第182話 反撃

「コウッ!?」


 ホルツは思わず声を上げた。そして腰の曲刀きょくとうに手を掛け一歩踏み出すが、しかし二歩目の足が前に出る事はなかった。右腕をグッと掴まれはばまれたのだ。腕を掴んだのはラスゥ。瞬間ギッと睨み付けるホルツをさとす様に、ラスゥは静かに語り掛ける。


「気持ちは分かるがそりゃダメだ。仮に俺があの魔導師の立場なら、邪魔した奴を一生恨む。あの女ぁ見習って黙って見てるんだな」


 そう話すラスゥの視線の先にはライエの姿があった。ギリギリと強く握り締められた拳に、小刻みに震わせる肩。そして唇を噛み締めながらも、それでも毅然きぜんと前を見続けるその姿は、今すぐにでも飛び出し二人の間に割って入りたいという衝動を必死で抑え込んでいる様に見えた。


「分かってんよ!」


 ホルツは吐き捨てる様にそう怒鳴るとラスゥの手を振りほどく。そしてガシッと腕を組み前を見据えた。ライエのあんな姿を見てしまっては、あんな姿を見せられてしまっては、ここで自分が飛び出してライエの覚悟を無にしてしまう訳にはいかない。ホルツはギリッと奥歯を噛む。


 ホルツの隣でその一部始終を聞いていたブロス。チラリとライエに目をやる。


(……確かに、よくこらえてやがるな)


 そしてブロスの背後では、バルファ支部のキュールとビエットが何やらこそこそと話をしている。所々耳に入ってくる言葉からさっするに、アイロウが勝った場合果たしてどうやってアイロウを仕留めるれば良いのかと、どうやらその算段を付けている最中の様だった。


(ハ……ゾーダの指示だな。奴の考えそうなこった)


 そう、アイロウが勝った場合どうするのか。ゼルはそこまでの指示を残していない。あのムカつく魔導師が負ける訳がないと、恐らくその様に信頼しきっているのだろう。だが何事にいても万が一という事がある。

 アイロウが勝っても負けても、ジョーカーに残るという選択肢を選べば何の問題もない。無論それは個人の感情や思惑おもわくを一切無視した、ジョーカーの今後だけを考えた場合だが。あのムカつく魔導師が死にでもしたら、有無を言わさずアイロウに斬り掛かり、あるいはありったけの魔力を込めた魔法で黒コゲにしてやろうと、そう考える奴が何人かはいるだろう。

 もちろんアイロウがジョーカーを抜けるという結末を迎えるかも知れないが、それならそれで致し方ない。去る者追わず、である。しかし最悪なのは、このまま命尽きるまでゼルに敵対しようという可能性だ。その場合は当然アイロウを排除しなければならないが、その判断は現場に任されているのだ。プルームへ行かずここに残り、魔導師二人の一騎討ちを観戦しようと言うのなら、何かあったら当然残ったお前らが対応しろよという、つまりは暗黙の了解なのである。ゼルとの付き合いが長いブロスだからこそ……いや、ここに残った三番隊のメンバーであれば皆そういうつもりでいるだろう。


 指示を残したか残さなかったか、その違いはあれどアイロウの処遇しょぐうに関してはゼルもゾーダも同じ見解なのだ。


(しかしまぁ、決着がつくまで動く素振りを見せねぇってのは何よりだ。外道に仕えたバルファの連中でも、最低限の礼儀ってのはわきまえてるってこった。だがあの化け物をどうやって仕留めろってのか……)


 そしてブロスは視線を前に戻す。


(さて……結果次第じゃあ更に死人が出るぜ? そんなもんかよ、てめぇの力はよ……)





(何を……笑ってやがる!!)


 怒りが沸いてきた。俺の肩に剣を突き立て、俺をまたぎ見下ろしながら、薄ら笑いを浮かべているアイロウに対し。そして同時に、前回戦った際に左腕を切り落とされているにも関わらず、今回もまたその剣に良い様にあしらわれている自分の学習能力のなさに。

 魔導師同士の戦いは予想以上に接近戦が多くなる、前回経験したはずだ。アイロウは剣を良く使う、前回まさに身を持って学んだはずだ。なのに何故なぜまたこんなやられ方をしているのか……全く間抜けにも程がある。前回は運良く生き残った。本当に運良くだ。当然の事、それが何度も続く訳がない。こんなにも何も考えず戦っていたら、いつこの命を刈り取られてもおかしくはない。


(このっ!!)


