第93話 兄弟

「「「 ウオォォォォ…… 」」」


 戦況は逐一ちくいち報告されていた。右翼はホルツに押し込まれ劣勢、逆に左翼は優勢。敵右翼には指揮官がいないのでは? との報もあった。そしてセイロムはゼルを捉え交戦中。右翼の劣勢を差し引いても戦況はこちらが有利だ。


 南支部の伏兵を気にして後衛に引っ込んだクラフだったが、どうやら伏兵の気配はなさそうだ。ならば前線へおもむき瓦解しそうな右翼を立て直そうと判断、移動を始めてすぐに前線からの歓声が聞こえてきた。


「何が起きた? 確認しろ」


 クラフは部下に指示を出す。歓声は左前方から聞こえてきたようだ。自然に考えれば優勢の左翼が敵右翼を打ち崩した。もう少し欲を言えば、ゼルを仕留めて大勢が決した。そんな所だろうとクラフは考えていた。それくらいクラフはセイロムのいくさの上手さを信じていた。よもやその逆の現象が起きていようとは頭をよぎりもしなかったのだ。そしてその報はすぐに飛び込んできた。


「クラフさん! 支部長が、セイロムさんが……討たれた!」


「ハッ! 何をバカな……」


 誤報だ、そんな訳がない。セイロムは強い、自分よりずっと。用兵も上手い。自分よりは劣るが。兄弟だからと言って贔屓ひいき目に見ている訳ではない。それが事実だ。


(それを何だ、バカげた誤報に踊らされて……)


「胸を貫かれた! やったのは四番隊の副官だ!」


「まだ言うか! 大体セイロムがそんな簡単に……?」


 伝令は抱えていた一振りの剣を両手で掲げクラフに見せる。


「何だ……それは……?」


「討たれたんだ……死んじまったんだよ!!」


 伝令が掲げたその剣は、間違いなくセイロムの剣だった。彼が爆裂剣と呼んでいた魔道具だ。


「お前は何を……言っている……?」


「だから! セイロム……死んで………前線は………………」


 伝令の声が遠退いて行く。クラフは自身の頭の中が徐々に真っ白になって行くのを感じた。



 ◇◇◇



 単純で思慮しりょが浅く、すぐに頭に血が上り後先を考えない。放っておけば真っ先に敵に突っ込んで死んでしまうタイプ。だが、クラフはセイロムにある可能性を感じていた。


 武の可能性である。


 剣士としての個の武、そして指揮官としての将の武。とある事情で故郷くにを出て、流れ着いたこの傭兵団で初めてそれに気付いた。まだまだ未熟、粗削りではあるが間違いなく武の才能がある、クラフはそう感じていた。そしてそれが嬉しくもあり、ねたましくもある。


 子供の頃より要領が悪く何かにつけトラブルを起こすセイロム。フォローするのは自分の役目だった。当然である。血を分けた兄弟だから、自分が兄だから、親はらずたった二人きりの家族だから。が、時にそれがうざったく、酷く面倒に感じる事があった。何故こいつはこんな簡単な事が出来ないのか? 何故こいつは揉め事ばかり起こすのか? 何故こいつは俺の言う事が聞けないのか? そんな苛立ちが募り、セイロムに対し冷たく当たってしまう事もあった。するとセイロムは決まって「兄ちゃん、ゴメン」と謝るのだ。謝るくらいなら最初からやれよ、と苛立ちながらも結局最後はセイロムを許す。



 ◇◇◇



「クラフさん! 何をほうけてやがる! 早いとこ指示出してくれ、もう崩れるぞ!」


 朧気おぼろげな意識のまま、どうやら前線まで連れてこられたようだ。響き渡る怒声と叫び声、ガンガンとぶつかり合う互いの武器の金属音、地面に転がる事切れた部下達。

 前線は崩れる直前だった。ここから立て直すのは困難だ。ぼんやりと、どこか他人事のように部下達が倒れて行くのを眺めた。



 何故、セイロムは死んだ?


 死んだ? 本当か? あのセイロムが?



 状況は物語る。敵に支配されかけているこの戦場では、誰が死んでもおかしくはない。生き残るのは難しいだろう。



 死んだのか? 本当に……



「アイツだ! クラフさん! アイツが支部長を、セイロムさんを討ったヤツだ! 四番隊の副官だ!!」


 伝令が指を指し怒鳴る。指の先には、騎乗し周りに指示を出すような仕草をしている男。四番隊の副官、確かエバルド……だったか? 四番隊、カディール……


「またお前か……カディール……」


 クラフはボソッと呟く。



 ◇◇◇



 召魔師しょうましとは兵器である。その国は召魔師しょうましを育成し他国へ派遣、外貨を稼ぐビジネスを行っている。強力なはそれ一体で一軍に匹敵する働きをする。他に目ぼしい産業もないその小国にとって召魔師は金のる木であり、召魔師本人にとっても多額の報酬が手に入る明るい未来が約束された黄金の切符なのだ。

 二人でその切符を手に入れる、召魔師になる。そう誓いあった幼い兄弟。しかし弟は早々にその夢を諦めざるを得なかった。適性がなかったのだ。さぞがっかりするだろう、すでに召魔師の修行を行っていた兄は弟を気遣った。だが弟は兄に言った。「兄ちゃんが召魔師になれればそれでいい」と。兄は奮起ふんきした。



 ◇◇◇



めてやれ、それではも辛いだろう。そんな不完全な姿ではさすがに可哀想だ。彼等に感情がないと思うか? 痛みを感じないと思うか? 出すなら完全な姿で、それが出来ないなら召魔師ではない」


