第59話 ベリムス・アーカンバルド
兵士はそれを
血の海を渡り迫り来るエリノスの軍勢。
「あ……あぁ……」
彼は後衛の最前列に並んでいた。ベリムスの号令が下るまさにその時、大きな爆発が起きた。前衛の制圧部隊が巻き込まれ、次の瞬間には爆風が押し寄せて来る。
一体何が起きたのか?
爆発をその目にしながら、彼には理解ができなかった。と、一、二メートルほど先に、ドンッ、と何かが落ちてきた。
腕だ。
右か左かは分からない。が、それは腕の肘から下の部位だった。ハイガルドの鎧の一部である
「は……は……はぁ……はぁ………」
「な……何だ……何だこれは!!」
ベリムスの怒鳴り声が響き渡った。その声で兵士はようやく状況を理解する。攻撃された。前衛部隊が吹き飛ばされた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息苦しい。汗が噴き出してくる。そして、動き出すエリノスの軍勢を目にした時、こう思った。
次は自分達の番だと。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁ~!!」
兵士はその場から逃げ出した。周りの兵士を押し退けながら、もつれる足を必死で動かす。それを見ていた他の兵士達も一人、また一人と彼の後を追うようにその場から逃げ出す。恐怖が伝染したのだ。残されたハイガルド軍後衛部隊は、たちまち
「待て、貴様ら! 撤退の指示は出していない! 戻れ! おい!」
副官が逃げ惑う兵達を必死で呼び止める。
(ここが終着か……)
その光景を見ていたベリムスは悟ったように副官に話し掛ける。
「無用だ、放っておけ。
いくら歴戦の将とはいえ、ここまで崩れた軍を立て直す
「は……いえ、しかし……」
「フフ……兵達にはあの神の
やけに落ち着いて話すベリムスに、副官は嫌な予感を感じ進言する。
「ベリムス様、お
「最後の
ベリムスは副官の進言を
「私が倒れたら武器を捨て降伏せよ。死神とはいえ神に仕える者共だ、降伏を願い出る者を攻撃せんだろう」
副官の予感は当たった。いくら上官の
「ベリムス様!
「くどい!」
ベリムスは副官を一喝する。
「これは私が始めた
と、軽く微笑みながらベリムスは前に出る。
「っ……ご武運を……」
副官は諦め、全てをベリムスに
「お、ありゃ大将だな、降伏かぁ?」
ゼル達の十メートルほど前方、ハイガルド軍の大将と思われる男が進み出る。
「ハイガルド王国、右将軍ベリムス・アーカンバルドである! 我こそはと思うものは前に出よ! 雌雄を決するべく
大声量のベリムスの
「おいおい、将軍様よぉ。この
「黙れ、
「誰が
二人のやり取りの間に、メチルはすたすたとベリムスの前へ歩く。
「メチル、やるのか?」
「っす」
デンバの問いにメチルは短く答える。
「そうか」
「そうか、っておいデンバ……」
「問題、ない」
デンバは腕を組み静観する構えを見せる。
「おいおいマキシよぉ、いいのかぁ?」
「メチルは強い。皆知っている。誰も文句は言ってないだろ? だからゼルも大人しく見てな」
「そりゃ強いのは分かってるが……大丈夫かよ……」
メチルはベリムスの前に立つ。するとベリムスは怒りの表情を浮かべる。
「これは何の冗談だ? 女、しかも子供ではないか?」
「子供じゃないっすよ、ピチピチの
「子供ではないか! このような者を前に立たせて、恥ずかしくはないのか!」
ベリムスの言葉にゼルは苦々しい表情を浮かべる。が、他の修道士達は涼しい顔だ。ニヤニヤ笑っている者もいる。
「やれやれ、弱い何とかほど何とかって
「何とかだけでは分からんわ!!」
怒鳴りながらザザッと二、三歩踏み出たベリムスは、右手に持つハルバードの
(な……早い!)
驚きながらもベリムスはメチルのスピードに反応する。左に振ったハルバードをそのまま左に構える。丁度ハルバードを上下逆に構える形だ。そして
メチルはそれを察知し、
「あざといわ!」
ベリムスは釣られなかった。しっかりとメチルの胸辺りに照準を合わせ、
「うおっ」
メチルはそこから
カィィィン
と、金属音。メチルの短剣は防がれた。ベリムスは突き出したハルバードを引き戻し、
しかもそれだけではなかった。短剣の先端、
「女だ、子供だと
そう言うとベリムスはドスン、とハルバードを地面に放り投げ、腰の剣を抜く。細かく動き回るメチルには
「ナメられたままの方がやりやすかったんすけどね」
メチルは再びベリムスに突っ込む。
(
ベリムスは右足を踏み出し、剣を寝かせ左から右へ水平切りする。メチルはドンッ、と踏み込みジャンプしてかわす。しかし、これはベリムスの仕掛けだった。
確かにこの女は強い。だが常識的に考えて、単純な力比べで負けはしないだろう。そしてついさっき、短剣を弾き飛ばした時にベリムスは確信した。いかにスピードがあろうと、決して埋めることができない
宙を舞い、メチルはベリムスに取り付く。そして右
「……暗……器か……」
メチルの右
「得物が
ベリムスは全身の力が抜けていくのを感じた。噴き出す血を右手で押さえ、よろめきながら、それでも左手に持った剣をメチルに向ける。
「あの……スピー……ドに、
メチルはすたすたと、無造作にベリムスに近付く。ベリムスにはもう剣を振るう力はなかった。そして再びベリムスの首筋を突く。
「レディの過去を
ベリムスはそのまま仰向けに倒れた。メチルは弾き飛ばされた短剣を拾い、修道士達の元へ歩く。
「見事」
「どもっす」
デンバの呼び掛けにメチルは短く答える。
「さて、それじゃあ連中を捕らえて終わりだ」
マキシは警備隊に指示を出す。ベリムスの側近達はすでに武器を捨てていた。
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