第124話 光
「済まない、遅くなった」
「ラーテルム! 聞いたか?」
部屋へ入る男。すでに部屋の中にいた数人の部下はその男、ラーテルムを待っていた。
「テグザから使いが来たと?」
「ああ。アイロウが攻めてくるから援軍を出せ、と。
ジョーカー、リロング支部。ベーゼント共和国の南部は長く西側へ伸びている。支部があるのはその国境付近にあるリロングという街だ。ベーゼント国内にはバルファ、リロングと二つのジョーカー支部が存在している。
現在支部長のラーテルムは自身が治めるリロング支部と、西の隣国ベンバイラム王国にあるレコース支部の二つの支部を掛け持ちで見ていた。レコース支部の支部長アーバンは、部下を引き連れエラグ王国へ入ったきり支部には戻っていない。ラーテルムはアーバン不在のレコース支部も守っていたのだ。
「テグザがアイロウと交戦したのは龍の背だ、バルファから
「…………」
しばし考え込むラーテルム。
「ラーテルム、どうする?」
部下の言葉に促されるように、ラーテルムは静かに口を開く。
「テグザの使いなど、ここには来ていない」
「……は?」
「俺達は誰もテグザの使いになど会っていない。援軍
「分かった……よし、テグザの使いをバラすぞ。絶対に取り逃がすな、面倒な事になる……」
そう話しながら部下達はラーテルムの執務室を後にした。ラーテルムは椅子に腰を下ろすと「ふぅ……」と短いため息をつく。
(せっかくここまでこぎ着けたというのに、わざわざ数を減らすような真似は出来ない)
◇◇◇
「市長から返答は!」
「まだだ!」
「くそっ……何をもたもたやってやがる……さっさと兵を回さねぇとアイロウが来ちまうだろが!」
ガン! とテグザは椅子を蹴り飛ばす。バルファに戻ったテグザはアイロウを迎え討つべく迎撃の準備を急いでいた。
(リロングからの援軍が来ればどうにかなる。それまでは何としても持ちこたえねぇと……街を盾にしてでも……)
しばし考え込むテグザ。突然側にいた部下の肩を掴む。
「おい、キュールに使いを出せ。アイツには現状を
突然の質問。部下は一人の男の名を口にする。
「う~ん……そうだな、ナーチはどうだ?」
「ナーチ?」
「ほら、諜報部のあいつだよ。戦闘員は送れない、一人でも惜しいからな。あいつは弱いからここにいても役立たずだ、適任だろ?」
「なるほど……分かった、ナーチを送れ、すぐにだ!」
◇◇◇
「そろそろいいか……」
食後、久々の酒を楽しむアルガンは、おもむろに席を立ってそう呟いた。すると周りにいる部下達は途端に色めき立つ。
「アルガン! やるのか?」
「待て待て、がっつくなよ。順番だ、少し待っとけ」
笑いながらアルガンは部屋を出る。そのまま階段を降り地下へ。壁に掛けられた魔法石がほんのりと光り、石造りの通路を照らす。通路にはいくつかの部屋がある。食料庫などの倉庫だ。その一番奥、鉄製の頑丈そうな扉の両脇にある椅子には、アルガンの部下がそれぞれ座っていた。アルガンはその部下に話し掛ける。
「様子はどうだ?」
「ああ、最初は暴れてどうしようもなかったぜ。手首が千切れるんじゃねぇか、ってくらいロープを食い込ませてもがいてな。その内静かになって、飯も少し食ったようだ。今は疲れ果てて眠ってやがるぜ」
「そうか」
そう言ってアルガンは扉の取っ手に手を掛け「誰も入れるなよ」と部下に指示を出す。部下は「終わったらこっちにも回してくれよ」と笑う。
ギギギ……ギギギギ……
扉は
「ライエ、起きろ」
そう言いながらアルガンはライエの頬をペチペチと叩く。するとライエはハッとしたように目覚め、すぐに状況を把握しアルガンを睨む。アルガンはそんなライエの髪を掴みグイッと強引に上を向かせる。
「フン、飯を食って休んだからか、顔色が良くなってきたな。肌艶が戻ってきた」
ライエはアルガンの手を振りほどくように頭を左右に振る。
「ハッ、元気がいいな。そんな元気なライエ嬢に現状の説明をしてやろう……嬢なんて歳でもなかったか? フ、まぁいい。スティンジ砦の守備と挟撃部隊を任された俺は、お前の裏切りによって作戦を
ドン! とアルガンは丸テーブルを右手で叩く。その顔はピクピクと怒りに震えていた。「ふぅぅ……」と深呼吸をすると、その怒りをねじ伏せるかのごとく再びテーブルを叩く。
「テグザは……テグザは俺の首を
けどな、このままじゃ終わらねぇ。俺の仲間がキュールに会いに行ってる、今回の事情を伝えて
アルガンは腰のナイフを抜くとその刃を眺めながら話を続ける。
「どのくらいこの屋敷に籠ってなきゃならねぇのか、全く見当も付かねぇ。ろくに外にも出れず、ずっとここに籠ってりゃ色々溜まるってもんだ。お前には暇潰しの相手でもしてもらおうかと思ってなぁ……」
ギッとアルガンを睨み付けるライエ。アルガンは笑う。
「ハッ、いい目だな、反抗的だ。いつまでそんな目が出来るか、なぁ! 賭けるか!」
アルガンは部屋の中にいる部下達に呼び掛ける。部下達はニヤニヤと笑いながらそれに答える。
「いいねぇ、面白い!」
「五日だ! 五日に銀貨一枚!」
「ばっかお前、五日も持たねぇよ。せいぜい二日がいいとこだ」
「ハハハハハッ、だとよ」
アルガンは手にしていたナイフで、ライエのブラウスのボタンをプツン、プツンと一つずつ切り取って行く。
「んんっ! んんんーーー!」
「
バチン!
アルガンはライエに手を上げた。頬を腫らしたライエはアルガンを睨む。
「この屋敷には三十人の部下がいる。お前には全員の相手をしてもらうぜ。なに、心配するな。お前も楽しめばいい、そうすりゃお互いがハッピーだ。そうだろ? しかし、三十人もいりゃあガキが出来ても誰のか分からねぇなぁ?」
ニヤニヤと笑いながらアルガンはライエの胸の谷間にナイフを滑らせ、手前に引きながらブチンと下着を切る。
「!? んん! んんーー!!」
「だから……
バチン!
アルガンは再びライエに手を上げた。
悔しい、悔しい、悔しい……でも、どうする事も出来ない。
「相変わらず……綺麗な肌をしている……白く、透き通るような……」
スゥ~、とアルガンはライエの腹部に人差し指を
嫌だ、汚い、気持ち悪い、恥ずかしい、腹が立つ、情けない、
死にたい。
死にたい……死にたい……死にたい、死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!
でも死ねない……
自分一人ならばとっくに舌でも噛みきって死を選んでいるだろう。だが弟がいる。弟の安否が分かるまでは絶対に死ねない。
ライエは声を上げる事なく必死でアルガンを睨み続ける。
ライエは心を殺し無になった。
視界から色が消えて行く。聞こえてくる声も聞き取れない程ぼやける。身体に触れる感触もどんどん薄れて行く。生き残る為に心と身体が防衛
何故こんなにも絶望に苦しまなければならないのか、何故こんなにも屈辱に震えなければならないのか、何故こんなにも
そもそも何故話さなかったのか? 迷惑を掛けたくない、そう考えての事だったはずだ。だが、本当にそうか? ひょっとしたら仲間達を信じていなかったからではないか? 仲間達を信じられなかったが為に、一人で解決しようと行動したが為に、こんな状況になっているのではないか? だとしたらやはりこれは罰だ、バチが当たったのだ。どうしようもない、愚かな自分が引き起こした事態、自業自得……
急に虚ろな表情になったライエを見て、アルガンは声を上げて笑った。
「ハハハハハッ! おいおい、もう諦めたか? 急に静かになりやがった」
アルガンはライエのはだけたブラウスの中に手を差し入れる。
(……! んだ……! てめ……!)
