第42話 食わず嫌い
昼を過ぎると、徐々に人が増えてきた。革やプレートの鎧、腰や背に得物を
しかし、今日の朝依頼を出したばかりなのに、随分と反応が早い気がする。気になってハンディルの一人に話を聞いたところ、マルターバードの数が少なかったのを把握しており、恐らくエス・エリテから依頼が出されるであろうと予想し、少し前からエリノスに滞在して、他の依頼をこなしながら待っていたそうだ。他の連中もそんな感じだろうとのこと。
そんなに人気のある依頼なのかと聞くと、「蜘蛛足を食えるだろ?」と驚愕の返答。
そんなに旨いの? 楽しみなの? 名物なの? 全く理解できん……
「コウ……か?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと知っている顔。こいつは……
「ディストン?」
「ああ、久しぶりだな。こんな所で会うとは思わなかった」
彼はディストン。ハンディルだ。盗賊討伐やラスカのオーク襲撃の際、一緒になった。相変わらず腰にはやたら長い剣をぶら下げてる。それ、
「久しぶりだね、ラスカ以来か。ん? ヨークは?」
「俺だけだ。別にいつもあいつと一緒にいる訳じゃないさ」
そうなんだ、セットだと思ってた。
「ここにいるってことは、ディストンも蜘蛛狩り?」
「ああ。俺はエリノス出身だからな。ここの友人から、今年は多分蜘蛛が多いぞ、って情報が届いてな。三日前にエリノスに着いたばかりだ」
「そっか。エリノス出身ってことは、ディストンもエリテマ真教の信者なの?」
「一応な。まぁ、あまり熱心な信者ではないがな。で、コウはなぜここに?」
「修行だよ、護身術のね。お師匠……レイシィがエス・エリテにいたらしくて、紹介してくれたんだよ」
ディストンは腕を組み、まじまじと俺の姿を眺める。
「そうか。なるほどな……」
「ん? 何か?」
「いや、見違えたと思ってな。何と言うか、青臭い感じがなくなった。まぁ、前会った時から一年以上経ってるしな。今のお前をヨークが見たら喜びそうだ」
「……青臭かったのか?」
「ははは、すまん。でもまぁ修行中のやつは、皆そんな感じだろ?」
まあ、分かるけど……
「ディストン!」
少し離れたところで、他のハンディルがディストンを呼んでいる。
「おっと、もう行かないと……コウも参加するんだろ? 終わったら、蜘蛛足食いながら祝杯だな」
……行ってしまった。ディストンよ、お前も蜘蛛足か?
◇◇◇
夜。
蜘蛛狩り参加者が神殿内の大ホールに集められた。吹き抜けの高い天井、正面の壁一面には、エリテマ神が世界を破壊し、再生させる内容の壁画が描かれている。
そしてその壁画の下に設けられた壇上に、ルビングが上がる。
「ハンディル諸君! よう依頼を受けてくれた、よう集まってくれた、エリテマ神に代わり、礼を言う。今年はマルターバードの飛来が少なく、イゼロスパイダーが
「「「 うおーーーーー!! 」」」
!?
ハンディル達から雄叫びが上がる。ビックリした……
「今年は多いみたいだからな、いっぱい食えるぞ」
「正直、依頼料はいくらでもいいもんな、この依頼のキモは、終わったあとの蜘蛛足祭りだし」
「ここの連中には申し訳ないが、毎年この依頼あると良いのにな。そしたら俺、エリノスに拠点移すわ」
「ははは、俺も!」
マジか……
何だコイツらの蜘蛛足ラブっぷりは? 何かここまで言われると、さすがにちょっと興味出てきたんだが……
「コウ」
後ろから声を掛けられた。振り向くとデンバが手招きしている。
「どしたの、デンバ?」
「何も喋るな、静かに、ついてこい」
なに?
◇◇◇
デンバに連れられて食堂に着いた。厨房に入りさらにその奥、食堂で働く修道士の休憩室だ。
中に入ると数人の修道士が座っている。テーブルには、何かの料理?
「レグ、待たせた、コウを連れてきた」
デンバは椅子に座り、俺にも座るよう促す。
「ああ、あんたか。確かに、あんたには食べる権利があるな」
デンバにレグと呼ばれたこの修道士、昼間、蜘蛛と戦っていた警備隊のメンバーだ。
「さぁ、冷めない内に味見といこう」
レグの言葉で修道士達は、食前の祈りを始める。俺は嫌な予感がした。
「デンバ、これってさ……」
「ああ、蜘蛛足だ」
やっぱりか!
「昼間、後で食わせると、約束した」
そんな約束、忘れてくれてて一向に構わない!
「いや、あのさ……」
「分かってる、問題ない」
俺の言葉を遮るデンバ。何を分かってるんだ? 問題大ありだぞ!
「何だコウ、あんた初めてか?」
俺とデンバのやり取りを見て、レグが尋ねる。
「そら、初めてでしょ? 食わないだろ、普通……」
と、話ながらあの蜘蛛が頭に浮かび、思わず顔をしかめる。
「初めてのヤツは皆そんな顔をする。まぁ分かる、なんせ蜘蛛だからな。でもな、大丈夫だ。これはな、一番良い部位、上物だ。一口食えば、もう止まんなくなる、旨味の洪水に流されて天国行きだ、ハイになれるぞ」
……悪いクスリでも勧められてる感じだ。いや、クスリの方がいくらかマシじゃないか、とさえ思えてくる。
「今回は蒸しだ。素材の味が一番良く分かる。少し塩を振って食ってみろ」
いやいや、レグよ、そもそも食いたくないんだが?
