第51話 前哨戦 1

「ブロス!」


「ん~、何だぁ?」


「昨日の夜、城門って閉まってたか?」


「あ? 昨日も一昨日も閉まってねぇよ。この辺は治安がいいからな、エリノスは年中開けっ放しだ。神様のお膝元で悪さなんぞしたら、地獄に落ちっからな。

 それよか、もうちょいで出来んぞ、俺特製シチュー。今日のは中々の出来じゃねぇかぁ?」


「ブロス!」


「何だよ、うるせぇなぁ」


「門閉めてんぞ?」


「……はぁ!?」


 街道から少し外れた森の中、ちょうど良い広場があり、ジョーカー三番隊はここで野営をしていた。

 ブロスは街道に飛び出すと、正面に見える東門を確認する。時折雲間から顔を出す月明かりに照らされた大きな門は、確かに、ゆっくりと閉められている途中だった。


「おいおい、何だってんだ!?」


 ブロスと数人の団員は東門へ走る。すでに門は半分ほど閉められている。


「おい! どした? 何があった!」


 ブロスは門は閉めている衛兵達に詰め寄る。衛兵は手を休めることなく答えた。


「敵襲だ、南からな。五、六千って話だ。あんたら、外で野営してる連中だろ? どうする? 中に入るなら急げ、少しなら待ってやる」


「敵襲だぁ? どこのもんだ?」


「知らん! どうするんだ? 早く決めろ!」


 衛兵はイライラしながら怒鳴る。


「おい、ブロス……」


 団員はブロスを見る。ゼルがいない今、全ての決定権は副官であるブロスが握っている。


「いや、俺らはいい、閉めてくれ」


「おい、ホントにいいのか? 入れなくなるぞ?」


 衛兵は驚いて聞き返す。


「ああ、早く閉めな」


「知らないぞ!」


 そう言うと、衛兵達は城門を閉めた。


「ブロス、どうすんだ?」


「南に斥候せっこう出せ、あと火ぃ消させろ、灯りと煙でばれっからな。取りえず森の中で待機だ。状況が分かんなきゃ動きようがねぇ」


「分かった!」


 団員達は走り出す。


「ったく、何やってやがんだ、マスターは……」



 ◇◇◇



「ベリムス様、西門配置完了! いつでも行けます!」


「始めろ。南門はまだか!」


「はっ、間もなく!」


 ベリムスはエリノスを囲う高い城壁に目をやる。


「……東門に五百送れ。オーク隊、二部隊混ぜておけ」


「東門……ですか?」


「城壁の守備隊が想定より多い。少し散らし・・・たい。牽制だ」


「はっ、直ちに!」


 無数のかがり火と松明、魔法石の灯りがうごめいている。

 ベリムスは南門後方に陣を張った。南門に三千、西門に二千の兵を配置。当初、北門と東門は放置するつもりだった。本陣のある南門から離れすぎているという地形的な理由と、総勢五千というエリノスを攻めるには決して多くはない兵を、出来る限り分散させたくないという戦略的な理由からだ。仮に敵が打って出てきても、前衛、そして東門側の右翼に配置したオーク隊で処理出来る。

