第60話 撤退

「消火隊まだかぁ!」


「人が残ってないか中を確認しろ!」


「向こうの火が強い! 向こうが先だ!」


「オークだ! 仕留めろ!」


 怒号が飛び交うエリノス西側。オークはあらかた仕留めたようだが、ここにきてまずいことになっている。少し前から風向きが変わったのだ。今までは東からの風だったため火の回りが遅かったが、今は逆に吹き始めた。風にあおられ火の勢いが増したのだ。


「くそっ、ここもそろそろまずいな……すまない、この通りも頼む!」


「ああ、分かった。離れて」


 俺は警備兵達に離れるよう指示し、通りに面した建物を端から一軒ずつ爆裂の魔法で破壊して行く。エリノスは通りが細く建物が密集しているため容易に火が燃え広がる。消火が間に合わない場所は建物を潰して火が燃え広がるのを防ぐしかない。

 しかし、ラスカでもやったがこの作業、結構くる・・。住人の帰る場所を潰すのだ、やむを得ないとは言え申し訳ない気持ちになる。と、


「報告! 報告ー!」


 一人の警備兵が叫びながら走ってきた。


「ハイガルド軍壊滅! 敵大将討ち死に!」


 その報を聞いた瞬間、周囲の警備兵達から歓声が上がる。


(ふぅ、良かった)


 俺は安堵あんどした。


 過去、一度も破られなかったエリノス。不敗の歴史がここで終わることはなさそうだ。とは言え、被害状況の確認や破壊された門の修復、ごたごたはまだ続くだろうが……でもまぁ、とりあえず良かった。


 ……


 ………


 ………………


 じゃない!!


 敵を退けたのはもちろん良かったが、それはそれ、これはこれ。いや、それはそれ、ここ・・ここ・・? ここ西側は今が正念場。早く火を消してしまわなければ大変なことになる。いくら敵を倒してもエリノスが灰になっては意味がない。


「あ、ちょっと、向こうが終わったんならこっちに人回してもらおうよ?」


 俺は側にいた警備兵に声をかける。


「そうか……そうだよな。よし、南門と、あと千里塔にも使いを出そう」



 ◇◇◇



「っらぁ!!」


 レグは剣でオークの左太腿辺りを切りつける。


「おらぁ!!」


 そして片膝をついたオークの胸辺りを蹴り飛ばす。


「終わりだぁ!!」


 仰向けに倒れたオークの首に、レグは剣を突き立てる。


「っだらっしゃぁぁぁ!!」


 レグは雄叫びを上げる。


「あ~、うっさいわい! もちっと静かにやらんかい!!」


 レグはルビングに怒られる。


「まぁ、私と踊ってる最中におしゃべりだなんて、余裕ですわね大司教様!」


 女は剣を左から右へシュッ、と振る。


「ほっ!」


 ルビングは身をかがめて剣をかわすが、女は剣を振りきっていなかった。途中で剣を止め、すぐさまルビングの首筋を突く。ルビングは左手の上腕、籠手こてでその剣を下から上へ弾き上げ、右足で蹴りを放つ。女はくるりと左に回転して蹴りをかわすと、回転の勢いを利用し剣を振るう。ルビングは後ろに距離を取りこれをかわす。


