第195話 すれ違い

「ゼルよ、おるか?」


「ゼンじぃか? いいぜぇ」


 ガチャリと団長室の扉を開くゼントス。正面の執務机しつむつくえには書類の山に埋もれたゼルの姿。「どしたぁ、ゼンじぃ?」と問い掛けるゼルだったが、ゼントスは眉間にシワを寄せ微妙な表情。


「お前さんが大人しく机でお仕事とはな……どうにも見慣れん」


「しょうがねぇだろよ、ちっとここを空けただけで報告書やらなんやらかんやら……山になって積んであったんだぜぇ? こりゃ副団長でもえて仕事分けねぇと回んねぇよ……ゼン爺、やんねぇか?」


「やらんわい、面倒臭い」


「ハッ、言うと思ったぜぇ。んじゃやっぱエイナ辺り口説くかぁ。で、何の用だゼン爺?」


「おう、お前さんに客だ」


「客ぅ?」と眉をひそめるゼル。スッと団長室に入ってきたのは良く知った昔の仲間。


「エクシアじゃねぇか! そうか、お前がアイロウをてくれ……」


 しかしエクシアはゼルの言葉をさえぎる様にバッと右手を前に突き出すと「平伏ひれふしなさい」と一言。「はぁ?」と疑問の声を上げるゼルを無視して「平伏ひれふし、おののきなさい」と言葉を続けるエクシア。そして右手をスッと下に向けながら脇にけ道を空ける。するとそれを合図にばつ・・が悪そうな表情の女が団長室に入ってきた。


「……なぁエクシア。紹介してくれるのはありがたいんだが……もっとこう普通に……」


 しかしエクシアはそんな女の言葉を無視して「平伏ひれふし、おののき、あがたてまつりなさい」とキメ顔で話す。


「神さえ見惚みほれるその美貌びぼう、悪魔も激しく嫉妬する。海より深い慈愛じあいに満ちて、悪には無慈悲な死の鉄槌てっつい秀外恵中しゅうがいけいちゅう十全十美じゅうぜんじゅうび当代無双とうだいむそうの大魔導師、ドクトル・マーベラス・レイシィ様であらせられます」



「………………」



 沈黙に包まれる団長室。下を向いて無言のマーベラスは顔が真っ赤だ。必死に笑いをこらえるゼントス。


「ぶふっ……大丈夫か、マーベラス。何やら発火しそうな顔しとるぞ……ぶふふっ」


「うるさいゼントス! マーベラス言うな!」


「ふ……ふははは、はっはっは!」


 ゼントスを睨みながら怒鳴るレイシィ。そんなやり取りを見ていたゼルは吹き出す様に笑い出した。


「そうかぁ、あんたがドクトルかぁ。会いたかったぜぇ」


「ほう、私に会いたかったと……?」


 ゼルの言葉にレイシィの表情が変わる。にこやかに話すゼルとは対照的にレイシィの視線は冷たい。


「君がゼル・トレグか?」


「あぁそうだ。ジョーカー団長、ゼル・トレグだ。あんたとは一度ゆっくりと……」


「私もな……君に会いたかったんだ」


 ゼルの言葉をさえぎるレイシィ。「まぁ、何はともあれ……」と言葉を続けるとキッとゼルを睨み一言。


「首を差し出せ」


「……はぁぁ!?」


「では……ささ、ゼルさん、お早く。こう、ぐっと首を前に……」


 そう言いながらエクシアはゼルの髪をガシッと無造作に掴むと、グイッと乱暴に前に引っ張る。


いだっ! ちょ……エクシアお前、何しやがる!」


「何もかにも、レイシィ様が首を差し出せと仰っているのです。一も二もなく差し出すのが道理でしょう?」


「アホか! そんな道理あってたまるかよ! 離せっての!」


 怒鳴りながらエクシアの手を振りほどくゼル。乱れた髪を整えながら「何だってんだ、一体よ!?」とレイシィに当然の疑問をぶつける。


「心当たりがないとはなおたちが悪い……君がエス・エリテで私の弟子を拉致した事は周知の事実。申し開きがあるというのならば……聞こうじゃないか?」


 ガシッと腕を組み目一杯の圧を掛けるレイシィ。きょとんとするゼルは一瞬の間ののち「ふ……はっはっは、そういう事かよ」と笑い出す。その態度にカチンときたレイシィ。「……エクシア、得物えものはあるか?」と問い掛ける。するとエクシアは「は、こちらに……」と言いながらどこからかシュッと短剣を抜く。ゼルは慌てて声を上げる。


