第114話 裏切り者の行方

 バァーーーン! バァーーーン!


「前進!」


 日の出と共に鳴り響く銅鑼ドラ。そして指揮官の号令を合図に一斉に歩を進める兵達。エイレイ軍の攻撃が始まった。目標は前方にそびえるエバール砦、エラグが誇る頑強がんきょうな砦だ。前進する精強せいきょうなエイレイ軍を眺めるエクスウェル。かたわらにはラテールが控える。


「あの砦をどうやって攻めるのか、お手並み拝見だな」


「まずは力攻めでしょうな。数も能力もこちらがまさっている訳ですから」


「単純な力攻めで落とせるような砦じゃない。そこからどうするか……見ものだ」


 エクスウェルの話す通り、エバール砦は攻めにくく守りやすい文字通りの難関である。砦の門は奥まっておりその姿は正面からは見えない。門はS字クランク状に折れ曲がった狭い通路の先にある。高い壁に囲まれたその通路をくねくねと進み、ようやく門へと辿り着くのだ。その造りはちょうど日本の城にある食違くいちがい虎口こぐちと呼ばれる施設と同じである。虎口こぐちとは城の出入り口の事で、狭い口、という意味があるそうだ。この虎口こぐちの攻略こそ城攻めの際の一つのポイントとなる。食違くいちがいという言葉通り、直線ではなくS字やN字に敵を進行させる事で側面からの攻撃をしやすくなっている。食違くいちがい虎口こぐちを攻略しようとする者達は、正面は勿論側面、あるいは後方からの攻撃にも備えなければならないのだ。


 門へと続く通路の両脇に建つのはやぐらのような尖塔せんとう。そしてそこから続くように伸びる高い城壁。尖塔せんとうや城壁の上にはエバール砦の守備兵達が待ち構える。吸い込まれるように通路へと入って行くエイレイ兵達はフルプレートの鎧に身を包んいる重装歩兵だ。これなら弓矢や投石程度の攻撃ならば防げるだろう。現に守備兵達が降らせている矢の雨は、カンカンと音を立て分厚い鎧や大きな盾に阻まれている。しかしこの世界には魔法というものがある。炎でも放たれたら、その身は容易たやく焼け焦げるだろう。故に彼らは魔力シールドを展開し、魔法攻撃にも備えなければならない。必然的に砦の攻略スピードは遅くなる。


 そんな砦攻めの様子を後方、小高い丘の上に張った陣幕の前で眺めているエクスウェルとラテール。すると部下の一人がラテールを呼びに来た。


「ラテールさん、ちょっといいか?」


「何だ、作戦行動中だぞ」


 部下はラテールに近付き耳打ちする。


(あんたに会いたいって奴が来てる)


 眉をひそめるラテール。


(こんな時に、こんな場所でか?)


(会った方がいいぜ。多分プラスになる事だ)


 しばし沈黙するラテール。そして静かに口を開く。


「……団長、少し外します」


「ん、いいぞ」


(どこだ?)


(こっちだ、テントの一つに……)


 小声で話ながら二人はその場を離れる。



 ◇◇◇



「ラテールさん、ここだ。中にいるぜ」


 ラテールが部下に案内されたのは備品保管用のテントだった。ラテールはスッと右手を差し入れ、少しだけテントの入り口を開く。薄暗いテントの中には人影が見える。


(…………)


 ラテールはそのまま大きくテントの入り口を開いて中に入る。中にいたのは男。


「ラテール・ジアだな?」


 男が問う。ラテールは小さくうなずき問い返す。


「何者だ? いくさ最中さなかにこんな場所で接触を希望するなど、あらぬ誤解を受けてしまう」


「あぁ、そいつは済まなかったな。俺は諜報部のもんだ」


「諜報部だと?」


 ラテールは驚き、同時にいぶかしがった。なぜ諜報部の人間がこんな所に、と。


「そんな警戒するな。なに、あんたらに情報を提供しに来たんだ」


「情報だと……? 一体どういう事だ? この状況下において、お前らが動く事などない……はずだ」


「本来ならな。ジョーカーが割れた場合、諜報部は動かない。どこにも肩入れせず傍観ぼうかんする。我々諜報部が定めたルールだ。だが今回、ルール破りをした奴がいる。南に配属になっていた奴が情報を流していた。これではフェアじゃない、情報に対しては常に……」


「誠実つ公平に……だったな。律儀りちぎな事だ。わざわざこんな所にまで潜り込んで来るとは……」


「意地の悪い言い方をするじゃないか、茶化すなよ。あんたらにとっては些末さまつな事でも、俺達にとっては重要ごとだ」


「あぁ……別に茶化した訳ではない。気にさわったのなら謝罪しよう。で、どんな情報なんだ?」


「そうだな……裏切り者の居所いどころ……なんてどうだ?」


 その言葉を耳にしたラテールは失望をあらわにし、呆れるように話す。


「これは……とんだ肩透かしだ。期待して聞いてみればそんな事とは……ビー・レイはこの戦場のどこかにいる。それが分かっていれば充分、すぐに見つかるだろう。そんな情報しか持って来なかったのか?」


