第214話 悪魔の舌
ナルフとフッズが退室しヴォーガンも自室へ戻ろうと玉座から腰を浮かしたその時、
「リアンセ殿!」
ヴォーガンは
「うむ、悪くない。そなたの顔を見れたからな」
「まぁ、嬉しいお言葉を……中々お訪ねをする事が出来ず申し訳ございません」
「何の、忙しいのは承知している。城での暮らしに不自由はないか?」
「はい。格段の
「それは結構だ。して、今日は
「はい。ゼンロ様に薬の件を伺いましたものですので……」
「おぉ、そうだ。薬の量を増やせないかとゼンロに問うた。しかしゼンロは出来ぬと……何とかならないものか?」
話ながらチラリとゼンロに目をやるヴォーガン。しかしゼンロは表情を変える事なく真っ直ぐ前を見ている。
「はい。誠に申し上げにくき事ではございますが……」
そう言いながらリアンセは
「これがナブル葉にございます」
手のひらの半分程の大きさのその葉は
「別名悪魔の舌と呼ばれるこの葉はかつて西側を席巻した麻薬、極めて依存性が強い薬物ですわ。乾燥させ細かく刻み、紙に巻いて火を点けその煙を吸う事で
「うむ、それは聞いた。そしてそのナブルがあのオーク兵を作り出す鍵である事もな」
「はい。多量の魔力を浴びせ魔力過干渉状態になる寸前、このナブル葉から取り出した抽出液を投与致します。そして再び魔力を浴びせる。そうして魔力過干渉状態にする事で自我を失い暴れ出すのではなく、こちらの命令を忠実に遂行しようとするあのオーク兵が生まれるのです」
「そなたらの技術は実に興味深い。その抽出液を加工したものを父上に投与しているのだったな。自白剤としての効果があると……その量を増やし結果を早められないものか?」
「恐れながら殿下、それは無謀と言わざるを得ませんわ」
リアンセはナブル葉を革袋にしまいながら説明を続ける。
「一度にあまり多くを投与してしまうとナブル中毒に
申し訳なさそうに話すリアンセを見て、ヴォーガンは「むぅ……分かった、致し方ないな」と納得する様子を見せた。
「ご理解を頂き恐縮にございますわ」
にこりと笑顔で答えるリアンセ。その笑顔でヴォーガンの思考はカチッと切り替わった。そして「それより奥で少し話そうではないか、そなたの国の事を教えてくれ。良いワインを用意する
「はい、お誘いは嬉しゅうございますが……実はこの
「何と……急ぎの予定か? 私と話す以上の重要事か?」
食い下がるヴォーガン。リアンセは「フフ、殿下には敵いませんわね」と笑うと「それでは少しお邪魔してもよろしゅうございますか?」と尋ねる。
「無論だ!」
そう声を張るとヴォーガンはリアンセを伴い、
「火急の要件以外はその方らで対処しておけ。良いな!」
そう指示を出すとヴォーガンはリアンセと共に部屋に
「やれやれ、随分とあの女を気に入られたご様子だ。
「馬鹿な!? あれは酒の席での
ゼンロの軽口を聞きゾヴァリは驚きの声を上げる。その話は耳にしていた。しかし勿論の事、悪い冗談の
「そう思っているのは能天気な軍部の連中とあの御方の事を良く知らん者だけだ。お前もあの御方の
「それは何とも……
「何としますだと?」
ゼンロは聞き返すと肩を
「言い出したら聞かぬ御方だ。どこの国の誰とも分からぬ者を王家に迎え入れるなど……あり得ぬわ」
「西から来たと、そう申しておりましたな。沈んだ大地から……」
ゾヴァリの言葉にゼンロは「そんなもの、どこまで信用出来ると?」と吐き捨てる様に話す。
「そもそもがだ、沈んだ大地の情報などまるで入ってこないのだ。向こうにどんな世界が広がっているかなど誰にも分かりはしない。その西の果てから来たなどと……信じようにも根拠が無さすぎる」
「ですがあの力は本物でしょう。あのナブルとか言う薬も
「……ああ。何より北の問題をどうにか出来るかも知れんとあってはな。ビルデ山脈以北、止まった地の開拓は我らに多大な益をもたらすだろう。そしてそれを
「連中に頼らざるを得ませんな……この件、評議会は?」
「知る訳がなかろうよ。あくまで連中はあの御方の客人としてここに滞在している、その
「悩ましい連中ですな」
「全くだ。いくら互いに
「は……」
◇◇◇
「……ジェスタさん、これ……どこ向かってるんです?」
「ハハッ、着いてからのお楽しみという事で」
「はぁ……」
ダグベ王国、レクリア城。ジェスタさんから「コウ殿、少しよろしいか?」と誘われ城の中を歩いている。いくつも廊下の角を曲がり一階から二階へ。このレクリア城、迷路とまでは言わないが内部は実に複雑な作りになっているのだ。そんなに大きな城ではないはずなのだが、もはやどこを歩いているのかさっぱり分からない。これはきっと防衛の為に他ならないのだろう。城を攻められ敵が城内に侵入しても、この作りであれば容易に王族の居住エリアには辿り着けない。脱出の時間も稼ぎやすくなるというものだ。
そして三階フロアへ足を踏み入れると途端に空気が変わった。明らかに警備が厳重になっているのだ。各部屋の前には必ず兵が二名ずつ立っており、俺達がその前を通る
やがてジェスタはとある部屋の前で立ち止まる。大きな両開きの立派な扉。当然兵が立っている。ジェスタは敬礼している兵に「いらっしゃるか?」と尋ねる。兵は「はっ、少々お待ちを」と答えると扉の前へ進んだ。
「陛下、ジェスタルゲイン殿下がお見えになりました」
「……陛下? え? ちょ……ジェスタさん!?」
驚いて慌てる俺をよそに扉の奥からは「良いぞ」との返答が響く。するとジェスタは「さ、行きましょう」とどこか含みのある、しかし男前な爽やか笑顔で一言。これはあれだ、きっとサプライズ成功とでも思っているのだろう。
(いやいや、俺男だし。女じゃないし。そんな爽やか笑顔で丸め込まれないし……)
などと心の中で文句を言いつつ、しかしジェスタルゲインという王子の今まで見た事のなかった一面を見れた事を……いや、そんな一面を見せてくれた事を何だか嬉しく思っていた。
このマンヴェントに辿り着くまで、ジェスタはずっとどこか張り積めた様な緊張感とヒリヒリとする様な悲壮感を漂わせていた。まぁ無理もないだろう。命を狙われ、部下や仲間を失い、まさに
(いやだからって何で急に王様と……)
それはそれである。
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