第251話 小さな宝剣の下で
「適当な男だねぇ、おたくのボスは」
フォージの名を
「アイツは多分偽名を使ってる、恐らくリーナだ、前もそうだったから間違いねぇって……多分なのか恐らくなのか間違いないのか……どうなんだよって話だぜ。もしおたくが違う名を名乗ってたら、俺もおたくも危なかっただろうによ」
そう
「最後の最後に帳尻合えばそれでいいって考えてんだよ。ホント適当なおっさん……ところで……」
リンはパンを千切りながら目の前の男に目をやる。
「こちらのおっさんは一体誰だろか……情報屋さん?」
リンがそう尋ねると男はニヤリと笑い「当たりだ」と言ってグラスを置く。
「ま、今回はただのメッセンジャーみたいなもんさ」
情報屋はそう言いながら上着のポケットから小さく折り畳まれた紙切れを取り出しリンに差し出した。
デバンノ宮殿正門前で偽りの再会を果たした
リンは差し出された紙切れを広げて中を確認する。紙には特務部隊シャーベルが潜伏しているいくつかの宿の情報が記されていた。
「なんだ……連中もう王都に入ってるんだ。これおじさんが調べたの?」
「調べたって程の事じゃねぇよ。おたくのボスに頼まれてな、ちっと探った程度さ。おたくのお仲間……バッサムって言ったか? その兄ちゃんとも接触済みだ、おたくの状況を伝えてある。で、こっちがおたくのボス、本物のフォージからだ」
情報屋はもう一枚紙切れを取り出した。再び中を確認するリン。こちらの紙に書かれていたのはフォージの現状。上手くルバイットを
紙切れをを閉じるとリンは口を尖らせ「ふ〜ん……」と声を漏らす。納得がいったのかいっていないのか、微妙な反応だ。「良い
「……どこまで計算してるんだか。ホント、帳尻合わせるのは上手いんだよね」
どこか呆れた様にそう答えるリン。しかしその反応からして悪い内容ではなかったのだろうと判断した情報屋は「そりゃ何より」と笑う。
「それと……こいつぁサービスだ」
情報屋は更にもう一枚、紙切れをリンの前に差し出す。「何枚出てくるの?」とリンは笑う。三枚目の紙切れに記されていたのはとある単語と住所だった。
「リンバネル……って、主神ラグメラの宝剣だっけ? これ、どっかの店の名前?」
「ああ。南方の神々との戦争で振るった神の宝剣……俺が良く使ってるバーの名前だ。そこのマスターにな、ベルマレットの五十年物をくれと頼め」
「ベルマレットって……王族が飲む様なお高いワインじゃないの」
「そうだ。あんな小さくて汚ぇ店にゃ置いてるはずもねぇ超高級ワインだ。だがそいつが合言葉、地下の部屋を使わせてくれる。密会するにゃ持って来いってな。マスターもよ、リベットでも打ち付けて
「まぁ……あたしの都合は問題ないけど……随分とご親切だわね」
「何事にもバランスってもんがある。メッセンジャーとしちゃあもらい過ぎだって思うくらいの報酬でね、こいつを付けて丁度良い
「ふぅ~ん……」
リンはまじまじと情報屋の顔を見る。誠実……いや、公正公平と言う方がしっくりくるか。普通ならば少ない労力で多くの報酬を得るのは喜ばしい事だろう。ラッキーであると。だが目の前の情報屋はそれを許せないらしい。過不足なく仕事をこなす、そう考えるタイプの様だ。
(バカ正直……だけど……)
一口に情報と言ってもその性質は様々だ。ものによっては、そして扱い方によっては、その身を危険に
情報を扱う者としてそこは重要なポイントだ。今日初めて会った相手を一体どこまで信用するのか。正直であるというのは判断基準の一つであり、少なくとも悪い印象は与えない。同じく情報を扱うリンの目には、現時点でこの情報屋は最低限信用に値する者であると映った。
「ねぇおじさん、このままメッセンジャー続けない? 稼ぎ時だと思うよ。勿論情報あったら買うし……どう?」
それは情報屋にとって予期せぬ提案だった様だ。少しばかり驚いた表情を見せた情報屋は
「……が、止めておく。どうにも嫌な予感がするんでね、
「あらら、もったいない。度胸ないなぁ」
「何とでも言ってくれ、欲をかくと痛い目を見るもんだ。俺は細く長くやっていければ良いんだよ」
そう話すと情報屋はグイッとワインを飲み干し「
「おじさん、名前は?」
「……ラスードだ」
「偽名?」
「さてな……ま、上手くやりな」
そう言い残しラスードは店を出る。リンは千切ったパンを
(嫌な予感ねぇ……そんなもんビッシビシ感じてるっての……)
◇◇◇
(ここか……やっと見つけた。ちょっと遅くなっちゃったな……)
