第56話 二人の決意

 遅い。


 エリノス南門前、ハイガルド軍本陣テント内。ベリムスは中央のテーブルを、指でトントンと鳴らしながら待っていた。


 南門をこじ開けしばらく経つが、一向に報告がない。南門前制圧の報告だ。こちらには重歩じゅうほ隊を編成していない。オークの数が多いからだ。オーク達に重歩隊の役をさせようと考えていたが、命令を受け付けなくなった。今頃は好きに暴れているだろう。

 オークが使えなくなったとは言え、数ではこちらが上だ。一番の鬼門だった城門の攻略も、攻城兵器とオークにより実にスムーズに実行できた。ここで時間をかければ、城壁からの攻撃により数を削られていたところだ。

 西門攻略部隊からも、広場を制圧したとの報が入っている。南門前を制圧できれば、西門部隊との連携も可能になる。


 時間は掛かると予想していた。が、それにしても遅すぎる。何かあったのではないか? そう思い、自身の目で確認するため移動しよう席を立ったその時、伝令の兵が飛び込んでくる。


「申し上げます! 南門より突入したオーク隊が全滅! 制圧部隊も苦戦中、押されています!」


「……な、バカな……!」


 ベリムスは絶句した。六百体のオークがいたのだ、いくら統制が取れないとは言え、あの屈強なオーク達が全滅などと……考えられない。


まことか! 真にオークは全滅したのか!?」


「はっ! 間違いありません! 南門前の広場は、オークの死体で埋まっています!」


 ドカッ、とベリムスは椅子に腰を下ろす。


「制圧部隊の状況を詳しく……」


「はっ、依然南門前の広場を抜けられていません。多少の損害を与えてはいますが、敵は治癒師の集団です、すぐに回復し戦線に復帰してきます。被害は我々の方がはるかに大きい模様です。当初は広場深くまで展開していましたが、徐々に押され始めてもう少しで……」


 ウォーーー


 城門の方から歓声とも怒号ともとれる声が響いてくる。


「何だ、どうした!?」


 テントに副官が入ってきた。


「報告します、突入した部隊が外へ押し返されました」


 ベリムスは両肘をテーブルにつき、下を向く。


「そこまでか……」


「は……?」


「エリノスはそこまで堅い・・のか……」


「は、エリノスの守備隊もそうですが、修道士達が強いのです。連中の練度の高さは尋常ではありません。過去にどの国も落とせなかったというのもうなずけます。それと、その中に手練てだれの魔導師が混じっています。オークの大半はその魔導師にやられたようです」


「……何者だ?」


「は、守備兵なのか、ハンディルなのか……何者かまでは分かりません。ただ、雷のような魔法を操っていました」


「西門の方はどうか?」


「は、現在は広場を抜け市街地を侵攻中です。ですが敵は迷路のような街中の至る所に網を張っており、難航しております。西側では、恐らくこの街を拠点にしていたと思われるハンディルが、多数参戦している模様です」


「ハンディルは戦争に参加しないのではなかったか?」


「は、確かに協会はハンディルの戦争への加担を禁止しています。ですが、防衛という点で考えるとその限りではないかと……」


 そこまで聞くとベリムスは無言で立ち上がり、テントの外へ歩き出す。


「出る。準備せよ」


「は! 将軍が出陣される、馬を回せ!」



 ◇◇◇



「退けー、退けー! 立て直しだ! 退けー!!」


 ハイガルド兵達は次々と街の外へ走る。


「「「 ウォーーー!! 」」」


 その様子を見たエリノス警備隊と修道士達から雄叫びが上がる。


「今の内に矢を回収しろ! 第二波が来るぞ!」


 警備隊隊長の指示で警備兵達は敵兵に突き刺さっている矢を回収し始める。


「よう、マキシ! 隊長たぁ出世したじゃねぇか、この後どうすんだぁ?」


 ゼルだ。ベットリと血が付いた剣を拭きながら隊長に話しかける。


「やっぱりお前か、ゼル。似てるヤツがいると思っていた。何でここに混ざってるんだ?」


「はっはっは、司教にも聞かれたなぁ。まぁ、それはいいじゃねぇか。それより、このまま守りきるつもりかぁ?」


 マキシは腕を組み辺りを見回す。警備兵や修道士達は、オークとハイガルド兵の死体を片付けている。


「……正直、迷っている。敵も何らかの手を打ってくるだろう。このまま守りきれるかどうか……西門側の様子も気になる。どこまで侵攻されているか……場合によっては挟撃される恐れもある……」


