第34話 決着

 ゼルは次々と瀕死の仲間達を治療する。その間ゼルは仲間達に「死ぬな!」、「戻ってこい!」と、声をかけ続けていた。そして、見事に全員が回復したのだ。


 殺すつもりで放った魔法は、彼らの命には届かなかった。防がれるとは思わなかった。世界は広い、ということか。まだまだだな、もっと修行が必要だ。と思ったのと同時に、普通に相手を殺すつもりでいた自分に、今更ながらに気付いて驚いた。元の世界にいた時なら、とても考えられない。

 俺は変わってしまったのか? 命が軽いこの世界に、染まってしまったのか? それとも、この理不尽な世界で生きていくために、順応したと考えるべきか?


「……マスター、何が……」


 ゼルに治療された男達は状況を理解できないでいた。


「ああ。もう終わった」


 そう言うとゼルは俺を見る。


「……兄さん、あんた何者なにもんだ?」


「………………」


「名前は、コウって言ったか?」


「………………」


「あ~、もう、分かったよ、兄さんでいいや」


 個人情報を教えて、面倒くさいことになるのはゴメンだ。


「とにかく、さっき言った通りだ。俺達はもう、おたくらには手を出さない。何もしない」


 ゼルのその言葉で驚いたのは、さっきまで倒れていた男達だ。


「マスター! 一体何を……」


「だから、終わったんだよ、もう……分かるだろ? 会頭さんも、騒がせて済まなかった。もう……」


「いやいや、足りないでしょ」


 俺はゼルの言葉をさえぎった。


「は? 足りないって……」


「ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない、でしょ?」


 それを聞いたゼルは、慌てたように話す。


「ちょっと待ってくれ、俺達はアルボ商会から依頼を受けたに過ぎない、そもそも連中と俺達とは……」


「人の噂ってのは広まるのが早い。おたくらにとって不本意な噂が、あっという間に街中に溢れるかも知れないな」


 こいつらは傭兵だ。自らの力を誇示して食ってる連中は、自分達が負けた、なんて噂、絶対に広められたくはないなずだ。


「兄さん……あんた鬼か……?」


 ゼルは俺を睨む。


「情けをかけられて、命を救われたんだ。そのくらいの約束はできるだろ? それともジョーカーってのは、その程度の力もないのか?」


 ゼルは諦めたようにため息をついた。


「ふぅ~、分かったよ……ジョーカーとアルボ商会は、今後一切ロイ商会には手を出さない。くそっ、これでいいか!」


「じゃあ、誓約書」


「はぁ? 誓約書ぉ~?」


「こんな大事なこと、口約束だけで済ませられる訳ないでしょ。こちとら商人だよ?」


「あ~、くそっ! 分かったよ! サインでも何でもしてやるから、さっさと持ってこい!」


 はい、勝った。


「ユージスさん、お願いします」


「え? あ、はい! すぐに用意します」


 ユージスは書類を用意するため、慌てて奥の部屋に走った。

 とは言え、実はまだ状況をしっかりと把握できていない。何が何だか分からないうちに、話がまとまってしまったように感じていた。しかし、用紙にその内容を記していくのと同時に、実感していくことになる。これで、全て終わるのだと。



 ◇◇◇



「お待たせしました」


 ユージスが書類を持ってきた。同じ内容の誓約書二枚に、ユージスとゼルがそれぞれサインする。


「では、これを……」


 ユージスはゼルにその一枚渡す。「チッ」と舌打ちして、ゼルはそれを奪い取るように受け取る。


「帰るぞ」


 ゼルは男達を連れて倉庫を出ようとする。が、扉の前で立ち止まり振り返る。俺を、見てるな……しかしすぐに前を向き外に出ていった。


 リアンはその一部始終を放心状態で見ていた。


 二ヶ月ぶりに会頭が帰って来て、すぐにジョーカーが現れた。護衛と名乗る男はジョーカーを黒焦げにし、その後二度と手は出さないと約束させ、ジョーカーは誓約書を手に帰っていった。頭の整理が追い付かない、何が、どうなったのか……


「あの……会頭……」


「はい、リアン……どうやら、全部終わったみたいですね」


 ユージスのその言葉でホッとしたのか、リアンは全身の力が抜けるのを感じ、その場にペタンと座り込んだ。


「ユージスさん、リアンさん、すみません、勝手なことしちゃって……でも、どうしても放っておくなんてできなくて……」


「とんでもない、コウさん! あなたには本当に、感謝しかない! やり方は……まぁ、かなり強引でしたが、でも私達だけでは絶対に無理でした。きっとあのまま、アルボ商会の傘下に入ることになっていたでしょう……」


