第97話 クラフとカディール

「いよぅ、クラフ。会いたかったぜぇ?」


 ブロスに呼ばれたゼルとカディールがやって来た。ゼルはニヤァ、と笑いながら血を流し横たわるクラフに話し掛ける。


「……俺は、そうでも……ないがな」


「はっはっは、そう言うな。お前にはなくても俺にはある。あのデケェの事とかよ。でもまぁ、何より……」


 そう言うとゼルはスッ、とクラフの頭の辺りにしゃがみ込む。その時にはもう、顔から笑みは消えていた。


「何で裏切った? 俺を信用出来なかったか? それとも、最初はなっから踏み台にする気だったか?」


「……」


「お前……エクスウェルを出し抜くつもりだったんだろ?」


「……」


「無言、てのは肯定だ。ふところに入る振りして噛みつく、裏切りの常套じょうとう手段だな。ま、かく言う俺も、まんまとお前にしてやられたクチだがなぁ。んで、何でだ? 支部長の椅子じゃあ満足出来なくなったか? まぁ、それより上は団長の椅子しかねぇが……」


「……半分、正解だ。確かに……団長の椅子は……魅力だ」


「んじゃあ、もう半分はよ?」


「エクスウェルは……やり過ぎた……そろそろあの外道を……引きずり下ろさなければ……」


「ほ~う、お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったぜ。何があった?」


「……エミンの大虐殺……俺は、あの時……あの部隊にいた……」


 クラフのその言葉を聞いた全員が、ピクリと反応した。





 エミンの大虐殺。


 当時団長に就任したばかりのエクスウェルはとある大口の依頼を受ける。南方にある小国の地方領主である貴族から受けたその依頼は、領内で暴れ回る大規模な窃盗・盗賊団を壊滅させて欲しい、との内容だった。


 エクスウェルはすぐさま行動を開始する。自身直属の部下三百と南支部の団員四百の計七百名の部隊を編成、三ヶ月かけ領内を転戦し次々と賊を打ち倒しつつ追い込んで行く。逃げ回る賊が最後に消えたのはエミンという小さな街だった。


 エクスウェルは街の中を捜索するが、逃げ込んだはずの賊の姿を捉える事が出来ない。何故ならこの街のちょうである執政官しっせいかんと商人など一部の有力者達は賊と結託けったくし、犯罪を見逃したり隠れ家を用意する見返りに金品を受け取り私腹を肥やしていたからだった。賊は執政官達がかくまっていたのだ。そして領主はその事実を知っていた。しかし、自身が手をくだすという事はしなかった。エミンの執政官は街の軍部をも掌握しょうあくしており、衛兵達は執政官の手足同然である。犯罪を糾弾きゅうだんし捕らえようとすれば、激しい抵抗にうのは目に見えていた。領主は自分の兵の損失を嫌ったのだ。それ故ジョーカーに全てを丸投げしようと画策したのだった。


 しかし、エクスウェルはそれを良しとしなかった。賊だけではなく衛兵とも戦わなければならないという状況は契約に反する。そこで領主に報酬の上乗せを交渉するが、領主はそれを拒否。エミンの執政官達が賊と繋がっているのなら彼も賊である、当初の契約の範囲内だと突っぱねたのだ。そこで初めて気付いた、自分達はまんまと担ぎ上げられ、いいように利用されようとしている。つまりはナメられている、と。傭兵などという稼業、ナメられたら終わりだ。激しい怒りが湧いてくる。そしてエクスウェルは暴挙に出た。


 街に火を放ったのだ。


 隠れているのならあぶり出せばいい。そして耐えられなくなり顔を出した所を叩く。思惑通り穴から這い出してくる虫がごとく、次々と姿を現す賊を片っ端から潰して行く。真っ先に逃げようとした執政官は言うまでもない。

 さらにエクスウェルは非道な命令をくだす。街に住まう者全て、老人、女、子供に至るまで皆等しくなで斬り・・・・に、つまりは皆殺しにせよ、との命令をくだしたのだ。さすがにこれには部下から強い反発があった。しかしエクスウェルの右腕とも言うべき南支部所属の団員が率先してこれを実行。炎の海の中、わずかでも動く者は皆斬り捨てられた。


 この悪夢の一報を聞いた領主は当然激怒し、エクスウェルを討つべく兵の編成を始めた。そんな中、エクスウェルはふらりと領主の館に現れる。そして涼しい顔でこう言った。


「賊は執政官だけではなく、商人など街の住人とも結託していた。つまりあの街の住人も賊である。貴殿の理屈から言えば、そういう事になるのだろう? そして契約通り、賊は全て・・処断しょだんした。全ては貴殿の望んだ事だ。長年あの街の問題を放置してきた貴殿の尻拭いをしてやったのだ、感謝して頂きたい」


 領主は絶句し青ざめた。冷静になり考えたのだ。今回の件を大々的に糾弾きゅうだんしてしまえば、兵の損失を恐れエミンと賊の蜜月関係を長年に渡り放置してきた、自身の責任問題も問われるのではないか、と。いっそこの場でエクスウェルを殺してしまおうかとも考えたが、この男が何の保険もなしにのこのこ・・・・やって来るとは思えない。恐らく自身の身に何かあれば、すぐに国に告発出来るよう手を打っているはず。

