第92話 策

「よし! 次ぁクラフだぁ! 追い込むぞ!!」


「「「 オォォォォ!! 」」」


 見事セイロムを討ったゼル達三番、四番隊の連合部隊は大いに沸いた。逆にセイロムが率いていた西支部の部隊は瓦解しかけている。この士気の差はちょっとやそっとではくつがえせないだろう。その場にいる誰もがそう感じたはずだ。戦いは最終局面を迎えようとしている。


「しかし凄いな、デーム。アイツの策通りの展開だ」


 沸き上がる仲間達を眺めながらエバルドは呟いた。それを聞いていたゼルも同意した。


「まったくだぜ。多少のプラン変更はあったが、ほぼほぼデームの読み通りだ。エイナが側に置きたがるのも無理はねぇな」



 ◇◇◇



 ゼル達とバウカー兄弟がぶつかる数時間前、馬を休める事が出来そうな小さな小川を発見したゼル達は、休息も兼ねて軍義を開いていた。


「んじゃデーム、頼むぜ、作戦を発表してくれ」


「はい、ゼルさん。今のペースだと恐らく四、五時間後、夕刻前には連中に追い付くはずです。まずは輜重しちょう隊を狙い連中の脚を止め混乱させます。輜重しちょう隊が最後尾にいれば簡単な話です。しかし殿軍でんぐんが守っている可能性もありますので、その場合は殿軍でんぐんをこじ開けて輜重隊に仕掛ける必要があります」


「じゃあその場合は、連中の態勢が整う前にケツから突撃でも仕掛けるか?」


「いいじゃねぇか、ホルツ。矢じりでも突き刺すか?」


「ではその場合はホルツさんは左翼、エバルドさんは右翼に、ゼルさんは中央後方です。先頭は……」


「よし、じゃあ俺が……」


「何言ってる! 俺の方が……」


「待て待て、お前らは始まりの家で暴れたろ? 俺は全然……」


 ゼルの部下達が揉め出した。矢じりの先頭は一番早く敵とぶつかる危険な場所だ。と同時に、当然一番槍を狙える場所でもある。矢じりの先頭を務め上げるのはほまれなのだ。


「……誰でもいいですが、絶対に勢いを殺されないように気を付けて下さい。

 輜重隊を攻撃後は後方へ戻り横陣おうじんを敷きます。連中も恐らく横陣おうじんです。こちらから見て左翼にクラフ、右翼にセイロムが入るはずです。連中はいつもこの布陣で戦場に立ちます。対してこちらは左翼にホルツさん、右翼にエバルドさん、中央はゼルさん。私は後方で魔導師隊を率います」


 それを聞いたエバルドが口を挟む。


「なぁ、右翼は俺でいいのか? ゼルさんが指揮するんだから、三番隊のヤツの方が……」


「いえ、右翼はエバルドさんにお願いします。理由は後で説明しますが……

 さて、最初の激突ですが、セイロムが突撃を仕掛けてきますのでその脚を止めます」


 それを聞いたホルツも口を挟む。


「待て待て、仕掛けてきますので、って随分と断定的じゃねぇか。根拠は?」


「我々参謀部は諜報部の協力のもと、ジョーカーの受けた依頼や参戦したいくさのデータを収集し分析しています。それは各支部も例外ではありません。過去のデータから、西の連中の戦い方は把握しています。大抵……いや、ほぼセイロムが先陣を切って突撃し戦端せんたんが開かれています」


「なるほどな、そんな事してたんかぁ。知らなかったぜ」


「そうだぜぇ、ホルツ。依頼が完了したら諜報部のヤツに、どんな内容だったのかってのを細かくネチネチ聞かれるんだ。依頼よりこれの方がしんどい時があるなぁ……」


 話ながらゼルはちらちらとデームを見る。依頼完了後の聞き取り、どうにか簡単にならないか? との思いで。しかしデームは無視して話を進める。


「セイロムの突撃を止める方法ですが、整列する騎馬の隙間に弓兵を配置します。セイロムが突撃を開始したら弓兵を全面に出し攻撃。ただし狙うのは……馬です」


「おい、デーム! そりゃあ……」


「分かっています、ゼルさん。これはあなたの好む戦いじゃない。しかしこの戦では圧倒的に強いゼル・トレグを見せたいのです。手段を選ばず容赦なく相手を追い込む、甘ちゃんではない姿を。エクスウェルには厄介な存在になったと、南支部には手を組んだ方が得だと、そう思わせたいのです。それにお忘れかも知れませんが……ここよりもう、あとはありません」


「あぁ……そうだ。そうだったな、もうあとがねぇ。済まねぇなデーム、こんな大事な事忘れちまうなんてよ。そもそも奇襲でアウスレイ丸ごと吹き飛ばしてんだ、今更卑怯だ何だって事はねぇわな……いいぜ、やろうや」


「ご理解頂きありがとうございます。さて、次は全軍での激突となります。この時点で向こうの士気は相当下がっているはずです。盛り返しに必死になるでしょう。そこで一つ仕掛けを用意します。まずは左翼、ホルツさんはとにかく押しまくって、敵右翼のクラフをよそ見も出来ないくらい釘付けにして下さい」


