第6話 提案

 ただただ、ぼ~っと過ごす日々。


 レイシィが王都に行って今日で六日目。予定ではそろそろ帰ってくる頃だ。だが予定は未定、はっきりとは分からない。そもそもこの世界の移動手段は、徒歩、馬車、馬。どれもはっきり時間を計算出来ない。一日、二日くらいなら誤差の範囲内だろう。今回は馬で行ったようだ。この三つの中では一番早いと思うが、どうだろう?

 しかしいい加減帰って来てくれないと、本当にやる事がない。このままでは立派なダメ人間が完成してしまう。


 あぁ、もう日が暮れる。そろそろ街に行かないと。と、思っていたらガチャ、とドアが開いた。


「ただいま~!」


 レイシィだ、やっと帰ってきた。


「どうだ? コウ、元気にやってたか?」


「暇で暇で、死にそうでしたよ」


「ははは、そうか。ん? もう薄暗くなってきてるってのに、灯りくらい点けたらどうだ?」


 点けれないんですけど……


「さて、とりあえず夕食にしよう、街の中央広場に屋台が出ていてな、色々買ってきたんだ」


 レイシィは肩にかけていた大きな袋をテーブルに置き、中から次々と料理を取り出す。何かの肉の串焼き、何かの肉のロースト、何かの肉をパンに挟んだ……肉ばっかだな!


「そして、これだ!」


 そう言ってゴトッ、と小さな樽を取り出した。二リットルのペットボトル? よりもっと太いな。四リットルくらい入りそうな大きさだ。


跳馬亭はねうまていのミードだ!」


 跳馬亭はねうまてい、こないだ言ってた店だな。ミードが旨いとか。


「王都に一泊したんだが、残念ながら店に行けなくてな。王都を出る前に寄って買ってきたんだ」


 へ~、樽売りなんかしてるんだ。


いばらの庭のミードもうまいが、王都いちと言われるここのミードは飲みやすい上に深い味わいがたまらなくて……途中の宿で何度飲んでしまおうと思ったか……ま、飲もう!」


 夕食を食べながら話をする。


「で、どうだったんですか? 国王はなんて言ってました?」


「ああ、やっぱり私が直接行って正解だったよ。他の者に頼んでいたら、ああも簡単には信じてくれなかっただろう。なにしろあり得ないような話だからな」


「ああ、元の職場ですもんね」


「まぁな。とりあえずあの石を一つ王に渡してきた。向こうでも調べてくれるそうだ」


「そうですか……」


「……そんな顔をするな、もう覚悟は出来てるんだろ?」


 覚悟。


 ……そう覚悟。


 この世界で生きていくという覚悟。


「そうですね、それしか道はなさそうですし」


「あまり思い詰めるな。とりあえずは、目の前のことに集中すればいいんじゃないか?」


「……はい、そうします」


「よし、じゃあ肉とミードだ!」


 目の前ってそういう事かよ……



 ◇◇◇



 食後、ワインを飲んでいると(ミードはレイシィがほぼ一人で空けた)レイシィが真剣な顔で話を切り出してきた。


「で、君の今後のことなんだが……」


 そうだ、それは俺も話したかった。


「はい、それなんですが、やっぱり何か……働きたいと思うんですよ」


「働……く……?」


「はい、何もせずただここで厄介になるっていうのは、どうにも……この世界で生きていくっていうなら尚更、自立しないといけませんし」


「あ~……うん、そうだな……確かにそうだ。その考えは正しいし立派だと思う。ただ……」


「やっぱりそうですよね。ゆくゆくは、どこかに部屋を借りようとも思います」


「部屋!? ……あぁ、部屋な~……うん、そうだなぁ~、それも大事だとは思うが……でもあれだ! 君はほら、まだ分からない事だらけだろ? だからほら、私が色々教えてだな……」


「はい、レイシィさんがこの世界の事を教えてくれるって言っていたので、ここで色々学んでから……」


「お、おう、そうだな、学んでからな……うん、そうだなぁ……学ぶってのは、大切な事だなぁ……」


 なんだ? なんか歯切れが悪いな……


「学ぶっていうならな、コウ……」


「ん? 何です?」


「あ~、どうだろうか、魔法を……覚えてみないか?」


 魔法!!


「はい! それもなんですよ。魔法石を使えないから、本当何も出来なくて……灯りも点けれなければ料理も出来ないし……」


「あ~、そうな~、それも必要だよな~……必要なんだが、私が言ってるのは、もっとこう……」


 ?