「待て! 待て待て!! 話を聞けっての! てかその剣どっから出したんだよ……コウにゃ仕事を依頼したんだよ、手伝ってくれってよ」


 ゼルの説明に全く納得がいかないレイシィ。「仕事ぉ!?」と低く唸る様にドスを効かす。


「ジョーカーの内部抗争に巻き込んでおいて仕事とは片腹痛いわ! ゼントスからは敵魔導師との戦闘で死にかけたとも聞いた……それは一体どういう事か!」


「おいゼン爺……」と恨めしそうな目でゼントスを見るゼル。「仕方なかろうが、事実だろうよ」とケロッとした顔のゼントス。「やはり事実なんだな……?」とレイシィは更に圧を掛ける。ゼルは肩をすくめながら「はぁぁ……」と息を吐く。


「……確かにそうだ、事実だぜぇ。俺が不在の時とは言え、その話を聞いた時にゃあさすがに肝が冷えた。だがこれは仲間を救う為にアイツが……」


 そこまで聞くとレイシィは「分かった」と静かに一言。そして続けて「エクシア、得物えものくれ。もっとデカいの」とエクシアに声を掛ける。するとエクシアは「は、ではこちらを……」と言いながらどこからかスッと手斧を取り出す。ゼルは両手を前に突き出しながら大慌てで制止する。


「待て待て! 待てって!! てかエクシアお前それどこに収納してんだよ……いちから話す、聞いてくれ」



 ◇◇◇



「なるほど……ミラネリッテで偶然出会って、エス・エリテに押し掛けて、アルマドまで連れてきたと……」


「ああ、そうだな」


「ふん、やっぱりストーカーによる拉致事件じゃないか」


 ゼルから一部始終を聞いたレイシィだったが、やはりどこか納得がいかない。「いやまぁ、話をギュッとすりゃあそんな感じにゃなるが……」と苦笑いのゼル。するとゼントスは「ダッハハハ!」と大笑いする。


「ゼルよ、諦めい。こりゃお前さん、何話したとて責められるぞ?」


「笑い事じゃねぇぜ、ゼン爺……まぁ多少強引に連れてきちまったのは悪ぃ事したなと思ってる。だが仕事として依頼したからにゃあ報酬はキッチリと渡したぜ。今ジョーカーが出せる限界の額を……」


「ああ、もういい……」と面倒臭そうにゼルの言葉を遮るレイシィ。


「ここで君と話していてもしょうがない、そろそろコウを呼んでくれ」




「……へ?」とゼル。




「……ん?」とレイシィ。




「いやいやドクトル、コウはもういねぇぜ?」


「ああ、だから早く呼んで………………はぁぁぁ!? いないって……ど~ゆう事だぁ!!」


「どうもこうもそのまんまだぜ。抗争終わってちょっと経ってからよ、行く所があるからっつって……もう旅立ったぜぇ?」


「バカな!? 何故なぜ引き止めない!!」


 激しく怒鳴りながらドンと両手でゼルの座る執務机しつむつくえを叩くレイシィ。バササ……と書類の山が崩れる。そのあまりの剣幕けんまくに「いやいや! だってよ、そんなんどうしろって……」としどろもどろのゼル。レイシィはゼルを睨みながら「エクシア!」と叫ぶ。


「は、これに……」


 するとエクシアはどこからかずっしりと重たそうなモーニングスターを取り出す。レイシィはそのをガシッと握ると、鎖の先のトゲ付き鉄球をブンブンと振り回し始めた。その顔からは表情が消えている。逆に怖い。


「待て待て待て!! そんなんで殴られたら死んじまうだろ!!」



 ◇◇◇



「はぁ……つまり何だ、老師からエリノス防衛の働きの褒美で紹介状をもらっていて、その工房があるイオンザへ向かったと……」


「ああ、そういうこった」


 両手を腰に当て項垂うなだれる様に「なんと間の悪い……」と呟くレイシィ。続けてぼそりと「老師め、余計な事を……」と一言。そんなレイシィの様子を見ていたゼントスはたまらず口を挟んだ。


「さっきから聞いとるとレイシィよ、お前さん随分とコウを過保護にしとる様だな。そんな一面がお前さんにあったとは知らんかったぞ」


「ああ、老師にも言われたよ。だが過保護って事じゃなくてだな……訳あって修行を途中で中断してるんだよ。コウには魔法の基本中の基本しか教えていない」


「修行を中断ってのは……どういうこった?」


「修行の最中にオーク襲撃事件が起きてな、私は城へ戻らなければならなくなったんだ。だからコウに直接教えられたのはその時点まで。最低限覚えておかなければならないものを課題として残し、それが終わったらエス・エリテで護身術を習えと伝えておいた。まぁエス・エリテにいた訳だから課題はクリアしていると思うんだが……だがやはり師としてどこまで出来る様になったのか、見定める必要があるだろ?」