 そして何より冷静になる事で、エクスウェルの恐ろしさに気付いてしまった。この男はイカれている、弓を引けば何をされるか分からない、エミンどころか我が領地そのものが危険にさらされてしまう。


 逡巡しゅんじゅんのち、領主は今回のエクスウェルが起こした一件を不問とした。エミンの住人達の無念と、己の身を天秤てんびんにかけた結果だった。そして国には「厳正なる調査の結果エミンは街ぐるみで賊を援助しており、全て・・の住人が不当に得られた利益を享受きょうじゅしていた事が判明、よって法と正義の名のもと断腸だんちょうの思いでこれを処断しょだんした」と報告した。エクスウェルは見抜いていたのだ、利己的で小心者、保身に走る傾向が強い領主の性格を。


 そうして人口千人程の小さな街は、地図上からその名を消した。同時にジョーカーとエクスウェルの悪名が世に刻まれた最初の事件となったのだ。



 ◇◇◇



「俺は……虐殺には参加……しなかった。だが……止められなかった、悔いは残る。今でも……夢に見る……」


「……ああ。ジョーカーの負の遺産、その幕開けだな。でもよ、だったら別に向こうにつく必要はなかったんじゃねぇのか? エクスウェルに対しちゃあ、俺も同じような想いを抱えてるんだぜぇ?」


「お前の、下につくのは……ゴメンだ。青臭くて……反吐ヘドが出る……でもまぁ、前よりはいくらか……マシになったか……」


「はっはっは、言うじゃねぇか。じゃあそんな元気なクラフ君に提案だ。今後心を入れ替えて俺につかえるってんなら、助けてやらねぇ事もねぇ」


「おいマスター!! それは……」


 スッと右腕を出しブロスをさえぎるゼル。


「ハッ……前言撤回だ……やっぱりお前は、甘ちゃんだ。このに及んで……尻尾を振ると……思うか? そもそも俺には……誘おうと思える程の力は、ないだろ……う……」


「確かにお前にはこれだ、って力はねぇが……でもよ、何でもそつ・・なくこなすってのも才能だぜぇ? お前みたいのがいりゃあ重宝するんだが……まぁいいさ、聞いてみただけだ。カディール! 後は任したぜぇ?」


 そう言うとゼルは立ち上がり、それ以上クラフを見る事はなかった。


「お~し、そろそろ日暮れだ、今日はこの辺で夜営すんぞ! ブロス! 手ぇ空いてるヤツにいい場所探させろ、急げよ!」





 ゼルとブロスが場を離れ、カディールは静かに口を開く。


「変わらんな、昔と。相変わらず不完全なを呼び出す……」


「何だ……覚えていたのか……?」


「いや、思い出した。あのを見てな。まさかあの時引導いんどうを渡したのが貴様だったとは……良かろう、私には貴様の恨み言を聞く義務があるようだ。召魔師としての貴様を殺した訳だしな」


「ハッ……そんな昔の事はどうでもいい……」


「……せんな。だったら何の話があるというのだ?」


「お前……人を探しているのだろう?」


「……何の事だ?」


「とぼけるな……さっきゼルにも話したが……俺には、大した力はない……なので情報は、何より重要だった……相当金をばらまき……色々な情報を集めた。お前の……情報もな」


 カディールは眉一つ動かさずクラフを見つめている。


「召魔の里建国以来……一番の極悪人、イルグル……エクスウェルなど、比にもならんくらいの……悪党。知っているか? 昨年、里はとうとう……ハンディル協会にも、声をかけた……手配書にも載った、お前は……その賞金首を、イルグルを探している……」


「だったら……何だと言うのだ?」


「西だ……」


「何……?」


「大陸中央西側……ではない、本当の……西だ」


「沈んだ大地……」


「そうだ、奴は……向こうに逃げ込んだ……さすがに、そこから先の足取りは……分からんが……」


「やはりせん。何故私に教える?」


最早もはや、持っていても……意味のない情報……それと、忠告……だ……う、ぐふっ……うぅ……あの、魔はもう……呼び出すな」


「あの魔……とは?」


「だから……とぼけるな……宿舎の横……の、林で……ぐぅ……う、またに呼び出して、いる……女の……」


「貴様、何故知っている……!」


「情報に、金を……かけたと、言った……俺は、力が……足りなかった……その分知識を……ふっ、ぐぅ……身に……付けた。お前あの魔に、魔力だけ……ではなく魂も……喰わせているな、うっ……お前は、魔人を……つくる気か……!」


「……貴様の知った事ではない」


「人の姿を、保った……魔など……さすがは、天才……か…………まぁ……いい、そろそろ……頼む…………セイロムが……そこに……」


 カディールは腰に下げているナイフを抜く。


「……礼は言わんぞ」


「ふ……求めて…………ない……」


 そしてクラフの首にナイフの切っ先を沈める。






 ――貴ぃ……兄貴ぃ! 次はどこだぁ? どこ行くよ?



 西ぃ!? 沈んだ大地か、そりゃいいな! あっちはまだまだ知らねぇ国だらけだからな



 だからよ、俺と兄貴だったらさ、何だって出来るよ、大丈夫!



 俺、もっともっとがんばるからね、兄ちゃんに負けないよ!



 だからさ兄ちゃん、ずっと一緒に――

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