第293話 あの日の教会 5

「何だこりゃあ……一体どうなってやがる!?」


 ナッカは思わず声を張り上げ、かたわらに立つミストンの肩を掴む。「知らねぇよ……!」と吐き捨てるミストン。その顔は少し引きつっている。〝こんな事なら賭けときゃ良かったぜ〟と、激しい剣戟けんげきの音をう様に、誰かが言ったそんな言葉がミストンの耳に届いた。


 その場にいた誰もが思う。〝この神父は何者だ〟と。


 閃光の如く素早く斬り付けるナイシスタの剣。神父はそれを巧みに受け、巧みにかわす。その内に〝ガチン〟と一際大きな音。神父は強くナイシスタの剣を弾き上げると、ナイススタに劣らぬ高速の突きを放った。


「!?」


 その突きはナイシスタの予想を超えていた。予想を上回る速さと力強さ。身体に触れようものなら間違いなく貫かれる。ナイシスタは咄嗟とっさに両手で剣を握る。そして自身に向かい伸びてくる神父の剣の切っ先、その側面を見極め押し当てる様に剣をぶつけた。カチッと鳴った音は、すぐにカシュゥゥと金属がこすれる音になる。同時にパチパチと小さな火花が散り、神父の突きはナイシスタの身体のすぐ横、くうを貫いた。ナイシスタは剣を巧みに操り、神父の突きの軌道をずらした。

 突きを放ち伸び切った神父の身体。攻め時だ。両手で剣を握ったままナイシスタは一歩踏み込む。狙いはがら空きになっている神父の右半身。斜めに袈裟斬り。これで決まる。が、同時に神父も一歩踏み込んだ。斬られまいと、間合いを潰しつつ右肩をナイシスタにぶつけた。体当たりだ。ドンと両者の身体がぶつかり、ナイシスタは反動でった。


(くっ……!)


 体勢を崩されたナイシスタ。一転危機におちいる。だが次の展開は読めていた。果たして予想通り、神父は剣を横に振った。薙ぎ払い。ナイシスタは強くつかを握り締め、神父の剣に己の剣をぶつけた。ガチンと激しい音が鳴る。瞬間ナイシスタは後ろに引いて間合いを取った。


(ここまでとはねぇ……)


 期待出来る。そう思っていた神父の腕前は想像以上だった。ナイシスタはちらりと自身の剣に目をやる。多少の刃こぼれはあるが、幸いな事に欠けたり曲がったりはしていない。ナイシスタの剣は細身の細剣さいけん。激しくつば迫り合いする様な戦いには向かない。


(さて……)


 ナイシスタは改めて神父を見た。〝ふうふぅ〟と肩で息をしながら呼吸を整えている。現役でないのなら、実戦の機会などそうある訳ではないだろう。それでもこれだ。期待以上。手強い相手。


(だが……)


 自然と笑みが浮かぶ。勝ち筋は見えた。



 ◇◇◇



(何だ!?)


 教会の前には正門を塞ぐ様に停まる数台の馬車。そしてその奥からはガチガチと金属音が響いてくる。あれは剣戟けんげきの音。誰かが斬り合っている。


(何だってんだ!?)


 何故なぜ教会で斬り合いを? ヤク狂いのどこかの馬鹿が暴れでもしてるのか。それともやはり、神父と揉めたマフィア共が……?

 バッサムは並ぶ馬車の隙間をすり抜け教会の前庭に入る。そして目の前の光景を見るや「親父!!」と叫び、割って入ろうと前へ進む。が、すぐに二本、三本と抜身の剣がバッサムの首筋へ伸びてきた。


「何だてめぇらはァ!!」


 吠える様に怒鳴るバッサム。マフィア共ではない。知らない連中だ。ダンはバッサムに剣を突き付けながら「何だお前、教会の関係者か?」と問う。するとバッサムが口を開くより先に「何にしても止めとけ」とルヴェーが言った。


「これは両者合意の上での決闘だ。あの二人以外、例え誰であれ手も口も出せねぇし、出させねぇ」


「決闘だと……!?」


 バッサムは神父を見る。上も下も法衣は至る所が裂けており、もはや身体中が切り刻まれているだろう事は明白だった。元々黒い法衣が更にどす黒く見えるのは全身から出血している証拠。髪はべったりと濡れている。恐らくは大量の汗だ。はぁはぁと肩で大きく息をしながら身体は前後左右に揺れている。構える剣の切っ先も細かく震えていた。


