第91話 激突3

 ブゥン!


 ガィン!


 音を立てながら頭上に振り下ろされる槍を、西の団員は寝せた剣を両手で押さえながら防ぐ。防いだ直後、スッと引き戻された槍はすぐさま凄いスピードで自身に向かって伸びてくる。反応出来ず、団員は胸を貫かれ落馬する。


「どうにもこう……槍ってのは好きになれねぇな」


 引き抜いた槍を眺めながらホルツは呟く。


「何言ってんすか、そんだけ扱えりゃ上等ってもんでしょ?」


 独り言のつもりだったが、横にいた部下の耳には届いていたようだ。部下もまた槍の扱いには慣れていないようで、取り回しがどこかぎこちない。

 ホルツの隊では剣以外の得物を扱う事がほとんどない。ホルツが剣が得意だから、と言うのが大きな理由である。剣ならばいくらでも部下に教える事が出来るからだ。そうして剣ばかり教えていると、他の得物を手にする機会が減って行くのは道理である。


「剣ばっかやり過ぎたな、他の得物も練習しねぇと……ま、取り敢えずは目の前のお仕事だ」


 そう言うとホルツは槍を頭上に掲げて激を飛ばす。


「押し込むぞ! 容赦すんなぁ!」


 左翼、ホルツの部隊は優勢である。敵右翼の部隊を削りながらジワジワと前進、戦闘を開始した位置はすでに後方、相当敵部隊を押し込んでいる。今作戦は三番隊、四番隊の混成部隊だが、ホルツ率いる左翼は三番隊のみの編成。さすがに隊員同士の連携、フォローもスムーズに出来ている。

 反面、右翼のエバルド隊は一進一退の攻防が続いている。押されては押し返し、押しては押し返され、少しずつジリジリと後退を余儀よぎなくされていた。

 中央のゼルは戦いながら両翼のバランスを取っている。上空から見ると両軍が敷いた横陣は、右翼から左翼に向かい上がって行くように斜めに展開されていた。





 中央やや後方、指揮をるセイロムのもとに伝令がやって来た。


「セイロムさん! 右翼がやべぇ! 敵左翼が強すぎる、このままじゃ持たねぇぞ!」


「ああ、分かってる。向こうの左翼はホルツだな。ムカつくが確かにアイツは強ぇ、個人としても指揮官としてもな。始まりの家からアイツにはやられっぱなしだ、ここでキッチリ借りを返しときてぇが……一先ひとまずは放っとけ。右翼には瓦解がかいしねぇように踏ん張れって伝えろ」


「でもそれだけじゃ……」


「分かってるっての。右翼がホルツを引き付けてる間に逆を突く。すでに指示は出した。左翼は大分だいぶ調子がいい、随分と押してやがる。いや、敵右翼の指揮官がよっぽどのヘボだって事か? ひょっとしたら三番隊のヤツじゃねぇのかもな。ま、どっちでもいいがよ。とにかくこのまま敵右翼を圧倒し続ければ、中央にいるゼルも動かざるを得なくなる。そこがゼルを仕留める好機、って訳だ」


「なるほどな。じゃあ右翼は何とかこらえてりゃいいって事だな?」


「そういうこった」


「分かった、そう伝えてくるぜ」


 伝令が去った直後、「「「 ウオォォ……! 」」」と、左翼から歓声が上がる。セイロムが確認すると、左翼の部隊は一際強く敵右翼を押し込んでいた。


(お~し、いい感じじゃねぇか)


 セイロムはほくそ笑んだ。このまま左翼が押しきりゼルの部隊の側面を抑えられれば、自身が率いる中央部隊と連携して挟撃する事が出来る。

 立て直しの為にゼルが右翼へ移動するようならば中央も攻めやすくなる。自身の部隊をさらに前進させ、左翼と中央で同時に圧力をかける。あわよくばそのままゼルを仕留めればいい。

 問題はホルツの隊に押されている右翼だが、後方にはクラフ率いる無傷の後衛部隊が待機している。伏兵はないとクラフが判断したなら、すぐにでも右翼の後詰ごづめの為に動くはずだ。


 矢じりでの突撃から弓兵の騎馬への攻撃まで、開戦からいいようにやられてきたが、ここへ来てようやく上手く回り始めた。


 もうすぐだ、もう少しでゼルの首を獲れる。


 セイロムはも言われぬ高揚感に包まれた。優れた突破力と破壊力を誇り、番号付きの中でも特に強いと噂されている三番隊。その三番隊をマスターであるゼル諸共もろとも自身の力で粉砕する。否が応にもテンションが上がるというものだ。