 俺は魔喰まくいを握ったままの右手をアイロウに向け突き出す。と同時に、アイロウもまた地面に転がる俺に向け左手をかざした。どうやら双方同じ事を考えていた様だ。この至近距離から魔法攻撃だ。






「チッ!」


 アイロウは小さく舌打ちをする。ほんの一瞬だけ速く魔法を放つ準備が整ったのは、地面に串刺しになっている若い魔導師の方だった。舌打ちと同時にアイロウの頭の中には無数の選択肢が浮かぶ。無論、備えるべきはその中でも最悪のケース。

 アイロウは強引に剣を引き抜く。そしてすぐさま後方へ飛び退けながらシールドを展開。直後、パァァァァンという轟音と三方に走る閃光。その内の一本がシールドの端をかすめた。バチィッ、と嫌な音が響く。


(しかし……)


 何の躊躇ちゅうちょもなく放たれた雷撃。アイロウはあきれた様な笑みを浮かべるも、しかしその背筋には冷たいものが流れた。


 アイロウはつい先程完成したばかりの薄刃うすば魔弾まだんを放とうとしていた。至近距離からズタズタに身体を引き裂いてやろうと考えたのだ。まだ慣れていない新型魔弾まだんを繰り返し放つ事で、しっかりと身体に覚えさせようとの意図があったのだが、しかしそれが薄刃うすばの魔弾を放とうと考えた理由の全てではない。


 あんな至近距離で炎や爆裂などの高威力魔法を放てば、当然魔法を放つ術者自身も巻き添えになる危険性があるからだ。


 自分が放った魔法でダメージを食らっては本末転倒。ゆえに魔弾だ。周りへの影響が極めて少ない、ほぼその対象にのみ効果を及ぼす、あの場面での選択は魔弾しかあり得ない。にも関わらず放たれたのは雷撃。しかも何の躊躇ちゅうちょもなく、である。

 確かにあの至近距離であれば的など必要ない、ただ前方に放ちさえすれば当たるだろう。しかしその高威力ゆえの反動は確実に自身を襲うはずだ。


自棄ヤケになった……訳ではないだろう。怒りと興奮でタガが外れた……何!?)


 見ると起き上がった若い魔導師はこちらに向けて走り出した。そしてドン! と加速、一気に間合いを詰めてきた。






 その瞬間、視界は急激にギュッとせばまり、そして着地と同時にブワッと広くなる。すると目の前にはアイロウの姿。まるで転移の魔法石でも使って突然目の前に現れたのかと、そんな錯覚を覚えそうになる。だがどちらかと言えば、突然現れたのはむしろ俺の方なのだろう。アイロウには俺が瞬間移動でもしたかの様に見えているはずだ。超高速での移動を可能にする隠術いんじゅつの身体強化魔法を駆使くしすれば、瞬間移動もどき・・・を実現出来る。


 何故なぜアイロウは退いたのか。


 至近距離で互いに魔法を放とうとした先程のあの場面、アイロウは後方へ飛んで退いた。それがどうしても引っ掛かる。俺の目にはそれがひどく不自然に見えたのだ。確かに俺の方が早く攻撃出来た。しかし、だからどうした、である。防げたはずなのだ。事実アイロウは射速しゃそくの速い雷撃を何度も防いでいる。それはもう、憎らしい程に。こちらの攻撃を防いでしまえば、あと如何様いかようにも俺を始末出来たはずだ。まぁ当然俺としても防がれたあとどう行動するか、という所まで考えてはいたのだが。しかしあの場面にいてアイロウはそうしなかった。


 不自然な程の安全策。


 戦いが長引けばそれだけ命が危険にさらされるリスクが高まる。そんな当たり前の事にアイロウが気付かない訳がない。にも関わらず何故退いたのか。万が一に備えたと言えばそうなのだろうが、しかし裏を返せば一つの事実が見えてくる。


