第96話 躍動する魔
「魔導師隊!
ゼルの指示の下、
「当たんなよ! 上手くかわせ!」
団員達はすでに馬を降りている。その方が小回りが効き攻撃をかわしやすい。と、
ブゥン!
魔は前傾姿勢から一歩踏み出し、まるでボクシングのフックのように右腕を地面すれすれの軌道で外側から大きく振った。溶けた皮膚が遠心力によりビチビチと周辺に勢い良く飛び散る。しかし地面に落ちた皮膚は、すぐにスゥ~と消えてしまう。
「なっ……ぐぅっ!」
魔の腕の動きはあまりに速く、対応しきれなかったエバルド他数人の団員達は、まともにその攻撃を受けた。
「腕の間合いに入るなぁ! 距離取れよ! 治癒師ぃ! 怪我人を
叫びながらゼルはすぐさまエバルドの下へ駆け寄る。魔の攻撃により数メートル程後ろに吹き飛ばされたエバルドは仰向けに倒れている。
「エバルド! 無事かぁ! どこやられた!?」
「……う……左腕と……あばら……くそ、油断した。あんな速く動けるとは……」
「よし! すぐ治してやるぜぇ!」
ゼルは治癒魔法でエバルドの治療を始める。治療しながらチラチラと周りを確認するゼル。攻撃を受けた他の団員達も、すでに他の治癒師により治療を受けているようだ。
(よし、この感じだと死人は出ねぇな)
「う~、早く早く~」
そんな仲間達の様子をライエはヤキモキしながら見ていた。自身が設置した魔法まではまだ距離がある。このままではここに誘い込む前に皆やられてしまうのではないか? そんな不安さえよぎる。すると前方に見える魔が突然しゃがみ込んだ。
(え……何? 膝を付いた? 攻撃効いてるの?)
「おい、何だありゃ……なんかやべぇぞ……?」
エバルドの治療を終えたゼルが見たのは、突然身を低くする魔の姿。両手を地面に付け、ぐぐぐ……と重心を後ろへ。まるでネコ科の獣が獲物に飛び掛かる前のような、そんな姿勢。
「グ……グガ…………」
「「「 グガァォォォォァァ!! 」」」
雄叫びと同時に突然魔は前方へ跳躍した。
「な……!」
ゼルは言葉を失った。その巨体からは想像がつかないくらい軽々と、そして大きく跳躍し宙を舞う魔。
「回避! 左右回避!!」
魔導師隊と共に誘導の為攻撃していたカディールは叫びながら自身も左へ走る。魔に詳しいはずのカディールも、さすがにこれは予想出来なかった。皮膚が溶け落ちボロボロの状態の魔がここまで素早く、そして大きく動けるとは思わなかったのだ。
ドン! ザザザザ……
着地と同時にまたしても魔は右腕を振るう。回避が間に合わず何人かがその巨体の下敷きに、そしてまた何人かが腕に巻き込まれたのが見えた。着地した魔は踏ん張りが効かず、そのまま滑るように地面を移動して行く。
「クソッ! 状況確認、怪我人を運べ! 魔から目を離すな、何をしてくるか分からんぞ!」
「カディールさん!」
周囲に指示を飛ばすカディールの下へデームが駆け寄る。
「何ですか、あの魔は! あの図体であんなに動けるとは……」
「ああ、全くだ。してやられたな……だがまぁ、ドンピシャだ」
「……は?」
◇◇◇
「……え、え? えぇぇぇぇ!?」
しゃがみ込んだ魔が跳んだ。宙を舞い、見る間に近付いてくる巨体。ライエは慌てて逃げた。着地しザザザザ……と地を滑る魔。そしてゆっくりと立ち上がる。
「……びっくりした……あんな跳ぶ? でも、ちょうどいい!」
シュン、とライエは魔に向けて魔弾を放つ。すると魔はそれに反応、ライエの方を向く。どうやら自身に向かってくる魔力を感知したようだ。しかしその魔弾は魔には当たらず、シュッ、と魔の足元に消える。そう、跳んできた魔が止まった所はちょうどライエが仕掛けた罠、設置した中央の魔法の上だった。魔弾が消えた後、地面が一瞬強く光る。すると、
ドン!
と、大きな音と振動。魔が立っている地面がバリバリと細かく割れ、魔は足首まで地面に埋まり身動きが取れなくなる。次の瞬間、ボウッ、と地面から燃え上がる炎。その炎は大きく、魔をすっぽりと包み込む。
「ギジャァァ!」
ドロドロの皮膚が焼け、ジュウゥゥゥ、と全身から音が響く。真っ黒い煙を上げながら暴れるように燃え上がる炎。魔は両膝を折り、両手を地面について四つん這いの状態で炎に巻かれる。そして叫び声を上げる魔に間髪入れず次の仕掛けが発動する。中央の魔法をぐるりと囲むように設置した魔法が起動、ボンボンボン……と車のマフラーから火が出るアフターファイヤーのように、中央の魔に向けて地面から更なる炎と熱風が吹き出る。
「ギジ……ジ……ジャァァ…………」
魔の叫び声が途絶え、やがて炎と煙が収まる。すでにそこには何もなかった。
「ふぅ、成功だね」
両手を腰に当てながらライエは呟いた。
◇◇◇
「クソッ、どこだぁ!」
その頃、ホルツはクラフを探していた。戦線はすでに瓦解、西支部の団員達は戦場から離脱を始めている。このままクラフに逃げられたら、残党と合流され再び戦闘、そんな面倒くさい事になりかねない。何としてもクラフを探し出さなければ。
「ホルツさん! あそこ!」
側にいた部下が叫ぶ。部下が指差す方を見ると、両脇を団員らしき二人に抱えられながら移動する者の姿。
「まずいぜ! 早く追わねぇと逃げられる!」
慌てる部下を尻目にホルツは落ち着いていた。
「大丈夫だ、よく見ろよ」
ホルツはさらにその先を指差す。そこにはこちらに向かって走り来る騎馬隊。
「ありゃもう気付いてんな。しょうがねぇ、おいしい所はアイツにくれてやる」
◇◇◇
「いたいた、いたぜぇ! お前らはその辺の残党狩っとけぇ! 俺は本命だぁ!」
ブロスは後続の部下達に指示を出し、自身は一直線にクラフを目指し馬を
「あいつ……! ブロスだ!!」
クラフの両脇にいた二人の団員は、クラフを守るように前へ出て剣を抜く。それを見たブロスは馬の背からシュッ、と跳び宙を舞う。そして剣を抜き着地と同時に敵二人を一刀のもとに斬り伏せる。さらに一歩二歩踏み出るブロス。
ザシュッ!
ブロスはクラフをけさ斬りする。斬られたクラフは声も上げずその場に仰向けに倒れた。
「んだぁ? 随分張り合いねぇじゃねぇか。どしたよ、おい?」
倒れたクラフを見下ろしながら問い掛けるブロス。
「……終わった……か……?」
静かに答えるクラフ。
「ああ、あのデケェのも消えたぜ」
「……そう……か。やはり……俺の力では……あの程度……」
「おい、ありゃお前が出したのかよ!? お前一体……」
「カディールを呼べ……尽きる、前に……」
「カディールぅ? 何でカディールを……」
「早くしろ……」
「……言われなくても、皆すぐ来るだろうさ」
ブロスがクラフを討ったのを見届けたホルツは、ゼルを始め指揮官達をこの場に呼び集める為部下に指示を出していた。
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