第115話 召魔師エクスウェル

 整列し待機しているエイレイ兵達の横を、険しい表情で歩くエクスウェル。その後ろにはジョーカープルーム支部所属の団員六百名が列をなして続く。


「おい見ろ、傭兵だ」

「何だ、前線に出る気か?」

「あの程度の数でどうしようってんだ?」


 装備はバラバラ、得物えものもバラバラ。およ堅気かたぎの者とは思えない見るからにがらが悪そうな傭兵達の姿を、あるいはさげすみ、あるいはあわれみ、あるいは好奇の目で眺めるエイレイ兵達。そんな不快な視線を一切気にも留めず、エクスウェルはスタスタと先頭を進む。そしてエイレイ軍の中程なかほど、ちょうどグリーの真横辺りに差し掛かると突然エクスウェルは声を上げる。


「グリー将軍! 行かせていただく!」


(ほう、もう動くか……)


 グリーはニヤリとした。戦争とは殺し合いだ、面白味など求めてはいけない。しかし興味があった。悪名高き傭兵団が一体どのような戦いをするのか。


「エクスウェル殿! 邪魔ならば重装歩兵を引かせるが!」


 グリーはエクスウェルに向かい叫ぶ。エクスウェルは前を見据え歩きながら、ただ一言「結構!」と返した。そんなエクスウェルの態度にグリーの側に控えている側近の将達からは怒りの声が上がった。


「何だあの物言いは! 何様のつもりなのだ!」

「無礼な、一瞥いちべつもせぬとは……!」

「グリー様! あのようなやからに好きにやらせてはなりませぬ!」


「彼らには好きにやれと言っている。昨日今日会ったばかりでまともな連携など取れぬからな、好きにやらせた方が彼らもやり易かろう。しかし……一体何をそんなにカッカしているのだ? 皆は興味がないのか? 彼らの戦いぶりに」


「傭兵の戦い方などに興味はございませぬ!」

「左様! 下賎げせんやからがでしゃばりおって!」


 グリーは少しばかり失望した。ただひたすらに戦い、ただひたすらに強さを求めてきた。例えそれがどんな連中であっても、自分の知らない戦い方をするであろう者達は、グリーからすれば良き師であり良きライバルである。号令一つで万の人間を動かせる程高位な立場になってもなおいくさとは何か、戦いとは何か、貪欲にその真髄しんずいを学ぼうとする姿勢を持つ者は少ないのかも知れない。また、グリーは相手によって自分の立ち振舞いを変えるという事をしない。相手が自分より上であれ下であれ、等しく敬意を払う事が出来る。ゆえに彼のもとには人が集まる。人格者、グリー・スーと繋がりを持ちたいと思うのだ。そしてグリーのそんな姿勢こそがエクスウェルをして本物、と言わしめた所以ゆえんの一つだろう。しかし側近達にはそんな貪欲さや謙虚さがなかった。グリーはそれにがっかりしたのだ。しかしそんな素振りはおくびにも出さずに静かに話す。


「ふむ……私は興味があるがな。彼らは常に戦っている。私達が平和にかまけてくつろいでいる時も、彼らは自ら荒事あらごとに首を突っ込み血を流している。そんな言わば戦いの申し子達が、一体どんないくさをするのか……興味が尽きぬ」


 そう話すグリーの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。総大将であるグリーにそこまで言われては側近達も黙るしかない。





 砦の少し前、その正面まで歩を進めたエクスウェル。背後には六百名の団員達が待機する。そしてその様子は当然砦側からも確認出来た。


「来たぜ……エクスウェルだ……!」


 尖塔せんとうの上、守備に就いていたアーバンの部下がエクスウェルの姿を確認した。


「あれがあんたらのボスか。いや、元ボスだったな。しかし……ありゃ狙ってくれって言ってんのか?」


 側にいたエラグ兵の指揮官はニヤつきながら右手を上げる。それを見た他の兵達は弓に矢をつがえ引き絞る。


「放て!」


 右手を振り下ろす指揮官。それを合図に兵達は一斉に矢を放つ。何本もの矢が真っ直ぐにエクスウェルに向かって飛んで行く。が、エクスウェルは微動だにしない。矢がエクスウェルに届く直前、


 カンカンカンカン……


 矢はエクスウェルに当たらなかった。いつの間にかエクスウェルの前方には、金属製の大盾を構えた数人の男達が立ち塞がっていたのだ。


「悪いな、少しそのまま頼む」


「「「 おう! 」」」


 力強く答えた男達はエクスウェルの親衛隊。どの戦場においても彼らはエクスウェルの側にいる。何故ならエクスウェルが仕事をしようとする時、その間はどうしても無防備な状態になってしまうからだ。エクスウェルが仕事を終えるまでの間その身を守る専属のボディーガード、それが親衛隊である。そしてエクスウェルは今まさにその仕事を始めようとしていた。


 スッ、と頭上に右手をかかげるエクスウェル。するとその手のひらからモヤモヤと立ち昇り始めたのは、細長く真っ黒い無数の何か。糸とも煙とも見えるその何かは次々とエクスウェルのかかげた右手から現れ、その少し上で宙に浮かびながら一つの大きな塊となり、それぞれがウネウネと動いている。まるで巣の中でうごめいている無数のむしのようだ。その様子を見ていた尖塔せんとうのアーバンの部下は、慌ててエラグ兵達に伝える。