「大丈夫だ、良く見てみろよ、コレが蜘蛛に見えるか?」
皿に盛られた蜘蛛足の身は、確かに、説明されなければそれとは分からないだろう。身は
「う~……」
ふと横に目をやると、デンバは実に旨そうに蜘蛛足の身を
「コウ、食え。なくなるぞ?」
「うう~……」
「まぁまぁ、先ずは少しだけいってみよう。ほんの少しでいい。なっ?」
食わなきゃ戻れなさそうだ。しょうがない、腹をくくろう……
フォークで身の端を少しだけ崩す。柔らかいな……
その身をフォークで刺す……はぁ。
フォークの先の蜘蛛足の身を、しばし睨む。
チラッと周りを見ると、皆見てるな……
はぁ、しょうがない。意を決して、口に入れる。
う~わ、蜘蛛! 蜘蛛、口に入った!
恐る恐る、奥歯で潰す。肉汁、と言って良いのだろうか、身から汁が絞り出される。
う~わ! もう……う~わ!! ……う~…………ん? …………うま。
俺の様子を見ていたレグはニッと笑う。
「ようこそ、蜘蛛足の世界へ」
ドヤ顔のレグが何か言ってる。しかしこれは……旨いぞ?
見た目通り食感は鶏肉、ササミのような感じだが、何と言うか、旨味がすごい。甲殻類? まるでカニでも食べてるような、そんな感覚に
「コウ、どうだ?」
「うん、旨い」
「そうだろ?」
話ながらも、デンバの手は止まらない。良く分かる、これは確かに止まらなくなる。
「何をしているのですか!」
突然の大声に全員ビクッとなる。部屋の入り口にはエクシアが立っていた。
「何だ、エクシアか。脅かすなよ」
レグはホッとして、再び食べ始める。
「それは何ですの?」
「昼間に狩った、蜘蛛足だ」
デンバは食べながら答える。
「やはりそうですか。
蜘蛛足はエス・エリテ全体で分配する約束のはず……これは、横領ですわよ!」
「かたいこと言うなよ」
レグは食べながら答える。
「大体何ですか、コウさんまで……あなた蜘蛛は嫌いだと仰ってましたわよね?」
「そうだけど、でもこれ、確かに旨いよ」
俺は食べながら答える。
「話をするときは、食べるのを止めなさい!」
エクシア、キレる。
「エクシアも、食べろ」
デンバは食べながら話す。
「そうだ、一緒に食おうぜ?」
レグは食べながら話す。
「エクシアさん、これホント旨いよ」
俺は食べながら話す。
「もう!! 食べるの止めなさい!!」
エクシア、またキレる。
レグはフォークを置き、エクシアに語りかける。
「そう言えば、エクシアは
なぁ、エクシア。マジで食ってみなって、食わず嫌いだったって分かるから。ほら、コウを見てみろよ」
「裏切り者……」
ハハハ、何と言われても構わない、俺は蜘蛛足に魂を売ったのだ!
「エス・エリテの食糧事情、厳しい時だってあるだろ? 天候不良で作物が不作だったりしてさ。食い
「それは……そうですけど……」
よし、もう一押しだ。レグは勝負に出る。
「だったら、少しだけかじってみればいい。食べろとは言わない、かじるんだ。味を確かめるんだよ。不味かったら吐き出せばいい。何事もチャレンジするってのは大切じゃないか?」
普段だったらこんな
これは本当に蜘蛛なのか? 他の食材ではないのか? そんな疑念が頭をよぎるほど、エクシアの理性はぐらんぐらん揺れていた。
「確かに、試しもしないで嫌うのは、アレですわね、何と言うか、蜘蛛に対して失礼と言うか……」
もはや自分でも何を言っているか分からない。
レグに誘われるがまま、エクシアはフォークで蜘蛛足の身を少しだけ取り、ゆっくりと口へ運ぶ。普段だったら、絶対にこんなことはしない。でも……
口の中に蜘蛛足の身が入った。舌先で転がす。変な味はしない。前歯で、少しだけ、噛んでみる。するとどうだ、信じられないくらいの旨味と香りが、口の中に広がった。
「な……」
エクシアは言葉を失った。
これが、蜘蛛の足? ほんの少しの身を、ほんの少し噛っただけなのに……
もっと大きな身を、奥歯でしっかりと噛んだら、一体どれだけの旨味が溢れるのか!?
エクシアの様子を見て、レグとデンバの目がキラッと光る。
ここだ、ここで畳み掛ける!
「今回は蒸したが、バターでソテーして、ワインと一緒にってのも合うな」
と、レグが話すと
「スモークすると、味がもっと凝縮される」
と、デンバも続く。
「ソテー……スモーク……」
エクシアは陥落寸前だ。
「口に、合わなかったか、しょうがない」
デンバはエクシアの皿を引っ込める。
「あ……」
エクシアの口から、思わず声が漏れる。
「待て待て、デンバ。エクシアだって分かってるんだ、こんな蜘蛛足だが、貴重な食糧だって。そうだろ、エクシア?」
「も……もちろんですわ。確かに、神に仕える身でありながら、贅沢なんてしていられません。そうですわね、これからは……まぁ、我慢して、食べてもいいですわ」
そう言うとエクシアは、デンバから皿を奪い返し、蜘蛛足を大きく千切って頬張った。
……買収完了。
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