第49話 忍び寄る軍勢
「お呼びですか? 老師」
「おう、エクシアか、入ってええぞい」
エス・エリテ神殿内、ルビングに呼ばれていたエクシアが、ルビングの政務室を訪れる。
「どうされましたか?」
「コウを見んかったか? ここ三、四日見とらんのだが……」
「山ですわ」
「山ぁ~?」
「はい、メチルと一緒に。最後の追い込みっす~、って引きずられて行きましたわ。大した荷物は持っていませんでしたので、まぁ……もう二、三日もすれば戻って来るんじゃありませんか?」
「そうかい。んじゃ、お主の方はどうなった? 治癒魔法教えとったろ?」
「とっくに終わりましたわよ。止血、痛みの緩和、極々軽度の傷の治療、自身限定で扱えるようになりましたわ。基礎の基礎ですわね。でもそれ以上は無理ですわ。それでも大変喜んでいたので、良いのではありませんか?」
「やっぱその辺りで限界じゃったか。ま、本人が喜んどるんならええじゃろ。と、いう訳じゃが?」
ルビングは後ろの窓に向かって呼び掛けるように話した。窓は半分開いている。
「? 誰かいらっしゃるんですか?」
不思議に思ったエクシアは窓に近付く。すると、窓の外には人の気配。窓から顔を出し外を覗くと、窓の横には懐かしい人物が壁に寄り掛かって立っていた。パァっとエクシアに笑顔が浮かぶ。
「まぁ、随分とお久しぶりですわね、お元気でしたか?」
「まぁな、久々だなぁ、エクシア。しばらく会わない内にえらい美人になったじゃね~か。相変わらずこじらせてんのか?」
スゥ~っとエクシアの笑顔が消える。
「そちらは相変わらず、失礼ですわね。何年も戻って来ませんでしたのに、急にどうされたんですか、ゼルさん?」
「こやつ、コウに会いに来たんだそうじゃ」
ルビングは溜まった書類に目を通しながら話す。
「コウさんに!? お知り合いでしたの?」
エクシアは驚きの声を上げる。
「まぁな、一年くらい前にちょっとなぁ。殺し合いして、殺されかけたっつぅか、ダチっつぅか、何つぅか、まぁそんな感じだなぁ」
エクシアは憐れみの目でゼルを見る。
「ゼルさん、世間一般では自分を殺そうとした相手のことを、友達とは言いませんのよ……」
「可哀想にのぅ、よっぽど友達おらんのじゃろ」
ルビングは書類にサインしながら話す。
「いるわ! 友達いっぱいいるわ! 何なら部下もいっぱいいるわ!」
「部下って……ゼルさん今何してらっしゃるんですか?」
「ああ、ジョーカー三番隊のマスターだ」
ドヤ顔で話すゼル、うわぁ~……という表情のエクシア。
「老師、お塩ありますか? まいておかないと……」
「はっはっは、相変わらず嫌われてんなぁ、ジョーカーは。
ルビングは書類を片付け窓に近付く。
「まったく、何の悪巧みやらのぅ。あやつを巻き込んで、どうするつもりじゃ?」
「別に悪さする訳じゃね~よ。むしろ良いことだ。世直し? 的な?」
エクシアはため息をつく。
「どうしてでしょうか、全く信用できませんわ。コウさんに何かあったら、ゼルさん、寝首をかかれますわよ。元
「はぁ? 何だそりゃ? まぁいいさ、二、三日で戻るってんなら、このまま待たしてもらうぜぇ?」
◇◇◇
「ベリムス様、あの森が合流地点です」
夕闇が迫る頃、ハイガルド・イゼロンの国境付近には行軍の足音が響いていた。ハイガルド王国、右将軍ベリムス・アーカンバルド率いる四千の軍勢だ。
北部での演習と称して王都周辺に展開する部隊をかき集めた訳だが、ベリムスはこの数に納得はしていなかった。エリノスの強固な城壁を打ち破るには、この倍の数は欲しいところだった。だが独断での作戦行動である以上、あまり派手な動きは見せられない。
こうなってくると、移民監視のため国境付近に展開している、自身の
「全軍停止、しばし待機! 副官、ついてこい!」
しかし、ないものはしょうがない。足りない物は何かで補うしかないのだ。この森で控えているであろう量産された死兵で。
「お待ちしておりました、ベリムス様」
森のすぐ外にはリネイと数人の男達が立っていた。フリス・ザランの研究者達だ。リネイの姿を見たとたん、ベリムスは強い嫌悪感を感じた。オークを意思なき
だがベリムスはそんな嫌悪感を声はおろか、表情にも出さない。なぜならこの女が造ったオークという猛毒を、これから自身の身体に流し込むのだ。これにて自身もこの女と同じ、外道となる。外道が外道に批判される
「一千ものオークをここまで移動させるのは大変だったでしょうな、リネイ殿」
どうやって、とは聞かない。聞いたところで、意味はない。
「はい、中々に骨が折れましてございます。ですが、一千体、きっちりご用意させていただきましたわ」
そう言いながら、リネイは革袋をベリムスに渡す。
「オークを操作する魔法石です。ご要望通り、石一つで五十体操作出来るよう調整しております。魔法石二十個、お納めください」
