第50話 いつも通り
兵達は動揺していた。
北部での軍事演習ということで召集され、王都セットレーを出発して七日。しかし一向に演習は行われず、日が沈み、月が顔を出したつい先ほど、とうとう国境を超えた。もう少し進むと、イゼロン山の
「ベリムス様」
副官の一人がベリムスの元へやって来た。
「兵達が異変を感じ始めました。そろそろご説明を……士気にも影響しますゆえ」
「そうか、そうだな。全軍停止、整列させろ」
整列した兵達を前にベリムスは大声で話す。
「諸君! 先ずはここまでの行軍、大義である! すでに気付いている者もいるとは思うが、
「う……」
「「 うう…… 」」
「「「 うおーーーーー!! 」」」
ベリムスの演説を、始めこそ戸惑いながら聞いていた兵達だったが、演説が終わる頃には皆、顔つきが変わっていた。士気は跳ね上がり、雰囲気は一変した。戦う集団、まさに軍へと変化したのだ。
「進軍する!!」
ベリムスの号令に、雄叫びを上げながら兵達は歩き出す。
◇◇◇
「よっしゃ、大体集まったようじゃの、説明するぞい」
エス・エリテ、神殿内。修道士達が集まった。デンバに、レグの姿もある。
「ついさっき、エリノスから急変を知らせる連絡があった。エリノスに向け、南より軍勢が迫っとる。数はおよそ五千。その内一千はやたら
オーク……当然、引っ掛かる。俺は前に出る。
「老師!」
「ん? 何じゃ、コウか。お主戻っとったんか。どした?」
「オークの色は?」
「は? 色ぉ?」
「オークの皮膚の色です、何色ですか?」
「……いんや、確認しとらんが?」
「東の国を襲撃したオークは皮膚の色が赤黒かったんです。魔力の干渉を受けて、さらには操られていたと……」
ルビングは慌てたように話し出す。
「待て待て、そりゃあエルバーナのオーク襲撃事件のことじゃな。操られてって……どういうこっちゃ? 魔力の過干渉状態は暴れまわるんじゃろ?」
「お師匠……レイシィが言ってました。自我を失った者が転移の魔法石なんて使えないって」
「転移ぃ? 何じゃそりゃ?」
「東ではオークの襲撃で王都が半分焼失した国があります。何でそんなに大きな被害になったと思います? 気付かなかったんですよ、オークの進軍を。そんな事あると思いますか? どんな国だって領内に砦や城がある、巡回している兵だっているだろうし、商人や旅人だって歩き回ってるでしょう? ましてや王都ですよ、周辺に警備網が敷かれているはずです。絶対どこかで誰かが見てるはずなんです。でも、それが一切なかった」
ルビングは
「転移して、飛んで来たっちゅうんか?」
「お師匠は、これは誰かが仕組んだ事だと……オークを操り、転移の魔法石を使ってオークを送り込んで、襲わせたんだ、と……それを調べるために、お師匠は城に戻ったんです」
ルビングは腕を組み下を向く。
「……おい! すぐにエリノスに確認じゃ!」
ルビングは側にいた若い修道士に命じる。エリノスとエス・エリテの間にはワイヤーが張られており、滑車を使って情報のやり取りができるようになっている。
「もし……」
ルビングは静かに口を開く。
「もし、下に来とるオークどもが、お主の話すオークと同じ連中じゃとしたら……ここもマズイっちゅうこっちゃろ?」
「そうです、連中はどこにでも行ける。エリノスを無視して直接ここに来ることだって出来ます。守備隊は残しておくべきです」
ルビングは眉間のシワをさらに増やす。
「しかし、にわかには信じられんのぅ……転移の魔法石なんぞ、聞いたこともない」
「間違いありませんよ、実際に体験した人間が、目の前にいるんですから」
「ああ、お主は東でオークとやり合ったんじゃったな」
それだけではない。俺は転移して、この世界に来た……
少しすると若い修道士が走ってきた。
「老師! エリノスから返答です! 通常のオークの色にあらず、もっと黒っぽいそうです」
「……夜じゃし、間近で見とらんから、赤黒いっちゅうよりは黒く見える、ってとこかのぅ……」
「充分あり得ますね」
腕を組みルビングはしばし考える。
「ふむ……よっしゃ、最低限の守備は残す! 警備隊はここで待機じゃ! レグ! お主は警備隊率いろ!」
「了解だ」
「エクシア! お主も留守番じゃ。自室で待機しとる連中の様子を見て回ってくれ!」
「分かりましたわ」
「わしもここに残る! 他の
俺は無言で
「ゼル、手ぇ貸してくるれるんじゃろな?」
ルビングは俺の横に立っているゼルを見る。
「ああ、しょうがねぇから手伝ってやるぜぇ。しかしツイてるなぁ、老師。うちの連中がエリノスの外で野営しながら俺の帰りを待ってんだ。その
「百人のジョーカーか、そりゃええのぅ。じゃが、何でそんな連れてきたんじゃ?」
当然の疑問だ。傭兵が百人。何のために? 自慢?
