第44話 フラストレーション

「さぁ、コウさん、正面に来て下さい」


「はぁ……」


 エクシアに促され洞窟の正面に立つ。


「さて皆様、お仕事ですわよ。ハンディル達に追い立てられた蜘蛛が、洞窟から飛び出してきます。それをコウさんが潰していきますので、わたくし達は蜘蛛の死体を洞窟前からどかします。じゃないと洞窟の入り口が、蜘蛛で埋まってしまいますからね」


「あの、蜘蛛を潰す手伝いは、してもらえないんですかね?」


「コウさんの邪魔になってしまいますので」


 エクシアはニッコリ微笑む。


「一度に何体も飛び出してきたら、さすがに討ち漏らしが出てくるかと……」


「討ち漏らさないで下さいまし」


 エクシアはニッコリ微笑む。


 くそっ、エクシアめ、いい笑顔しやがって!


「いやいや、ちょっとは倒すの手伝って下さいよ! 大体――」


 そのやり取りを、メチルは疑問を抱えたまま眺めていた。


 確かに強いだろう、そう思う。まともにやり合えば勝てないだろう。底無しの魔力を持っているからとか、そういう話ではない。理屈ではないのだ。肌感覚で分かる。暗殺者アサシンとして生きてきたからだろう、相手の強さだったり、危険を察知する能力には長けている方だと思う。


 だが、エクシアはコウのことを、老師と同じ部類の化け物、と言った。果たして、そこまでのものだろうか?


 老師はまごうことなき化け物だ。何度手合わせしても、いいようにあしらわれてしまう。本来なら杖をついて歩いていても、おかしくないくらいの歳のはずだ。にもかかわわらず、技のキレなどは年々増していっている気がする。

 さらに、治癒師としても超一流だ。死んだ者さえ生き返らせることができるのではないか、と思えるくらいの、まさに神の奇跡とも言うべき術も修めている。


「…………」


 メチルのジトッとした視線に気付く。


「どした?」


「……生意気っすね。まぁ、見せてもらうっすよ」


 ……何がだ?



 ◇◇◇



 ……ドスドスドス……


 洞窟内から振動が響いてくる。


「来ましたわね。遠慮はいりませんわ、コウさん。殲滅しておしまいなさい!」


 エクシアは雄々おおしく吠える。釈然としないがまぁいいだろう。


 ……ドスドス……ドドドド……


 来る!


 次の瞬間、洞窟の中から十体、二十体と次々イゼロスパイダーが飛び出してきた。


「うおっ! おお!!」


 すぐさまイゼロスパイダーの頭を狙い、魔弾を連続で射出する。


 バシバシバシッと魔弾が命中し、大蜘蛛は絶命する。が、しかしこれは……


「エクシアさん! 数が多すぎる!」


「何を仰ってるんです! それでもレイシィ様のお弟子ですか! まだまだいけるはずですわよ! 少なくともレイシィ様ならこの程度の数、どうと言うことはありませんわ!」


 そらレイシィならな!!


「俺はお師匠じゃありませんからね!」


「分かっておいでですか!? あなたの出来が悪いと、レイシィ様の素晴らしきお名前に、泥を塗ることになってしまうんですわよ! 次にそんな腑抜ふぬけたことを仰ったら、背中に穴が空きますわよ!!」


「な!!」


 何でこの人、蜘蛛じゃなく俺に槍向けてるんだ!? くそっ、無茶苦茶だ!!

 前門の大蜘蛛、後門のエクシア状態の中、ひたすら蜘蛛を仕留める。修道士達は俺が仕留めた蜘蛛の死体を、せっせと脇に移動させている。


「メチル、手を貸して!」


「おおおお……」


「メチル!」


「うおっ! おお……」


 エクシアの声はメチルには届いていない。メチルは夢中になっていた。

 今まで多くの魔導師を見てきた。敵として相対したこともある。だが、ここまでの者はいなかった。これだけの数の敵に対してその数分かずぶんの魔弾を放つのだって楽なことではない。ましてやその魔弾は、追尾するように正確に蜘蛛の頭をとらえているのだ。


「メチル!! 聞こえてますの!?」


「あ……うっす!」



 ◇◇◇



「そっちはどうだ?」


 洞窟内にカプトの声が響く。直径五、六メートル程の大きな洞窟。その出口に程近いポイントには、左右に三、四メートル程の大きさの横穴が口を開けている。その横穴の一つから、ハンディルが顔を出す。