 エス・エリテ神殿前はいまだ混戦状態だった。警備隊がオークを少しずつ削っている間、ルビングはエス・エリテを襲撃に来た女と激しく戦っていた。


「すげぇな、あの女。老師と互角にやり合えるやつなんて、そうそういないぞ……」


 レグはしばし二人の立ち回りに目を奪われた。すると自身の顔のすぐ前をビュンッ、と音を立て何かが猛スピードで通り過ぎた。


「うおっ!」


 レグは驚いて思わず声を上げる。すぐ横を見ると首元に矢が刺さったオークが倒れていた。レグは矢が飛んできた方に目をやる。すると神殿の屋根の上に人影が見えた。


「あいつ……おいっ! エクシア! 危ねぇだろが!」


 そこにいたのはエクシアだった。


「何を寝ぼけたことを言っているのですか! わたくしが矢を射なければ攻撃されていたところですわよ! サボってないでさっさとおやりなさい!」


 そう叫ぶとエクシアは矢を放つ。その矢はレグの足元の地面にザクッ、と突き刺さる。


「おわっ! くっそ、イカれてやがる、あの女……威嚇いかくのつもりか? 大体どうやってあそこに登ったんだ?」


 と、さらに矢が二本、足元に飛んでくる。


「うおっ! 分かった! 働くからそれ止めろ!!」


「だから、うるっさいわい! 静かにしとらんかい!!」


 レグはまたルビングに怒られる。


「今の……俺かぁ? どう考えたって――」


 レグはぶつぶつ言いながらオークに切りかかる。


「まったく、騒がしいやつじゃ。大体――」


 ルビングもぶつぶつ言いながら女の剣をかわす。


「ふぅ、ねぇ大司教様、一体お歳おいくつなの? 見た目の年齢と動きのギャップがありすぎて、ちょっと気味悪いくらいよ?」


 女は息を整えながらルビングに尋ねる。


「ほう、そら褒め言葉じゃのぅ。このくらい元気じゃなきゃあ、あの阿呆あほう共をまとめられんわい!」


 そう言うとルビングは女の頭めがけて右回し蹴りを放つ。すると女はルビングの蹴り足を切り落とそうと剣を合わせる。


「うぉい!」


 ルビングはすかさず膝を曲げ足を畳む。女の剣は空を切る。ルビングはそのまましゃがみ込みながら回転、左足を伸ばしかかとで女の足を蹴り払おうとする。水面蹴りだ。


「くっ……」


 女は小さく後ろにジャンプしてルビングの蹴りをかわす。


 ドンッ


 と、女の背後に何かがぶつかった。オークだ。


「邪魔ぁ!」


 女は振り返るのと同時にオークの首をはねる。そして大通りへ向け走り出す。神殿前の混戦を嫌ったのだ。


「お~おぅ、おっかないのぅ」


 当然ルビングは女の後を追う。大通りまで走った女はルビングが追いかけて来ているのを確認すると、急に反転し剣を構えルビングに向け猛スピードで突っ込む。


(またこれかい!)


 ルビングは左前方に低く飛び込み、自身を突こうとする女の剣をかわすとそのまま前転して着地、体勢を整えすぐさま女の背後を取る。


「ちぃっ!」


 女が振り向くと、すでにルビングが右こぶしを打ち込もうと構えている。間に合わない。



 ボキボキッ



 ルビングのこぶしが右の脇腹に食い込み、鈍く低い音が身体の中に響く。肋骨を折られた。


「ぐっ……」


 女は思わずうめき声を上げる。骨が折れた感触は当然ルビングにも伝わっていた。ルビングは追い打ちをかけるべく二発目を打ち込もうとする。


「ぐぅぅ……っあぁぁぁ!!」


 しかし女は痛みをこらえ剣を振り回す。ルビングは距離を取る。


「……あなどったわ、エス・エリテ……ここまでやるとはね……」


 話しながら女は脇腹に治癒魔法をかける。


「ふぅぅ、こんだけやって、ようやく一発打ち込んで、そんでもすぐに治されちまうなんてな、難儀なんぎじゃわい」


 ルビングは再び構える。と、


「お待ちを!!」


 背後から男の声。振り返ると馬に乗った男が叫びながら走ってくる。


「今度はなんじゃいな」


 男は女の横で馬から飛び降りる。


「あらルピス。あなたも遊びに来たの?」


「お迎えに上がりました、撤退します」


「撤退? 何を言ってるのかしら……せっかく面白くなってきたところなのよ?」


 女はルピスを見ることなく、ルビングをにらみながら話す。


「いいえ、撤退です。エリノスは落ちません、ベリムスの負けです」


「……ちょっと待って、どういうこと? オークは?」


 そこで初めて女はルピスの顔を見る。


「一旦は南門を破ったハイガルド軍ですが、すぐに押し返されました。私が最後に見た段階では、残ったハイガルド軍はおよそ一千。オークも恐らく全滅です。西側もわずかに火の手が上がる程度、あの状態からエリノスを落とすことは不可能です」


 ルピスの話を聞いた女は下を向き笑い出す。


「フフフ、何それ? 一体何の冗談よ……あれだけ時間をかけ、あれだけ手間をかけ、あれだけ金を使って……どれだけ無能なのよ! ベリムス!!」


 怒りの声を上げる女に、ルピスは冷静に告げる。


「ベリムスは良くやった方かと……それよりもエリノスが堅かった、修道士が強かったのです。撤退しましょう」


「ここまで来て……手ぶらで帰るわけにはいかないわ!!」


「リアンセ将軍!!」


 ルピスに名を呼ばれたリアンセはキッ、とルピスをにらむ。


「気をお鎮め下さい。我々の目的はオークの命令遂行能力の確認です。そしてその目的は達成された、これ以上ここにいる理由はありません。撤退です」


 しばしの沈黙の後、ふぅぅぅ、とリアンセは深く深呼吸しルビングに話し掛ける。


「大変申し訳ありませんが大司教様、今日はこの辺で失礼させていただきますわ」


「なんじゃい、もう帰るんか? ゆっくりしてきゃあええじゃろ?」


「残念ですが、門限の時間になりましたので」


「はっ、門限があるようなええとこの生まれには見えんがのぅ」


「まぁ失礼ね、これでも名家めいかの出ですのよ。いずれまたお会いすることもあると思いますわ。その時は念入りに……殺して差し上げますわね」


 そう話すとリアンセは魔法石を取り出す。


「当然、これで帰るつもりでここに来たのよね、ルピス?」


「……やむを得ません」


 正直、こんな未完成品に命をゆだねるのは避けたいところだが、致し方がない。ルピスは腹をくくる。


「ああ、それとあなたに借りた剣、一本ダメにしちゃったわ。ごめんなさいね。」


 そう言ってリアンセはの欠けた剣を半分ほどさやから抜き、ルピスに見せる。


「は……え? あ……いつの間に……」


 ルピスはリアンセに剣を持って行かれていたことに気付いていなかった。


「戻ったら良いのをプレゼントするわ。では大司教様、ごきげんよう」


 リアンセの手にある魔法石がぽぅ、と光る。すると、二人の姿がすぅ~、と薄くなり、やがてその場から完全に消えた。


「消えおった……転移した、ちゅうことかい」


 ルビングは神殿前に目をやる。オークはあらかた片付いたようだった。


「おおい! 誰ぞ、エリノスの様子を確認してくれい! ……っ~、腰いわしたかのぅ……」


 ルビングは腰をさすりながら神殿に向かい歩き出す。

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