第151話 ギフト

「それは……どういう事ですかな、グリー将軍?」


「言葉の通りだ、エクスウェル殿。我らエイレイとエラグはこのたび和睦を結んだ。これによりこのいくさは終結、我らは順次撤退する。まずは南道なんどう攻略部隊。そちらが終わったら次はここ、エバール砦駐留部隊だ。このいくさを段取ったのはエクスウェル殿であったな? 突然梯子はしごを外す様な形になり済まぬとは思う。が、これは決定事項である。何卒なにとぞ理解して頂きたい」


「ほぅ……」



 ◇◇◇



「ぐらぁぉぁぁぁ!!」


 怒鳴り声と共に激しく石壁に打ち付けられる椅子。バリンと大きな音を立てた木製の椅子はその衝撃で脚が折れ背板は割れた。そしてガラガラン……と床に落ちて散らばる木片。グリーに呼ばれ彼の執務室を訪ねたエクスウェルはそこで初めて和睦の件を聞いた。グリーの前では抑えていたエクスウェルだったが、自室に戻るとその怒りを爆発させた。


「ラテール……お前、知っていたな。いつからだ?」


 扉の側に立っているラテールを睨むエクスウェル。「少し前に」と静かに答えるラテール。しかしいつもと同じ様なその冷静さもエクスウェルは気に食わない。「なぜ、黙っていた……?」と更に睨みを効かしながら低い声で問い掛ける。


「グリー将軍が自分の口で伝えると、そう申しておりましたので。エイレイは今後も我らジョーカーと良好な関係でありたいと考えているようです。ゆえに総大将自ら団長に話す必要があると、そう思われたのでしょう」


「くそったれ! そんな気を回されても楽しくも何ともねぇ!」


「どうか怒りをお沈め下さい。これから本格的に東へ進出しようと考えている我らにとって、エイレイの協力は不可欠です。この戦で関係が悪化してしまっては得がありません」


「そんな事は分かっている!!」



 バリン!



 エクスウェルは壁際に転がっていた椅子の残骸を思いっきり踏みつけた。まるで自身の怒りを地の底に封じ込める様に。それにより辛うじて椅子と判別出来ていたその残骸は粉々に砕けた。


「……ラテール、全隊に撤退準備をさせろ。これ以上こんな所にいても面白い事は何もない」


「団長、しばしお待ちを。グリー将軍より依頼を一つ預かっております」


「依頼だぁ?」


「はい。エバール砦駐留部隊の撤退が完了するまで、我らジョーカーに警備と護衛を依頼したいと」


「ああ……エラグが約定やくじょうを破り撤退中にケツでも突かれたらたまらんか」


「はい。南道なんどうの部隊を先に撤退させるのもこの理屈からでしょう。南道で何かあったらここエバールの部隊で対応出来ます。リスクを下げる為に必要な措置です。と同時に、これはグリー将軍からの詫びであるとも受け取れます。将軍からはそう悪くない額が提示されておりますので」


「ふん……分かった。将軍には引き受けると伝えろ。それとプルームにいるアイロウにも伝達だ、そのまま支部にいろ、とな」



 ◇◇◇



「ここか?」


「はい。団長へのギフトがここに。先程届いたばかりとの事で、まだ活きが良いかと」


 数日後。エクスウェルはラテールに連れられ砦の外へ出る。エイレイ軍が倉庫として使っていたテント群の内の一つ、その前に来ていた。テントの入り口に右腕を差し入れ、シュッと入り口を開くラテール。エクスウェルは身を屈ませながらテントの中へ入る。倉庫として使われていたはずのテントの中には荷物は一つもなかった。すでに外へ運び出されたようだ。その代わりにテントの奥には、人の胸くらいの高さの太い鉄柱が地面に打たれていた。そして鉄柱を背に縛り付けられひざまずいている男。目隠しをされ口には布を噛まされている。両手は背後に、鉄柱の後ろで縛られている。これでは身動きは取れないだろう。


「これがギフトだぁ?」


 その男を見るなりエクスウェルは呆れたように声を上げた。


「グリー将軍が少々骨を折ってくれたようで。今の団長には……いえ、我々には必要なかと」


「笑わせる! こんなもんが必要だと!?」


「けじめは必要です」


「逆に……バカにされている気になるな。単純なエクスウェルならこの程度のもんで喜び機嫌を直すだろう……なんてな」


 ラテールは無言でエクスウェルの言葉を聞いていた。これが自身の発案だとは口が裂けても言えないだろう。エクスウェルの溜飲りゅういんは完全に下がった訳ではなかったのだ。グリーから和睦の話を聞いて以降、機嫌の良くない日が続いていた。