ベリムスは無言で革袋を受け取り、副官達に渡す。副官達は自身らの部下である部隊長を呼ぶ。その数二十人。彼らはオーク指揮のために選抜されたオーク隊の隊長達だ。隊長達は一つずつ魔法石を受け取る。
「進軍させろ」
ベリムスの指示で副官達は軍を移動させ、オーク隊の隊長達は森の中に入る。しばらくして森から出てきた隊長達の後ろからは、甲冑を着込み、大きな剣や斧といった得物を手にしたオークが、ぞろぞろと列をなして現れた。
「……甲冑を着せたのですか」
ベリムスの言葉に、リネイは笑顔で答える。
「はい、いくら頑強なオークと言えども
「いえ、かたじけない……」
森の中から次々とオークが現れる。行軍していた兵達は皆一様に驚き、声を上げ武器を構える。
「騒ぐな! あのオーク達は我らと行動を共にする者達だ! 武器を下ろし進軍せよ!」
副官達は馬を駆り、
「それではベリムス様、我々は離れたところから観戦させていただきます。決してお邪魔は致しませんので」
リネイの言葉にも、ベリムスは一切リネイを見ることなく「承知した」と、一言だけ残しその場を離れる。
「ご武運をお祈りしておりますわ、ベリムス様。せいぜい上手に踊って下さいまし……」
行軍の先頭へ向かい馬を走らせるベリムスの背を眺めながら、リネイは小さく呟いた。
◇◇◇
「ふぅ~、実に有意義な修行だったっすね」
夕方。メチルによる護身術講座、その全てが終了した。最後の追い込みということで、メチルに強引に連れていかれたプチ山籠りの帰り道、今までやったことを一通りおさらい出来たのは良いんだが……
「なぁ、山に籠る必要あったか?」
「……ないっすね。まぁ、ノリっすよ、最後なんで。てゆーか今さら
……ないんだ。
「早いとこ帰ってお風呂入ってご飯食べるっすよ、もうデロデロでペコペコっすから」
確かに、身体はデロデロでお腹はペコペコだ。でも、これで本当に全て終わり、全ての修行が終了した訳だ。今後どうするかとか、色々考えることはあるが、とりあえず今は早くエス・エリテに帰ってゆっくり休もう。
◇◇◇
何日か振りの風呂を楽しみ食堂へ。一通り料理を取って空いている席は……あそこ、隣にエクシアがいるな。
「あら、コウさん。終わったんですね?」
「はい、全部終わりましたよ。これでもう……げ!」
「はっはっは、久々に会ったってのに、げ! はないだろう、待ってたぜぇ、コウ!」
俺の視界に入ったのは、エクシアと一緒に食事をしているゼルだった。
「何であんたがここにいるんだ!? てか何で一緒に飯食ってる?」
「おいおい、約束したろ? 迎えに行くって」
……あ~、何か、そんな話してたような……いや、でも……
「いやいや、約束はしてないだろ? 自分の都合を優先するって言ったろが」
「おいおいおい、そりゃないだろ、コウ! 俺とお前の仲じゃね~か!」
「どんな仲だよ! 大体――」
「
俺とゼルが揉めてる間に、風呂上がりのメチルがやって来た。
「あら、メチル。この人はね、ゼルさんって言って、元々ここの修道士だったのよ。コウさんとも知り合いみたいで、今は……何やら良からぬことをしているみたいよ?」
「頼むよコウ! ずっと待ってたんだぜぇ?」
「知らないよ、勝手に待ってたんだろ?」
「そんな事言うなよ、お前以外にいないんだ、お前じゃなきゃ、ダメなんだよぉ!」
「だから知らないっての!」
「冷てぇじゃね~か、見捨てないでくれよぉ!」
「ねぇ、これは……」
俺とゼルのやり取りを見ていたエクシアが呆れたように話す。
「一体何を見せられてるのかしら、
「まったくっふね。んぐ、野郎同士の別れ話に、需要らんてないっふよ」
肉を頬張りながらメチルも同意する。
「別れ話じゃねーし! てか付き合ってねーし! 付き合う訳もねーし!!」
俺は激しく否定する。
「何言ってんだ、これからだろぉ? これから付き合っていくんだろぉ?」
「なぁ、何言っちゃってんのお前? 正気? 正気ですか? 話がどんどんこじれるだろが!」
そんな馬鹿馬鹿しいやり取りを遮るように、若い修道士が食堂に飛び込んできて、大声で叫んだ。
「て、敵襲!! エリノスに敵襲!! 数はおよそ五千! 警備隊、戦闘員は神殿へ集合! 非戦闘員は自室で待機!」
エクシアはため息をついて席を立つ。
「はぁ、敵襲って何ですの、今どき。ゼルさん、手伝って下さいましね?」
「しょ~がねぇなぁ」
ゼルも席を立ち食堂を出る。
「まったく、休む暇もないっすね。行くっすよ、コウさん」
メチルは俺の腕を引っ張り立たせようとする。
「あ、あ~、ちょっと……くそっ!」
結局晩飯、食えないのか……
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