「簡単に言うなぁ……」


 ホルツは頭をかきながら呟く。


「要はクラフを変に動かしたくはない、その場に留めておきたいのです。何故ならこのいくさ、ポイントは右翼だからです」


 一瞬きょとんとするエバルド。すぐにハッとして口を開く。


「右翼って……俺か!?」


「そうです、エバルドさん。あなたがカギです。あなたに右翼をお任せする理由は三つ。まず一つ、四番隊と西支部の交流がほとんどないという点。エバルドさんには絶対に目立たないで頂きたい。右翼の指揮官があなただとバレないようにして下さい」


「バレないように、ってのは一体……?」


「今話した通り、四番隊は西での活動がほぼありませんよね?」


「あぁ、そうだ。確かに四番隊はほとんど西へ行った事がない。どういう訳か、西からお呼びが掛からないからな」


「クラフがカディールさんを嫌っているからですよ」


「え? そうだったのか?」


「はい、何故かは分かりません。聞いても答えませんので。ですが、そうであるならば、我々参謀部としても四番隊を西へ合流させる訳にはいきません。士気の低下、連携不良等々、マイナスの要素しか生まれませんので。なので西の連中はバウカー兄弟も含め、四番隊のメンバーを知らないのです。知っているのはせいぜい、マスターのカディールさんくらいでしょう。恐らくはエバルドさん、あなたの存在も名前程度しか知らない。始まりの家でもあまり戦っていませんでしたよね?」


「ああ、宿舎を守ってその後はすぐに北門へ向かったからな」


「はい。だからこそ好都合です。手強い左翼のホルツさんに対して右翼の指揮官は無名のヘボだ、連中にそう思わせたいのです。その為には存在を知られていないエバルドさん、あなたが適任です」


「ヘボ……」


 微妙な表情のエバルド。


「勿論、我々はあなたを知っている。あなたをヘボだなんて思う者はいませんよ。むしろあなたは優秀な指揮官です。皆、そう思ってます。それが右翼をお任せする二つ目の理由。一進一退を演じてジリジリと後退する。連中に演技だと気付かれずにそれを行えるのは、ここにはあなたくらいしかいないのです」


「ああ、そうだな。三番隊うちにはどういう訳かイケイケの連中ばっかり集まっちまった。突破力や破壊力こそあるが、そういう器用な用兵が苦手でよ、唯一上手そうなのはリガロだが……ここにはいねぇからな」


 腕を組みバツが悪そうに話すゼル。奇襲や不意討ちを嫌い、正攻法の力勝負。その上で押し勝つ力を持っているのが三番隊だ。


「まぁ、そういう事なら……じゃあ仕掛けってのは、セイロムをめる仕掛けか?」


「そうです、エバルドさん。クラフとセイロム、二人の役割は実にはっきりとしています。クラフは頭脳、セイロムは手足です。先に頭脳を潰した方が早いような気がするでしょうが、この手足が中々に厄介でして……」


「ああ、アイツ頭悪そうなんだけどなぁ、実は結構用兵が上手ぇ。命令聞くだけの、頭空っぽの手足って訳じゃねぇな」


「はい、なのでセイロムを先に討ちたいのです。自身が指揮する左翼の方が優勢、そうなるとセイロムは右翼のクラフを援護する為にも余計に前掛かりになるでしょう。そこでゼルさん、立て直しを試みる振りをして右翼へ移動して下さい。セイロムを……」


「釣り上げるのか?」


「そうです。ゼルさんには活きの良い旨そうなエサになってもらいます。ゼルさんが動いたらセイロムは食い付くでしょう。それと同時にエバルドさんには潜ってもらいます」


「潜るぅ?」


 エバルドは眉間にシワを寄せる。


「はい。馬を降り混戦の最中さなかに身を隠すのです。そしてゼルさんとやり合うセイロムに近付き、死角から一気に首を獲る。万が一セイロムに気付かれたとしても、あなたならいくらでもセイロムを仕留められる。相対して一騎討ちにさえ持ち込められれば。これが三つ目の理由、エバルドさんの個の強さです。四番隊はどうしてもカディールさんが目立ってしまう。しかしエバルドさん、あなた自身も相当強い。それはもう、曲刀のホルツにも負けないくらい。ですよね?」


「いやいや、そりゃあ流石に持ち上げすぎだ。大体……」


 右手を顔の前で振りながらエバルドは否定しようとする。ホルツと並べられる程の武功は上げていないからだ。しかし、すぐさまホルツがさえぎるように話し出す。


「いや、問題ねぇ。こいつは強い、それは間違いない」


「ホルツ……」


「では決まりですね。連中に存在を知られていないエバルドさんが、巧みな用兵でセイロムを誘う。ゼルさんが釣り上げたら密かに近付き急襲、一気に仕留める。もう一度言います、このいくさのカギはエバルドさん、あなたです。少しばかりあなたの負担が大きくなってしまいますが……頼みます」


「……おう」


 エバルドは力強く答えた。腹をくくったのだ。


「セイロムを討ち取ったら敵はガタガタになるでしょう。あとは逃げられないよう全軍でクラフを囲み、袋叩きです。いかがですか?」


「異論なしだ」


 ゼルが口を開く。


「同じく」


 ホルツも続く。エバルドや他のメンバーも無言で頷く。


「よし、じゃあそろそろ行こうかぁ? 西と決着付けんぞ!」

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