第41話 食文化
蜘蛛が嫌い。と言うか、虫が苦手。そういう人は多いだろう。俺もその中の一人だ。
でも、カブトムシやクワガタムシは平気、むしろカッコいいとさえ思う。特にミヤマクワガタ。あの頭のガキガキした感じが、何とも言えずカッコいい。もちろん普通に触れる。アリやテントウムシ? まぁ、大丈夫。
では、平気な虫とダメな虫、どこに境目があるのか? 俺が思うに……
「コウ! 何してる! 倒せ!」
ハッ! デンバの声で我に返った。あまりの衝撃に軽く現実逃避してしまった。
目の前には、その嫌いな蜘蛛がわさわさ動いている。しかもデカい。軽自動車並みだ。それがわさわさ動いている。うん、気持ち悪い。怖い、より前に、気持ち悪い。
「ちょっとデンバ! どうすればいいの、これ!」
「頭だ」
そう言うとデンバは一体の蜘蛛の前に立つ。蜘蛛は左右の一番前の足を一本ずつ頭上に振り上げると、突き刺すように振り下ろし、デンバを攻撃する。
「この前足は、危険だ」
デンバはボクサーのような軽快なステップで、蜘蛛の攻撃をかわす。
「前足は、槍のように鋭く硬い」
そして蜘蛛の懐(?)に入ると
「フン!!」
という掛け声と共に蜘蛛の頭に正拳突きを放つ。
ズチャ!
デンバの右
「う~わ……」
ビシュ!
デンバが拳を抜くと、緑色の体液が噴き出す。
「う~わ!」
蜘蛛は全身をビクビクッと
「う~わ!!」
「コウ、頭だ。頭は以外と、柔らかい」
「……うん」
嫌なもん見た……何で緑色なんだ……
「コウ、次々行くぞ」
「……うん」
デンバの右腕は緑色に染まっている。何で平気なんだ……?
「コウ、どうした?」
「……うん、がんばる……」
「……蜘蛛、嫌いか?」
「あんなの好きなヤツいないでしょ……」
「まぁ、な。でも、やれ」
「……うん、分かってる……」
しょうがない、頭を切り替えよう。それに俺は魔導師だ。直接殴らなくて良い訳だから、体液をかぶらなくていい。警備隊は押されながらも、半分くらいは倒したようだ。残り半分、さっさと片付けよう。
「あ、コウ、燃やすなよ」
「ん? 何で?」
全身毛が生えてるから良く燃えそうだけど……
「どうしても、だ」
「分かった。じゃあ火はダメか」
圧縮、硬化、念のため高速旋回させた魔弾を、次々蜘蛛の頭にぶつけていく。ん、これは楽だ、一撃で倒せる。けど、できるならやりたくはないな。どうしても嫌悪感が先に立ってしまう。
「おぉ……さすがに魔導師は、早い」
デンバが感心している中、最後の一体を仕留める。
「よし、終わり」
「見事」
「いやいや、取り乱してお恥ずかしい……被害は?」
デンバは修道士達の様子を確認する。
「大丈夫、重傷者はいない」
「そう。で、あの蜘蛛なに?
「話は老師に、聞いてこい。俺達は、やることがある」
「やること?」
デンバと修道士達は倒した蜘蛛の周りに集まり、ナイフや
「え、何してんの?」
「足を、落としてる」
「見りゃ分かるよ。何で?」
「無論、食う」
「……は?」
「旨いぞ、後で食わせてやる」
「はぁ? 食うって……はぁ!?」
食べるから燃やすなと……
皆、黙々と蜘蛛の足を切り落としいる。中にはニヤニヤしながら嬉しそうに作業している修道士もいる。そんな旨いのか? 楽しみなのか? 蜘蛛だぞ? 足だぞ? でもまぁ、食文化ってのはそれぞれだからな、安易に否定はできない。タコを食べたり食べなかったり、イナゴや蜂の子を食べる所もあるし。否定する気は一切ないんだが……蜘蛛だぞ?