「何が決闘だ! ふざけんじゃねぇぞ!!」


 今にも倒れそうな〝父〟の姿を見て、バッサムは剣を抜こうとつかに手を掛ける。「動くな!」と怒鳴るルヴェー。「何だコイツぁ?」などと言いながらナッカら他の隊員達も次々と剣を抜き、ダンは「兄ちゃん、止めとけよ」とさとす様に話す。


「ざけんな!! どけやコラァ!!」


 が、それで収まるはずがない。剣を向けられていようがお構いなしに、バッサムは腰の剣を抜いた。途端に隊員達の目の色も変わる。


「動くなっつってんだ!!」


「何だてめぇはァ!!」


「どけゴラぁ!!」


 にわかに収集がつかなくなる。すると一際大きな声で「うるせぇ!!」と怒鳴り声が響いた。瞬間、場は静寂に包まれる。声の主は神父だった。


「バッサムか……? バッサムだな……」


 振り向きもせず、背を向けたまま神父は言い当てた。姿など見ずとも声で分かる。二年程前に院を出た問題児。衛兵になったバッサムだ。


「親父! こりゃ一体何なんだ!? なんであんたが剣持って血まみれに……!!」


「黙ってろ……」


 神父は軽く左手を上げると叫びながらまくし立てるバッサムの言葉をさえぎる。


「良いかバッサム、黙って見てろ……今こいつを……ぶった斬る……!」


「!? ぶった斬るって……」


 それはバッサムにとって驚きの言葉だった。バッサムの知る神父はそういう人物ではない。確かに口が悪くぶっきらぼうで、一見すると粗暴な印象を受けるが、しかし剣を手にし、一騎討ちに臨み、相手を〝ぶった斬る〟などと、そんな乱暴な事を言ったりやったりする様な人物では決してない。


 ぶった斬る。神父のその言葉を聞くと、ナイシスタは「へぇ……」と言って笑った。


「良いねぇ、神父……その意気や良し、さ。だが果たして……その状態から何が出来る?」


 息が上がり、汗だくで、ふらふらと身体を揺らし、酷く重そうに剣を構えているこの男が、〝ぶった斬る〟と言った。思わず顔がにやける。笑いが込み上げてくる。決して馬鹿にしている訳ではない、嬉しくなったのだ。


 神父のこの異常とも思える疲弊の仕方はナイシスタの仕掛けだ。数合すうごう打ち合っただけで大きく肩で息をしていた神父を見て、ナイシスタは神父にスタミナ面での不足があると考えた。まぁそれも当然ではある。如何いかに腕があったとしても、如何いかに鍛錬を続けていたとしても、現役を退いて久しい心身が受ける、実戦でのプレッシャーやストレスは相当大きなものだろう。そしてそれらは時間経過と共に疲労という形で神父の身体をむしばんでゆく。ならば立てるべき作戦は自然と決まる。


 神父を疲労させれば良い。


 押さば引き、引けば押す。無理に攻めず、しかし守り過ぎず。牽制けんせいにも殺気を込め、勿論狙えるのならば命を狙う。ナイシスタは自らの挙動の全てをもって、神父にプレッシャーを与え続けた。結果、神父の疲労は極限に至る。あと如何様いかようにも処理出来る。万に一つも負けはないだろう。


 そんな状態の神父が、自分を〝ぶった斬る〟と宣言した。強がり? 虚勢きょせい? 違う。


(そうだ……こいつは元北方方面軍……)


 ならば何か切り札を持っていても不思議ではない。そしてそう考えると、たまらなく嬉しくなるのだ。一体何を隠し持っているのかと。


 と、神父の身体がぐわんと大きく揺れた。まずは後ろに。そのまま倒れるのかと思う程。しかし神父は倒れず、今度は前方へと身体を傾ける。と同時に、猛烈な勢いで大きく踏み込んだ。突きだ。

 疲れた振りでもしていたのか。そう思える程に速く力強い突き。だがナイシスタには冷静だった。それはさっき見た。さっきかわした突きだ。そんなものが切り札であるはずがない。


(何を隠している!!)


 見極めてやる。右斜め前、大きく踏み込み突きをかわしつつカウンター。突き返してやろうと足を出す。が、その瞬間、妙な違和感を覚えた。


(何だ……この剣……!?)


 神父の剣、その切っ先がぼやけて見えた。速すぎて捉えられていないと? 違う。剣はしっかりと目で追えている。では何だ? 何か、嫌な感じがする。


(…………くっ!)


