第101話 斧士ラスゥ

「どうだぁ?」


「ああ、準備万端って感じだぜ」


 部隊が展開する後方、陣幕じんまくから出てきたゼルは前方を眺める。ホルツが指差すその先にはリスエット支部長、ブリダイル率いる三百の部隊がすでに配置を完了しこちらを見据えていた。


「前衛は……ありゃラスゥだな? よしよし、想定通りだ。多分突撃してくるからよ、ガシッと受け止めてくれよ、ホルツ?」


「分かってるよ。しっかし、セイロムといいアイツラスゥといい、何であの手のヤツは突撃が好きなのかねぇ……」


「はっはっは、全くだな」


 笑いながら二人はそれぞれの持ち場へ移動する。今回の部隊編成は前衛二部隊、右翼にホルツ、左翼にシスカーナ。後衛はゼントス、ゼルは遊軍として少数を率いて必要に応じ動き回る作戦だ。戦場はくるぶし程の草が生え広がっている草原、遮蔽物しゃへいぶつはなく全軍が存分にぶつかり合える状況。故に指揮するゼルとシスカーナは早期決着を目論もくろんでいた。出来るだけ少ない被害で戦を終え、そのままリスエット支部を接収せっしゅうするつもりなのだ。



 ◇◇◇



「ブリーさん、そろそろいいんじゃねぇの?」


「んあ? ……まだじゃねぇかぁ? もっと後でいいだろ。てか、やんなくてもいいだろ……」


「いい訳ねぇだろ、このに及んで何言ってんだ? しっかりしてくれよ支部長よぉ……さっさと号令掛けてくれよ」


 部隊後方、相変わらずヤル気のないブリダイルだったが、事ここに及んでは致し方なし。側近の部下にも促され、嫌々ながらも攻撃開始のげきを飛ばす覚悟を決めた。


「しょ~がねぇなぁ……じゃあやるかぁ。ほい、行け~」


「「「 ………… 」」」


「何だよぉ、せっかくヤル気出したのによぉ……ほい、行け、進め~」


「そりゃあんまりだぜ、ブリーさんよぉ……そもそも声小さすぎてまるで届いちゃいねぇよ」


「何だってんだ、ああしろこうしろ、ありゃダメだこれもダメ……お前らわがまま放題かよ」


「な……! あんたが言うかよ、そんな事……いいからさっさと……」




「アイツらは何だぁぁぁーーーー!!」



「「「 敵だぁぁぁーーーー!! 」」」




 突然の大声量。空気がビリビリと震える感じがする。ブリダイルの側近は驚いて声を上げる。


「うおっ……何だ、急に……」


「おおお? ラスゥよぉ、おっ始めやがったなぁ!」


 部隊の最前列を陣取るラスゥがげきを飛ばし始めたのだ。




「敵はどうするぅぅぅーーーー!!」



「「「 潰せぇぇぇーーーー!! 」」」




「ハハハハ! よ~しよし、分かってんじゃねぇか」


 ラスゥはニヤリと笑いながらまたがっていた馬から降りる。




「馬ぁ降りろぉぉぉぉぉ!!」




 ラスゥが叫ぶとリスエットの団員達は次々と下馬げばし始める。


「そうだぁ、馬なんぞに乗ってたら思いっきり戦えねぇ」





「んじゃあ行くぞぉぉぉ! ぶちかませぇぇぇーーーー!!」



「「「 おおおぉぉぉぉぉーーーー!! 」」」




 士気は最高潮に高まり、ときと共に次々と飛び出すように走り出す団員達。


「ハハハハハ! いいぞぉ……いくさはこうでなきゃなぁ!!」


 ラスゥは両腰に差した手斧をそれぞれ両手に持つと、


「ぅおらぁぁぁぁ!!」


 と雄叫びを上げて走り出す。策など不要、団員一人一人が獣となり敵に襲い掛かる。ラスゥの狂気が団員達に伝染したのだ。まるで獣が群れで狩りを行うかのような、この全軍突撃こそ狂人ラスゥの真骨頂だ。

 そしてその後方、「お……おお……」と声を漏らしながら一部始終を見ていたのは、このいくさあるじたるリスエット支部長ブリダイル。彼は護衛役の側近十名と共にポツンとその場に取り残されていた。


「おおお……ラスゥよぉ……全軍突撃なんてなぁ、事前に伝えといてくんねぇとよぉ……じゃないと、こんなみっともねぇ事になっちまうだろぉ……」


「はぁ……」とため息をつく側近。


「みっともないなんて意識があるなら、最初っからしっかり号令掛けてくれよ……これじゃ誰が大将か分かりゃしねぇ……」


「ばっかお前、ラスゥを大将にしちまったら誰が指揮を取るんだよぉ? アイツは真っ先に突っ込んじまうから、全体なんか見れねぇぞ? これはあれだ、役割分担ってやつだよ」