「誓約書って、どうなんですかね? なんかノリで、だめ押ししとこうかと思ったんですが……」


「はい、あの誓約書がキモなんです。あれさえあれば、何かあった時に裁判所に駆け込めます。ここは商人の街ですから、あの手の書類は非常に重要なんです。どんな内容のものであれ、誓約書や契約書に違反があれば、この街の裁判所は掛け合ってくれるんですよ。商人にとっては契約こそ全て、ですからね」


「じゃあ、あの誓約書はあって良かったんですね」


「というより、なければいけない物、ですね」


 おお、よしよし、ナイス俺。


「ところでコウさん、さっきの魔法は……? 私は魔法に詳しくはありませんが、コウさんが使ったあの魔法が、普通じゃないのは分かります。あなたは一体……何者ですか?」


 何者、って言われてもなぁ……


「魔導師ですよ、駆け出しですけど」


 うん、これしか言いようがないな。



 ◇◇◇



 重苦しい空気が漂っている。誰も、何も話さない。


 さっきのあれは一体何だったのか、まるで夢でも見ていたような、そんな感じさえする。だが、間違いなく現実だ。相手の魔法を食らい、死にかけた。何より、皆、服がボロボロなのだ。これが夢であるはずがない。


 敗北。


 ゼルのあの発言は、まさに敗北を意味していた。あまつさえ、誓約書にサインまでするなんて……怒り、悔しさ、不甲斐なさ、色々な感情が、混ざり合っている。


「ぷっ……」


 ?


「ぷふっ……」


 え?


「はっはっはっ!」


 ゼルは突然笑いだした。


「おい! マスター! 何笑ってんだ!」


「そりゃ笑うだろぉ、ブロス。ここまでキレイにしてやられたのなんて、いつ振りだ? 完敗だよ、完敗。あげくに、こんなもんまで書かされて」


 ゼルは誓約書をヒラヒラと振る。


「笑ってんじゃねーよ! マスター! もう一回だ、今から戻ってあいつブチ殺そう! こんなの……許される訳ねぇ!」


「ダメだ。何度やっても同じだ、勝てねぇよ。オートシールド効いたブレスレットが、あの兄さんの魔法一発で焼き切れちまったんだ、とんでもねぇ威力だってのは分かるだろ?

 オートシールド働いて瀕死だった訳だから、次食らったら即死だ。もうブレスレットないしな。それともお前ら、あの魔法自力で防げるのか? 」


「…………」


 誰も、何も答えない。しかし、ブロスと呼ばれた男は食い下がる。


「でも……じゃあマスターが一対一でやりゃあいいだろ、マスターはあの魔法、防げたんだろ?」


「たまたまだ。嫌な感じがしたから念のためにシールド張ったら、そこに魔法が当たった、ってだけだ。狙って防いだ訳じゃねぇ。それに、ブレスレットのオートシールドと自分で張ったシールド、シールド二重に張ってんのに左腕潰されたんだ」


「だからって、このままじゃ……」


「認めろ! 負けだ。あの兄さんも言ってたろ? 俺達は、情けをかけられ、命を救われたんだ。それ以外の何でもない。俺がお前らを治療している間、あの兄さんは何回俺を殺せたと思う? 屈辱だが、受け入れろ」


 負けたのはしょうがない、それは認める。だがブロスには、どうしても納得のできないことがあった。


「屈辱? だったら……なんであんたずっとニヤニヤしてんだ!」


 ゼルは終始ニヤつきながら話していた。ブロスはそれが許せなかった。


「ああ、笑ってたか? まぁ、しょうがねぇだろ、あんないい人材見つけちまったんだからなぁ!」


「いい人材って……あんた、まさか……」


「おう、あの兄さん、こっちに引き入れる」


 ブロスは言葉を失った。引き入れる? 俺達を殺しかけたヤツを?

 そして、これにはさすがに他の男達からも、批判の声が上がる。


「ちょっと待ってください、あの魔導師を味方につけるって言うんですか? それはいくら何でも……」


「そうだ、マスター! こっちは殺されかけたんだぞ!」


「だぁ! うるせー!」


 ゼルは一喝した。


「冷静で、頭が切れて、度胸もあるし、何より強い。最高じゃねぇか。殺されかけたとか、小せぇこと言うんじゃねぇよ。あの目的のためなら、大した問題じゃねぇだろ?

 諜報部から一人借りて、ロイ商会見張らせてくれ。あの兄さんがいなくなっちまったら、話できねぇからな」


 ああ、ダメだ。とブロスは思った。こうなったらもう、この人の考えは変わらない。全く、困ったボスだ。しょうがない!


「で、アルボ商会はどうすんだ? ロイ商会から手を引いてくれって、お願いでもするつもりか? そんなの聞くような連中じゃねぇぞ?」


「ふっふっふ、心配するな、ブロス君。弱味の一つや二つ、きっちり握っているのだよ。それより、服買って帰ろうや。さすがにこれじゃあ、な」


 ゼルはボロボロの服を見ながら笑った。

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