第243話 白い兄弟
「
騎士の一人が剣を振るう。
「
相手の騎士が分厚い大盾でその剣を受ける。ガチンと剣と盾とがぶつかり合いチッと小さな火花が飛んだ。
夜、イオンザ王国ベオ・イオンザ城の
「いつまでも騎士団の名を
剣を振るった白い鎧の騎士がそう怒鳴る。
「名を
大盾を構える白い鎧の騎士がそう返す。騒動の切っ掛けはその日の夕刻だった。
□□□
「失礼致します、殿下。二、三ご報告がございます」
イオンザ王国王太子ヴォーガンの執務室を訪れた
「
ヴォーガンはチラリとゼンロに目をやると眉をひそめて「……ナルフ?」と聞き返す。「お忘れでございますか? 亡命を求めているタグべの軍人です、先日
「望みは薄うございますか?」
「成功するとは思えん」
「
ゼンロの問いにヴォーガンは少しの間を置き「別に何も」と答える。
「この国にいたいと言うのならば置いておけば良い。敵国の内情を知っておる、それだけで利用価値はあろう。だが……」
ヴォーガンはそのナルフとか言う軍人と
(何だ……今日はやけに……)
そんなヴォーガンの様子にゼンロは違和感を抱いた。普段の王太子ならば
「先日我が手の者が南の神との接触に成功致しました」
ゼンロの報告を聞いたヴォーガンは顔を上げると「ほう……実在しておったか」と、明らかにナルフの話よりも興味を持った様子を見せた。
「は。接触後すぐに交渉となりまして……金は気にするなとの殿下のお言葉でしたので、勝手ながら手前共の独断で交渉を……」
少しばかり言いにくそうに話すゼンロ。気まぐれなヴォーガンの事だ、そんな事を言った記憶はないなどと、過去の発言を
「は。依頼は受理されました。すぐに行動を開始するとの事……」
「そうか。傭兵共に軍人、そして影の者……フ、奴の命の価値が
鼻で笑う様にそう話すとヴォーガンは再び手元の紙を見る。
「で、終わりか?」
「は。最後にもう一つ……」
ゼンロはクッと表情を引き締める。一番伝えにくい話をしなければならない。怒りのあまり当たり散らされてもおかしくはないくらい、今のヴォーガンにとっては最重要の
「実は先程、
「よもや……
「いえ、
「薬に問題?……効きが弱まっていると?」
「
険しい表情のままヴォーガンは視線を横に外す。
「……薬を飲ませているのは薬師共であろう? それで服用量が減っているという事はつまり……」
「殿下に
「まどろっこしい!」
そう怒鳴りながらヴォーガンはドンと右の拳を机に叩き付ける。だが直後、ふぅと息を吐くと握っていた拳を開く。そしてゆっくりと腕を組むと静かに驚くべき指示を出した。
「セムリナを捕らえよ」
「……!?」
驚いたゼンロは一瞬言葉に詰まった。「いえ……しかし……」などと戸惑いながらも、どうにか「それはその……
「父上には今すぐにでも
「
ゼンロは恐る恐る尋ねた。確かにヴォーガンの話す通り、セムリナは限りなく疑わしい。そしてこの王太子は、容易に最悪の決断を下せる非情さを持っている。
「……牢にでも放り込んでおけ。己の犯した罪と向き合う時間は必要だ。別に首を
「地図……でございますか」
「うむ。リアンセ殿からな、二千のオークを提供出来るとの申し出があった」
「二千のオーク!?」
「実戦での運用実験を行いたいとの話だ。だが彼女らはこの辺りの情勢に
(なるほど……機嫌の
楽しそうな笑みを浮かべるヴォーガン。王太子が比較的穏やかである理由が分かりゼンロは納得した。あの異国の女が何者であるのか
「それは……!?」
ヴォーガンが指した場所を見てゼンロは思わず口を挟みそうになった。確かに面白いだろう、しかし大いに問題がある。が、ゼンロは口を閉じた。
「それは面白うございますな……」
同意の言葉を述べるゼンロ。「
□□□
そして夜。ゼンロの指示でヴォーガン
「まだ抜けぬか……」
廊下の後方、
ゾヴァリ自身は
「ベリックオは
ゾヴァリはぼそりと呟いた。白壁騎士団団長であるベリックオの姿が見えない事を不思議に思ったのだ。この兄弟喧嘩を収める為には自分とベリックオが話をするのが一番手っ取り早い。ベリックオを説得し、
(それとも出てこられない……理由があるか……)
考えたくはないが、ヴォーガン殿下の指摘通りセムリナ殿下の心にやましい所があるのならば……それがベリックオが出てこない理由だとしたら……それなら話は変わってくる。命令通りセムリナ殿下を捕えねばならない。例え何人兄弟を斬ろうともだ。
「……斬り捨てて構わん!! 押し込めぃ!!」
ゾヴァリは部下達に指示を出す。いずれにしてもこれ以上時間は掛けられない。必要ならば、ベリックオをも斬らねばならない。ゾヴァリがそう決意した裏で、セムリナの手の者達は慌ただしく動いていた。
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