第250話 フォージおじさん

 部屋に入るや目に飛び込んできたのは昨日と変わらぬ光景。さすがにフォージは呆れて呟いた。


「あんたら本当カード好きだな……」


 独り言の様なフォージの言葉。しかしルバイットには聞こえていた。ルバイットはチラリと横目でフォージを見ると「ハッ、しょうがねぇだろ」と吐き捨ててカードをめくる。


「これくらいしかやる事がねぇ。それより首尾しゅびはどうだ?」


「ああ、まずまずだ。明日の朝には実のある報告が出来るだろうさ」


「そいつぁ結構。だそうだ、諸君」


 そう言いながらルバイットは手元のカードを切る。


 センドベル王国王都デーナの屋敷にて、フォージの話す策に乗ったルバイットらブロン・ダ・バセルの幹部達。彼らはそれぞれ十名程の部下を引き連れ計画の実行地であるダグべ王国王都マンヴェントに入っていた。そしてジェスタルゲインの命を狙う特務部隊シャーベルの動向を探りつつも、持て余す時間を埋めるべく日がな一日ダラダラと過ごしていたのだ。


「ポリエ、お前の番だ」


 ルバイットの次にカードをめくるはずのポリエ。しかし何故なぜか彼女は動かない。


「おいポリエ、寝てんのか」


 ルバイットがそう呼び掛けるとポリエは「チッ……」と小さく舌打ちをして面倒臭そうに腕を伸ばす。そしてカードをめくるが見もせずにそのままパシッと場に叩き付けた。そしてグッと身をよじるとフォージを睨み付ける。


「……何だい、ねぇさん?」


 どこか不穏ふおんな空気を感じたフォージはえて軽く微笑んで見せる。しかし逆効果だった。ポリエは「気に食わないな、そのニヤけたツラ……」とフォージに絡み始めた。


「おいおいどうした、ご機嫌斜めってか?」


 ロッザーノは笑いながらカードをめくる。するとポリエは「黙りなロッザーノ。お前のツラとその軽口はもっと気に食わない!」と今度はロッザーノに噛み付いた。しかしロッザーノはそんなポリエの悪態も気にしない。「ハハハ、ひでぇ言われ様だ」と笑いながらカードを切った。


「何だポリエ。言いたい事があんならはっきり言え」


 ルバイットがそう言うとポリエはジロリとルバイットを見る。


「じゃあ言わせてもらう。お前、屋敷に引き籠もってる間にヌルくなったんじゃないのか?」


「はぁ? 何だそりゃ?」


 とぼける様に答えるルバイット。ポリエはガンッとテーブルを叩き声を荒らげる。


「何でマンヴェントまで来てお前らのアホヅラ眺めながら、やりたくもないカードで時間潰さなきゃならないのかっつってんだ! 連中のヤサぐらいいくらでも探しようはある! こっちから動いて潰しちまえば良い……何なら今すぐにでもナイシスタの首を刈って来てやろうか!!」


 吠える様に声を張り上げるポリエ。「やれやれ」とロッザーノは呆れた様に笑った。


「ナイシスタといいお前といい、どうしてうちの女連中はこう血の気が多いのかねぇ。二人共黙ってりゃいい女なんだがなぁ」


 ポリエはロッザーノに視線を移す。そして「気色が悪いなロッザーノ」とまるで小馬鹿にでもする様な笑みを浮かべる。


「まさか口説くどいてるつもりか? 冗談はそのフザけた顔面だけにしときな」


「おいおい、どこをどう押せばそんな解釈かいしゃくになるんだよ。それこそ冗談じゃねぇぜ。男日照りで欲求不満かぁ?」


「その辺にしとけ」


 睨み合うポリエとロッザーノ。口を挟んだディンガンはうんざりとした様子でカードに手を伸ばしながら言葉を続ける。


「仲が良いのは結構だがな、じゃれ合うなら二人でいる時にやってくれ。見てらんねぇ」



「「 誰がだ!! 」」



 二人共に身を乗り出しそろった様にディンガンに怒鳴る。その様子にルバイットは思わず「ハッハハハァ!」と声を上げて笑った。


「いいじゃねぇかお前ら! そこらの劇場でってるコメディショーよりよっぽど面白ぇ!」


「ルバイットてめぇ! 笑ってんじゃねぇぞ!」


 ガツンとテーブルの脚を蹴るロッザーノ。ガガガとテーブルが揺れ積んでいたカードの山が崩れた。


「そもそもてめぇがカードにばっか誘うからこんな不愉快な事になってんじゃねぇか! さっさと計画進めろってんだ! じゃなきゃ勝手に動くぞコラ!」


「おいディンガン驚きだ。一瞬で反乱分子が二人に増えだぜ」


 ディンガンは「はぁ……」とため息をくと「茶化すからだ」と冷静な一言。


「ロッザーノ、落ち着け。それにポリエ。今の状況にやきもきしてんのはお前だけじゃねぇ。だがこうしているのにも理由ってもんがある」


 そう話しながらディンガンは手札からカードを選ぶとポイッと場に投げ捨てる。そしてポリエに視線を移すと静かにその理由を説明する。


「一つ。ここは俺達を毛嫌いしているダグべの王都だ。騒ぎを起こそうもんならすぐに衛兵がすっ飛んで来る。二つ。ナイシスタは慎重な女だ。少しでもおかしな気配を感じたら閉じ籠もっちまう。三つ。ナイシスタが動かない事には向こうに恩を売れない。そうなりゃ俺達は宙ぶらりんだ。で、それら諸々もろもろを聞いた上で俺達はここにいる。お前の気持ちも分かるがな、今更言った所で……」


