第175話 風格

「この辺ならば良いだろう。好きに暴れても周りに迷惑は掛からない」


 先導していたアイロウは馬の脚を緩め下馬する。そして更に奥へと足を進める。そこはプルームへと続くベルエン街道から北に少し進んだ場所。プルーム周辺は比較的荒れている。目の前には荒涼とした風景が広がっていた。俺は馬を降り、アイロウのあとへ続く。ブロスらギャラリー・・・・・達は俺とアイロウの馬がいる辺りで観戦するようだ。少し進むとアイロウは立ち止まり振り返る。


「貴様は一体何者だ……どこの誰だ?」


「何者って言われても……何者でもない……か? ジョーカーに所属してる訳でもないし」


 するとアイロウは驚きの声を上げた。


「ジョーカーではないのか!? ならば何故なぜ首を突っ込む!」


「ゼルに雇われたんだよ」


「……ハッ! 全く無茶苦茶な……傭兵が傭兵を雇ったというのか……ふざけやがって……!」


 吐き捨てる様に話すアイロウのその様子からは、ひどい苛立ちの感情がうかがえた。何だ、何か……何かがおかしい。前にバルファで戦った時とはどこか様子が違う……


「なぁ、エクスウェルはどうなってんの?」


「何……?」


 ジロリ、とこちらを睨むアイロウ。


「あんたが一人でここにいるってのが、どうにもおかしいんだよね。部隊を率いて俺達を迎え撃つってのが道理だと思うけど?」


「貴様の知った事ではないだろう」


「まぁそうなんだけど……で、このあとは?」


「この後だと……?」


「ゼルが団長になった後だ。あんた、どうするんだ? 辞めんの?」


「それこそ貴様の知った事ではない!!」


 突如声を荒らげ怒りをあらわにするアイロウ。やはり何かあるのだ、アイロウがエクスウェルの側から離れた理由が。そして何かに迷っている。だからこその怒り……


「ゼルに仕えろよ。あんた程の実力者が抜けるのはジョーカーにとっちゃかなりの痛手だろう」


「貴様に指図される筋合いはない。俺は強い者に従う。俺をこき使いたければ俺と死合しあってねじ伏せろと、ゼルさんにそう伝えるんだな」


「そう。だったら別に俺でも良い訳だ。俺があんたをねじ伏せて、ジョーカーに残れと命令すれば良い」


 そう話した瞬間、アイロウの雰囲気が変わる。その表情は更に険しくなり、その圧は更に強くなる。


「面白い。これで互いの戦う理由がはっきりとした訳か。俺は仕損じた貴様の命を奪う為、貴様は俺をジョーカーで働かせる為。名を……聞いていなかったな」


「コウ。コウ・サエグサ」


「コウ……コウか」


 静かに呟くアイロウ。どうでも良い相手ならば名など聞きはしない。アイロウが相手の名を問う時。それはその相手が自身にとって重要な存在である時。そして自身にとって強力な敵である時だ。


 グッ、とこちらを睨むアイロウ。真っ直ぐに向けられる射抜く様な視線。空気が圧縮され、どんどん重くなってゆく様な錯覚を起こす。身にまとっているのは強者としての風格か。気圧けおされない様、気を落ち着かせる事に集中する。同時に研ぎ澄まされてゆく感覚。ここから先一挙手一投足、絶対に見逃せない。見逃さない。


「アイロウ・ブレンデス……参る!!」


 低く名乗った直後、アイロウはこちらへ向かって走り出した。



 ◇◇◇



「はっはっは、大勢で出迎えとは嬉しいじゃねぇか」


 皆一様に険しい表情でこちらを睨んでいる。暗く湿った様なその視線は突き刺さるというよりも、ぬらり、とまとわり付く感じと言った方が適切だろう。そんな無数の不快な視線を浴びせられてもなお、ゼルは大きく笑った。双方数々の戦いを繰り広げ、決して少なくない犠牲を出し、しかしようやくにしてここまで辿り着いたのだ。悪名にまみれたエクスウェルが支配するこん抗争の終着地とも言える場所、ジョーカープルーム支部だ。


 ベルナディに案内されプルームの街の外れにある支部に着くと、敷地内や門前にはプルーム支部数百の団員達が揃ってゼル達を待ち構えていた。彼らの姿を見たゾーダやデームは当然警戒する。しかし彼らに動く気配はまるで感じられない。どこか無気力な、それでいて怒りに満ち、あるいは恨めしそうにこちらを見ている彼らの目は、いくさの前ではなくいくさが終わった後に良く見る目だ。戦に負け、果たして自分達がどの様に取り扱われるのか、勝者による自分達への差配さはい。その沙汰さたを待っている敗軍の兵達の目。ゾーダ達はそんな悲壮感を彼らプルームの団員達から感じていた。


 馬を降りゆっくりと門へと進むゼル。頑丈そうな鉄門はすでに開け放たれており、代わりに門を塞ぐ様に並んで立っているのは六人の男達。エクスウェルの親衛隊だ。いつもの彼らならば金属製の大楯を手に、エクスウェルを守る為常にその側にはべっているのだが、しかし今日の彼らは武装してない。およそ敵を迎え撃とうという姿ではなかった。


