第7話 幕間 女の思惑

 見てみたい。


 研究者とは興味にはあらがえない生き物だ。同時に研究者には自制の効かない者が多い。研究者を自称する私が、見てみたい、と思ってしまったのだ。これはもう、そうするしかないのである。


 最初の印象は「こいつ人間か?」


 家の近く、夜の森の中。オークを前に立ち尽くす青年を発見した。どうやらそのオークは、魔力の干渉を受け暴走しているようである。


 (すぐに助けないと)


 そう思い、踏み出した足は一歩目で止まった。


 (え~と、襲われてるんだよな?)


 なぜそんな疑問を持ったのかというと、その青年の身体からはとんでもない量の魔力が溢れ出していたからだ。長く魔法と関わってきたがこんなものは見たことがない。

 ひょっとして、オークに襲われてるんじゃなくてオークを狩ろうとしてるんじゃないか? とまで思った。得物を振り下ろすオーク、逃げまどう青年を見て、


 (やっぱり襲われてるのか、助けよう)


 と、ようやく行動に移した。その後、彼は私に礼を述べたが私の意識は別のところにあった。


 (なんだ、この魔力量は?)


「こんなとこで立ち話もなんだし……ウチ来るか?」


 気付けばこんなことを話していた。


 こんな夜に男を家に誘う女って、どうなんだ? ないよな~……


 恥ずかしさのあまり、返答を聞かずに歩き出してしまった。チラッと後ろを見ると、青年はついて来ている。


 (来るんだ……)


 そりゃ誘ったのはこっちだからいいんだが……や、誘ったとかじゃないし……!


 しかしこの時は、ここで繋がりをってはいけない、そう思ったのだ。


 青年はコウと名乗った。しかしどうにも話が理解出来ない。どうやら彼は違う世界から来たらしい。そんなことが本当にあるのか?


 彼をそのまま家に泊め、翌日も色々なことを話した。彼のいた世界に興味があったからだ。しかし、その興味は次第に別のものに移って行く。


 彼が魔導師になったらどうなるのだろう?


 私は保有している魔力が少ない。これは私が抱える弱点の一つだ。恐らく、一般的な魔導師が保有しているであろう魔力量を下回る。魔力の量で言えば、私は並み以下だ。そしてそれを知っている者はいない。他人に話したことなどないからだ。自分の弱点を吹いて回るなど、自殺行為でしかない。

 しかし、弱点を弱点のままにしておく気もない。魔力が少ないという事を、いかに上手く隠蔽いんぺいするか、少ない魔力をいかに効率良く使うか、その鍛練に相当な時間を費やしてきた。今の私を見て魔力が少ないと見破る者はいないだろう。


 私が欲しくてたまらなかった量の魔力、彼はそれを遥かに超えるものを持っている。そんな馬鹿げた魔力を持っている彼が、魔導師になったらどうなるのだろう?


 見てみたい。


 そして、こうも思った。


 育ててみたい。


 私は弟子を取らない。そう公言してきた。弟子を取る意味、必要性がまったく分からない。

 弟子を取ったら、当然、物事を教えなきゃならない。自分の時間を削るのだ。研究がとどこおってしまう。場合によっては衣、食、住、全てをサポートしなければいけない。なぜ他人にそんな金を使わなければならないのか?

 誰彼だれかれ構わず弟子を取り、大勢の弟子の前でふんぞり返っているジジィ共、一体何がしたいのか? 全く理解が出来ない。そんなやからに限って大した魔導師ではないのだ。そんな暇があるのならば、己の為に研鑽けんさんを積もうとは思わないのだろうか?


 こんなことを考えていた私が、育ててみたい、と思ってしまった。


 とんでもない量の魔力を持った彼が魔導師になったらどうなるのか?とんでもない量の魔力を持ち、私が今までつちかってきたものを吸収した魔導師、一体どんな存在になるのか?


 見てみたい。


 育ててみたい。


 彼を魔導師にしたい。


(よし、コウを弟子に取ろう)


 そう決めた瞬間から、彼を育てるための育成プランが次々と浮かんでくる。楽しくなってきた。私は研究者だ、興味にはあらがえない。


 断られたらどうしようか? 上手い口説き方を考えなければ。どうやって丸め込むか? 私も自制の効かない研究者の一人のようだ。


 早く王への報告を済ませてしまおう。そしてコウと話をしよう。


 馬上でそんなことを考えながら、王都への道を急いだ。

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