第143話 精一杯の忠告

 ロイ商会への就職が決まり喜ぶベクセールとライエ。ユージスは二人に自身の商会の説明を始める。真剣な表情でユージスの話に耳を傾ける二人。ライエにしてみれば姉というより母親のような気分なのだろう。「色々教えてやって下さい!」、「何でもやらせてやって下さい!」、「ビッシビシやってくれて構いません!」などと、ユージスの話の合間にまるで合いの手のように口を出している。そしてそんなライエに少しだけウザそうな視線を送るベクセール。うん、これはあれだ。学校の三者面談の図式だ。

 そんな中ふと視線を移すと、やけにそわそわしているブロスの姿が視界に入った。ユージス達の話を一緒になって聞いているように見えて、でもどこか上の空な感じもする。そこで俺はピ~ンときた。


「ブロス、トイレだったら早く行きなよ」


「はぁ? ちげ~よ、バカ野郎」


 違ったようだ。するとブロスはどこか意を決したかのように、グッと背筋を伸ばし体勢を整える。そして「ユージスさん」と口を開いた。


「はい?」と返答するユージスに対し「その節は本当に申し訳なかった」と突然謝罪するブロス。きょとんとするユージスは「え~と……」と少々戸惑った様子でブロスに話し掛ける。


「大変失礼致しました、そういえばあなたのお名前を伺っておりませんでしたね?」


「ジョーカー三番隊副官、ブロスだ。あの日マスターのゼルと共にあんたの商会を訪れた。アルボ商会に身売りさせようなんて、今思い返しても恥ずかしくなるくらいクソみたいな仕事を片付ける為に……」


「そうですか。あの日、ブロスさんもいらっしゃったんですね」


「ああ。ずっとあんたに謝りたいと思っていた。ゼルは自分が謝罪してきたからいい、なんて言っていたが……」


 申し訳なさそうに話すブロス。しかしユージスは相変わらず笑顔でブロスに語りかける。


「すでに昔の話、済んだ事ですよ。ゼルさんは私に謝罪してくれて、私はそれを受け入れた。まぁ確かにあの時期は色々キツかったですが、でもあの一件があったお陰でアルボ商会とは完全に縁が切れて、今のこのロイ商会があるのです。なので結果としてあれで良かったと、私はそう思うようにしています。いかがですか、ブロスさん?」


「そう言ってもらえると救われる心地だ……」


 ユージスのふところの深さを感じ、ブロスは安堵あんどの息をく。


「いいんですよ。ゼルさんが謝罪に訪れたあの日、彼は話していました。ジョーカーを本来の姿に戻したい、と。昔のジョーカーは人気があった……子供達はジョーカーの武勇伝に目を輝かせ、大人達はジョーカーの戦話いくさばなしさかなに酒を飲む。私もゼルさんと同じ思いです。あの頃のジョーカーを再び見てみたい、私が大好きだった頃のジョーカーを……どうやら順調に進んでいるようですね。ゼルさんが北の支部を押さえたとか……」


 ユージスの問いに「さすが商人だ……耳が早い」とブロスは笑う。


「はい、商人は耳ざといんです。商売であちこち回っていると嫌でも色々な情報が飛び込んできますから。目下もっかの所、中央の商人達の一番の感心事はエイレイ王国西端、プルーム周辺の治安です。プルームは中央と東とを結ぶ交易路上にあります。今現在進行中のエイレイとエラグのいくさはもっと南、エラグ側で行われていますから差程影響はありませんが……」


 話しにくそうに言いよどむユージス。しかしブロスはユージスの危惧きぐしている所を理解していた。


「言いたい事は分かるぜ、ユージスさん。あんたらが懸念けねんしてるのは俺達ジョーカーの抗争……だろ?」


 静かに、そして真剣な表情で「まさに……その通りです」と答えるユージス。何故なぜならこれは彼ら商人にとって死活問題になり得る話だからだ。


「俺達は今後南と東に侵攻する。そして東のプルームにはエクスウェルがいる。あの辺でいくさになりゃあ当然そこを通行するもんらにも影響が出る」


「はい。南の交易路は長く戦争が続いており危なくて通行出来ません。しかも最近では数ヵ国を巻き込んだ大戦に発展しそうだとか。そうなるとますます南のルートは使えなくなる。その上プルーム周辺もとなると、東からの魔石の輸送に支障が出る可能性があります。最悪、中央で魔石の価格が高騰する……少なからず庶民にも影響が出るでしょう」


「ああ、魔法石は生活必需品だ。その元になる魔石の価格が上がれば困るヤツは大勢出てくるだろう。ユージスさん、約束する。エクスウェルとの決着は速やかにつける、決して長引かせねぇよう、ゼルにもしっかり伝えておく……約束する。だから他の商人達にも、少しだけ我慢してくれないかと伝えておいてもらえないか?」