 しかし、エリノス城壁上の守備兵がかなり多く見えたため、急遽東門へも部隊を送ることにした。守備兵を釣って・・・移動させるためだ。





「間違いない、あの鎧、ありゃハイガルドだな。ここ南門に三千……か? てことは、西門も同じくらいだな」


 ベリムスの陣のさらに後方の森の中、木の上に二人の男。ブロスの命により斥候に出たジョーカーの団員だ。もう一人は西門の偵察に向かっている。


「なぁ、ハイガルドってオーク住んでんのか?」


「知らね~よ。でも中央では見たことねぇな」


「俺、オークって初めて見たわ……お? 何だあいつら? 離れてくぞ、五百……くらいか?」


「まずいぞ、東門に行くんじゃねぇか?」


「俺が行く、ブロスさんに伝えないと!」


 斥候の一人はスッと木を飛び降り、森の中へ消えた。入れ替わるように、西門に行っていた斥候がやって来た。するすると木に登り合流する。


「何かあった?」


「ああ、東に向かう部隊を見つけてな、ブロスさんに伝えに行ったんだ。それより、西はどうだった?」


「およそ二千。西門が本命かも知れない」


「本命?」


「ああ。でっかいおもちゃを用意してた」


「おもちゃって、何よ?」


破城槌はじょうつい



 ◇◇◇



 斥候は街道を走り抜け、森の中に飛び込む。


「ブロスさん! 報告!」


「おう、待ってたぞ、どうだ?」


「軍勢はハイガルドだ。本陣は南門、数は三千。西の報告待ってたんだけど、その前に動きが……」


「何だ?」


「こっちに五百ほど移動する部隊がある。内、オークが百。デカい大槌ハンマー持った連中だ。多分東門を攻める気だな」


 ブロスは腕を組み、下を向く。


「夜襲ってことは、本気でエリノス落とすつもりかぁ? しかもオークって何だよ……」


「ブロス、どうする?」


 ブロスの隣の男は、下を向くブロスの顔を覗き込むようにして尋ねる。


「……やる。マスターが上にいるんだ、エリノスが落ちたら、当然エス・エリテも、ってなるだろ? それにエス・エリテはマスターの故郷みたいなもんだ。潰させねぇよ」


 ブロスの後ろに立っている女は、呆れたように話す。


「……言うと思ったわ。一銭の得にもなんないってのに……あんた、マスター大好きっ子だから」


「はぁ!?」


 ブロスは驚いて振り向く。するとブロスの正面に座っている男は眉間にシワを寄せ、不快感満点の表情で口を開く。


「大好き、なんてかわいいもんじゃねぇよ、もはや戦慄のラブだ、気持ち悪ぃ……」


「はぁぁ!? んな訳あるか!!」


 ブロスの隣の男が話しかける。


「なぁ、ブロス……」


「んだぁ! ごらぁ!!」


「いや、俺は何も言ってないだろ! それより、どうすんだ?」


 ふぅぅぅ~、と気を落ち着かせるように、下を向きゆっくりと息を吐くブロス。そして前を向く。


「……まともにかち合ったら、ちとキツいな……しょうがねぇ、あんま好きじゃねぇが、奇襲かますぞ。ライエ、魔導師何人いる?」


 ブロスは後ろに立っている女、ライエに聞く。


「二十」


「リガロ、弓は?」


 正面の男、リガロは斜め上を見ながら、人数を数える。


「……三十人だ。ただし、矢は多くない。戦闘になるとは思わなかったからな」


「よしよし、何とかなりそうだ。いいか、連中が門に取り付いたら、ケツに魔法ぶちかませ。炎がいいなぁ、でっけぇヤツだ。んで――」



 ◇◇◇



「オーク隊、前に出せ!」


 巨大な大槌ハンマーを手にしたオーク達が城門前に移動する。その後ろにさらにオーク達が、金属製の盾を頭上に持ち上げて並ぶ。城壁上からの攻撃を防ぐためだ。


「始めろ!」


 東門の攻略部隊が攻撃を開始した。指揮官の号令を受け、オーク隊の部隊長がオークに「叩け!」と指示を出す。それを合図にオーク達が一斉に、城門に大槌ハンマーを打ち付ける。


 ドーーーーン!!


 鈍く、重い、腹に響く音。そしてメキメキ、と木がきしむ。巨大で厚い城門は金属で補強されてはいるが、木製だ。オークの膂力りょりょくで叩かれ続ければ、いずれ破壊される。


「オーク狙え! 斉射……放て!」


 城壁上の守備隊は一斉にオークに矢を放つ。が、頭上を防御する盾に弾かれる。


「くそっ! 当たらない!」


「手を止めるな! 続けろ!」


「でも、これじゃあ――」





 敵陣後方、東門から真っ直ぐに伸びる街道の両脇の森に、ブロス率いるジョーカー三番隊が潜む。


「よ~し、そろそろ行くかぁ? ライエ、いいぞ」


 ライエは無言でうなずき、街道を挟んだ反対側の仲間に合図を送る。と、


 シュンシュン、シュンシュン……


 次々と魔弾が森の中から飛び出し、ハイガルド軍後衛の兵達に直撃する。当たった魔弾は大きな炎となり、周囲を照らしながら激しく燃え上がる。


「ぐわっ!」


 後衛の兵達の声を聞き、振り返った他の兵達には、燃え上がった炎が高い壁のように見えた。


「よし、リガロ、いいぞ!」


 同じように、今度は森の中から次々と矢が射かけられる。炎の壁が目隠しになり、飛んで来る矢に気付くことなくハイガルド兵達は次々と倒れる。


「何だ!? あの炎は!?」


 後方の騒ぎに指揮官が気付いた。が、すでに遅い。


「行くぞ! ぶちかませ!!」


 ブロスの号令で森から団員達が飛び出す。そしてハイガルド軍中衛を左右から挟み込むように攻撃を始める。中衛には敵指揮官がいる。


「!! こいつら、どこから!?」


 後衛は魔法と弓矢で、中衛は両側から挟み撃ちされ、ハイガルド軍は大いに混乱した。と、後衛を襲っていた矢が止まった。尽くしたのだ。


「ライエ!」


 リガロはライエに魔法を止めるよう合図を送る。ライエが右手を挙げると魔導師達は魔弾を放つのを止める。


「よし、弓隊抜刀! 後衛の息の根を止める!」


 リガロ率いる弓隊は弓を捨て剣を抜く。そして魔法と弓矢により散々食い破られた敵陣後衛に、とどめを刺すべく森から飛び出す。





 中衛、右翼側。流れるような剣さばきで、ブロスは次々とハイガルド兵を討つ。ブロスは過去に正統な剣術を学んでいた。傭兵団には元軍人や元犯罪者など、様々な人間が様々な理由で集まってくる。


「ブロスよぉ!」


 団員の一人が戦いながらブロスに近付く。


「何だぁ!」


「あいつら全然動かねぇぞ?」


「……ああ。全く、察しの悪い連中だ。こんだけお膳立てしてやってるってのによ。早くしねぇと……」


「方円!! 方円だ!! 隊長を守れ!!」


 中央付近から陣形変更の指示が飛ぶ。


 方円陣。


 指揮官を中心に円形に兵を配置する。それぞれの正面からの攻撃に対応しやすい反面、移動には適さない守備に特化した陣形だ。


「ああ、くそっ! 守り固められちまう! いい加減気付けよ、上からならよく見えるだろうによ!」


 ブロスはイラつきながら城壁を見る。

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