「待て待て、よく考えろ。あんたらがこのいくさでどれだけの事をやろうとしてるのかを。アーバンを倒し、ビー・レイを始末し、勿論しっかりと戦にも参加する。サボってるとエイレイの大将にどやされちまうからな。更にはバルファまで狙うつもりなんだろ? さすがにやる事が多すぎる。何か一つくらい確かな情報を掴んでいた方が、立ち回りもしやすくなると思うが?」


「…………」


(腐っても諜報部か……バルファの事まで調べてるとは……)


「どうだ? そう考えれば悪くない提案だと思うぜ? あんたらのエラグに対するクーデター計画、ビー・レイのせいで破綻したんだ。ここで確実に落とし前をつけときたくないか?」


(確かに……まぁ他に欲しい情報がある訳でもなし……)


 ラテールは個人的に各地に情報屋を抱えていた。彼らは時に諜報部よりも早く上質な情報を持って来る事がある。例えば部外者がおいそれとは入り込めないような権力の中枢、高貴な者達が集う場所の情報や、その正反対であるこの上なくディープでアンダーグラウンドな場所の情報など。あらゆる情報がラテールの元に集まってくるのだ。故にエクスウェル陣営は諜報部に頼らずとも情報収集が出来ている。


「なぜ……」


 ラテールはふと思った。


「なぜ俺に接触した? 団長に直接伝えればいい話だろ?」


 すると諜報部員は呆れるように笑いながら答える。


「冗談はよしてくれ。エクスウェルにこんな話をしようものなら、本来いちで済むものを五でも十でも寄越よこせと言われるに決まってる。そんなバカげた交渉をする気はないよ」


 その言葉を聞いたラテールは大笑いした。


「ハッハハハ! なるほどなるほど、合点がてんがいった。俺の方がくみやすそうだと思った訳だな」


 若干自嘲じちょう気味に話すラテール。諜報部員は反論した。


「違う、そうじゃない。あんたの方がエクスウェルよりまともだと思ったのさ」


「ハハハ、まぁいい。お前らの起こした不始末、その情報でチャラって事にしてやる」


 ラテールの上からの言葉に、諜報部員は少しだけカチンときた。


「あぁそうかい、そりゃ嬉しいねぇ、嬉しくて涙出ちまうぜ。ま、いいや。ビー・レイは目の前、エバール砦にいる。あいつはあんたらのもとを離れて以降、アーバンにベッタリのようだ。今回もアーバンと一緒にあの砦の中だ。ついでに砦の情報もくれてやる。エバール砦の守兵は六千、天才クライールが王都からやって来て指揮してる。南道、ピネリ砦には五千、テグザの片腕キュールはそこにいる。北道、スティンジ砦は守兵が少ない。まぁここから距離もあるし主戦場にはならないだろうが……スティンジにはテグザの手勢てぜいが籠ってるぜ。それと……これはおまけだ。アーバンはエラグ国内に支部を置くつもりだ」


「エラグに? 随分と勝手な……」


「アーバンはエラグに入って以降、自分が治めるレコース支部に一度も戻っていない。一応隣のリロング支部の連中が留守を見てるようだが、実質放棄している状態だ」


「分かった。一応礼は言っておこう」


 そう言うとラテールはテントを出ようと入り口に手を掛ける。しかしすぐに振り返り諜報部員に尋ねた。


「お前達諜報部は今回の抗争をどう見てる? どこが勝つと……いや、どこに勝って欲しい?」


 その言葉を聞いた諜報部員は苦笑いしながら答える。


「そんなの話せない、って事は分かってるだろ? 個人的な望みを言えば、誰でもいいからさっさと終わらせてくれ、ってとこだな。抗争が始まってからずっと、どこの支部もまともに依頼を受けていない。どの陣営も金が底を突きかけてるんじゃないか? いい加減通常営業に戻さねぇと、このままじゃ干上がっちまう」


「まぁ……な。時に、ラクターは息災か?」


「ああ。マスターは元気だぜ」


「そうか、何よりだ。全て終わったら酒でも飲もうと伝えてくれ」


「……分かった。伝えておく」


 ラテールはテントを後にした。一人残された諜報部員はニヤリと笑う。


(自信家だねぇ……全てが終わったら……自分達が勝って全てを終わらせる、って事だろ……)



 ◇◇◇



「済みません、団長。戻りました。戦況は?」


 ラテールはエクスウェルが待つ陣幕の前に戻る。そんなラテールをちらりと横目で見るエクスウェル。しかしすぐに前を向く。


「変わらんよ、そんなに早くは落とせないだろ。何だったんだ?」


「はい。ビー・レイの所在が判明しました。正面、エバール砦です」


 エクスウェルはピクッ、と小さく反応する。


「間違いないのか?」


「はい。間違いなく」


 するとエクスウェルは下を向き肩を揺らして笑い出す。


「クックック……フハハハハ! そうかそうか、目の前にいやがるのか……」


 そして再び前を向くエクスウェル。その顔にはすでに笑みはなかった。


「久々の再会だ、挨拶ぐらいしないとな」


 そう言うとエクスウェルは陣を張った丘を下り始める。


「出られるのですか?」


「ああ」


 ラテールの問いに短く返すエクスウェル。返答を聞いたラテールは丘の下で待機する団員達に大声で叫ぶ。


「全隊! 前進だ!!」

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