第215話 王の詰問
「待っていたぞ、さぁ掛けてくれ」
部屋の中央にある大きなテーブルに右手を向けながら俺とジェスタを迎え入れるのはダグベ王国国王マベット。「失礼致します」と
そして何やら光輝いている様に見える目の前のテーブル。美しい木目が印象的なツルツルの
「失礼致します」
スゥ……と音もなく現れたのは白髪混じりの年配の男。レクリア城に辿り着いたその夜、客間まで案内してくれた
「貴方様は東方からいらしたとお
何という事でしょう。どこの誰とも分からない様な俺の為にそんなにも気を使ってくれるなんて。「あ、これはどうも……ありがとうございます」とお礼を言って紅茶を一口。「ああ、懐かしい感じがします」などと言ってみる。リザルーは「それは良うございました」とにこりと微笑んだ。
(うっ……)
リザルーの穏やかな微笑み。そして襲い来る罪悪感。ごめんなさいリザルーさん、嘘
「さて、コウ・サエグサと申したな?」
などと罪悪感からくだらない
「うむ、ジェスタから聞いておった。腕の立つ魔導師であるとな。そなたが
「いえ、そんな……」
「
「え!? いえいえ! あの、本当にそんな……!」
一国の王からの真っ直ぐな
「今日そなたに来てもらったのはな、話をしたいと……いや、話を聞きたいと思ったからだ。そなたがどの様な経緯でこの北方を訪れるに至ったのか、今までどこで何をしておったのかと……まぁ色々な」
「はぁ……それは宜しいですが……」
「ん? 何か問題があるかね?」
「いえ……それらの話をするとなれば、必然的にこの国で毛嫌いされている人物の話もしなければなりませんが……?」
少し意地の悪い、そして少なからず危険を
そして恐らくこの王ならば大丈夫だ、
更に言えばひょっとしたら……という思いもある。誰に聞いても真相を知らず、知っているだろうと思われる者も話せないと口をつぐむ魔女の実験。かつてレイシィがこの国で引き起こしたその
避けて通れない理由、そして打算と希望。それらがこの国の王に対して不敬と問われかねない言葉となって出てきたのだ。そしてその言葉を聞いた王の返答は、まさにこちらが望むものだった。
「無論、そこも含めてだ。気兼ねする事など何もない、そなたの言葉で思うままに語るが良い」
俺はチラリと隣に座るジェスタを見る。ジェスタは無言で小さく
「では……」
そうして俺は
~~~
「――で、イオンザへ向かう途中ジェスタさん達と出会い、今ここにいるんです」
一通り話し終わり、俺はティーカップに手を伸ばす。熱々だった紅茶はすでに冷たくなっていたが、しかしそんなのお構い無しにグイッと喉の奥へ流し込んだ。話の終盤くらいから喉が渇いて仕方がなかったのだ。改めて思ったが、やはり自分の事を話すというのはどうにも苦手。人の話を聞いている方が好きなのだ。
「ふぅ……」
一息ついた俺はカチャリとカップをティーソーサーに置く。すると再びスゥ……と背後からリザルーが現れる。そして空になったカップに紅茶を注いでくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。しかしながら……中々に壮絶な経験をされておりますな」
「壮絶……ですか?」
リザルーの言葉がピンとこなかった俺は思わず聞き返した。するとマベットも「確かに……今の話、
「更には
「ご存知でしたか、オークの襲撃事件」
「ハハハ、確かにここは中央から離れてはおるがな、別に引き籠っている訳ではない。世界の動向、情報は常に探っておる。さてコウよ、そなたの話を聞いた上で尋ねたい事があるのだが?」
「はい、何なりと」
「うむ」と言うとマベットはグッと身を前に乗り出しテーブルに両肘を付く。
「今回そなたはジェスタに雇われたと申したな。だが
静かに落ち着いた、しかし威圧感を含んだ口調。まるで睨む様に俺を見るその顔からは笑みが消えている。つい先程までの穏やかな雰囲気は何だったのか。そう思うくらい険しい表情のマベットに少し
「取り分……とは?」
「雇われたからと言われればそれまでだ。しかしジェスタが身を立てねばまともな報酬は受け取れんだろう。仮に失敗すれば命を落としてそれで終わり……それではあまりにそなたの背負うリスクが大きいではないか」
「そう言われれば確かにそうですが……」
「それに先程のそなたの話。東やイゼロン、傭兵団での戦いも……まぁ理解は出来る。世話になった場所や人を守る為、
(そうか……そんな見方があるとは思わなかった……)
自分が疑われていた事に若干のショックを受けつつ、しかし同時に納得出来る話だとも思った。自身の娘との結婚を控えている隣国の王子に、いつの間にやら得体の知れない魔導師がついて歩いているのだ。コイツは何者だ? と思って当然だろう。ここはしっかりと悪意など持っていないと伝えねば……
「裏なんてありませんよ。困っている人に手を貸すのは当然の事で……」
などと訴えようと口を開き掛けたその時、「よもや純粋な善意
(……あ!)