「そんな事は分かっている!!」


 ポリエは怒鳴りながら立ち上がった。そしてテーブルを囲む三人を見回しながらその苛立ちをぶつける。


「分かっている! 全て納得ずくでここにいる! だがこのゆるさは気に入らない……私らだけじゃないだろ、それぞれに部下がいる! ここに一緒に来ている連中も、王都の外で張っている連中も、センドベルに潜伏せんぷくしている連中も! 私らがコケたら皆狩られるんだぞ! なのにどうしてこんなにも――!」


(まぁ分からなくはないが……な。でも夜にゃあいつらと会わなきゃならねぇし……それまでちっと休みてぇな……)


 ポリエの必死のうったえが続く。たまらずフォージは「あ〜、皆様方ぁ……」と割って入った。皆の視線が集まる中フォージは頭をポリポリくと「盛り上がってる所悪ぃんだが……もう行って良いか?」と部屋の扉をチラリと見る。まるで空気を読まないその態度にポリエは「貴様ぁ……!」と怒り、ロッザーノは「フハッ……」と思わず小さく笑った。


きもわってんな……ルバイットが気に入る訳だ)


「おう良いぞ。済まねぇなフォージ、ご苦労だ」


 ルバイットがそう答えると、フォージはくるりと背を向け右手を挙げてヒラヒラと揺らしながら部屋を出た。


「ルバイット! そもそもあいつは何なんだ! 信用出来るのか!!」


 怒りが収まらないポリエはルバイットに詰め寄る。ルバイットは「落ち着けポリエ、まぁ座れ」とポリエをなだめる。


「早い話がだ。ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇぞバカ野郎が、って事だよ。俺はフォージに張った。お前らは俺とフォージに張った。ベットはもう締め切りだ。あとはじっくりを待って、ここぞでカードをめくるのさ……」


 ルバイットは崩れたカードの山から一枚を選び取る。そしてニヤリと笑い手札から七枚のカードを選び場に広げた。


「そうすりゃ見ろよ、大勝ちだ」


 ルバイットが出したカードを見てロッザーノは「おぉ、すげぇやく……」とうなった。


滅多めったに出ねぇぞ、寡兵かへいの城落としだ……」


 ルバイットは椅子の背にもたれるとドカドカッと両足をテーブルの上に置く。そしてポリエを見ながら肩をすくめた。


一先ひとまず明日の朝まで待て。そうすりゃフォージがゴキゲンな報告を持って来る。あいつが信用出来ねぇならな、あいつを信用した俺を信用しろ」


 ポリエは椅子に腰を下ろすと「チッ……」と舌打ちをして足を組む。ポリエ自身理解はしているのだ、今は待つ時なのだという事を。



 ◇◇◇



(ふぃ〜、お腹すいた……)


 昼。リンは午前の仕事を終えて厨房ちゅうぼうの隣にある使用人達の休憩室へ向かう。と、「いた、リーナ!」と背後から呼び止められた。少し鼻にかかったような声。声の主はファイミーだ。


「リーナ、あんたにお客さん」


「お客?」


「フォージおじさんがぁ、会いに来てくれたよぉ〜?」


 おどける様にそう話すファイミーに「…………は?」と怪訝けげんな表情を浮かべるリン。「…………え?」とファイミーはきょとん顔。


「………………」


 妙な沈黙が漂う。リンから返って来た反応があまりに想定外だった為、ファイミーは「え? あれ……?」と戸惑とまどった様子を見せた。


「フォージおじさんって……あんたの叔父おじじゃないの? お父さんの弟って……正門前でウロウロしてるおっさんがいて、門兵が声掛けたらそう名乗ったって……え? じゃ、あれ誰? 変質者? 何あんた、狙われちゃってるとか?」


「え……? あ……あぁ〜! そう! そうです、フォージ! あたしのおじさんです! ずっとフォーおじさんって呼んでたからその、一瞬分かんなくてその……いやぁ〜、でもそうですか、フォーおじさんが……久し振りだなぁ〜……なんて……はは……」


 ジトッとリンを見つめるファイミー。若干目が泳ぐリン。


「ま、いいや。あんたお昼まだでしょ? 久し振りに会うみたいだし、外で二人で食べてきたら? おじさん、正門前で待ってるから」


「あ、いいですか? それじゃお言葉に甘えて……」


 そう話すとリンはそそくさと勝手口へ向かう。これ以上ボロを出さない様に。


(ふぅ~、危ない危ない。ファイミーさんて結構鋭いとこあるからなぁ。さて、フォージって…………あのおっさん、さすがに本名名乗ってのこのこやって来る程お馬鹿さんじゃないし……じゃ、一体誰だって話だけど…………バッサム? いやバッサムだってそんな迂闊うかつなヤツじゃないし……う〜ん?)


 などと考えながらデバンノ宮殿の正門前に向かうリン。そこでリンを待っていたのは予想外の人物だった。


「いやぁリーナ! 久し振りだなぁ! 本当に城で働いているんだなぁ……凄いよ、お前は一族の誇りだ!」


 リンの肩をパンパンと叩きながら満面の笑みで再会を喜ぶ男。男の顔を見てリンは思った。


(……いや誰だこのおっさん?)


 予想出来るはずもない。リンを訪ねて来たのは全く知らないおっさんだった。

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