第141話 信頼

「ゼル! 戻ったか!」


 カウンターの中からビーリーが声を掛ける。ゼルはニイッ、と笑う。


「おうビーリー、留守番ご苦労さんだ。変わった事は?」


「ああ、実はちょっとな……詳しくはエイナに聞いた方が早い。参謀部に……お、ちょうど来たぜ。エイナ! ゼルが戻ったぞ!」


 ビーリーが呼び掛けると、トントントンと階段を下りる音が途端に早くなった。階段を駆け下り本部棟エントランスにゼルの姿を確認したエイナは「ゼル!」と声を上げながら駆け寄った。


「よぅエイナ、書簡で伝えた通り北はバシッと押さえてきたぜぇ」


「待ってたわ、ゼル。早速で悪いのだけれど……」


「お~!? おいおいエイナじゃねぇかぁ!」


 ゼルの背後から聞こえてくる大きな、そして不快な声。ゼルを押し退けエイナの前に立ったのはブリダイルだった。「げ……」と絶句し、これ以上ないくらいのしかめっつらを見せるエイナ。粗暴で軽薄そうな雰囲気は以前のままだ。傭兵と辞書を引けばブリダイルと書いてあるかのような、そんないかにも傭兵です、といった感じのブリダイルがエイナは苦手だった。しかしそんなあからさまなエイナの拒否反応を一切気にする事なくブリダイルは話を続ける。


「久しぶりじゃねぇかエイナァ! 相変わらずいい女だなぁおい、会いたかったぜぇ!」


 満面の笑みで両手を広げるブリダイル。エイナはグイッとゼルの腕を引っ張ると小声でゼルを問い詰める。


(ちょっとゼル! 何であいつがいるのよ!?)


(しょうがねぇだろ。もう北にいたくねぇってんだからよ。こっちに連れて帰ったら手ぇ貸すっつうし……)


「何こそこそやってんだよぉ! ほらエイナ! ほい!」


 と言いながら広げた両手を揺さぶるブリダイル。「チッ……」と舌打ちするエイナは「ビーリー!」とカウンター内に座っているビーリーを呼び、右手の親指でクイクイッ、と合図を送る。それを見たビーリーは「う~ん……」と微妙な顔でうなりながら立ち上がると、カツンカツンと義足を鳴らしながらカウンターを出る。そしてブリダイルの前に立つと両手を広げ、ブリダイルをギュッと強くハグした。


「……っててめぇじゃねぇんだよ! ビーリーこの! このビーリーこの! おっさん同士が抱き合って誰が得すんだよ!」


「相変わらず緊張感の欠片かけらもないわ……もちっとビシッとせんかい」


 呆れながら本部棟に入ってきたのはゼントス。その姿を見たエイナは「ゼントス!」と声を上げゼントスにハグする。


「ダッハハハ! 元気そうだなエイナ! よく始まりの家を守ってくれた、礼を言うぞ」


「ゼントスこそ、元気そうで良かったわ。ごめんなさいね、こっちに戻してあげられなくて」


「気にするな。こうして戻ってこれたんだ、それでいいわい」


 そんな様子を見ていたブリダイル。ビーリーに抱きつかれながらボソッと愚痴ぐちる。「何でゼンじぃはよくて俺はダメなんだぁ……?」


 するとすかさずビーリーはその理由を伝える。「下心がないからだろ。それかブリダイルじゃないからだな」


「そうか。俺じゃないからか。なるほどな……って納得する訳ねぇだろ! ビーリーこの! このビーリーこの! いつまでくっついてやがんだ、いい加減離れろ、気色悪ぃ!」


「じゃあ参謀部へ行きましょう、そこで話すわ」


 ブリダイルを無視して参謀部へ移動する一同。「あ! ちょい待て! 置いてくんじゃねぇ!」と慌ててブリダイルもその後を追う。



 ◇◇◇



「デーム、ユーノル、ゼルが戻ったわ」


 参謀部の扉を開くとそこにはデームとユーノルの姿があった。待ちわびた、という表情のデームは「ゼルさん、ご無事で何よりです。お待ちしてました」と左手を向け、ゼルに応接用のソファーに座るよううながす。ゼルはソファーに腰を掛けながら「おうデーム、元気そうだな」とニカッ、と笑う。そしてユーノルに視線を移すと「確か……諜報部だったな?」とユーノルに話し掛ける。