必死に考えた
「あの……純粋な善意とは、少し違うのかも知れませんが……」
「ふむ、何か?」
「はい。偶然出会った人が
そんな俺の言葉に一瞬呆けた様にきょとんとするマベット。しかしすぐに「フ……ハッハハハ!」と笑い出した。
「ハハハハハ! なるほど、それは確かに純粋な善意とは呼べぬな。
(お……おぅぅ……)
ズバリそう言われると何というか、自分が随分と小さいヤツの様に見えてしまう様な……スッパリと善意です、とそう言い切った方が良かっただろうか……
「あの! 勿論ですね、純粋に困っている人に手を貸したいと、そう思う部分もありまして……」
などと慌てて言い訳がましく説明する。が、それが余計に自分の小ささを引き立ててしまっている事に俺はまだ気付いていない。そしてマベットは大笑い。ジェスタは苦笑いだ。
「あの……一つ
このままこの話が終わってはまずい。そう思った俺は更に食い下がる。「良いぞ、何だ?」とマベットは相変わらず笑いながら答えた。
「はい。魔導師の高みへ登りたいと、そう考えています」
その言葉に再びマベットから笑顔が消えた。そして「ほう……高みとは?」と静かに問い掛ける。
「はい。最初は魔導師とは生きる為の
するとマベットは腕を組み、何やらぶつぶつと言いながら考える様な仕草を見せる。
(なるほど……他者の手助けを出来て、己の都合や
チラリと俺の顔を見て何やらニヤリと笑うマベット。「あの、何か……?」と恐る恐る問い掛けると、マベットは組んでいた腕を下ろす。そして穏やかな笑みを浮かべながら「いや、良く分かった」と言った。
「済まなかったなコウよ。だがお陰でそなたの本音を覗けた。綺麗事ばかり並び立てられるよりも余程信用が出来るというものだ」
「あ……はぁ……」
「世の為人の為などと、そんな事を言う
「は……はは、そうですねぇ……」
なぁって言われても……しかし危なかった。良い子を演じていたらどうなっていたか分からなかったな。まぁいらないダメージを負ってしまったのも事実……いや、俺別に小さくねぇし。行き掛かり上なんかそんな感じになっただけだし。
いやマジで。
なんて事を考えていると、今まで黙って聞いていたジェスタは
「お聞き頂いた通り、コウ殿には裏も悪意もございません。そしてコウ殿がいなければ、私達はこのレクリア城には辿り着けなかったでしょう。更に言えば、この先も……私は彼の力添えに応えたいのです。ですので陛下、
「コウよ。そなたの知りたがっておる事に答えよう。場所変える、ついて参れ」
そう言うとマベットはスッと立ち上がる。そして扉へ向かい歩き出した。「え? あの……」と戸惑う俺の肩をジェスタはポンと叩いた。
「行こう、コウ殿。ドクトル・レイシィとこの国に何があったのか、コウ殿には知る権利がある」
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