第100話 二人きりの軍議

「来た来た来た来た~!!」


 男は走りながら、勢い良く陣幕じんまくの中に飛び込む。


伯父貴おじきぃ! 来たぞ! やっとだ、ようやくだ、とうとう来たぞ!! ……おい、伯父貴おじき?」


 陣幕じんまく内の中央、軍議用のテーブルに両足を置き、椅子の背にもたれた男は目をつむりながら気だるそうに口を開く。


「あ~、な~んでこんなつまんねぇ事になっちまったんだぁ? 変だろ、おかしいだろ、不可思議過ぎんぞ。俺はよぉ、面白くなりそうな方に進んだつもりだ。それが何でこんなクソつまんねえ事になってるんだ? あれだな、クソつまんねえ、って言葉はよ、どっかの親切なヤツが今の俺の為に作ってくれた言葉なんだろうな。きっとそうだ、そうに違いねぇ。なぜなら俺は今とんでもなくクソつまんねえからだ……なぁ、どこだ? ラスゥよ、俺ぁどこで間違ったんだぁ?」


「どこで、って……そりゃあれだろ、やっぱエクスウェルについたからじゃねぇの?」


「やっぱそうかぁ~……そうだなぁ、そこだよなぁ……あん時ゃあ、ゼルちゃんよりエクスウェルの方が面白そうだって思ったんだけどなぁ。なんかドでけぇたくらみもあるって小耳に挟んでよ、興味そそるじゃねぇか? こりゃエクスウェル一択だろってエクスウェルに張った訳よ。そしたらお前、俺達はそのままリスエットでボーツを牽制しとけ、って……そりゃねぇだろぉ? それじゃ今までとな~んにも変わらねぇじゃねぇか。俺達がここでボケッとしてる間にエクスウェルは何だかって国攻めてよぉ、挙げ句失敗しやがってよぉ、俺達がいりゃあクーデターなんぞいくらでも成功させてやったっつの!」


「まぁな。でもその時点で大局たいきょくを見りゃ、エクスウェルを選んで当然じゃねぇか? ゼルがここまで出来る・・・とは思わなかった訳だし……何だ伯父貴、そのつらぁ?」


 伯父と呼ばれた男は驚いた顔で「お……おお……」とラスゥを見ながら震えている。そしてバッ、と天を仰ぎ見る。


「おおお……聞いたか我が弟よ、お前の息子の口から、大局たいきょくなんて難しい言葉が飛び出したぞ。俺ぁ嬉しいぜぇ、お前の息子は……ラスゥは立派に育ってやがるぜぇ!」


「……伯父貴ぃ、俺の事そんなアホだと思ってたんかよ……まぁいいや。それよかよ、早いとこ出ようぜ! やっとこさボーツの連中が出張でばって来たんだぜぇ! しかもビッグなゲスト引き連れてよぉ、誰だと思う?」


 伯父と呼ばれた男の顔が、すぅ~、とさっきまでの面倒臭そうな表情に戻る。


「誰ってお前、ゼルちゃんとホルツだろぉ?」


「何だ、知ってたんかよ」


「お前が来る前に聞いたよぉ。それに関しても俺ぁ言いたい事があるんだが……」


 ラスゥは呆れたような顔をする。


「まだ話すのかよ……そんなんだから愚痴ぐちり屋ブリダイルなんて呼ばれ……」


「確かにこの舞台は俺が望んで組み上げたもんだ」


「聞いちゃいねぇし……」


「ゼンじぃの守る拠点に攻め込むなんざ自殺行為もいいとこだ。どんなトラップ仕掛けてあるか、考えただけでもおっかねぇ。連中もこもってさえいりゃあ厄介事はねぇって分かってるからな、だからどうにかして連中を外に引きずり出す必要があった。その為に俺ぁ考え付く限りの嫌がらせをボーツに仕掛けてやった。心が痛んだぜぇ、さすがによ。だが同時に、アイツら今ごろ怒りに震えてんだろうなぁ、って想像しながら飲む酒はまぁ~旨かった!

 そんなこんなで連中、とうとうとさか・・・をおっ立てて見事引きこもりを脱した訳だが、どういう訳かいらねぇ荷物も背負って来ちまった。何か分かるか?」


「それが、ゼルとホルツってか?」


「その通りだラスゥよぉ。俺ぁシスカーナとゼンじぃを仕留める為にこの舞台を用意したんだ、飛び入りのアドリブなんぞ演出してねぇ。そもそも俺の想定じゃあ、今ごろはまだゼルちゃんと西の連中はバチバチやり合ってる真っ最中のはずだった。このタイミングであの二人がこんなとこに来るはずがねぇんだよ。俺の緻密ちみつで美し~い計算をよ、狂わせた出来事があるって訳だ。何か分かるか?」


「あ~……ひょっとしてあれか? アウスレイかぁ?」


「その通りだラスゥよぉ! お前は理解が早くて助かるぜぇ。あのアウスレイ吹っ飛び事件が俺の計算を狂わせた。あれがあったせいでバウカー兄弟は動かざるを得なくなった。そしてそこをゼルちゃんに突かれた。あれさえなきゃあここまでつまらねぇ事にはなってねぇ。大体何だ? 吹っ飛んだって、意味が分からねぇ」