 咄嗟とっさにナイシスタは足を踏み出す先を変えた。斜め前ではなくもっと右へ。カウンターは狙わず素直に突きをかわす。経験上知っていた。戦闘中のこういう違和感を無視してはいけない。きっと何かある。

 ボッと風を切り神父の突きは放たれた。ナイシスタの身体の左。突きは完全にかわした。はずだったのだが……


 チッ……


 小さな音。そして左ひじ辺りに何かが触れた感触。〝バカな〟と、ナイシスタは驚愕きょうがくした。かわしたはずの突きが、どういう訳かかすっている。


(コイツ!!)


 間髪を入れず神父の二撃目。剣を横に振った。薙ぎ払い。これもさっき見た攻撃だ。だがきっとこれも、さっきと同じではないのだろう。


(クソッ!)


 ナイシスタは大きく後方へ跳んだ。ブンと神父の剣が宙を裂く。ナイシスタの予想通りだった。間合いからは大きく離れたはずなのだ。現に神父の剣はまるで身体に届いていない。なのにまた〝チッ〟と小さな音。さっきの突きよりもはっきりとした感触。腰辺りだ。見ると服が少し裂けている。ナイシスタは確信した。神父の剣は間合いを無視して身体に届く。これが切り札だと。


 後方へ跳んだナイシスタ。神父はすでに動いていた。剣を肩口に構え前に飛び出している。逡巡しゅんじゅんする間もなく、ナイシスタも前に飛び出した。一撃、二撃と、神父の剣は確実に自分の身体に近付いていた。再び距離を取ったとしても安全とは言いがたい。ならば前しかないだろう。そもそも逃げ回るなどしょうに合わない。神父が剣を振り下ろす前に、貫いてやる。


 驚く程スムーズに動く。考えずとも身体が動いている。神父は感心した。身体に染み付いた技術というものは、そうそう忘れる事などないのだなと。

 嫌と言う程繰り返し、やっとの思いで身につけた。しかし結局、日の目を見る事のなかった〝魔刃まじん〟。

 だが如何いかせん、ブランクが大き過ぎた。実戦から離れた期間が長過ぎた。蓄積された疲労がいよいよ牙を剥く。


 剣を振り下ろす神父。剣を突き出すナイシスタ。先に相手の身体に届いたのは、ナイシスタの剣だった。



 ▽▽▽



 一部始終を目の当たりにしてたバッサムは、声も上げずにその光景を眺めていた。目の前の出来事にまるで現実感がなく、夢の中にでもいるかの様な、どこかふわふわとした感じがしていた。


「親父ィィィ!!」


 背後から声がした。フォージの声だ。遅れてきたフォージら他の衛兵は、到着と同時にそれを目撃した。フォージの声で、バッサムは現実に引き戻される。神父の背中から突き出る細い剣が、何を意味しているのか理解した。


「……親父!!」


 そこでようやく、声が出た。



 ▽▽▽



 深々と突き刺さるナイシスタの剣。瞬間神父は握っていた剣を落とした。ふっと力が抜ける。膝から崩れそうになる。が、神父はガシッとナイシスタの両肩を掴み持ちこたえた。


何故なぜ……」


 神父が問う。どうしてかわせた? ナイシスタは答えた。


魔技研まぎけんのプレイルーム……あんたは元北方方面軍所属、それだけで充分警戒に値するだろう?」


 魔技研まぎけん。センドベル軍魔導技術研究所。ダグべ王国の魔法研究開発局と同様に、魔技研はセンドベルにける魔法研究の最高峰機関である。魔技研で考案された技術の大半は、北方方面軍で運用テストが行われていた。ゆえに北方方面軍所属の軍人達は、〝我ら北方方面軍は魔技研のプレイルームだ〟などと自虐的に言ったりしている。


「な……何故なぜ……」


 神父は再び問う。どうして知っている? ナイシスタも再び答えた。


「……寝物語で聞いたのさ。ウチのクソ団長……奴も元センドベル軍人、北方方面軍所属だった。もっとも奴は安全な後方勤務、あんたら最前線で剣を振っていた連中とは根本的に違うがねぇ」


 そこまで聞くと、 ナイシスタを掴む神父の手が緩んだ。


「見事だったよ、リブロン・エピスバー」


 ナイシスタがそう言ったのと同時に、神父はどさりとその場に崩れた。


「「「 親父ィィィ!? 」」」


 叫びながらバッサム達が駆け寄った。

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