「ああ、そうだなぁ。向こうは火ぃ点けられてんだろ? 今は東からの風だから大丈夫だろうが、風向きが変わったら街に燃え広がる。早いとこ消火しなきゃなんねぇだろうし、このままってのは俺も良くない気がするなぁ……司教はなんて?」


「現場に任せる、とは言われている」


「そっか……んじゃ、打って出るかぁ?」


 ニヤッと笑いながら話すゼルに、マキシはしばし沈黙する。そして静かに口を開く。


「……彼とは知り合いなのか?」


「はっはっは、よく分かってるじゃねぇか! そうだなぁ、アイツがいなきゃ成り立たねぇよなぁ。本人に聞いてみようぜぇ? コウ! ちょっと来てくれ!」



 ◇◇◇



 南門城壁上。


 眼下では松明や魔法石の灯りがうごめいている。ハイガルド軍が再編成を行っているのだ。見た目でも、まだかなりの兵がいると確認できる。ゼルに呼ばれ一緒にここに登った。警備隊の隊長もいる。


「――てな感じなんだがなぁ、どうだ、コウ?」


「ああ、そうだな……」


 ゼルから作戦を聞いた。いや、作戦と言うほどのものでもない、実に簡単な話だ。が、正直乗り気ではない。


「どうだろう、可能だろうか?」


 警備隊の隊長が神妙しんみょう面持おももちで尋ねてきた。そうだ、彼も必死なのだ。いや、彼だけではない、皆必死なのだ。エリノスを守るということは、エリテマ真教を守るということだ。絶対に負けられないのだ。


「ああ、問題ないよ。あの程度ならシールドごといける」


 敵は軍を二つに分けたようだ。前衛と後衛。横長の前衛、その四隅には魔導兵が配置されているらしい。魔法攻撃を防ぐため陣全体にシールドを張るそうだ。


「連中も勝負かけてきたようだなぁ。見たとこ、後衛には魔導兵がいねぇ。大抵大将を守るために後衛にも置いとくもんだが、実質的な制圧部隊である前衛の守りを固めるつもりだ。でもって……」


 そこまで話すと、ゼルは微妙な表情の俺に気付いたようだ。何かを察したように、話し出す。


「まぁあれだな、大事なもんは何か、それをどの程度守りたいか、ってとこだなぁ。

 ここエリノスとエス・エリテは俺にとっちゃ故郷みたいなもんだ。それを侵そうとするヤツは、どんな代償を払ってでも返り討ちにしてやりてぇ。こいつも、マキシも同じだ。だが、お前は外から来たからなぁ。俺やマキシほどの思いは、ないのかも知れねぇ。だがなぁ、ほんのちょっとでも、そんな気持ちがあるなら……」


「あるに決まってるだろ!」


 そうだ、何を今さら迷うことがある? ここは俺にとっても大切な場所だ。大切な人達がいる場所だ。無くす訳にはいかない、死なせる訳にはいかない。



 例え何人殺すことになろうとも……



 ◇◇◇



 バーン! バーン! バーン!


 本陣前に設置された大きな銅鑼ドラが鳴る度に歓声が沸き起こる。大きな黒い馬、細かな装飾が施されているが、決して張り子ではない仕上げの良い鎧、愛用のハルバードを手にした右将軍ベリムス・アーカンバルドが、ハイガルド兵達の前に立つ。


「下を向いている者はいるか! 勝利を諦めた者はいるか! もしいるのなら、私がここに出てきた理由を考えよ! 制圧部隊は押し返された、だから何だ! 我らはまだここにいる、我らはまだ戦える! 不可能な作戦ならば、とっくに撤退命令を出している! 何故私がここに出てきたのか? それは……」


 言え、言うしかない。


「勝てるからだ! 見よ!」


 ベリムスはハルバードを前方に突き出す。南門からはエリノスの守備兵や修道士が街の外に出てきている。


「難攻不落のエリノスの強みは、まさに籠城戦にある! しかし愚かにも連中はそのアドバンテージを捨て、打って出ようとしているのだ! 守りに長けた者が守りを捨て、一体どうしようと言うのだ!」


 詭弁きべんだ。連中は外でも戦える。勝ち目があるから出てきたのだ。


「何という傲慢ごうまんさか! 何という無責任さか! 守ることしか能がない者らに、増長ぞうちょうした愚か者らに、我らが負ける道理がどこにあるのか!」


 とがは私にある、非難の全ては私が引き受ける、済まぬ、だから……


「前を向け! 勝利を望め! 我らハイガルド軍のすごみを、深く深くこの地に刻み込むのだ!!」



 私は君達に、死ねと命じる。



「制圧部隊!! 進……」



 ドーーーーーーン!!



 突如、制圧部隊である前衛付近で巨大な爆発が起こった。

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