「こっちの追い出しは完了だ」


「そうか。じゃあ、そっちの横穴の追い出しが終われば、この洞窟はクリアだな」


 洞窟内の蜘蛛を外に追い出す作業は、残すところこの横穴一本だけになった。が、その横穴に潜ったハンディル達は一向に戻ってこない。


「遅いな、何かあったか……」


 と、ディストンが心配すると、その横穴から三人のハンディルが飛び出してきた。


「どうした!?」


 カプトが駆け寄ると


「はぁはぁ、あれ……まずいぞ……!」


 飛び出してきたハンディルの一人が横穴を指差した次の瞬間、その横穴から大きくて長い何かが、ズルズルズルッと姿を表した。そしてそれは、真っ直ぐに洞窟の出口へ向かう。


「まずい!!」


 カプトらは急いで後を追いかける。が、思った以上にそれの動き早く、到底追い付けない。


「気を付けろー!!」


 ディストンは出口に向かい、そう叫ぶので精一杯だった。



 ◇◇◇



「……気を……けろー……」


 クモクモパニックが一段落し、山のように積み重なった蜘蛛の死体を片付けていると、洞窟内から誰かの声が響いてきた。


「ん? 今、何か……聞こえました?」


 側にいるエクシアに聞く。


「……確かに、何か聞こえましたわ。完了の合図では?」


 なるほど、確かにこれだけの蜘蛛をさばいたのだ、もう打ち止めだろう。と、


 ズルズルズル……


 何かを引きずるような音、洞窟からだ。


「何ですの? この音?」


 エクシアが疑問を口にしたその時、洞窟から巨大な頭がズルリ、と出てきた。


「な……!」


 巨大な頭からは長い胴が続いている。胴の太さは一メートルはあろうか、大蜘蛛の比ではない、大蛇だ。

 大蛇は首をもたげ、二股に別れた長い舌をシュルシュルと出し入れしながら、修道士達を見回す。


「あ……」


 修道士達は声も出せず動きを止めた。蛇に睨まれた蛙とは、こういうことを言うのか。動いたら食われる、彼らは本能的にそう悟ったのだ。


「エクシアさん、これは?」


 俺の問い掛けにエクシアはビクッとした。そして小声で話す。


「これ、って……?」


「いや、どうするんです?」


「どう、って……」


「やっていいんですか?」


「やれるんなら、今すぐに……そしてコウさん、声が大きいです……」


 じゃあ、やろう。蛇が顔を出した瞬間にマーキングは済ませた。目の前に急に何かが現れたら、すぐさまマーキングする。これはもう条件反射だ。


「じゃあいきますよ! 蛇から離れて!」


 と、忠告したが、誰も動こうとしない。もう、知らんよ、巻き添え喰っても? まぁ、治癒師が沢山いるわけだし、なんとかなるか。どのくらいの出力にしようか、あの巨体な訳だしある程度出力は上げないと……折角せっかくだから思いっきりいくか? 実はここに来てから、結構フラストレーションが溜まっているのだ。俺の負担が大き過ぎる作戦しかり、それを良いことに、あからさまに楽しようとするエクシアしかり、蜘蛛を一体ずつ仕留めなければいけないのも、結構大変なのだ。


 よし、出力上げよ。


 俺は右手を出し、魔弾を作る。大きな魔弾をぎゅっ、と圧縮する。そして、その魔弾に魔法の効果を施していく。イメージはとにかく大きな雷。轟音と閃光、そして、膨大なエネルギー。


 大蛇はその様子を見ていた。


 何か小さな者が、自分のねぐらで騒ぎ立て、心地よい睡眠を邪魔された。腹が立った。同時に、腹が減っていることに気付いた。その小さな者を食ってやろうと思ったが、逃げられた。ねぐらから出ると、小さな者がいくつもいたが、気にはならなかった。なぜなら洞窟の外から、何やら音がしたからだ。バシッ、バシッと何かが何かに当たる音。何かが、ワーワー騒いでいる声。そちらに興味を持った。

 洞窟を出ると、無数の蜘蛛と小さな者が沢山いた。蜘蛛はダメだ。これは不味い。食えたものではない。では小さな者だ。どういう訳か、小さな者達は動かずにじっとしている。食べ放題じゃないか。どれからいこうか迷っていると、一匹の小さな者の様子がおかしいことに気付いた。

 その小さな者は身体の一部を前に突き出し、そしてそこには、何か不思議な、同時に不快な力を感じた。自分以外の存在は、食い物か、敵か、そのどちらかだ。こいつは違う、食い物じゃない。敵だ。


 大蛇は持ち上げていた身体をぐぐっと後ろに反らす。どうやら攻撃体制に入ったらしい。反動をつけて襲い掛かるつもりのようだ。だが、もう遅い。


 ストレス……発散……ビーーーーーム!!(嘘)


 バーーーーーン!!


 とてつもない轟音と、目が潰れそうな閃光。雷に打たれた大蛇は、ドスン、と鈍い音を響かせ地面に転がった。


 ふぅ~、スッキリした。あ……


「あの、大丈夫ですかね?」


 出力、かなり上げたんだった。修道士達の様子を確認すると……うん、大丈夫そうだな。


「コウさん……何ですの、あれ……?」


 しばし呆然としていたエクシアが口を開いた。


「雷です、雷の魔法」


「雷……」


 横たわる大蛇を見て、エクシアは再び言葉を失った。


「コウ!」


 カプトの声。洞窟からハンディル達が戻ってきた。


「被害は?」


「大丈夫です、多分……」


 そう聞いて、カプトは胸を撫で下ろした。


「そうか、良かった。しかし、何度か蜘蛛狩りに参加しているが、こんなでかい蛇、見たことないな。これはコウが倒したんだろ? いや、君がいて本当に良かった。今日はここまでにしよう。もう一つの洞窟は明日だ」


「そうですね、それがいい。蜘蛛、片しちゃいましょう。メチル、大丈夫?」


 側にいたメチルに声をかける。が、


「おおおお……」


 メチルはまだ小さくうなっていた。

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