「はぁ……分かったよ。んで、馬はどうするよ?」


「どうもこうも、俺ぁ嫌だぜぇ、かちで走り回るなんて。乗ったままでいいだろ。んじゃ行くぜぇ、ほい、進め~」


「全く、締まんねぇなぁ……」


 後ればせながらようやくブリダイル達も、ゆっくりと前線へ向かって移動を始めた。



 ◇◇◇



「おうおう、全軍突撃かよ……やっぱセイロムと同じような頭してんな」


 ホルツは呆れたように笑いながら、迫り来る敵軍を眺める。


速歩はやあし前進! 慌てるな、落ち着いて迎え撃つ!」


 左翼のシスカーナが動いた。ゆっくりと指揮する騎馬隊を前進させる。


「お~し、こっちも行こうかぁ!」


 ホルツもシスカーナに合わせて前進するよう部隊に指示を出す。



 ◇◇◇



「どこだぁぁぁぁ! ホルツゥゥゥゥゥ!!」


 ラスゥは走りながら、恐らくは前衛に配置しているであろうホルツの姿を探す。


「ラスゥ!」


 横を走っていた仲間が叫ぶ。


「あれじゃねぇか! 左の……あのひげ!」


 ラスゥは確認する。視線の先にはゆったりとこちらに近付いて来る騎馬隊。その中央最前列に、確かにいる。ホルツだ。


「間違いねぇ、ありゃホルツだぁ! 誰も手ぇ出すなよ! ありゃ俺のもんだぁぁ!」


 標的を捉えたラスゥ。一直線にホルツへ向かい走る。そしてその姿をホルツも目視していた。


「あれ……ラスゥだな。真っ直ぐこっちに来るか……噂通り!」


 ホルツは馬の脚を速める。


「ぶつかるぞっ! 備えろよぉ!」


 部隊に指示を出した直後、すでにすぐそこまで迫っていたラスゥは大きくジャンプした。両手の手斧は大きく振り上げられている。


「っだぁぁぁぁぁぁ!!」



 ガチン!!



 と、大きな金属音。ホルツは同時に振り下ろされた二ちょうの手斧を曲刀で受け止めた。「チッ」と舌打ちしストンと地面へ降りるラスゥ。ホルツはすぐにチラリと曲刀を確認する。


(よし、折れてねぇな……)


 そう心配になるくらい大きな音と衝撃だった。そしてすぐにラスゥを見る。するとラスゥはすでに体勢を整えている。


(やべぇっ!)


 すでに遅し。ラスゥは攻撃態勢に入っていた。しかしラスゥの攻撃は思わぬ所に繰り出される。


「馬ぁ! 邪魔だぁぁぁ!」



 ドン!



 ラスゥはホルツの馬の腹部辺りに飛び蹴りを喰らわせた。馬は驚きいななき・・・・ながら前の両脚を高く持ち上げる。


「うおっ!」


 ホルツはたまらず馬から飛び降りた。するとラスゥはすぐにホルツへ向かって走り出す。


「ぅおらぁっ!」


 ラスゥは右の手斧を振り下ろす。「チィッ」と舌打ちしたホルツは曲刀で手斧を受けるとそのまま自身の右側へ受け流す。しかしすぐに今度は左の手斧が胸辺りに水平に迫り来る。ホルツはそれをバックステップでかわす。

 空を斬った左の手斧。ラスゥはその勢いを殺さず遠心力を利用し右に回転、裏拳を放つように右手の手斧で後ろ手に斬りかかる。

 ホルツはさらに後ろへ下がりそれをかわすと、大きく一歩踏み出しラスゥの胸辺りを突く。しかしすでに正面を向いているラスゥは左の手斧の斧頭ふとう、その側面でホルツの突きを弾き返す。


「くぅっ……」


 体勢を崩したホルツの隙をラスゥは見逃さなかった。一気にホルツのふところへ飛び込むとズンッ、と左の手斧のの先でホルツのみぞおちに一撃。


「ぐっ……」


 一瞬動きを止めたホルツに、今度は右の手斧を振り下ろそうとする。が、


「調子……のんなゴラァ!」


 ホルツは踏み込んで前蹴り、ラスゥはたたら・・・を踏んで後ろへ下がる。


「っぐぅ、はぁ……はぁ……ふぅ……」


 距離を取る二人。突かれたみぞおちを押さえながらホルツは息を整える。


(こいつ、思ったより強ぇな……斧なんてザックリした得物のくせに、小せぇ上に二ちょう持ってやがるから手数が多い。それに扱いにも慣れてんな、取り回しも上手ぇ……どうすっか……?)


 すると突然「あちぃ!」と怒鳴るラスゥ。両手の手斧をドスドス、と地面へ放り、羽織っているローブをその辺に脱ぎ捨てる。そして手斧を拾うとニカッ、と笑う。


「済まねぇ、待たせた。そんじゃあ……続きやろうやぁ!」


 そう叫ぶと前へ飛び出すラスゥ。ホルツも曲刀を構え前に出る。と、


「おらぉ!」


 ラスゥは右の手斧をホルツに向かって投げた。


「な! ……うおっ!」


 ブンブンと音を立て、回転しながら飛んでくる手斧。ホルツは咄嗟とっさに上半身をひねりそれをかわす。


「ハッハァ! もう一丁!」


 今度は左の手斧を投げるラスゥ。「なめんな!」と怒鳴りホルツはそれを曲刀で弾く。そしてラスゥに視線を戻すと、ラスゥすでに目の前にいた。


(クソ! やられた!)