「セイロムさん!」


 不意に部下に声を掛けられる。セイロムは緩む口元と溢れ出そうな心の内を抑え平静を装う。


「どしたぁ?」


「ゼルが動いたぜ! 左に移動し始めた。右翼に入って立て直そう、ってとこじゃねぇか?」


「よし、んじゃ左翼に伝えろ。ゼルが行くから気を付けろ、ただし手は緩めるな、ってよ」


 部下を伝令に行かせると、セイロムは自身の指揮する中央の部隊を見回す。そしてニヤリと笑い大声で指示を出す。


「てめぇらぁ! ゼルが左に移動した! ここが勝負所だぁ! 押し込むぞ!!」


 指示を出しながら自身も最前線へ移動、自ら剣を振るい隊を鼓舞する。





「マスター! 来たぜ……」


 右翼へ移動するゼルのかたわらにいる部下が気付いた。部下が指差す方、左側を見るとセイロムが数騎の騎馬を従えて、戦いながら真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


「ああ、見えた。デームに援護するよう伝えてくれ」


「分かった、気を付けろよ?」


 そう言い残し、部下は後衛に向け馬を走らせる。するとその直後、


「ゼェェルゥゥ! そんな急いでどこ行くんだぁ? せっかく出張でばって来たんだ、相手してくれよ? んん?」


 セイロムはすぐそばまで来ていた。肩に剣を担ぎニヤニヤ笑っている。ふぅ、と短いため息のあと、ゼルは呆れ顔で答える。


「相変わらず汚ねぇ声と言葉だな、品性の欠片もねぇ」


「ハッ! てめぇだって似たようなもんだろが。それよりどこ行くんだよ、まさか今から右翼立て直そうってか? そりゃ無理ってもんだろ!」


 セイロムは馬を寄せ、担いでいた剣でそのまま斜めに斬りつける。ゼルは右手の剣を左手に持ち替え、セイロムの攻撃を受ける。剣身がぶつかった瞬間、ボン! と爆発。セイロムの爆裂剣の魔法の効果だ。しかしゼルには何の影響もない。しっかりと魔力シールドで防いだからだ。すぐさまゼルは右手で左腰の剣を抜き、そのまま横に斬りつける。セイロムは剣を下に向けゼルの攻撃を防ぐ。そして距離を開ける二人。


「何言ってやがる、無理かどうかを決めんのはてめぇじゃねぇ。お呼びじゃねぇんだ、引っ込んでろよ」


 ゼルは剣をセイロムに向けながら話す。セイロムは相変わらずニヤついている。


「おいおい、つれねぇじゃねぇか、何だぁ? 裏切られたからねちまったか? でもこっちにゃてめぇに絡む理由がある。何でも随分と派手にアウスレイをやってくれたそうじゃねぇか。一体何人部下が死んだのか、考えただけで悲しくなっちまうなぁ。そういう意味じゃ、てめぇだって俺に用があるはずだ。そうだろ?」


「ま、確かにそうだな。だが裏切り自体はどうでもいい。てめぇらみたいなまるで信用の置けねぇ、低能な連中を信じた俺がバカだったってだけだ。

 だがな、始まりの家への襲撃、こいつはいただけねぇ。番号付きの隊員は勿論、本部棟の非戦闘員にまで被害が出た。アウスレイを吹き飛ばして少しは意趣いしゅ返し出来たと思ったんだが、どうにもこうにも気が晴れねぇ。

 まぁそりゃそうだ、少し考えりゃすぐに分かる事だ。いくら西の下っ端どもを吹き飛ばした所で、所詮はてめぇの無能な部下どもだ。釣り合いが取れるはずがねぇんだよ、命の釣り合いがなぁ。優秀な部下達を失った、こっちの被害の方が遥かにデカい。釣り合うもんがあるとすりゃあ……やっぱてめぇらバカ兄弟の首だろうなぁ?」


