第94話 カディールの怒り

「何だ、ありゃあ……?」


 ゼルの前方、二十メートル程先だろうか、突如としてそれは現れた。真っ黒な巨体、ドロドロに溶けた皮膚、ゆっくりと開かれた口からは、思わず耳を塞ぎたくなるくらい大きな、そして耳障りな雄叫び。次の瞬間、その口から勢い良くいくつもの何か・・が飛び出してきた。


 ドドドドド……ドンドンドン!


 その何か・・は周囲にいる団員達を無差別に襲う。ある者は身体の真ん中を貫かれ、ある者は当たった瞬間、頭が半分弾け飛ぶ。速射砲のように次々と撃ち出され、団員達の身体を貫通し地面に突き刺さる何か・・。それは牙だった。親指程の大きさの牙の銃弾が団員達に撃ち込まれる。


「離れろ! 距離を取れぇ!!」


 指示を出しながらホルツが前線から戻ってきた。


「マスター! 取り敢えず前線を後退させた!」


「おう、ご苦労」


 を眺めるゼル。エクスウェルとカディール、過去に二人が呼び出した様々なを見てきたが、そのどれとも違う。初めて見る魔だ。


「カディールかぁ? 新しいヤツ試したとか……いや、にしたってこりゃあ……」


 ゼルは奇襲部隊が合流し、敵後方から攻撃を始めたのだと思った。しかし、いくらカディールでもここまでは……


「違いますよ!」


 否定するエバルドの声。ゼルのもとへやって来た。今の独り言を聞いていたようだ。


「あれはマスターのじゃありません。見て下さい、皮膚がドロドロに溶けている。身体を完全に構築出来てないんです。マスターだったら、あんな不完全な状態の魔は呼び出さない」


「んじゃ、ありゃ何だってんだ? あんなもん、見た事がねぇ……」


「ゼルさん! カディールさんですか?」


 後方からデームもやって来た。やはりカディールを疑っているようだ。


「違うってよ。でも、じゃあ誰が? って話になるが……西に召魔師がいるって聞いた事は?」


「ありません。ジョーカーの召魔師は四人。カディールさんとエクスウェル、後の二人は南です」


「だよなぁ……ま、いいや。とにかくあのデカいのを何とかしなきゃよ。デーム、魔導師隊全面に出して攻撃させろ。エバルドは魔導師隊の護衛、俺はおとりだ、あのデカブツの気を引きながら立ち回る。ホルツ、俺の隊の半分を連れて行け。隙見ながら魔を削りつつ、クラフを探せ。いいかお前ら! 死ぬなよ?」



 ◇◇◇



「何だ、あれは!!」


 戦場北西、大小複数の丘が連なる丘陵地帯。その一番手前の丘の上、岩陰に身を潜めていたカディールが声を上げた。

 合流地点だったスージを出発したアウスレイ奇襲部隊は、ゼルの部隊より早く西の部隊を捉えていた。しかし敵の数が想定より多かった為攻撃を仕掛けず距離を取って並走、ゼルの部隊が追い付くのを待っていた。その後ゼル達が追い付き開戦、当初の計画通りゼルの部隊を援護すべく、背後から攻撃を仕掛けようとタイミングを計っていたのだ。敵の数が減り混乱の兆しが見えた為、いざ急襲、という時にあの魔が現れた。その魔を見たとたん、カディールは立ち上がり怒鳴った。


「魔、だよなぁ、あれ。誰が出したんだ? 西の連中か?」


 ブロスは望遠鏡を覗きながら呟く。


「西に召魔師がいるなんて聞いた事がないわ。カディール、知ってる? 何か……」


「そんな事はどうでもいい!」


 エイナの問いをさえぎりカディールは再び怒鳴る。


「カディール……どうしたの……?」


 エイナは驚いた。カディールは物凄い形相で遠くに見える魔を睨み付けている。


「どしたよ、らしくねぇな?」


 ブロスも同様に驚いた。例え誰かにからかわれたとしても、すぐさま逆に相手が怒り出すくらいからかい返す。いつでも余裕があり、いつでも冷静、それがカディールだ。彼がここまで怒りをあらわにするのは見た事がない。