「はい、分かりました。期待して待っていますよ」



 ◇◇◇



「こちらをお持ち帰り下さい」


 すっかり話し込み、その帰り際。ユージスは細長い木箱を持ってきた。「これは?」と問い掛ける俺に「ワインですよ」と答えるユージス。


「先程話した通り、北西・・との取引で販売しているワインです。向こうはワインの産地ですので」


 木箱を受け取りながら「北西・・ねぇ……」と呟くブロスに「はい、北西・・です」と答えるユージス。そして「そうそう……」と何かを思い出したかのように話を続ける。


「ご存知ですか、ここミラネリッテやその周辺では、北西なまりを良く耳にするようになりました。しかも最近では王宮からも北西なまりが聞こえてくる、なんて噂まであるんですよ」


「へぇ……さすがはミラネリッテ、商人の街だ。物と同様に人も多く集まるようだな。ではユージスさん、この辺で。ワイン、ありがたく頂戴ちょうだいする」


「いえいえブロスさん、お話出来て良かったです。皆さん、道中お気を付けて。コウさん、またお会いしましょう」


「あ……はい! 勿論……」


 上の空だった所に突然名を呼ばれ、俺は慌てて返事をした。引っ掛かっていたのだ、今の話が……


「ベクセール、頑張んなよ?」とライエは涙をこらえ、しかしそれでも精一杯の笑顔を浮かべてベクセールの腕をポンポンと叩く。「うん姉ちゃん、ありがとう」と答えるベクセール。そして俺とブロスに視線を移し「あの、皆さんも……ありがとうございました!」と礼を言う。しかしブロスはパッと後ろを向き「俺達は何もしてねぇよ、礼ならゾーダにしてやんな。落ち着いたらアルマドへ手紙でも出しゃあいい」と一言。どうやら照れているようだ。「はい、そうします!」とベクセールは笑顔で答える。しかしそれとは対照的にユージスの表情は固い。まるで戦場に仲間を送り出す前のような、そんな険しい表情で別れを告げた。


「戻られてからも、決して気を抜かれぬよう……ご武運を」



 ◇◇◇



「なぁブロス」


「あ? なんだぁ?」


「ユージスさんあれ……何を言いたかったんだ?」


 ミラネリッテを離れてアルマドへ向かう馬上、どうしても気になって仕方がなかった事がある。別れ際のユージスがあまりに不自然だったのだ。


「ああ、北西……だろ? 気になったか?」


「そう! それそれ! あたしも気になった」とライエも会話に加わる。


「北西訛りって言ってたでしょ? 変だよ……向こうの方、多少イントネーションが違うくらいで……訛ってるって程のものじゃないよ?」


 そうなのか。会話の全てを翻訳魔法に頼っている俺にはそもそも訛りなんて分からない。


「ありゃあユージスなりの精一杯だったんだろうな」


「精一杯?」


「精一杯の忠告だ」


 そうか。何となくそんなたぐいの事だという感じはしていたが。


「ミラネリッテから北西と言やぁリザーブル王国だ。あそこはワインの産地だしな。ミラネルの北部は二つの国と国境を接している。北東のリジン王国と北西のリザーブル王国。アルマドはミラネルの領土から角が突き出たみてぇに飛び出した土地、東西をこの二ヶ国に挟まれてる。そしてこの二ヶ国は昔からアルマドが欲しくてたまらねぇ。アルマドの歴史はそのままこの二ヶ国との戦いの歴史であり、同時にジョーカーの歴史でもある。ジョーカーはアルマドを守る為に誕生した自警団だった訳だからな」


 ブロスは馬の脚を緩めて話を続ける。


「北西訛りをよく聞くようになったってのは、リザーブルの間者が増えてるって事だろう。探ってやがるんだろうぜ、ミラネルの動向を。王宮にまで潜り込んでなぁ」


「て事は当然アルマドにも……」


「ああ、当然いるだろうさ。連中の狙いはアルマドだからな。俺達がエクスウェルと決着つける為にアルマドを空けたら……きっと動くぜ。ユージスはそれを伝えたかったんだろう。北西との大口の取引が始まったって言ってたろ? て事はよ、さぞ金払いもいい相手なんだろうぜ。そうなると貴族か王族か……ひょっとしたら国そのもの、って可能性もある。ユージスがリザーブルって国名を出さなかったのは、まさにそういう連中と取引があるって証拠だぜ。そんな状況でリザーブルに気を付けろ、なんて話す訳がねぇ。俺達に話した事がバレでもしたらどうなるか……取引がご破算はさんになるどころじゃねぇ、命だって危ういぜ。余程のマヌケじゃなけりゃあリザーブルなんて口にはしねぇだろ」


 なるほど。自身と商会を守りながら俺達に危機を伝えるには、あんな言い方しか出来なかった訳か。


「確かに……精一杯の忠告だ。相変わらずいい人だなぁ、ユージスさん」


 そう話す俺に「うん、いい人だね」と同意するライエ。「あの人の商会にベクセールを預けられてよかった」としみじみ呟いた。


「まぁここで話していてもしょうがねぇ。今出来る事は早いとこアルマドへ帰る事だ。マスターに伝えようぜ、もらったワイン飲みながらよ」


 そう話すとブロスは緩めていた馬の脚を速めた。

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