……何か皆楽しそうだし、老師んとこ戻ろう。
◇◇◇
神殿に戻るとさっきよりも人が増えていた。エリテマ神の石像の前は、テーブルや椅子が配置され〈対策本部〉のような様相になっていた。その中央にはルビングが座っている。俺の姿を確認したルビングは手招きしながら声を上げる。
「コウ! どうじゃった?」
「殲滅しましたよ。しましたけど……何ですか、あの蜘蛛?」
ルビングは俺に座るように促し説明を始める。
「ありゃあ、イゼロスパイダーっちゅうてな、ここよりもっと上の、七合目辺りに生息しちょるイゼロンの固有種じゃ。よそじゃあ、あれだけでかくなる蜘蛛はおらん」
「はぁ……にしたって、何で急にこんなことに? それとも、よくあるんですか?」
「何年か置きに数が増えるんじゃ。前回は……三年前じゃったか? あやつらは、寒くなる前に卵を産みよる。一回の産卵で数百個じゃ。んで、卵のまま冬を越して、暖かくなる頃に一斉に孵化する。子蜘蛛は手のひらくらいのサイズじゃ」
あ~、聞きたくない、手のひらサイズの子蜘蛛、数百匹……
「ただ、子蜘蛛が親の大きさまで育つ確率は相当低いんじゃ」
「子蜘蛛の内に補食されたりするからですか?」
「鳥がな、食うんじゃよ。毎年子蜘蛛が孵化する頃にな、南から渡りがやって来よる。マルターバードっちゅうて、羽広げりゃメチルくらいあるデカい鳥じゃ。いくつもの群れで数えきれんほどのマルターバードが、イゼロンで羽を休めて、その後北を目指す。
ほんでそのマルターバードはな、イゼロスパイダーの子供をばくばく食うて、栄養を補給する訳じゃ。じゃからイゼロスパイダーの数はある程度抑制される。
じゃがな、どういう訳かマルターバードがイゼロンに来る数が、少ない年があるんじゃ。渡り鳥だし、移動しない、っちゅうことはないと思うが……ひょっとしたら別ルートで北に向かうのかも知れんのぅ。
マルターバードの飛来が少ない年は、イゼロスパイダーが増えるっちゅうこっちゃ。ほんで、今年はマルターバードが少なかったと、まぁ、そういうこっちゃな」
「なるほど。どうせならその鳥、去年来た時に蜘蛛全部食ってくれりゃ良かったのに……」
「そりゃあかんぞ、蜘蛛がいなくなりゃ、他のもんが増えよる。草食の獣が増えりゃ、作物に被害が出るし、肉食の獣が増えりゃ、家畜やわしら自身に危険が及ぶ。あの蜘蛛らも、イゼロンの生態系の一部じゃからな。いなくなっちゃあ、あかんのじゃ」
「でも、お気持ちは良く分かりますわ」
エクシアがお茶を運んできてくれた。
「あの気色の悪い蜘蛛がいなければ、ここでの暮らしはもっと素晴らしいものになりますのに……」
「……同士ですね」
「まぁ、コウさんもお嫌いですか。そうですわね、あんなの好きだって人、いるわけありませんわ。という訳で、
「わぁっとるわい。毎度のことじゃ」
じゃあ俺も、って訳にはいかないだろうな。ずるいぞ、エクシアさん……
「ただいまっす」
メチルがやって来て、ざわめいている神殿内をキョロキョロと見渡す。
「おぉ、何か盛り上がってきたっすね」
「何がじゃ」
「何がだよ」
「何がですか」
「あ~、そっすか、そんなテンションっすか、了解っす」
「んで、どうじゃった?」
「っす、前回同様三百人、きっちり依頼してきたっす。参加希望者は明日中にエス・エリテに集合っす」
「んん、ごくろうさんじゃ。コウ、お主ももちろん参加じゃぞ?」
「何かやるんですか?」
「山狩りじゃ。っちゅうか、蜘蛛狩りじゃな。メチルが朝イチでエリノスに下りてな、ハンディルに依頼出してきた。ハンディル三百に、
……全然楽しくないな、その登山遠足。
「今年は食糧も大分確保できそうじゃの」
!!
……もしかして、足?
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