「見ろ。皮膚がドロドロに溶けている。しかし身体は崩れない。次々と新しい皮膚が再構築されているのだ。あれは……酷い痛みを伴っているはずだ」


「痛みぃ? 魔がかぁ?」


「当たり前だ! 魔は痛みを感じるし感情もある。召魔師は皆、程度の違いこそあれ呼び出す魔には畏敬いけいの念を持っている。こちらの都合で呼び出し代わりに戦わせるのだ、せめて完全な身体を用意し提供する。それが出来てこそ召魔師なのだ。なのに何だあれは! あんなものは召魔術ではない! 断じて……断じて認めん! ライエ!!」


「はい! ……何?」


 突然名を呼ばれビクッ、とするライエ。


「あの魔をかえす。手を貸せ、いいな?」


「いいけど……どうするの?」


める」


「あ~……了解」


「よし、行くぞ」


 それだけ話すと二人は馬に跨がり丘を駆け降りて行く。俺の頭にはとある疑問が浮かんだ。


「なぁ、ブロス」


「んん? 何だぁ、クソ魔ぁ?」


「あれだけの会話で連携とれるの?」


「ああ、ライエは特別だ。こういう・・・・場合のアイツに求められる役割は決まってる。アイツは罠師わなしだからな」


罠師わなし?」


「アイツはな、設置型魔法が得意なんだ。魔法はあんまり詳しくねぇが、設置型魔法ってのは得手不得手がはっきり分かれるそうじゃねぇか?」


「あ~、確かにそうかも。俺は苦手だな」


「ほぅ~、てめぇに苦手な魔法があんのかよ?」


 ニヤッと笑うブロス。何だその、弱点見つけた、みたいな顔は。


「一通りやったけど、一つ組み上げるのにとにかく手順が多くてさ。大きな魔法にしようと思ったら、いくつも術式を重ねなきゃならないし、時間も掛かる……まぁコツを掴めば大分だいぶ違うらしいけど」


 レイシィが残していった課題の中には、当然設置型魔法の項目もあった。魔法陣のようなもので、地面や壁など魔法を施したい場所に魔法の種類、発動条件、威力、効果の継続時間などの術式を、一つずつ置いていく感じで設置する。それらの術式の強さや組み合わせを変える事で、実に様々な魔法の効果を発現させる事が出来るのだ。

 しかしこれが中々に難しい。普段感覚で行っている魔法を使うという行為を、一つ一つ細分化し術式という形に具現化、その組み合わせを考えながら設置。考える事とやる事が多いのだ。どうしたって設置するのに時間が掛かってしまう。コツを掴み尚且なおかつ慣れてしまえばマシだと思うが。

 そして、使用するに当たり条件が一つ。この魔法は設置した本人しか起動させる事が出来ない。どんなに優れた魔法が設置してあっても、他人は全くいじれないのだ。

 設置に時間が掛かり、設置者本人しか扱えない。この特性と条件が足枷あしかせとなり、設置型魔法の活躍の場は限定的になる。要衝ようしょうの防衛用トラップ、ほぼそれのみに活用されるのだ。城門や城、宮殿などに常駐する衛兵が、敵の侵入を防ぐ為に設置し管理、運用する。そのような使い方しか出来ない。


 と、思っていたのだが……


「でも、いくら得意だからってこんな戦場で設置出来るもんなの? どう考えても……」


「あのの設置スピードは異常よ。じゃなきゃ目まぐるしく状況が変わる戦場で設置型魔法なんて使えないわ」


 エイナも会話に加わる。


「異常ねぇ……」


 いくら異常とは言っても限度はあるだろう、この時はそう思っていた。しかし実際目にするとライエのあれは確かに異常。異常過ぎる程の異常だった。

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