第161話 迅雷
平原の草に燃え移った炎は風に
しかし彼らの悪夢は終わらない。
炎龍が落ちた地点から十メートル程左、ボウゥ! と地面から突如大きく口を開けた巨大な炎龍の頭が姿を現す。そして炎龍はそのままボボボボボゥ! と低い音と共に炎を撒き散らしながら天高く上昇する。上空に舞い上がった炎龍はゆるりと大きな円を描くように地上まで降りてくると、地面すれすれを猛スピードで水平に移動、再びリザーブル軍に襲い掛かる。バクゥ、バクゥと口を大きく開け閉めし、さながら捕食しているかの
ふと左を見る。遠く左側には小さなカディールの姿。腕組みを……してるのか? 微動だにしないカディールの前方では真っ黒な巨体、彼が呼び出したのであろう六体の
「何だ、これは……一体何なんだぁぁぁ!!」
驚きと怒り、困惑に焦り。様々な感情を乗せた言葉が吐き出された。無論、目の前で繰り広げられている一方的な殺戮ショーを目の当たりにしたからである。怒鳴り声の主はリザーブル軍の最後尾、戦場を見渡す為に組み上げられた
「アイロウがいるなどと言う報告は受けておらんぞ!
「お待ちを」と声を掛けるのは副官だ。
「
「では何か……アイロウ並の化け物が他にもおると申すか……冗談ではないわ! あんな者がそうそういてたまるものか!」
「あれの素性はさておき、前衛を一旦退かせましょう。すでに統制を失っております」
「馬鹿を申すな! この私が直々に三万もの軍を率いておるのだ、斬り結んだ直後に兵を退かせるなど……そんな無様な真似が出来るかぁ!! 中衛を上がらせろ! 今すぐだ!!」
すると伝令兵が勢い良く
「報告! 中衛二千が独断で前進! デバイル将軍です!」
「ほう、さすがはデバイルだ、良く分かっておる。そのまま行かせよ!」
伝令を聞いたボルガは満足そうな表情を浮かべる。しかし副官は眉をひそめていた。
(ボルガめ、いくら何でも焦りすぎだ。何をそんなに……やはりあの女の台頭を警戒しているのか? 乗り換えるなら……早い方が良いかも知れんな……)
◇◇◇
「お前らは中央を抜け! アルマドの弱兵共を食い散らかしてこい! 俺は……アイツだ。アイツを潰せばあの炎の化け物は消える!」
「将軍! お気を付けを! あの魔導師、尋常では……」
「ハハハハハァッ! 誰に言っている!」
デイバルは笑いながら中衛二千の隊列を離れる。剣士であり魔法も扱えるデイバルは魔導師との戦いを得意としていた。そんなデイバルの前に現れた炎の化け物を操る魔導師。格好の獲物だった。デイバルはその魔導師に向け一直線に馬を走らせる。
(単騎……)
中央を抜けようとする騎馬隊から、一騎の騎馬が方向を変え真っ直ぐに向かってくる。たった一騎で向かってくるという事は自信があるという事なのだろう。試しに魔弾を放ってみる。狙いを定めて放った魔弾はブン……と音を立て飛んで行く。しかしその魔弾は騎馬に当たる直前にパシィィィ……と打ち消された。
(シールド!)
決して半端な魔弾ではない。しかし防がれた、
(この馬、早いぞ!)
「随分と好き勝手やってくれる! だが俺に出会ったのが運のツキだ! 魔導師は……大好物でなぁぁぁ!!」
騎馬の男は背に担いでいる剣を抜く。長い。異様に長く白い剣。明らかに馬上で使う為の物。馬上から相手を仕留める為の剣だ。騎馬の男は笑みを浮かべながら右手に持った長い剣を肩口の辺りに構える。そしてすれ違い様にその剣を突き下ろした。
俺は腰の剣を抜く。途端にグォォォ……と
一瞬の白と黒の交錯。
ガチィィィン! と耳をつんざく激しい金属音。斜め上から飛んでくる騎馬の長い剣を、俺は下から上へ弾き飛ばした。「ぬぅぅ!」と声を上げる騎馬の男。馬の速度を緩めると少し先でくるりと馬を反転させる。
「剣も使うか! 益々良い! しかも良い剣を持って……」
「遅い」
パァァァーン!
閃光と同時に乾いた音が響く。騎馬の男は馬
(ま、ないならないで……また出すのも面倒だし……)
「デイバル将軍だぁ! 身を
炎の中を炎龍から逃げ惑っていたリザーブル兵の一人が叫ぶ。他のリザーブル兵達は一瞬ポカンとしたが、すぐに状況を把握して「「「 おぉぉぉー!! 」」」と雄叫びを上げた。
良くない。良くない状況だ。
あの炎龍が消えたから何だと? あんな見かけ倒しの魔法がこちらの力の全てだと、そんな風にでも思われているのだろうか。心外だ。だとしたら
すると一人のリザーブル兵が声を上げた。ここから巻き返しを図るつもりなのは明白だった。
「サミー小隊集合せよ! あの魔導師を潰すぞ! 魔導兵、シールドを張りつつ先行……」
パァァァーン!