「そりゃあコウに会わせるためだ」
「……はぁ?」
何言ってんの、こいつ?
「これから行動を共にする仲間だからなぁ、紹介しとかにゃなんねぇだろ?」
「……いや、別にいいし」
「はっはっは、照れんなよ、一気に友達百人できちまうなぁ?」
……こいつどこまで本気なんだ?
「まぁええわい。準備できた
神殿の外に出ると修道士達が馬を用意していた。
「コウさん、乗るっすよ!」
メチルだ。すでに騎乗し、隣の馬を指差している。
「メチル!」
「何すか!」
「俺、馬乗れない!」
「……は?」
「俺、馬、乗れない」
はぁ……と、ため息をつくメチル。
「……締まんないっすね、コウさん……カタコトで言っても同じっすよ」
「しょうがねぇなぁ!」
騎乗したゼルが後ろからやって来た。
「ほら、乗りな!」
ゼルは自身の後ろをポンポンと叩いている。
「え、あ~、ちょっと……嫌かな~……」
「はぁ!? おま……はぁ!!」
「んじゃコウさん、こっち乗るっす」
俺はすぐさまメチルの後ろに乗る。ゼルはすねる。
「……そりゃお前、俺だって後ろに乗せんなら、女の方がいいけどよぉ……にしたってお前……嫌って、お前……」
「いや、貸し作りたくないないな~、って……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、行くっすよ!」
俺を後ろに乗せてメチルは馬を走らせる。ぶつぶつ言いながら、ゼルもその後に続く。そのやり取りを、微妙な表情で眺めていたルビング。不意に、
「老師!」
と、デンバに声を掛けられる。
「なんじゃい、デン……ばふぅ!」
ルビングは思わず吹き出した。
「老師、デカい馬は、ないのか?」
エス・エリテで飼育されている馬は、一般的な馬よりも小さな種だ。スピードよりも登り降りに適した、足腰の強い種である。
しかし、ただでさえ大きなデンバがまたがっている馬は、他の馬より一際小さかった。その絶妙なアンバランスさに、周囲の修道士達はクスクス笑いながら馬を走らせて行く。
「ああ、うちで飼育しとるのは小さい種類じゃからのぅ。にしたってお主、何でそんな小っさいの選んだんじゃ……?」
「これしか、なかった」
真顔のデンバに、込み上げてくる笑いを必死に抑えるルビング。その横で、レグは大笑いしている。
「じゃあ、しゃ~ないのぅ……」
「そうか」
そう言って、デンバは出発する。後ろ姿のシルエットが、さらに笑いを誘う。
「ふぅ、何ちゅうか、緊張感のない連中じゃ……」
「いやぁ、気負ってガッチガチってよりも、いいんじゃないかぁ?」
レグは腹を抱えている。
「いつも通り、ですわね」
呆れ顔のエクシアは居住区に向かって歩き出す。
「じゃあ、こっちもやるかのぅ! 神殿から後ろ、居住区は絶対死守じゃ、その手前に防衛線張るぞい!」
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