 睨み付けながら話すゼルに、セイロムは大声で笑う。


「ハハハハハ! いいぞ、もっとさえずれよ? てめぇがわめけばわめく程、その首を落とすのが楽しみになる!」


 再び距離を詰め斬り合う二人。と、セイロムの後方から叫び声が聞こえてくる。


「チィッ!」


 と吐き捨てセイロムは剣を横に振るう。ゼルは巧みに馬を操りその剣をかわす。


「あれやこれやと……随分小細工が上手ぇじゃねぇか?」


 セイロムの後方では部下である西の団員達が、上空から降り注ぐ魔弾に襲われていた。ゼルの部隊の後方、デームが指揮する魔導師隊からの攻撃だ。


「落ち着けぇ! その程度の魔法じゃ魔道具のシールドは破れねぇ! 無視して戦え!」


 ジョーカーの団員達は魔法の攻撃を自動で防ぐ、オートシールド機能を持つブレスレットを身に付けている。これはジョーカーの支給品だ。ジョーカーには工作部という部署があり、様々な魔道具を作製し団員達に支給している。


 上空から降り注ぐ魔弾は団員達の身体に当たる直前で、パシィィィと音を立て弾け飛ぶ。魔道具のシールドが効いているのだ。しかし当たらないと頭では分かっていても、やはり身体は反応はしてしまう。セイロムの指示もむなしく、西の団員達は落ち着きを取り戻すことが出来ない。


「やれやれ、あの程度の攻撃でわたわた・・・・とみっともねぇ。やっぱてめぇの部下どもは、どいつもこいつも能無しばかりだ。いい加減ジョーカーだ、って名乗るの止めてくれねぇか? 恥ずかしくてしょうがねぇ」


「てめぇ……ぬかせぇぇ!!」


 セイロムは再び距離を詰め、ゼルに激しく斬りかかる。あの程度の攻撃で恥ずかしい、確かにそこは否定出来ない。それでも苦楽を共にしてきた大切な仲間達だ、これ以上彼らを無能と揶揄やゆされるのは我慢ならなかった。


  五度、六度と乱暴に襲い掛かるセイロムの剣。ゼルは両手に持つ二本の剣でそのことごとく・・・・・を防ぐ。と、ガクッと不意に体勢が崩れた。ゼルの馬が地面に転がっていた団員の死体に足を取られたのだ。セイロムはその隙を見逃さなかった。


 ブゥゥン!


 と、一際強く剣を振るうセイロム。胸の辺りに水平に近付く剣を、ゼルは両手の剣で受ける。しかしセイロムの剣の勢いがまさった。


「うおっ!」


 ゼルはそのまま馬上から弾き飛ばされる。上手く体勢を立て直し何とか地面に着地する事が出来た為、ダメージを受ける事はなかった。が、状況は確実に悪化した。ゼルが顔を上げると、目の前では剣の切っ先をこちらに向けたセイロムが、勝ち誇ったような顔で見下ろしていた。


「さて……言い残す事はねぇか?」


「ハッ……そうだなぁ…………じゃあな、セイロム」


 セイロムは驚いた。どうせまた皮肉や憎まれ口が返ってくると思っていたからだ。一瞬の沈黙、そして込み上げてくる笑い。


「ハハハハハ! こりゃ驚きだ! てめぇの口から別れの言葉が聞けるとは思わなかったぜ! いやいや、こりゃあしっかりこたえねぇとなぁ。せめてもの情けだ、楽に――」


「セイロムさん!!」


 不意に響く部下の大声。セイロムは呼ばれた方を見る。するとすぐ目の前、剣を逆手さかてに構え今まさに自身の身体にその剣を突き立てようと、宙を舞う男の姿。



 ドン



 ぶつかり合う二人。声を上げる間もなくセイロムは馬上から地面に落ちる。もう一人の男も馬の腹に身体をぶつけ、背中から地面に落ちる。


「ぅぐっ……」


「大丈夫か?」


 数人の仲間が駆け寄る。


「っぅ~……ああ……それより、どうなっ……」


「セイロム・バウカー! 四番隊副官エバルドが討ち取ったぁぁぁ!!」



「「「 ウオォォォォォ!! 」」」



 起き上がろうとしたエバルドの耳に届いたのは、ゼルが叫んだ自分の名とビリビリとそこら中が震える程の大きなときの声だった。


「エバルド! でかしたぜぇ、よくやった!!」


 ゼルはエバルドに近付き、ニィィと笑いながら手を差し伸べる。ゼルの手を取り立ち上がったエバルドが見たものは、ぐったりと地面に横たわるセイロム。その胸の辺りに深々と突き刺さっていたのは、ついさっきまで自分が握っていた剣だった。

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