 ラスゥは両手でホルツの髪を掴むとグイッと手前に引き寄せ、跳び上がりながら右膝蹴り。ホルツの左ほおにヒットする。


「ぐっ……」


 ホルツはその場に仰向けに崩れる。着地したラスゥは倒れたホルツの顔面を右足で踏みつけようとする。しかしホルツは寝返りを打つようにごろりと回転しそれをかわす。

 体勢を整えたホルツはしゃがみながら曲刀で水平斬り。自身の足を刈るべく滑り込んでくる曲刀を、ラスゥはジャンプしてかわすと後ろへ下がる。だがホルツは距離を空ける事を許さない。


「得物なしでどうするよ!」


 ホルツは踏み込みけさ斬りする。さすがに無手の相手に遅れは取れない。しかし、


 ガィィィン!


 と音を立て曲刀は防がれる。ラスゥの右手には手斧が握られていた。


「得物があれだけだなんて言ってねぇが?」


 そう言うとラスゥは左手を後ろへ回す。そして前へ出てきた左手にも手斧が。そのままホルツの胴を裂こうと手斧を振るうラスゥ。


(背中に隠し持ってやがったか!)


 ホルツは曲刀で左の手斧を防ぐと後ろへ下がり距離を取る。ラスゥは楽しそうに、そして嬉しそうに話し出す。


「いやいや、さすがに強ぇなぁ、曲刀のホルツよぉ」


「ケッ、何を楽しそうに……噂通りだなぁ、戦闘狂の狂人ラスゥ……」


「その呼ばれ方は好きじゃねぇ。が、今は気分がいい。まぁ許してやるぜ。しっかしこんな防がれるとは思わなかったなぁ。さすがは曲刀、そうでなきゃあよう! 大陸いちの剣士を目指す為、まずはジョーカーいちの剣士であるアンタを潰す!」



(……は?)



「うらぁ!」と雄叫びを上げ走り出すラスゥに「ちょっと待て!」と左手を前に出し制止するホルツ。ラスゥは驚き足を止める。


「何だぁ、戦いの最中に……」


「いやいや、ちょい待て……え、お前……大陸いちの剣士って……」


「んだよ……分かってるよ! 過ぎた目標だってのは……でもなぁそれをアンタに言われる筋合いは……」


「違う違う、そこじゃねぇ。お前、剣士って……振り回してんの斧じゃんよ?」


「んあ?」


 両手に持った手斧を見るラスゥ。そしてしばしフリーズ。やがてプルプルと震え出し「お……おお……」と声を漏らしながら、驚きの表情を浮かべホルツの顔を見る。そんなラスゥを見てホルツも驚いた。


「嘘だろ……お前、今気付いたんか……」


「待て……待て待て……じゃあ何か……俺は剣持ってねぇから、剣士じゃねぇと……? じゃあ何だ、大陸いちの剣士は……」


「いや、なれねぇだろ。剣士じゃねぇし」


 ホルツの冷たい言葉攻撃はラスゥにクリーンヒットした。心をえぐられるようなダメージを負いながら、同時に段々と怒りが込み上げてくるラスゥ。


「てめぇ……なんて事しやがる!!」


「はぁ?」


「なんて非道な……えげつねぇ……いや、さすがは曲刀のホルツか、勝つ為なら手段を選ばねぇとは……」


「……俺が何したってよ。てめぇが頭悪いだけじゃねぇか……」


 自分は悪くない。とは言え、ラスゥの落ち込み方は半端ではなさそうだ。ホルツは何だか悪い事をしてしまったような気になってきた。


「じゃあ、あれだ。斧士おのしでいいだろ」


「……何だそれ……初めて聞いたぞ」


「いや、俺も初めて言ったんだが……剣じゃなくて斧なんだから、剣士じゃなくて斧士おのしなんだろ? てか、もうそれでいいんじゃねぇか?」


 なげやり。やっぱり自分は悪くない。ホルツはそう思い直し、そうしたら何だかどうでも良くなってきた。


「斧士、斧士……」


 ラスゥはぶつぶつと言いながら再びフリーズ。ホルツは、この隙に攻撃出来るのでは? と思い、スル~と動き出す。しかし、


「分かったぁ!」


 と突然叫ぶラスゥ。ホルツはビクッ、として止まる。


「アンタの案、採用してやる。俺は大陸いちの斧士を目指す。それで文句ねぇな?」


「いや、文句も何も心底どうでもいいんだが……でもあれだな、大陸いちの斧士って……その道一筋のベテラン木こりみてぇだな」


「木こ……! てめぇ……いい加減にしろコラァ!!」


「ハッ! さっさと森行って木ぃ刈ってこい!」


 両者、再び激突する。

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