「ああ。諜報部所属のユーノルだ。あんたとは過去二回程しか会っていないんだが……よく覚えてたな」


「はっはっは、こう見えて記憶力はいい方なんだよ。それよかデーム以外の諜報部員がいるって事は……トラブル発生か?」


「ええ」と言いながらゼルの向かいに座るエイナ。「とは言え、ほぼ解決しているのだけれど……」と付け加える。


「聞きてぇなぁ、何があった?」と興味津々のゼルは、ソファーの背もたれから背中を離しググッと前に身を乗り出す。「では私から……」とデームはライエ失踪から始まった一連の騒動を話し出した。



 ◇◇◇



「そんな事が……」


 全てを聞いたゼルはそう呟くと、腕を組み考え込むような仕草しぐさを見せる。そんなゼルを真っ直ぐに見据みすええながらエイナは静かに口を開く。


「あなたに黙って行動に移したのは悪かったわ。許可を出したのは私、責任は私にある。でもあの状況下ではあなたの判断を待つ時間的余裕がなかったの。一刻も早く行動を起こさないとライエの奪還が難しくなりそうだったから……でもその事であなたのプランが狂ったようなら……」


「いや、問題ねぇよ。むしろよくやったな、ってもんだ」


「よくやった?」と聞き返すエイナにニヤッと笑うゼル。


「まずはライエが俺達を見限ったんじゃなくてホッとしたぜ。リガロに続いてあいつにまで愛想つかされたとあっちゃあ、さすがにヘコんじまう。弟共々無事だってのは何よりだ」


「で、よくやったっていうのは?」


「ああ、勿論コウの事だ。デーム、もう一度確認だ。あいつは何ともねぇんだな?」


「はい。私とユーノルが南を発つ二、三日前には普通に会話出来るまでに回復していました。ただ全快には程遠いらしく、ここに戻るまでにはもう少し時間が掛かると思います」


「そうか。そうか……」と呟きながらうっすらと笑みを浮かべるゼル。右の拳をパシパシと左の手のひらにぶつけている。そんなゼルの様子を見たデームはとある事に気付いてしまった。


「ひょっとしてゼルさん……最初からアイロウの相手をさせる為にコウさんを引き入れたんですか……?」


 眉間にシワを寄せるデームとは対照的に、相変わらずうっすらと笑いながらゼルは答えた。


「だったらなんだぁ?」


 その返答を聞いた途端、デームの顔は見る見る険しくなってゆく。そして声を荒げて怒鳴った。


「なんて無茶な! 死にかけたんですよ! 腕を切り落とされ、血を大量に流し、コウさんは死にかけた!」


「ああ、そいつはさっき聞いたぜ。だが生きていた、死ななかったんだ。そうだろ?」


「そんなものは結果論だ! 部外者とは言わない、しかしコウさんはジョーカーの人間ではないんです! そんな無茶をさせる為に連れてきたんですか!?」


 突然大声を張り上げるデームにその場にいた者は皆驚いた。とりわけ普段の冷静なデームを良く知っているエイナにとっては、決して大袈裟ではなく衝撃的だったと言えよう。


「デーム! 落ち着いて、冷静に……」


 デームに声を掛けるエイナの言葉をさえぎるように「あのよぅ」と口を挟むブリダイル。


「その何だかって魔導師よぅ、本当にそんな強ぇのか? 相手はあのアイロウだぜぇ? アイツを退しりぞけたなんてよぉ、どうにも信じらんねぇんだがなぁ。情けかけられて見逃されただけなんじゃねぇのかぁ?」


 ブリダイルの疑問を聞き「はぁ~……」とため息をつくゼントス。続けて「相変わらずお前さんは思慮しりょが浅いわ」と首を振りながら呆れ気味に話す。


「あぁ? なんだってんだゼンじぃよぅ!」


「アイロウに敵を見逃すようなぬるさ・・・がある訳なかろうが。仕留められるなら確実に仕留める、あれはそういう男だ。お前さんとてよく知っとるだろが」


「ん~まぁ、そりゃそうなんだがよぅ……でもあのアイロウだぜぇ?」


「あ~待て待て……」


 片や怒り、片や疑い、そしてそれを驚く者と呆れる者。参謀部の部屋はにわかに紛糾ふんきゅうしそうな雰囲気を漂わせ始める。そんな不穏ふおんな空気を早々に収めようとゼルは割って入った。


「デームの怒りもブリダイルの疑念ぎねんもよく分かるぜ。お前らのその感情の根っ子は同じ所にあるって事もなぁ」


「根っ子ぉ? ゼルちゃんよぅ、その根っ子ってのは何だ?」


「お前ら二人共、コウが実際に戦っている所を見ていないって事だ。コウに会った事がないブリダイルは勿論だが……デーム、さっきの話し振りじゃあコウがアイロウと戦っている所を見た訳じゃあねぇ。そうだな?」