閃光と炸裂音。小隊長だったのだろう。声を上げ部下を呼び寄せようとしたリザーブル兵は地面に倒れた。
「隊長! 隊……」
パァァァーン!
小隊長に駆け寄ろうとした兵も倒れた。パァァァーン! パァァァーン! パァァァーン! と続け
「何だ……あれは?」
パァァァーン!
「ひぃ! ありゃ……雷か……?」
パァァァーン!
「うっ……ちょっと待てよ……何だあの光……」
リザーブル兵達の動きが止まった。激しい光と音の後に仲間が倒れる、攻撃を受けていると認識したからだ。俺は前方に無差別にマーキング用の極小魔弾を放っていた。リザーブル兵に当たろうが当たらなかろうが関係ない。そして雷撃を撃つ。四方に飛び散る様に走る閃光、その度にリザーブル兵が倒れる。周りに敵しかいないこんな状況でもなければ出来ない攻撃。
雷撃の無差別攻撃だ。
◇◇◇
ピカッと青白い閃光が何本も走る。直後にバタバタと倒れるリザーブル兵。少し遅れてパァァァーン……と乾いた音が届く。戦場の遥か後方、石造りの物見台。かつては北への備えの一つとして機能していたこの物見台も、放置される様になってからは久しい。人の手が入らなくなると途端に建物は朽ちるスピードを増す。今では老朽化が進み外壁などが崩れ始めている。ここより更にアルマド寄りに新しい物見台が設置された為、今ではここの存在を知る者すら少ない。
そんな朽ちかけた物見台の最上階、望遠鏡で戦場の様子を
「珍しいわね、ベルーナ。あなたが様子を見に来るなんて」
「そりゃあそうさ。今回ばかりはさすがに気になるからねぇ。なんせあの適当大王ゼル・トレグが立てた作戦だって言うじゃないか。まぁ君とデーム辺りが修正を加えたんだろうけどね」
「当然よ。あの適当大王、最初リザーブル軍を押さえるのはコウ一人で十分だなんて言っていたのよ」
「アッハハハァ! さすがゼルだ、適当が過ぎるねぇ。いくら何でもそれは無理があるじゃあないか」
笑いながらベルーナは斜めに掛けているバッグから望遠鏡を取り出す。
「三万の大軍に攻められ風前の
「
望遠鏡を覗き込むベルーナ。「お、ほうほう……これはこれは、確かに痛快だねぇ」と思わず声が出た。閃光が走るとリザーブル兵がバタバタと倒れる。望遠鏡を覗き込むベルーナは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あれがコウの雷かい? 噂通り素晴らしいねぇ、雷撃の魔法は難しいんだろう?」
「難しい所じゃないそうよ。本来制御するのは不可能だって話よ」
「ふ~む、それを事も無げにやっているんだから大したもんじゃあないか」
ベルーナはすぅ~、と視線を左に移す。左翼ではリザーブル兵達の三倍はあろうかという六体の真っ黒な
「カディールも相変わらずだねぇ。相変わらず気持ち悪いのを呼び出しているじゃあないか。もっと美しいのは出せないもんなのかねぇ」
「女の魔なら美しいんじゃないのかしら」
「女ぁ? 魔に性別なんてあるのかい?」
「…………」
エイナは無言だった。始まりの家でカディールが呼び出した女だという魔に追いかけ回された事を思い出していたのだ。忌まわしい記憶、今思い出しても腹が立つ。思わず「チッ……」と小さく舌打ちをしてしまった。だがどうやらベルーナには聞こえていないようだ。
「しかしリザーブル軍にとってはまるで悪魔の光だねぇ。ピカッと光れば人が倒れる。命を奪う光……でも……いや、だからこそあんなにも綺麗なのかねぇ。あの光はまさに命の閃光。これが夜だったらもっと綺麗だったろうし、近くにいたら音も凄いんだろうねぇ。炎揺らめく平原に走る閃光、轟く
「すでに士気も落ちきっているでしょうしね。この状況で自分の身を犠牲にしてまで前に出ようなんて……考える者はいないわ」
「ふむ……では
「認めなくないのでしょうよ、たった二人に良い様にやられているなんて。プライドが高い指揮官の様ね。でも何か切っ掛けがあれば、退却の指示が出る前に前線は瓦解するわ」
「お、どうやらその切っ掛けってのが生まれそうだねぇ。千……二千? 騎馬隊が真ん中から突っ込んで来る。あぁ、いけないねぇ。
「ええ、全く。その先は蜘蛛の巣、狩猟蜘蛛のテリトリー。迂闊に踏み込もうものなら丸飲みされるわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます