第125話 前か後か
「ここかぁ? 随分と立派な屋敷じゃねぇかよ。バルファの連中は皆こんな金持ちなのか? おかしいじゃねぇかよ、何でこんなにアルマドと格差あんだ? 俺達はこんな屋敷買える程もらってねぇぜ? どうなってんだよ、ユーノル?」
「いやいやブロス、俺は経理担当じゃない。俺にグチられてもどうしようもないぞ。まぁこの屋敷の事だけ言うなら、それはアルガンが特別なんだって話だ。奴は副業だ、って言って色々な事に手を出している。女を囲って娼館の真似事みたいな事までやってやがるからな」
「ハッ! だったら傭兵なんぞ辞めて商売で食ってきゃいいのによ。で……間違えねぇのか?」
「ああ。少し前にアルガンとその部下二十人程がこの屋敷に入った。荷馬車にいくつかの樽を積んでな。屋敷の中に運び込まれた樽は一つだけ。恐らくその樽の中にライエが入っていたはずだ」
「おいおい……ひょっとして
「西区の屋敷には異変がない。何かが運び込まれた様子も、無論アルガンも訪れていない。つまりは、ここしか……」
(何をごちゃごちゃと……)
屋敷の前まで来たというのに一向に乗り込もうとしないブロス達に、俺は少しばかりイライラしていた。
時間を少しだけ戻そう。ここはベーゼント共和国バルファの北区、アルガンの屋敷前だ。エラグ王国スティンジ砦でライエと接触出来なかった俺達は、アルガンがライエを捕らえて屋敷に戻るのを待っていた。そして少し前にアルガンが北区の屋敷に入ったとの諜報部からの報を受けて、この屋敷の前までやって来て物陰に隠れながら様子を
「スティンジ砦でライエが逃げ出してからアルガンらがここに到着するまでの時間を考えると、連中ろくに休憩も取らずに夜通し移動して来たんだろう。アルガンはそれだけテグザを警戒しているんだ」
「警戒? テグザは部下には優しいんじゃなかったかぁ?」
「知ってるか? 過去にバルファ支部で行方不明になっている団員が何人もいるんだ。テグザはアルマドには戦死しただの、辞めただのと報告していたがな……実際の所はテグザが
(はぁ……もういいわ)
この
「……おい、コウ? お前どこに……」
スタスタと屋敷に向かい歩く俺を見て、ユーノルは不思議そうに問い掛ける。が、無視だ。話し合いはもういい。
屋敷の敷地内に足を踏み入れると、当然のごとく外を警戒していたアルガンの部下が詰め寄ってきた。
「何だぁ、お前は? 何の用だ!」
その様子を見ていたユーノルは驚いて声を上げる。
「な……何やってるんだあいつは!」
ブロスは呆れたようにため息をつき、そしてニヤリと笑った。
「あの野郎……人には散々待て待て言っておいて、てめぇが一番待てねぇんだろが。おいクソ
「な……する訳ないだろ!」
当然俺は反論する。あいつ、俺の事何だと思ってるんだ? そんな無茶するはずがないだろうが。
「どうだかよ! てめぇには前科があるからなぁ!」
……前言撤回、そう言えばアウスレイ吹き飛ばしたわ。だが今回はそんなバカな真似はしない。
「だから何なんだお前らは!!」
更に詰め寄るアルガンの部下。そして敷地の外で叫んでいたブロスに気付いた。
「お前……ブロスか!! 三番隊……何でこんな所に!?」
「さてなぁ、一体なぜここにいるのでしょうか! 分かるかぁ? 答えは……」
(あ~! もういいっての!)
ごちゃごちゃと……お喋りはもういい。
バーーーーン!!
乾いた炸裂音、俺は雷を放った。地面に倒れたアルガンの部下を見て「あ~あぁ……」と声を漏らすブロス。そして屋敷の敷地内に入り、倒れた男の生死を確認する。
「か……かは……」
男は
「バカ野郎、クソ
ブロスはズンッ、と手にした剣を男の胸辺りに突き刺した。
一部始終を見ていたユーノルは「おいおい……」と呟き呆然とする。ユーノルの反応は当然だろう。敵は三十人、こちらは三人。戦力差十倍だ。ユーノルの目には無謀で愚かな行動に映った事だろう。
「裏口から侵入出来るように準備してたんだが……」
呆れるように話すユーノルにデームは笑いながら答える。
「裏からこそこそなんて……そんなまどろっこしい事するような人達ではありませんよ。それより、トルムのゾーダさんへすぐに始めるよう使いを送って下さい。こっちもすぐに終わりますから」
そう言い残すとデームは屋敷に向かい歩き出す。そしてその場に一人残されたユーノル。
「こいつらめちゃくちゃだ……本当に大丈夫かよ……」
屋敷の中へ入ろうとすると、騒ぎを聞き付けた数人のアルガンの部下が飛び出してきた。
「何だ、てめぇら……」
しかしブロスとデームが実に素早くその男達を始末した。屋敷の中へ入ると、正面には二階へ上がる階段と地下に下りる階段がある。ブロスはカチャ……と剣を肩に担ぐ。
「さて、どこにいるのやら……」
「地下だろ?」
「ああ? 何だクソ魔ぁ、ハッキリ言いやがるな?」
「こういう場合は地下室って相場が決まってる」
「ほう? んじゃ酒でも賭けようぜ。クソ魔は地下、俺は一階、デームは二階でどうだ?」
「よし、乗った」
「いいですよ」
「じゃあ
俺達は三手に別れた。薄暗い地下への階段を下りると、通路脇にはいくつかの扉がある。どうやら地下は倉庫として使われているようだ。一つずつ扉を開けて中を確認すると、狭い部屋の中には様々な物資が置かれていた。
通路の先は右に折れている。角から先を覗き込むと鉄製の頑丈そうな扉と、その両脇に置かれた椅子に見張りと思わしき者がそれぞれ座っており、退屈を紛らわすかのように談笑していた。
明らかに怪しい、あの扉の奥に何かある。いや、恐らくあの奥にライエがいる。
(……ま、考えた所でしょうがない)
そう、ここまで来て
「女はこの奥か?」
「そうだが……入れないぞ。今アルガンが中に入った。誰も入れるなと言われている。てか……お前誰だ? 使用人か?」
「そう、アルガンもいるのか。それは好都合。しかし……
俺は右手を前に出す。そこでようやく男達は事の重大さに気付いたようだ。
「何だ! てめぇ……!」
バッと椅子から立ち上がる男達。けどもう遅い。
バーーーン! バーーーン!
男達は雷に打たれその場に倒れる。この音で中にいるアルガンも異変に気付いた事だろう。さて、どうするか……
(鍵が掛かってるな。まぁ当然か……)
扉の取手を掴み開けようとするがびくともしない。見た所鍵穴はなく、どうやら内側から何らかの方法で鍵を掛けているのだろう。もしくは
俺は扉に向けて
ドォーーーン!
鉄製の扉はビリビリと振動する。が、びくともしない。威力が足りな過ぎたのだ。今度はもっと硬く、もっと速く、もっと強く……
ドォーーーン! ドォーーーン!
ドォーーーン! ドォーーーン!
扉はどんどん
ドォーーーーーーーン!!
ベギン! とひしゃげた扉は
「何だてめぇはぁぁ!」
叫びながら両脇から二人の男が飛び出してくる。しかし俺は冷静だった。他に仲間がいるかも知れない、当然の予想だ。男達が剣を構えようとしたその時には、俺の放った魔弾がそれぞれの頭に命中していた。そしてさらにその奥、もう一人の男が剣を構えて近付こうとしている。が、近付けさせる訳はない。すぐさまその男に
「何
更にその奥、もう一人の男が叫びながら剣を抜く。剣を握った男の指のその全てに指輪が光っており、手首には何本ものブレスレット。
間違いない、こいつがアルガンだ。
アルガンの剣が俺に向いているならいい。しかしその剣がライエに向いてしまったら厄介だ、手を出しにくくなってしまう。
グンッ! と加速する身体。次の瞬間にはアルガンは目の前にいる。エス・エリテでメチルに護身術代わりに教わった技、
俺はそのままアルガンの顔面を右手で掴むと、後ろにある丸テーブルに思い切りその後頭部を叩きつける。激しい音と共に丸テーブルの天板は真っ二つに割れ、テーブルの瓦礫に埋もれたアルガンは動かなくなった。
「ライエ! 無事?」
すぐさま俺はライエに駆け寄る。ライエは大粒の涙をボロボロと
「ちょっと待って、今助けるから」
俺はライエの口に
「ゴウ〜〜〜! ゴウゥゥゥ〜〜〜!!」
泣きながら俺の名を連呼するライエ。怖かっただろう、辛かっただろう、ライエのそんな心情が痛いくらいに伝わってくる。ふと見るとライエの足元にはナイフが転がっていた。恐らくライエを
「ゴウ〜〜〜!!」
「待ってライエ! まだ足のロープが……ちょ、ライエ!!」
両足を椅子に縛り付けられたままのライエ。その椅子を背負ったまま俺を押し倒すように抱き付いてきた。
「ちょっと〜!」
ゴロン、と二人して床に転がる。泣きじゃくるライエ。押し倒された俺。そして聞こえてくる声。
「お楽しみの所すまねぇが、どいつがアルガンだ?」
仰向けのまま部屋の入り口を見ると、ニヤニヤしながら逆さまに立っているブロス。いや、逆さまに見ているのは俺の方か。
「へ……ブロス……?」
驚いたように、そして
「ようライエ、元気そうで何よりだ。で、どいつだ?」
「多分そいつだよ、ジャラジャラとアクセを一杯付けてる」
俺は何とか起き上がり、ライエの足のロープを切りながらテーブルの瓦礫に埋もれているアルガンを指差す。アルガンに近付き瓦礫をどかし確認するブロス。すると「あ〜あ、バカ野郎クソ魔ぁ……」と一言。
「ん? どうした?」
「どうした? じゃねぇよ、
「はぁ!? 嘘だろ! 加減したぞ!」
「見ろよ、テーブルの脚が突き刺さってやがる。即死だぜ、こりゃ……」
見るとテーブルの中央、天板を支えていた脚が折れアルガンの胸を貫いていた。
「おおぅ……これはあれだ……不可抗力……」
「まぁしょうがねぇ。で、ライエ。前か
「へ? 何、前とか
拘束から解放され床にペタンと座り込んでいるライエ。ブロスの問い掛けの意味が分からずポカンとしている。
「前だよ、下は脱がされてなかったから」
俺はライエの代わりに答えた。するとブロスはホッとした様子で笑う。
「そうかそうか、そりゃよかったぜ。もし後だったらこいつらの死体、切り刻んだくらいじゃ足りねぇからな」
「あ……ああ…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バッと自身のはだけた胸を両手で隠し、その場にうずくまるライエ。ようやく気付いたのだ、今の自身の格好と前と後の意味に。
「バカブロス! 見んなぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶライエに対し呆れ顔のブロス。
「ハッ、てめぇの貧相な身体見て喜ぶのは思春期のガキだけだ。全く、自分がどれ程の
ビュン……チッ……カシャン……
話の途中でブロスの顔のすぐ横を、何かが猛スピードで飛んで行った。それはブロスの左耳をかすめると後ろの石壁に当たり床に落ちる。
床に落ちたのはナイフ。
「
投げたのはライエ。さっきロープを切る為に使ったナイフだ。
「いや……あの……なぁ……!」
ブロスは助けを求めるように俺を見る。だが、勿論無視する。
全く、バカブロス……
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