 姿を維持出来ずドロドロと溶け出す皮膚。それでも維持しようと新たな皮膚を再構築する。何度やってもこうなのだ、上手く召魔出来ない。断末魔のような叫び声を上げる魔を、見るにえなかったのだろう、修行中の兄に声を掛ける者。


 自分より年下であろうその子供は、小さな頃から神童と呼ばれていた。召魔師になる為産まれた子、召魔術の申し子。小さな頃からそのように持てはやされて育った子供が、必ずしも大成するとは限らない。しかしその神童はやがて天才と呼ばれるようになる。才能にあぐらをかく事はせず、誰よりも研究と努力を怠らなかった結果だ。そんな天才の言葉はある意味真理である。これ以上の説得力はないだろう。


 くすぶっていた兄の運命が決まった。いや、決められた。中々上達しない召魔術、決して手を抜いている訳ではない。もう少し、もう少しと判断を先延ばしにして様子を見ていたは、天才のその言葉でとうとう決断した。これ以上この者に先はない、育成を終了する、と。十五歳の兄の、いや、兄弟の未来が殺された瞬間だった。


 その後、兄弟は国を出た。召魔師になれないのならこんな国にいても仕方がない。旅をしながら生きて行く為の術を探す。


 兄は祖国を恨み、自分達の未来を閉ざした天才を恨んだ。鬱憤うっぷんも溜まっていた。だがその鬱憤うっぷんを晴らす事は出来ない。酒を飲んで愚痴をこぼしたり、文句を言うくらいの事も許されない。少しでも召魔術の修行を行った者には、とある呪術じゅじゅつが施される。召魔師と召魔術の秘密が外に漏れないように、口を閉ざす為の呪術じゅじゅつ。国の外で召魔師の修行法など禁忌きんきとされる項目を漏らそうとすると、施された呪術の効果が発動し廃人となってしまうらしい。口にするのは勿論、文字に起こすのもタブーだ。そうして召魔の里は、自分達の飯のタネである召魔師の育成方法が、外に漏れるのを防いでいた。


 召魔師になれず、時限爆弾のような呪術を背負い、兄は弟を連れ北を目指す。召魔師がいないであろう遠くへ。そしてとある傭兵団に流れ着く。出自しゅつじ、経歴、一切不問、実力で上へ上がる事が出来る。兄弟にとってはまさに理想の場所、ジョーカーだ。


 ジョーカーへの入団と共に兄弟は名を変えた。兄はクラフ、弟はセイロムと。二人は地道に武功を積んだ。やがてクラフは支部を一つ任される程になった。召魔の里を出た頃からは考えられないくらいの出世だ。ただ一つ引っ掛かるのは、団長が召魔師だと言う事。こんな北に召魔師がいるとは思わなかった。しかしすぐに気にならなくなった。そもそも団長と絡む事が少ないのだ。別に意識する事もない。


 やがてセイロムの武の可能性が開花する。部隊を率いて各地を転戦、徐々にその名を知られるようになる。自分にはない武の才能、誇らしく、そして羨ましい。相変わらず浅慮せんりょで短絡的だが、そこは自分がフォローすればいい。クラフはセイロムを支部長に推薦、自分が監督するから、と押しきった。


 兄弟でジョーカーの支部長、順風満帆である。やがて欲が出てくる。いずれは団長の椅子を、と。そのチャンスを待っている間に、予想だにしない事が起こる。召魔師としての自分を殺した男、国を棄てた原因、あの天才召魔師が番号付きのマスターに就任した。


 カディール・シンラット。


 そもそもこの男がジョーカーにいる事も知らなかった。団長以外の召魔師がいるという噂さえ聞いた事がない。突如として現れた、そんな印象だった。


 クラフは動揺した。何故ここに? いつの間に?


 結果、クラフは徹底的にカディールを、四番隊を遠ざけた。どんな難しい依頼があっても、四番隊を西へ呼ぶ事はなかった。そうして過去のトラウマとも言うべき出来事を、心の奥に封じ込めていた。


 やがてチャンスが巡ってくる。団長を追い落とすチャンス。ゼルを裏切り味方になる振りをして、団長の勢力を削いでやろうと画策。折を見て、下克上だ。



 ◇◇◇



「クラフさん! どうすんだ!? どうすりゃいい!?」


 セイロムが死んだ。


「おい! 何とか言ってくれ! 本当に終わっちまうぞ!」


 もはやあるのはカディールへの怒りだけ。


「おい! クラフさん!!」


 クラフの様子がおかしい。セイロムが死んだからか、伝令はそう思った。しかし戦はまだ続いている、前線は瓦解寸前だ。戦うのか、逃げるのか、せめてそれだけでも……


「……まれ……」


「何だ? どうする? 指示してくれ!」


「黙れ……」


「は? 何を……」



「黙れぇぇぇぇぇぇ!!」



 両手を前方の地面に向けるクラフ。するとまるで水が沸騰するように、地面がボコボコと沸き立ち始める。そして水の中から水面に姿を現すかのように、大きなシルエットが地面から現れた。人の身長の三倍はあろうかという巨体、全身が黒く、皮膚はただれたように溶け落ちる。髪も耳もない。眼球もなく、ただ二つの穴だけ空いている。皮膚で覆われ塞がっていた口が、引きちぎられるようにゆっくりと開かれる。



「ギシャアァァァァォォォ!!」



 怒りは時に大きな力を生む。修行時代には呼び出す事が出来なかったであろうこの大きな魔。断末魔のような雄叫びを上げるこの魔こそ、クラフが間違いなく召魔師を目指した証しでもある。

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