「だがまぁ、お前の言う通りけじめは必要だ。しかし……臭うな、ラテール」


「臭う? 何か臭いますか?」


「ああ、酷いにおいだ。くさくて臭くてたまらねぇ。嫌な臭いがこのテントの中にこもってやがる」


 そう言うとエクスウェルはふところからキセルを取り出し、先端の火皿ひさらに葉を詰めて火を点ける。


「これはアレだ……ドブだ。ドブの臭いだ。真っ黒に濁った、腐った汚いドブの臭いだ。この臭いは嗅いだ事があるぞ、過去に何度もだ。この不快極まる臭いには覚えがある」


 そう話ながらゆっくりと部屋の奥へ進むエクスウェル。拘束されている男の前まで進むとふぅぅ……とその男の顔に煙を吹き掛ける。


「あぁラテール、臭いの元を見つけたぞ。こいつだ、こいつがこの臭いの元だ、間違いない。反吐へどが出る程のムカつく臭い……裏切り者の臭いだ」


 エクスウェルは男の目隠しを外す。




「そうだろう……ビー・レイ?」




「うぐぅぅぅぅ! ううぅ! うぐぅ!」


 ビー・レイはエクスウェルを睨み付けながら身をよじらせてうなる。


「ハハハハハッ! 確かに活きが良い! 元気そうじゃねぇか、安心したぜ。弱ってる奴をいたぶるのはさすがに気が引けるからなぁ。しかし……」


 スッ、とラテールを見るエクスウェル。


「こんな下らねぇもんでこの怒りを収めろってのは……ずいぶんな話じゃねぇか、んん? ラテールよ?」


「そうでしょうか……妥当な線かと。こいつが裏切ったせいでエラグへのクーデターが失敗した。そして今、こんなつまらない事になってしまっているのです。団長がエイレイを担ぎ出そうと骨を折る必要もなかったし、アイロウがしてやられる事もなかった。全ての原因はこいつにあります。この戦での我々の取り分・・・、そう考えれば……」


「最低限の取り分だ、とても釣り合いの取れる物じゃない。だが……まぁいい、そんな事を話した所で今更だ。極々ささやかではあるがせっかくもらったギフトだ、堪能たんのうするとしよう」



 ドガッ!



 エクスウェルはビー・レイの腹に蹴りを入れる。「ぐぅっ! ううぅ……」と声を漏らしながらうずくまるビー・レイ。しかしエクスウェルはそれを許さない。ビー・レイの髪を掴み上体を無理矢理引き起こす。そしてビー・レイを見下ろしながら静かに話し掛けた。


「ビー・レイ、お前は憐れな男だ。ゼルになびくのならまだ分かる。だがアーバンはない。そいつはさすがに見る目がないって話だ。いくらで買われたか知らないがどうせはした・・・金だろう。アイツに大金を動かせる程の器量はないからな。そしてお前にはツキもない。本来なら戦場で斬り捨てているはずだった。その方がお前も少しは格好が付いたんだろうが、それがそんな情けない姿で俺の前にひざまずいているんだからな。その笑える程のツキのなさには同情するぜ。因果は巡るってヤツだな、裏切り者が裏切られた、お前はアーバンに売られたんだ。フッ、世の中上手く出来てるじゃねぇか、全く……笑えて笑えてしょうがねぇ」


 話し終わるのと同時にシュ、とエクスウェルは腰の剣を抜く。「うぐぅ! ぐうぅぅ!!」とビー・レイはうなり続けている。


「お前は憐れで……愚かな男だ。愚か者には用はない」



 ズッ……



 途端にビー・レイの唸り声が収まった。エクスウェルの剣がビー・レイの胸を貫いたからだ。エクスウェルはビー・レイの右肩辺りを踏みつけながらその剣を引き抜く。そしてビュッと剣を下に振ると、ビタビタ……と剣に付着していたビー・レイの血が地面に飛び散った。


「話さなくてよろしかったので?」


「今更こいつと何を話せと? さっきお前が言った通りだ、全てはこいつから始まった。こいつに裏切られてクーデターは失敗。せっかく段取ったこの戦も和睦などというつまらん幕引きだ。出ていったのは金ばかり、その上こいつの為に時間まで使えと? そいつは悪い冗談だ。さすがにそいつは笑えねぇ……」


 そう話すとテントを出ようとするエクスウェル。「こいつはどうしますか?」とラテールは問い掛ける。


「そこらに捨てておけ。最後くらいは他者の役に立ててやる、鳥や獣のかてくらいにはなるだろう。それと、ラーテルムとはコンタクトが取れたか?」


「いえ。こちらからの呼び掛けにも徹底して沈黙しています。元々積極的に周りと関係を持とうというタイプではありませんが……今になってここまでの態度は気になります。不自然な程周りとの関係を拒んでいるような……」


「そうか。奴をこっちへ引き込めれば楽になるんだがな。引き続き書簡は送れ。何だったら俺が直接会っても構わない」



 ◇◇◇



 ベーゼント共和国バルファの西の小さな街。その街外れににある安宿やすやど。理解に苦しむ状況を目の前に、呆れたゾーダの口からは思わず愚痴がこぼれた。


「どうしたらこんな愉快な事になるんだ? 探れと命じた相手と仲良くご帰還とは……」


「あ~……面目ない、マスター………」


「いやいやいや、そんなにこいつを責めないでやってくれ。こいつらは良くやっていた。だがさすがに諜報部の連中程上手くはないさ」


「……お前は?」


「お、そうだった。自己紹介がまだだなぁ。リロング支部所属のタンファだ。あんた、二番隊マスター、ゾーダ・ビネールだろ? 支部長ラーテルムからの伝言だ。会って話そう、だってよ」

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