「あのな、コウ。魔導師を……目指さないか?」


 !!


「魔導師!?」


「いや、目指さないか、というより、目指すべき……いや、魔導師になるべきだ!」


「あの、それって、どういう……?」


「ああ、自覚はないだろうがな、コウ、君は魔導師として、重要な素質を持っている」


「素質?」


「魔力だ。コウ、君はとんでもない量の魔力を持っているんだ」


「そう……なんですか」


「あぁ、あれだな、この凄さが全然伝わってないな」


「はぁ。まぁ、全然ピンときてないというか……」


「ある程度修練を積めば、対象の魔力を量ることが出来るようになる。もちろん、大抵はそうされないように上手く隠すんだが。

 魔力というのは、魔法の原料みたいな物だからな。魔力が底をつけば魔法を使えなくなる。魔力が多いということは、それだけ多くの魔法を、それだけ長く使えるという事。魔力は魔導師にとって生命線だ。君は魔力を隠せないだろうからな、私の目には君の魔力がよく見える」


「魔力……多いんですか?」


「多いなんてもんじゃない! 言っただろ、とんでもない量だ! 君の体からはどんどん魔力が溢れていて、何ならうっすらと体の周りを魔力が覆ってるくらいだ。こんなの見たことがない!」


 そう……なの?


「君と初めて会った夜、私は君を助けるのを一瞬躊躇ちゅうちょした。なんせこの魔力だからな。オークに襲われてるんじゃなくて、オークを狩ろうとしてるんじゃないかと思ったんだ」


「そんなにですか……」


「ああ、だから君は魔導師になるべきなんだ!」


「う~ん……」


「なんだ? 何かあるのか?」


「いや、そもそもなんですが、魔導師って何なんですかね? 宮廷魔導師ってのはこないだ聞きました。城で働くんですよね? でもそれ以外の選択肢って、どのくらいあるんですか? それ一択ってのはどうかと……」


「選択肢ぃ~!? まったく、君は何も分かってないな!」


 ……怒られた。だってしょうがないじゃん。


「まず、宮廷魔導師になるというのはとても大変な事だ。誰でもなれる訳じゃない。魔法の使い方だったり、魔法の知識だったり、魔法を扱うスペシャリストだ。そしてそれらをいかに活用し、国や国民の為に役立てるか。その範囲は軍事や内政まで幅広い。国の魔法技術のレベルはそのまま、その国の強さを測る目安ともなる。宮廷魔導師に就けたら将来安泰だろう。君ほどの魔力を持った者が研鑽けんさんを積めば、宮廷魔導師など容易いと思う。でも君は他の選択肢を示せと言うんだな、いいだろう!」


 そんな喧嘩腰で言われても……


「例えば城ではなく、各街が雇っている魔導衛兵という道もある。街の治安維持や、様々な問題解決が主な仕事だ。他には魔具師まぐし。魔法の道具を作る職人だな。魔法石なんかも魔具師まぐしが作って販売している。魔導師じゃなきゃなれない訳じゃないが、魔導師であればより性能のいい魔道具まどうぐを作れるだろう。

 それから傭兵やハンディルか、傭兵は分かるだろ? 魔法を純粋に戦闘のみに注ぐ戦争屋だ。ハンディルというのは古い言葉で便利なとか、そういう意味でな、賞金稼ぎとか商隊や要人の護衛、害獣の駆除や国や街から依頼を受け遺跡や洞窟の調査を行ったり、誰かにとって便利な存在、まぁ何でも屋みたいなものだな」


 ハンディル……便利な……ハンディ? まさか語源それじゃないよね!?


「他にも色々あるだろうが、取り敢えずはこんなもんか。どうだ、これが君が疑念を抱いていた魔導師の有用性だ!!」


 ……はい、なんかごめんなさい


「で、どうだ? 改めて、魔導師にならないか? 君ならきっと素晴らしい魔導師なれる。確信がある、絶対だ。何故ならとんでもない魔力を持つ君を、この私がいちから……いや、ゼロからキッチリと教えるんだ、間違いない。間違いないぞ! どうだ? どうなんだ?」


 身を乗り出し、キラキラとした目で俺を見つめるレイシィ。


「……よろしくお願いします……」


 うしっ、って感じで小さくガッツポーズしているレイシィを、遠い目で見つめる。


 断れないでしょ、これ……

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