「何だぁマクエル、今日は随分と軽装じゃねぇかよ」


 ゼルは軽く笑いながら、腕を組み険しい表情でこちらを睨んでいる中央の男に話し掛ける。親衛隊隊長のマクエルだ。


「挨拶、前置きは無用。中に入れ。ただし供は二人だ。ぞろぞろと何人も引き連れ中に入られては迷惑千万、部隊はここに置いて行け」


「はぁ? 何をぬかしてやがる、正気かおい? 敵地のど真ん中に大将放り込むバカがどこにいるってんだぁ?」


 淡々と話すマクエルに詰め寄るブリダイル。マクエルはチラリとブリダイルを見るが、すぐに視線をゼルに戻す。


「心配するな、その気ならとっくに襲っている。ビビる必要はないぞ、ブリダイル」


 マクエルは再びチラリとブリダイルを見る。「誰がビビってるってんだ! おう!?」と怒鳴るブリダイルだが、マクエルは無視だ。


「落ち着けよブリダイル、中に入ろうぜ。ゾーダもな。デーム、済まねぇが残って部隊を見ててくれ」


 ゼルがそう話すと親衛隊はゆっくりと左右に分かれ道を空ける。そしてそれに合わせる様に敷地内のプルーム支部団員達も左右に分かれ、にわかに支部のエントランスへと続く一本の道が出来た。マクエルは「ついて来い」と先導する様に歩き出す。「んじゃ、行こうぜぇ」とゼルはゾーダとブリダイルに声を掛けるとマクエルの後に続く。「おいおい、大丈夫かよ……」と呟いたブリダイル。その懸念はもっともだ。周りは完全に囲まれている。怨嗟えんさ渦巻くこの様な敵中てきちゅうで、一斉に襲い掛かられでもしたら一溜ひとたまりもないだろう。ブリダイルはギロリギロリと左右のプルーム団員達に睨みを効かせながら歩き出す。ゾーダは無言で真っ直ぐに前を見据えたまま進む。と、ゾーダの耳がカチャ……という小さな音を捉えた。


「う、うう……うぉぉぉぉぉ!!」


 雄叫びと共に飛び出してきた人影。瞬間、ゾーダは剣を抜く。そしてそのまま大きく一歩踏み込むと下から上へと剣を斬り上げた。


 ギィィィン!


 耳をつんざく金属音。ゾーダの剣はゼルを狙い突きを放ったプルーム団員の剣を頭上へと弾いた。そして斬り上げた剣を振り下ろすと、ビッとその団員の首筋に突き付ける。


「うっ……」


 団員の背筋に冷たい物が走る。剣を突き付けられたからではない。その剣の切っ先よりも、遥かに鋭いゾーダの眼光にだ。


「野郎!!」


 怒鳴りながらブリダイルは抜剣ばっけんして構える。そしてそれに連鎖する様に周りのプルーム団員達も「んだぁ!!」「クソがぁ!!」などと口々に怒りの声を上げながら次々と剣を抜く。


「不意討ちたぁつまんねえ趣向しゅこうじゃねぇかよ!」


 剣の切っ先を右に左に動かしながらブリダイルは周囲を牽制する。が、絶望的だ。どんな手練てだれであれ、これだけの敵に囲まれてはすべがない。


「ったくゼルちゃんもよぉ! 何でもかんでもホイホイついてくんじゃねぇ! ちったぁ疑いやがれってんだ!」


 声を上げるブリダイル。しかしそんなブリダイルの説教・・にも、ゼルは冷静に周囲を眺めているだけだ。


(くっそ、どうするよ……)


 ブリダイルは考える。が、どうしようもない。剣士三人でこの状況は抜けられない。手があるとすれば……


抜剣ばっけん!! 魔導師も構えろ!!」


 突如後方から響く声。見ると門の外で待機していた仲間達が身構えている。その先頭で右手を前に付き出しているデーム。いつでも魔弾を発射出来る態勢だ。


(よし! どうにかなるか!)


 この状況に風穴を空けるとするならば、魔導師の力は絶対に不可欠だ。後方からデームら魔導師達が攻撃を加えれば、この窮地きゅうちを脱するチャンスが生まれる。と、そんな算段を付けたブリダイル。デームに攻撃しろと指示を出そうとしたその時、


「納めろぉぉぉ!!」


 マクエルは大声を張り上げ一喝。ギロリと周りを見回し団員達の動きが止まったのを確認する。そして再び声を上げる。


「結論は出たはずだ! ここにいる者は皆それに同意した! 受け入れた! 違うか!!」


 直後、静寂が場を包む。そののちプルームの団員達は各々顔を見合せ「チッ……」「クソッ……」などと悔しさを滲ませながら渋々剣を納め始める。


「良く分からんが、ああ言ってるがどうする?」


 低く、静かに問うゾーダ。ゼルを狙った団員に突き付けられた剣と選択。「クソ……クソッ! どけぇ!!」と怒鳴りながら、ゼルを狙った団員は仲間達を押し退け後方へ走り出した。


「チッ! おいゾーダァ! 逃がすんじゃ……!」


 逃がすんじゃねぇ! そう言おうとしたブリダイルだったが「放っとけよ!」との声にさえぎられた。声の主はゼルだ。


「来る者拒まず、去る者追わず。それがジョーカーだろ? 俺は拒まねぇぜ、例え何人なんぴとであろうとなぁ」


 そう話すとニッと笑い、ゆっくりとプルーム団員達を見回すゼル。それはいつもの口調でいつもの仕草しぐさだった。しかしゾーダとブリダイルはピクリと反応する。何故なぜならゼルのその言葉は、今までかたくなに明言めいげんを避けてきた内容だったからだ。


 自分がジョーカーをべたら、何人なんぴとも拒まない。


 時期尚早しょうそうだと、今まで誰に聞かれても話した事はなかった。しかしほんの小さな事ではあるが、ゼルはここにきて初めて自身が団長となったらどうするか、という内容を口にしたのだ。それはいつもの口調でいつもの仕草しぐさ。しかし二人の目には、それは実に堂々とした姿に映った。王者としての風格、そんな物さえ漂わせている気がした。

 ゼルは軽く手を振りながら「デーム! 大丈夫だ! 待っててくれ!」と叫ぶ。そしてゾーダとブリダイルに目をやる。


「さて、行こうぜぇ」

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