その夜。仕事を終えたリンは情報屋に紹介された店、リンバネルを訪れた。宮殿を出るのに思いの
(しっかし……随分小さい宝剣だこと……)
北方神話の主神ラグメラの宝剣リンバネル。神話ではラグメラの身の
が、この店はどうか。
大通りの奥の奥、曲がりくねった路地裏にひっそりと……いや、こっそりと身を隠す様に
「こんばんわ~……」
古めかしい扉を開けるとそこはカウンターしかない縦に長い店内。客はいない。狭い。いや細い。マスターはチラリとリンを見ると「何にします?」とまだ席にも着いていない内に注文を聞いてきた。
「ベルマレット下さい。五十年物がいいなぁ」
リンもリンで席に着く素振りなど一つも見せずにそう答える。他に客がいないのだ、小芝居を打つ必要はない。と、そう思いつつもしかし、合言葉はしっかりと伝えた自分の行動が少しおかしく思えた。
「あんた、リンだな? お友達はもう来てるぞ」
マスターはそう言うと入り口のすぐ横の扉に向かい
そんな地下の一番奥から「おう、来たな」と声がした。フォージとバッサムがテーブルを囲んでリンの到着を待っていたのだ。
「ごめんね、遅くなって」
「いいさ。まずは一杯」
フォージはそう言うとグラスをリンの前に置きワインを注ぐ。注がれた、恐らく安物であろうワインを見て「ベルマレットがいいなぁ……」と呟くリン。フォージは「ハッ!」と笑う。
「全部終わったら飲ませてやるよ。祝杯ってヤツは
〜〜〜
「――て事ぁ、まだ取っ掛かりを探ってると?」
「ああ。さすがのシャーベルも今んとこ手詰まりの様だ」
バッサムは軽く肩を
「先行して王都に入った隊員らも色々調べた様だが、第二王子は宮殿に籠もったっきり一切外に出てねぇらしい。ま、命狙われてた訳だから当然と言えば当然だが……姿を見せねぇんじゃやりようがねぇ。まさか宮殿に特攻かます訳にもいかねぇしな。だから今は徹底して使用人や出入り業者、警備体制なんかを調べてる。宮殿への侵入ルートを探る気だ」
「なるほど。で、肝心の警備はどうだ?」
「抜かりなしって感じ」
リンはそう言うとバッサムと同じく肩を
「三階のこの一画が王子の居住スペース。こことここ……あとこことか……とにかく立番の衛兵が多い。
「こりゃ確かに堅ぇな……」
食い入る様に見取り図を見ていたバッサムが呟く。そしてグッとワインを飲むと「その上王子にゃ腕の立つ側近達がいるんだろ」と言って左腕で口元を
「うん。カーン隊の攻撃
「魔導師は……どうだ?」
フォージは静かに問う。やはり同じ魔導師としてどの程度の者が王子の側に控えているのか気になるのだろう。フォージの問いをそう解釈したリンは「やっぱそこ気になるんだ?」と笑う。しかしフォージが知りたかったのはそこではなかった。
「ハートバーグ家の長女でしょ? 実はね、まだどんなもんか……」
「違う、男だ。いるだろ? 雷使う奴が」
「ああ……
リンの
「なにフォージさん、会った事あんの?」
「ん? あぁ、まぁな。そいつに
「…………はぁ!? なにそれ!」
リンは驚いて声を上げた。フォージは決して弱くはない。仮にシャーベルの連中が相手であろうと、正面からやり合えるのであれば遅れを取る事なんてないのだと、リンの記憶の中にあるフォージの姿が強烈にそう訴えていた。
「カーンを仕留めたのは迅雷だ。たまたまその場に出くわして、王子の側近を助けてそのまま今に
殺されかけたいうのにどこか
帳尻を合わせるのが上手い。
リンがフォージをそう評しているのはそういう理由からだ。答えさえ合っていれば計算式は問わない。つまり現状で言えば、ナイシスタの命を
「何を?」
「……毒」
「はぁ? 誰に?」
「迅雷だよ!」
「何でだよ!」
「なんでって、
必死の形相で怒鳴るリンを見てバッサムは小さく笑った。
(フフ……何だかんだ文句言いつつも、こいつはフォージさんを
リンのあまりの勢いにフォージは
「
「だって負けたらイヤじゃん……」
ブスッとするリンを見て「お前時々過激思考になるよな……」と呆れるフォージ。
「まぁ確かにムカつくし楽しかねぇ話だ。だが今となっちゃ好都合。迅雷に凍刃……頑丈な盾が王子を守ってんだ、お前の負担も減るって話だろ」
「そりゃそだけども……でも……」
下を向いてもごもごと口ごもるリン。しかし次の瞬間顔を上げると「……あ、毒で思い出した!」と再び声を上げた。
「何だ?」
「実はね、あたしらとシャーベル以外の別勢力が動いてるよ」
「何!? 別勢力って……」
「軍人だよ、フォージさん。タグべの軍人連中。カーン隊に協力してたのがいたでしょ?」
「あぁ、そう言やいたな。国を