「まずい! おいあんたら、早くて! エクスウェルを攻撃しろ!」


「言われなくても……そのつもりだ!」


 エラグの指揮官は再び攻撃の合図を出そうとする。しかしアーバンの部下は「チィッ」と舌打ちをした。


「遅ぇ……!」


 守備兵が矢を放つより前にエクスウェルは右手を振り下ろした。すると宙に浮かびうごめいていた無数の真っ黒い何かは、次々と前方へ飛び出し地面の至る所へ落ちて行く。それはさながら黒い雨が地面に降り注いでいるかのようだ。地面に落ちた真っ黒い何かはそのまま地面へと染み込み、今度はその場所からモコモコと何かが生えてきた。それは人の形をしているが人ではない。身長は人の半分くらいで黒く筋張った身体、細長い腕に短い足、指は三本で長く鋭い爪があり、真っ赤な目には瞳がない。十、二十、百、百五十と次々と地面から現れる異形いぎょうの者、だ。その数は見る見る内に増えて行き、四百体程のの軍団が現れた。


「何だ、あれ……」


 エラグの指揮官は絶句した。彼は召魔術しょうまじゅつを初めて見たのだ。何もない所から突如として不気味で醜悪な姿の敵が現れた、その驚きは相当なものだろう。そしてその驚きは敵ばかりでなく味方をも包む。後方のエイレイ軍からもどよめきが起きていた。


「何なのだ、あの怪物は……気色悪い……」

「あれは味方なのか?」

「あ……ああ……」


 ある者は声を上げ、ある者は声も出ない。ざわざわとする兵達の中、先程まで興味深くそして好意的にエクスウェルを捉えていたグリーの顔にも、さすがに困惑の表情が浮かんでいた。


(あれが召魔術しょうまじゅつ……)


 戦場の視線を一身に集めたエクスウェルは小さく呟く。



「行け」



 次の瞬間、呼び出された魔達は「キジャアァァァ!!」と不快な声を上げながら次々と飛び出して行く。そして尖塔の壁面に取り付くと、長い爪を壁の凹凸おうとつや石の隙間に器用に引っけながら、するすると尖塔をよじ登って行く。


「クソッ! おい! 早く迎撃しろ!」


 アーバンの部下はエラグの守備兵達に魔を攻撃するよう指示を出す。しかし彼らは壁をよじ登って近付いてくる異形いぎょうの者の姿の、そのあまりの気色悪さに攻撃を躊躇ちゅうちょしてしまっている。


「おい! 何だコイツらは! 何なんだ!!」


 エラグの指揮官はなかばパニックになりながらアーバンの部下に詰め寄る。


「クソッ、役立たず共め! ありゃエクスウェルの魔だ! さっさと攻撃しろ! じゃないと……」



「うわぁぁぁ……!」



 突如響く叫び声。声のした方、向かいの尖塔を見るとすでに何体もの魔が尖塔を登りきり、次々と守備兵に襲い掛かっていた。


「クソッ!」


 怒鳴りながら視線を前に戻すアーバンの部下。すると目の前には今まさに自身に飛び掛かろうとしている魔の姿があった。彼は咄嗟とっさに魔の顔面に突きを放つ。「ギジャァ!」と不快な声を上げ尖塔から落ちて行く魔。しかしすでに遅かった。その間にも三体、五体と尖塔を登りきった魔が、次々に彼と守備兵達に襲い掛かってきたのだ。


「ぐわぁ!」

「ヒィィィ……」

「クソッ! クソッ! ……ク……ソ……」


 見る間に尖塔は魔に蹂躙じゅうりんされた。その様子は門の真上、城壁の上にいたアーバンとビー・レイにも見えていた。


「早ぇな、エクスウェル! もう動きやがった! 行くぞ! 魔を押し返す!」


 そう叫ぶとアーバンはビー・レイと数人の部下を連れて、城壁の上を尖塔に向けて走り出す。そして尖塔の近くまで来ると、すでにそこは尖塔を登りきった魔で溢れ返っていた。


「ギジャァァァォォォ!」


 アーバン達の姿を認識した魔達は叫び声を上げながら次々と彼らに襲い掛かる。しかしアーバン達は実に冷静に襲い来る魔を斬り伏せて行く。エクスウェルの呼び出す魔はどれもさほど強くない。それはジョーカーの団員であれば誰もが知る周知の事実だ。冷静に対処すれば怖い相手ではないのだ。しかし問題もある。数だ。エクスウェルは百単位で魔を呼び出せる。いくら強くないとは言え、倒しても倒しても一向に数が減らない魔を相手にするのはさすがにが悪い。


「チッ……キリがねぇな。しょうがねぇ、退くぞ」


 しかしアーバンの呼び掛けにもビー・レイは一点を見つめたまま動かない。


「おい、ビー・レイ?」


 不思議に思ったアーバンはビー・レイの視線の先を追う。そこには親衛隊に守られながら腕を組んでいるエクスウェルの姿があった。するとエクスウェルは突如大声を上げる。



「ビィィィレェェェイ!!」



 戦場に響き渡るビー・レイの名を呼ぶエクスウェルの声。エクスウェルにもビー・レイの姿が見えていたのだ。


(おいおい、何て顔してやがる……)


 名を呼ばれたビー・レイは、いかっているとも笑っているともとれるような、狂気の表情を浮かべエクスウェルを睨んでいた。


「ケリを付けたいのは分かるが今は違う。行くぞ」


「……ああ」


 アーバンの呼び掛けに短く答えるビー・レイ。彼らは門の上へと戻る。

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