、内乱……クーデターの始まりだ」


 ゾーダは何を今更いまさら……といった感じで呆れるように口を挟む。


「良くある話だ。そこら中にいくらでも……それこそジョーカーだってそうだろう、内部抗争の真っ只中だ。で、その話はどの辺から面白くなるんだ? せっかく聞いてやってるんだ、楽しませてくれよ?」


かすなよ、ゆっくりと聞いてくれ。各地の貴族達の一斉蜂起ほうきに王都の連中は大慌てだった。ただ一人、国王を除いてな。王は思った、これはチャンスだと。国内に蔓延はびこ不穏分子ふおんぶんしや、口先ばかりで無能な貴族どもを一掃出来ると考えたんだ。そしてすぐに行動に移す。国王軍を再編し各地へ派兵した。しかも兵達の出身を調べ上げ、故郷の軍とぶつからない様に配慮はいりょまでしてな。そんな気を回せるくらいなら内乱が起きる前、もっと早い段階でどうにか出来たとも思うが……かくして国王軍は王都へ攻め上ろうとする反国王派の軍を次々と撃破した。しかしそこで手は緩めない。そのまま国王軍は反旗をひるがえした貴族達の治める土地へ攻め込んだ。次々と制圧される地方の都市、続々と捕えられる貴族達。家族、親族、一族郎党全て捕えられ漏れなく処刑、斬首された。そのさまがあまりに苛烈かれつだった為、王はその後首狩り王などと呼ばれる様になった」


 首狩り王。その言葉にピクリ、とゾーダは反応した。


「国王軍の進軍は止まらない。とうとう王都から一番離れた南の辺境でも戦いが始まった。そこを治める貴族達は良く戦ったが、如何いかせん兵の数も質も国王軍が上。えなく領都りょうと陥落かんらくした。他と同様にその地の貴族達も処刑の為に捕えられた。が、生き残りがいた。その地を治める領主のすえの子だ。まだ幼かった彼は使用人達に連れられ屋敷を脱出、更には国外へ逃亡した。追手を恐れながら国外を転々とし、やがて成人した彼はとある傭兵団に所属する。過去を忘れる事が出来ず、かと言って蒸し返した所でどうする事も出来ない。そうやって日々を生きて行く中で、強く誓っていたはずの復讐してやる、という気持ちもどんどん薄れて行き、今ではそんな気はさらさらなくなってしまったそうだ」


 ラーテルムは自身とゾーダのグラスにワインを注ぎ足す。そしてグラスを手に持つと緩やかに傾けながら、中のワインを遊ばせる様にくるくると回す。


「ある時、そんな彼に会いに思わぬ人物が訪ねてきた。彼の家族を処刑した首狩り王の使いだ。そしてその男は彼にとんでもない話を持ち掛けた。内乱の末断絶してしまった彼の家名メイベリー家、彼に流れているその血で復興させないか、との内容だった。首狩り王は貴族の末子まっしが生きている事を知っていた、その上で泳がせていたんだ。いずれ何かの役に立つかも知れないと。自身の首を狙いに来るのなら、それもまた一興いっきょう……」


 ラーテルムはグイッとグラスを空けるとトン、とテーブルに置く。


「彼は悩んだ末……」と再び話し出したラーテルムの言葉を遮るように「分かった、もういい」と言葉を被せるゾーダ。そしてその話の顛末てんまつを言い当てる。


「貴族の末子まっしはその話に乗った。百人からの部下を引き連れ国へ帰るつもりだ。故郷、ジャビーノ王国に。そうだろう、ラーテルム・メイベリー?」


「……フ、フフフ……フハハハハハ! 俺のフルネームを知っていたか、誰にも話した事はないんだがな。これだからお前は捨て置けない」


「だから何もしていなかった訳か。領地運営などそう簡単に出来る訳がない。何よりも人手が必要だ、しかも信頼出来る人手がな。部下達を丸ごと引き抜けば、そりゃあ仕事がしやすいだろうよ。下手に動いて要らぬ犠牲を出したくなかった。だから何もせず静観していた。しかし……」


「何か問題が?」


「ない訳がないだろう。来るもの拒まず去るもの追わず、それがジョーカーの基本姿勢だ。だが、支部丸ごととなれば話は別……前代未聞だぞ」


「ああ。もちろんそれは自覚している。だからお前と話したかったんだ。一つ取引といこう」


「取引だと?」


「そうだ。お前だからここに呼んだんだ。これが他の者だったら呼びはしない。お前とは話が出来る、取引が出来る。己の目的の為なら多少の事には目をつむる、そんなお前だからこそ、ここに呼んだ」


「取引とは?」


「お前が南に残ったのは情報収集の為だ。諜報部の協力は受けられないからな。ゼルが南に来るまでの間に必要な情報を集めておく必要がある。と同時に、もう一つお前には目的がある。テグザの首だ」


「……」


何故なぜ知っている? なんて言わないでくれよ、南にいる奴なら誰でも知っている。当時テグザが援軍を出し渋って、結果お前の隊の半分が犠牲になった。今考えてもあれは実に不可解な判断だ。当時の状況を詳しく聞けば、援軍が出ていればお前の部下が犠牲になる事はなく、それどころか依頼も達成出来ていたんじゃないかと、俺はそう思う。お前はその時の借りを返す為、テグザの首を狙っている。そうだろ? 抗争中のこんな機会でもなければ叶わない宿願しゅくがんだ。絶好のチャンスってヤツだな。しかしテグザは出てこない。バルファに入ったっきりだ。アイロウが再びバルファを狙って動くんじゃないかと、そう考えてな。しかし奴の引きこもり生活もそろそろ終わる。知ってるか、エイレイとエラグの戦争が終結した。そしてそれにより、お前にとっては少しばかり良くない方向に事態が展開する事になる」


「どういう事だ……?」


「エイレイ軍が完全に撤退すれば、俺達は支部を捨ててエラグに入る」


「何だと!?」


「もちろん俺にその気はないがな。しかしテグザはそのつもりだ。それまでの間、奴は亀になってひたすらその身を守るだろうさ。だから外には出てこない。だが、俺ならテグザを外に引っ張り出せる」


「どうやるつもりだ……?」


「ここ最近、ひっきりなしにテグザから書簡が届く。内容は皆同じ、バルファに部隊を送れ、バルファの守りに手を貸せ、だ。最初は使いが来たんだが、始末してしまったからな。向こうも何かしら気付いているのかも知れないが……ま、そんな状況だからな。俺が一言会って話そうと言えば、奴は喜んで甲羅から首を出すさ。そこをお前が……」


 トン、と自身の首を切り落とすゼスチャーを見せるラーテルム。


「お前が俺達の事を見逃すと言うのなら、俺はすぐにでもテグザに話を通す。あまり時間がないからな、答えは早く……」


「分かった、交渉成立だ」


 ゾーダの返答に一瞬驚いた様な表情を浮かべるラーテルム。しかしすぐに笑い出した。


「フハハハハ、即決即断だな。いや、それでこそゾーダ・ビネール。お前の好ましい所の一つだ。とは言え時間は必要だろう。準備が出来次第教えてくれ、すぐに取り掛かる。タンファをこのままお前に付けよう、連絡役だ」

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