「そ。メイドの一人をたらしこんで、テダーラの根を使わせて王子を始末しようって」
「な!? 毒殺かよ!!」
フォージは驚きのあまり立ち上がって声を上げた。そもそもダクべの軍人まで王子の命を狙っているというのは予想外だった。いや、小者過ぎて視界に入っていなかったというのが正確な所か。出世欲に飲まれただけの中途半端な連中に王子の命を
「でもお前……そんな騒ぎ噂にもなってねぇぞ?」
「そらそうだよ、騒ぎになる前に潰したもん。このスーパーメイドのリーナちゃんがね!」
ビシッとそれらしいポーズを取るリン。だがすぐに表情が曇る。
「でもね、そう何回もって訳にはいかないよ。さっき頑丈な盾が揃ってるって言ってたけど、でもその盾はこっちの事情を知らないんだ。正面から打たれたら盾だって構えられるよ? でも死角からブスリって刺されるんじゃ……盾なんて無意味でしょうよ……」
そう
「結局ん所、シャーベルが動くまではスーパーメイドさんが目ぇ光らせとかなきゃならねぇ訳だ」
そんなバッサムの言葉、そしてその口調から少し小馬鹿にされた様な印象を受けたリンは、ジロリとバッサムを見ると「むぅ〜……」と
「ナイシスタも当然内部の人間使うのは考えてるだろうし……あたし一人じゃ手も目も足りないっての!」
リンはそう怒鳴って
「さてフォージさん……」
ワイン瓶をテーブルを置くとバッサムは
「話を聞く限り色々段取ってるってのは分かった。だがそろそろ全容を教えてくれねぇか。あんたの
一体どんな絵ぇ描いたんだ? 幹部四人も丸め込むなんて並の事じゃねぇ。どんなペテンかました?」
「おい、人聞き悪ぃぜバッサム。でもまぁお前の要求は当然だ。勿論話すぜ、だがその前に重要事の確認だ。リン……」
「なに?」
「第二王子は
(……? 何でそんな事……)
イオンザの後継者問題が一体何だと言うのか。バッサムはリンに対するフォージの問い掛けに疑問を感じた。そもそもおかしいと思っていたのだ。第二王子が毒殺されかけた話を聞いた時のフォージの反応だ。
第二王子はナイシスタを誘い出す為の餌。当然事が起こるその時までは無事でいてもらわなければならない。だが先程のフォージの慌て振りは、まるで第二王子に釣り
「
指折り数えながらその根拠を話すリン。フォージは「あぁ、もう良いぜ、充分だ……」と言うと椅子の背にもたれて腕を組む。
「物事の起こりにゃあ原因ってもんがある。今言ったそれらを全部辿って行くと、行き着く先は一つしかねぇ。恐らくはリン、お前の見立て通りだ。王子はこの国と準備を始めたのさ。イオンザの玉座に座る準備……言い換えりゃあ……
バシッとフォージは右の拳を左の手のひらに打ち付ける。
「よし……よしよし! そいつが最後のピースだったんだ……ようやく全部ハマったぜぇ!」
バシバシと二度三度拳を打ち付けるフォージ。しかしバッサムとリンには何の事か訳が分からない。「そいつがハマりゃどうだってんだ?」と、バッサムは少しばかり
「あぁ、慌てんな。ちゃんと覗かせてやるさ、俺の頭ん中をなぁ。良いか、まずはな――」
〜〜〜
「ちょ……と、待ってくれよ……」
バッサムは大いに困惑した。フォージの考える計画、その全てを聞いた。が、理解が追い付かず言葉が上手く出て来ない。
「あ〜……フォージさん、そりゃあ……」
何とか言葉を
「それ……ルバイット達が飲んだの?」
「ああ、飲んだ。何の事ぁねぇ、幹部連中もうんざりしてたのさ。今の団の空気ってヤツになぁ」
「信じらんねぇな……」
ぼそりとバッサムが呟く。「だろうな」とフォージは返した。
「お前らの気持ちは分かる。だがこれが真実であり全てだ。お陰でこっちの問題は全部片付く。連中の手を借りてシャーベルを追い込み、事が終わりゃあセンドベルに残ってる連中の部下が子供らを救出してくれる手筈だ。まぁちっと代償ってヤツが必要になるが、お前らには直接関係ねぇしそもそも大した重いもんじゃねぇ」
少しの沈黙の
「なにがなんでも王子守んなきゃいけない訳か……」
「そうだ、リン。お前にゃ負担掛けるが頼むぜ。バッサム。手ぇ伸ばしゃあナイシスタの首がある状況だ、抑えんのは辛ぇだろうが……
「分かってる。五年待ったんだ、あともう少し……待てねぇ道理はねぇよ」
バッサムはそう言うとグラスを持って前に突き出す。フォージとリンもそれぞれグラスを持つとカチンと合わせ、三人共にグラスのワインを一気に飲み干した。
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