 アイロウは雷撃をひどく恐れている。


 これは憶測おくそくいきを出ず、尚且なおかつこうであれば良い、という願望が過分かぶんに含まれている。しかしそう考えるのが一番自然、納得がいく。一瞬で自身の身体に到達し当たれば即死級の高エネルギー。そんな雷撃をアイロウは完璧なまでに防ぎ続けてきた。雷撃がその身体に当たる事はなかったが、しかし頭と心には見事命中していたのだ。恐怖という形で。

 あの瞬間、アイロウの頭と心には恐怖がよぎったのだ。この超至近距離から放たれるのが雷撃だったらどうする? 防げるのか? 防げなかったらどうなる? その結果が後方に飛び退きシールドを張るという安全策……いや、慎重策に繋がったのだ。もう一度言うが、これは憶測おくそくであり願望だ。しかし、もしそれが正解だとしたら、当たらないからと言って雷撃を止めるのは勿体もったいない。むしろどんどん放ち、プレッシャーを与えてやれば良い。


 俺の雷はまだ死んではいない。


 ここで落ち着いてはダメだ。時間を空けてはダメだ。反撃だ。俺はすぐに起き上がり走り出す。そして走りながら左肩に空いた穴と全身切り裂かれた傷口に治癒魔法を施す。止血と痛みの緩和かんわ措置だ。治癒魔法の適性がない俺は治療までは出来ない。しかし取りえず動く事が出来れば充分。前回は止血が甘く血を流しすぎて死にかけた。同じてつは踏まない。

 止血が終わると隠術いんじゅつで加速。急激に掛かる負荷によりズキンと左肩に痛みが走る。しかしこれはどうしようもない、我慢だ。着地した瞬間、目の前にはアイロウの姿。その驚いた表情を尻目に魔弾を射出すると更に隠術で左へ跳ぶ。その場に残った魔弾はすかさず無数に分裂しアイロウに襲い掛かる。アイロウが魔散弾まさんだんを防いでいる間に、左側へ着地した俺は更に魔散弾まさんだんを射出。同時にアイロウの周囲の地面へ向け極小魔弾をばらく。いつでも雷撃を放てるのだと、プレッシャーを与える事を忘れない。


「ふぅぅっ!!」


 強く息を吐きアイロウは全身にまとったシールドを押し広げ、魔散弾を防ぎつつ極小魔弾を吹き飛ばした。しかしその頃には俺はすでにアイロウの背後に跳んでいた。隠術の身体強化魔法、連続使用は三、四回程度が限界だ。あまり多用すると身体に負荷が掛かりすぎ動けなくなってしまう。そして強く踏み込み前方へ跳ぶ。これで四回目の隠術、アイロウの間近へ飛び込む。が、


 ブゥン!


 なんとアイロウは振り向き様に剣を振り回した。何という勘の良さか、俺が接近戦に挑む事を読んでいた。致し方ない、更に隠術で右前方へ加速する。これで五回目。地面を蹴り付ける左足、膝がビキッと痛んだ。


(耐えろ!)


 着地と同時に攻撃態勢に入る。至近距離からの雷撃、今度は当たる。しかしすんで・・・の所で思い直す。雷撃はダメだ、と。アイロウは俺のスピードに対応出来ていない、撃てば間違いなく当たる。しかしそれではアイロウを殺してしまう。


 殺してはダメなのだ。


 生かしてジョーカーの為に働かせる、その為に俺はこの魔導師と戦っているのだ。殺さない程度に出力を抑えてやれば良いのだが、雷撃は出力調整が難しい。余裕があれば可能だが、隠術で加速後のこの一瞬ではその自信がない。全く忌々いまいましい縛りだ。なら……


(燃えろぉぉぉ!)


 急遽きゅうきょ雷撃から爆裂の魔法に切り替える。恐らく決定打にはならない。この俊巡しゅんじゅんに掛かった時間。そして雷撃より射速しゃそくの劣る爆裂の魔法。こんなほんのわずかな時間的隙間でも、アイロウ程の魔導師ならばシールドを張るには充分な時間だ。果たしてどれだけダメージを与えられるのか。そしてこの超至近距離での爆裂の魔法、果たして俺自身もどれだけのダメージを食らうのか……


 ボゥッ!


 目の前で炎が破裂するように燃え上がった。

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