「……はい。私がコウさんのもとに駆け付けたのは全て終わったあとでした」


「見たら変わるぜぇ、デーム、お前の怒りや心配は消える。ブリダイル、お前の疑念ぎねんも消える。あいつに対する印象、あいつに抱いてる感情、色んなもんがひっくり返るくらい変わる。あいつは強い。間違いなく、掛け値なしに強い。俺はエリノスであいつの戦いをそばで見た。とんでもねぇと思ったぜ。こじ開けられた門から次々と侵入するオーク、それを片っ端から魔法で叩く。たちまち辺りはオークの死体の山だ。城壁の上からハイガルド兵に魔法を放つ。一千からのハイガルド兵は魔法一発で吹き飛んだ。こんな事出来る魔導師はそうそういねぇ。それに俺は見ただけじゃなくて実際に食らってるからなぁ」


「食らってるって……何を?」と問い掛けるエイナ。ゼルはニヤッと笑いながら答えた。


「あいつの魔法だ。俺を含め三番隊の何人かはあいつに殺されかけてんだよ」




「「「 ……はぁ!? 」」」




 驚く一同。皆絶句し場は静まり返る。「ちょっと待ってよ……」と沈黙を破ったエイナだったがその次の言葉が出てこない。そんな皆の、特にエイナの様子を見たゼルは「はっはっは!」と笑い、笑みを浮かべたまま話を続ける。


「な~に、俺とコウは最初は敵同士だったって……ま、そんな簡単な話だ。コウと初めて会ったのはミラネリッテだ。よ~く覚えてるぜ、あの日俺はブロスら三番隊の連中を十人程連れてミラネリッテに行った。とある商会を身売りさせる為にそこの会頭に脅しをかけるっつぅ、エクスウェルがどっかからか拾ってきた胸クソ悪ぃ依頼を片付ける為だ。そしてコウはその商会にいた。悪名高きジョーカーのマスターが自ら出張でばって来てるってのによ、あいつはおくする事なくひょうひょう・・・・・・としてやがったぜ。んで、話してもらちが明かねぇってんでよ、俺はとうとう剣を抜いた。だがその直後……バ~ンって、魔法一発で皆黒コゲだ。俺はかろうじてシールド張って防げたんだが、それでも左腕を潰された。あそこで俺も直撃食らってたら、今はここにはいねぇな」


 笑いながら話すゼル。エイナは戸惑いながら「聞いてないわよ、そんな話……」と呟く。するとゼルは再び笑う。


「はっはっは! 誰にも言ってねぇからなぁ。ブロスに口止めされてたんだよ。あんな情けねぇ話誰にも言えねぇだろ、ってよ。ミラネリッテで俺は思った。こいつは絶対に逃しちゃならねぇ、味方に引き入れなきゃならねぇってよ。そしてエリノスで確信した。アイロウを抑えられるのは、いや、野郎を倒せるのはこいつしかいねぇ、ってなぁ。だからあいつがアイロウを退けたって聞いても、俺は何も驚かねぇ。それくらいの事は余裕でやれる奴だって信じてるからだ。まぁ俺が想定していたより相当早くぶつかったってのと、死にかけたってのはさすがにヒヤッとしたがなぁ。だがあいつはドクトルの弟子だ、そう簡単にくたばりゃしねぇだろ。それに……」


 終始笑みを浮かべながら話すゼル。しかしゼントスは不思議そうな顔で「ちょい待て」と口を挟む。ゼルの最後の言葉に引っ掛かったのだ。


「ドクトル……ってのは、レイシィの事か?」


「そうだぜ。ああ、そう言やゼン爺はドクトルと面識あったんだったなぁ」


「面識どころか、わしがあやつをジョーカーに誘ったんだ。当時仕えていた国を離れたって聞いてな、暇してるならちっと手伝えって……しかし、そうか。そのコウってのはレイシィの弟子か……フフ……フハハ……ダッハハハ!」


 突然大声で笑い出すゼントス。ポカンとするゼルの肩を叩きながらゼントスは話を続ける。


「ならばわしからは何も言う事はないわ。レイシィの弟子であれば確かに、アイロウなんぞに遅れは取らんだろう。のう?」と、一同を見回すゼントス。するとゼルもつられたように笑い出す。


「はっはっは! まぁそういうこった。だからよデーム、あいつはそんな過保護にあれこれ考えてやる必要があるような、そんなタマじゃねぇんだよ。なんせこれからアイロウを倒す男だぜぇ?」


 ニカッと笑うゼル。それはまるで無邪気な子供のような笑顔だった。

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