「そうだなぁ、俺も最初聞いた時訳が分からなくて何度も確認したなぁ。でも誰に聞いても、建物ごと吹っ飛んだ、って言うしよ」


「て事はやっぱ魔法でやった、って事なんだろ? そんな事出来るヤツはアイロウぐらいしか知らねぇぜ。ゼルちゃんとこにはアイロウクラスの魔導師がいる、ってこった。何だそれ? おっかねぇ。そんなのが一緒に来てたらどうするよ、瞬殺されちまうぜぇ?」


「……っだー! もういいだろ! いるかどうかも分からねぇヤツを気にしてたってしょうがねぇだろ!」


「そう言うがラスゥよぉ、どう考えても連中に勝つイメージが湧かねぇぜぇ? ホルツが攻めて、ゼン爺が守って、ゼルちゃんとシスカーナが指揮して……何だこれ、隙がねぇ。隙がねぇじゃねぇか、完璧な布陣だぜぇ、おい?」


「……俺はそこまで一方的になるとは思っちゃいねぇ」


「お? おおお? 何だおい……ラスゥよぉ、その口ぶりだとなんかいい案がある感じだなぁ? だったら教えてくれ、話してくれよ! お前の作戦ってヤツをよぉ!」


「まぁ、作戦って呼べる程のもんでもねぇが……おほん、あ~、まずあれだ、ダーーーって行ってホルツを潰すだろ?」


「おう?」


「そんで次にゼルとシスカーナを潰すだろ?」


「……おう」


「んで最後にゼン爺を潰す、これでしまいだ」


「お……おお……」と言いながらブリダイルはゆっくりと天を仰ぎ見る。


「おおお……聞いたか我が弟よ、どうやらお前の息子はとんでもねぇ脳筋のうきんに育っちまったようだぜぇ。理屈や方法論ってものがまるでねぇ……」


「いいんだよ、それで! 気合い入れて突っ込みゃ何とかなるもんだ。大体俺は今までそうやっていくさを勝ち抜いてきたんだ、忘れたとは言わせねぇぜ!」


「ああ、そうだな……相手がどんなに強くても、どんだけ数が多くても、お前はいつでも真っ先に突っ込んで行く。てめぇの命をなんの躊躇ちゅうちょもなく天秤に載っけられるヤツは、俺からすればどいつもこいつも頭のイカれた自殺志願者だ。とりわけラスゥ、お前はそん中のでもとびきりだ。誰が付けたか知らねぇが、狂人きょうじんなんてなぁまさにお前にピッタリのあだ名じゃねぇか」


 その言葉を聞くとラスゥは憮然ぶぜんとした表情で腕を組む。


「その呼ばれ方はあんまり好きじゃねぇな。狂乱とか何とか、そんな魔導師がいたろ? 俺はそいつみたいに狂っちゃいねぇ。ただいくさが、戦いが好きなだけだ」


「ラスゥよぉ、世の中じゃあそういうのは戦闘狂、つって……」


「伯父貴はつまんねぇつまんねぇ言うがよ、俺は楽しみでしょうがねぇ」


「聞いちゃいねぇな……」


「誰にも、伯父貴にも話した事はねぇが……俺には夢がある」


「お~? おいおい何だそりゃ、初耳だぜぇ? 何なんだ夢ってのは? 聞かせてくれ、大事なおいっ子の夢だ、何だって力になるぜぇ!」


 ラスゥはスッ、と腰に下げている愛用の手斧を抜いて頭上へかざす。


「俺は……大陸いちの剣士になる!」


「お……おおぅ……そうか、大陸いちか……なるほどな。しかしラスゥよぉ……」


「分かってる! 分かってるぜぇ伯父貴。いきなり大陸いちとか言ってもあれだな、何言ってんだって話だよな。だからよ、先ずはジョーカーいちの剣士になるつもりだ」


「おう……そうだなぁ。まずはそっからだよなぁ……でもなラスゥよぉ……」


「その為には! 超えなきゃいけねぇ壁がある、倒さなきゃいけねぇヤツがいる。そいつが今まさにここに来てる訳だ! 誰か分かるか?」


「おう……ホルツか?」


「そうだ伯父貴ぃ! 曲刀のホルツだぁ!」


 ラスゥは掲げた手斧をビッ、とブリダイルへ向ける。


「俺の見立てじゃあ、アイツがジョーカーで一番の剣士だ。その一番の剣士がここに来てるんだ、アガるだろぉ? 燃えるだろぉ? 楽しいだろうよ! 俺はよぅ、ワクワクドキドキが止まらねぇんだ! これはあれだな、まるでデートの前の夜みてぇな、そんな心地だぁ……」


「おおぅ……そうか……お前がそんなロマンチックな事言うヤツとは思わなかったぜ……いや、そもそもお前……デートなんかした事ねぇんじゃ……いやいや、それよりもよぉ……」


 ラスゥは手斧をスッ、と腰に戻す。


「そんな訳だから伯父貴よぅ、いい加減腹くくれ。連中の陣立てが終わったら、ビシッと号令掛けてくれよ。きっと死んだ親父もあの世から見守ってくれてるぜ」


 そう言うとラスゥは颯爽さっそうと陣幕を後にする。一人残されたブリダイルは「お……おお……」と声を漏らしながら天を仰ぎ見る。


「我が弟よぉ、お前の息子はどうやらとんでもねぇおバカさんに仕上がっちまったようだぜ……聞いたかぁ? 大陸いちの剣士ってよ……アイツ、剣持ってねぇのに……」

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