 そんなレイシィの言葉に顔を見合わせるゼルとゼントス。「はっはっは……」と笑いはしたが「アイツ……そんな半端な修行しかしてねぇのにあんな出来んのかよ……」と少しばかり呆れる様にゼルは呟いた。ゼントスは腕を組み「ふむ、天性てんせいのもんっちゅうのがあるんだろうな」とどこか感心する様子を見せる。そしてすぐに「まぁ心配いらんわレイシィ」とレイシィの肩をポンと叩く。


先達せんだってうちの一番の使い手も戦闘不能にさせられとる。実戦でコウにかなう魔導師なんぞそうそうおらんぞ」


 そう話すゼントスをチラリと見るレイシィ。「だと良いんだが……」と呟く。するとゼルも「ああ、ゼン爺の言うとおりだ、心配いらねえよ」とニィ、と笑う。


「ただ強ぇってだけじゃなく、アイツは人としても立派なもんだ。さっきアイツが死にかけたって話したろ? そりゃあ俺の部下、アイツとよくつるんでた仲間を救う為に少数で乗り込んだからだ。助けるべきだっつってよ、アイツが他の連中を説得したらしい。結果、そいつは無事救われた。コウのお陰だ」


「うむ、うちの連中は皆コウを気に入っとる。人の為に怒り動ける、そんな奴を嫌う道理はないわな」


 二人の話を聞いたレイシィ、とうとう観念したかの様に肩をすくめる。


「はぁ、分かったよ……しっかりと成長していると理解しよう。しかしよりにもよって北とはな……」


「レイシィよ、お前さんまさかとは思うが……」


「分かっている。行かないよ、北には……迷惑を掛けるだけだしな」


「それってなアレかぁ、狂乱の名に関係のある話かぁ?」


 そんなゼルの言葉に驚くレイシィ。「お前、知っているのか!?」と声を上げ、バッとゼントスを見る。ゼントスは慌てて「わしは話とらんぞ!」と答える。


「あんた程の大人物が狂乱なんて呼ばれてるのがどうにも気になってよ、ちっと調べた事があるんだ。ただまぁ、詳しくは分からなかったがな。仮に分かっていたとしても人には話さねぇ。どうやらあんたの意向に沿わねぇ事らしいしな。俺はよ、あんたのファンなんだぜぇ? あんたが困る様な事はしねぇさ」


「ファン?」


「そうさ。俺が団長の椅子を目指したのは、あんたがいた頃のジョーカーを再び作り上げる為だ。あの頃のジョーカーこそが、俺にとってのジョーカーだ。んで、それを後押ししてくれたのがあんたの弟子……あんたら師弟とジョーカー、縁が太ぇと思わねぇか?」


「縁ねぇ……ま、良いさ」


 そう言うとレイシィはくるりとエクシアの方を向き「さてエクシア、何か話があったんじゃないのか?」と問い掛ける。


「あら、もうよろしいのですか、レイシィ様?」


「ああ、コウがいないんじゃあな、これ以上話す事はないさ。済まなかったな、待たせてしまって」


「いえ、わたくしはレイシィ様のお美しく凛々りりしいお顔を真近で眺める事が出来たので、それだけでもう胸が一杯で……」


 ギュッと両手を胸に当て満ち足りた表情を見せるエクシア。「いや話せよ! 何か報告あったんだろ?」とゼルが聞くとエクシアはチラリとゼルを見て、そしてパッと視線を伏せる。


「はぁ、では少しお待ちを……急にレイシィ様からゼルさんへ視線を移すとその……慣れておりませんので目がびっくりして……」


「…………」


 スン……と表情が死ぬゼル。


「コホン、では……アイロウさんの事なんですが……」


「おうそうだ、どんな感じだぁ?」


「思わしくありませんわ。とにかく流し込まれた魔力が多い様で、あれの除去となると相当手こずりそうですわ」


「そうか……そりゃ弱ったな……」


 腕を組み考え込む様子を見せるゼル。そんな二人のやり取りを聞いてレイシィにはとある疑問が浮かび、思わず口を挟んだ。


「済まないが……そのアイロウってのは、灰のアイロウの事か?」


「灰のぉ? 何だそりゃあ?」


「ジョーカーにとんでもなく腕の立つ魔導師がいると聞いた事がある。いつも灰色のローブを羽織はおっている事から灰のアイロウと呼ばれているとか……違うのか?」


「いや、初めて聞いたぜ。だが間違いねぇ、そりゃうちの六番隊マスターのアイロウの事だ。アイツそんな呼ばれ方してたんかぁ。あ、ちなみにな、そのアイロウに殺されかけて、その後見事雪辱を果たし魔導師殺しでぶっ倒したのがあんたの弟子だ」