アルガンはスッと手を戻した。扉の外、通路から何やら怒声が聞こえてくる。しかし鉄製の分厚い扉はその声のほとんどを
バーン! バーン!
乾いたような破裂音が扉の外から響いてきた。直後、静寂。先程までの怒声は聞こえない。アルガンは部下に目配せし、壁に立て掛けていた自身の剣を掴む。二人の部下は扉の左右に、もう一人は少し離れた左側、皆それぞれに剣の
ドォーーーン!
突然の轟音。鉄製の扉がビリビリと振動する。扉の横にいた部下は思わず「うおっ!」と驚きの声を上げた。そして続けざまに、
ドォーーーン! ドォーーーン!
再びの轟音。音のする
(まさか……テグザか……!?)
テグザにはこの屋敷の事は話していない。屋敷の事を知っているのは自分の部下だけだ。「チィ……」と舌打ちするアルガン。部下の誰かがテグザに漏らしたのだと思った。
ドォーーーン! ドォーーーン!
轟音は続く。鉄製の扉は見る見るひしゃげて行く。
ドォーーーーーーーン!!
五つ目の轟音でベギン! と、とうとう扉は壁から外れ、ガゴォォン……と鈍い音と共に床に転がった。そしてカツン、カツンとその扉の上を歩く音。男が部屋の中へ入ってきた。
「何だてめぇはぁぁ!」
扉の両脇にいた二人の部下は叫びながらそれぞれ扉の前に
ボン! ボン!
二人の頭に何かが当たった。まるでその場で縦に一回転でもしそうなくらいの勢いで、二人の部下は弾けるように吹き飛んだ。ドスン、と床に倒れた部下の頭、
「くそぉっ!」
もう一人、剣を構えて男に詰め寄る部下。しかし男に近付く事さえ出来なかった。
ババババババ……
無数の何かが部下の全身を襲う。まるで吊るしていた糸でも切れたかのように、攻撃を受けた部下はその場に膝から崩れ落ちる。倒れた部下の身体には無数の小さな穴が空いており、それらの穴からは血が
「何
アルガンは叫び剣を抜く。が、次の瞬間、男はすでに目の前にいた。
(……な!?)
アルガンは驚いた。それはそうだ、男とはまだ数歩程の距離があったのだ。それが一瞬で目の前に現れた。まるで瞬間移動でもしたかのようだ。
男はその勢いのままアルガンの顔面を掴むと、そのまま後ろにある丸テーブルに後頭部を思い切り叩きつける。
バリーーーン!
激しい音を立てテーブルの天板は真っ二つに割れた。アルガンはテーブルの瓦礫に埋もれ動かなくなった。
一部始終を見ていたライエは言葉が出なかった。その男はライエの良く知る人物だったのだ。こんな事あるはずがない、こんな場所にいるはずがない。しかし、確かに、男は目の前にいる。途端にライエの世界は息を吹き返した。視界には色が戻り、声や音ははっきりと聞こえ、椅子に縛り付けられている感触も感じ取れる。それはまるでライエの身体に再び血が通い出したかのようだった。ライエには男が光り輝いて見えたのだ。真っ暗で冷たく閉ざされてしまった自分の世界に、明るく温かく射し込む
アルガンが動かなくなった事を確認すると、男はすぐさまライエに声を掛ける。
「ライエ! 無事?」
こんな事あるはずがない、こんな場所にいるはずがない。しかし、確かに、男は目の前にいて自分に話し掛けている。
「う……うう……コウゥゥゥゥゥゥ……!!」
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