「何!? コウが!! アイロウをか!?」


「ああ。だから言ったろ、心配いらねぇってよ。なんせあのアイロウ勝つくらいだぜぇ? しかし……そうか、良くないか……」


「はい。このままここで治療というのは無理があるかと。ですので出来れば、アイロウさんをエス・エリテへ連れて行きたいのです。向こうでしたらわたくし以外にも優秀な治癒師ちゆしがおりますし、何しろ老師もおりますわ。ここで治療するよりも結果は早いかと……いかがです?」


「ああ、そりゃあ願ってもねぇ。こっちから頼みたいくらいだぜ」


「ではその様に。わたくし、アイロウさんに伝えて参りますわね。それではレイシィ様、また後程のちほど……夜に……朝まで……じっくりと……ウフフ……」


 そんな呪いの言葉を残しエクシアは団長室を出た。無言で固まっているレイシィを見て「あんたも大変だなぁ……」としみじみと声を掛けるゼル。


「さて……と……じゃあ私はアレだな、東へな、帰ろうかなぁ、うん……」


 身の危険を感じたレイシィ。ゼントスも同意する。


「おう、それがいい。あのむすめ、目がマジだった。ここに残っとったらえらい目にあうぞ?」


「はは……そうだな……よし、帰る!」


 そう話しそそくさと団長室を出ようとするレイシィ。すると「あ、ちっと待ってくれ」とゼルが呼び止める。そして執務机の引き出しを開けると中から魔法石を取り出し机の上に置いた。「これは?」と問い掛けるレイシィ。


「うちの支部の連中がな、流れの商人から買い取ったそうだ。こいつぁ魔法の発動を防ぐ効果があるっつうおっかねえ魔道具さ」


「何だと!?」


「驚くのも無理はねぇ。魔導師にとっちゃあ天敵みたいなもんだろうよ。だがこいつぁ試作品らしくてな、一定量以下の魔力しか押さえ込めねぇ半端な代物しろもんだ。しかし……」


「ああ……半端だろうが何だろうが、こんな物が存在している事自体が問題だ……」


「だな。試作品って事はいずれ完成品が作られる可能性があるってこった。うちの工作部が便宜上べんぎじょう封魔ふうまの魔法石って名付けてな、あれこれ調べてみたそうなんだが……どうにもこうにもさっぱりだ。このままうちに置いといても解析出来そうにねぇからよ、あんたにやるわ」


「良いのか?」


「構わねぇよ。せっかくドクトルが来てくれたんだ、土産の一つも渡さなきゃ格好かっこつかねぇだろぉ?」


「じゃあ、遠慮なく……」


 そう言うとレイシィは封魔ふうまの魔法石を手に取り、そしてじっくりと眺め始める。そんなレイシィの様子を見て「似てる……って、思ってんだろ?」とゼルは問い掛ける。「……何に?」と問い返すレイシィ。


「転移の魔法石……だっけか? オークが飛んでくるっつう、アレだ。俺は転移の方は詳しく知らねぇがよ、こんな風に魔法石って形にするあたり、何となくだが……同じヤツが作ったんじゃねぇか、ってよ」


 緩やかな笑みを浮かべるゼル。しかしその目は深い。「フフ……」とレイシィは軽く笑う。


「なるほど、運や偶然でその椅子に座った訳ではない様だな」


「はっはっは、そりゃ褒め言葉だな。ありがたく受け取っておくぜ」


「一つ頼みがある」


「何だい?」


「何でも良い、オークの情報を拾ったらオルスニアまで届けてくれないか?」


「そりゃ構わねえが……見返りは?」


「そうだな……ジョーカーは東に支部網を築きたいのだろう? エルバーナ同盟国内なら、各国担当者に話を通す事が出来る。無論、支部開設の確約までは出来ないが……どうだ?」


「はっはっは、いいぜぇ、交渉成立だ。何か聞いたらあんたに届けるさ」



 ◇◇◇



 こうしてレイシィは(エクシアから逃げる様に)急ぎオルスニアへの帰国のく。東を舞台とした世を揺るがす大事件が起きるのはまだまだ先の事である。

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