第106話 口論
「やっぱりリガロの件が絡んでんじゃねぇか……?」
ブロスが呟く。本部棟エントランスには次々と団員達が報告に訪れる。ライエ捜索の成果だ。しかし皆一様に口を揃えて言う。「いなかった」と。
「いくら裏切りがあったとしても、同期のリガロをいとも
「待って、だとしたらさすがに都合が良すぎるわ。それに、そのアルガンとは言い争ってたって……」
「エイナ、さっき聞いてただろ? 店の外から見てただけだって言ってたじゃねぇか。実際話を聞いてる訳じゃねぇ、何を話してたかなんて分かりゃしねぇよ。それに……だったらもっと前から引き抜きの打診があったんじゃねぇか? 返答が今になった、ってだけでよ」
「ちょっと待ってよ、ライエが裏切ったって決まった訳じゃないでしょ? そんな断定的な言い方……」
俺は口を挟まずにはいられなかった。なぜブロスはライエが裏切った前提で話をするのか。確かに、ライエはリガロの処刑でショックを受けたかも知れない。でも、だからって結論を出すのが早すぎる。だが、ブロスは言う。
「いいか、クソ魔ぁ。俺達は仲良しこよしで一緒にいる訳じゃねぇ、それぞれに目的ってもんがある。単に仕事だって割り切ってるヤツもいりゃあ、ジョーカーってもんに特別な何かを求めてるヤツもいる。ジョーカー内で出世を考えてるヤツ、ジョーカーを足掛かりに、将来的に他の事をやろうってヤツもいるだろう。
「そりゃ分かるけど……」
「それに裏切りって言うが、今回はちっと違うだろ。リガロの時みたいに何か被害があるって訳じゃねぇ。ライエが勝手に離れてった、それだけだろ」
「だから、まだそうだって決まった訳じゃないだろ。それに、昨日のライエはどこかおかしかった。俺に何か言いたそうだったんだ」
「……てめぇを一緒に連れて行こうとしたんじゃねぇか?」
「バカな、それはないだろ。俺がどういう経緯でここにいるのか、ライエは知っている。何で何の繋がりもない支部に俺を連れて行けると思う?」
そう、ゼルとの奇妙な縁で俺はここにいる。だから他の陣営に行く意味がない、行くはずがない。それはライエも知っている事だ。
「ハッ! それこそ知ったこっちゃねぇって話だよ。大体なぁ……」
「皆さん」
突然後ろで声がした。振り返るとデームが立っている。
「ライエさん失踪の件、真相が分かりました。参謀部へ行きましょう、そこで話します」
◇◇◇
「――というのが
(そういう事か。やっぱり……助けを求めようとしてたんだ……)
昨日の夜、ライエはこれを言いたかったのだ、助けて欲しかったのだ。でも言わなかった。いや、俺が聞かなかったのだ。察しが悪い……我ながら情けない。どうしてもう一歩踏み込めなかったのか? どうして聞いてやれなかったのか? ジョーカーじゃないからとか、そんな事は関係ない。ライエは大切な仲間なのに……
「そう……ライエは望んで南へ行った訳ではないのね」
エイナは少しばかりホッとした表情を見せる。彼女は自分達に愛想を尽かした訳ではなかったのだ。しかしすぐにその表情を曇らせる。
「でもこれは……」
「ああ。間が悪い、としか言えないな……」
ゾーダは呟いた。エイナの懸念を理解したようだ。しかし俺には意味が分からなかった。
「あの、どういう事?」
「エイナ、アルマドに入ってから南とコンタクトは取れたのか?」
「いいえ。ここに戻ってすぐに南へ会談の打診をしたのだけれど……返答はないわ」
「という事は、やはり南もジョーカーのトップを狙っている敵だという事だ。東と南、そしてここアルマド、三つ巴の戦いになる。西はすでに押さえた。そしてゼルは北のリスエット支部を落とす為に
なるほど、理屈は分かった。でも……
「……だから、ライエは助けられないと?」
「そうは言わないわ、でも……」
現状タイミングが悪い、というのは理解出来た。ゼルもいないから、それも分かる。だがそれがライエを助けないという理由にはならない。
「でも、何? 当然助けに行くんでしょ? だったら早く……」
食い下がる俺の言葉を遮るように、面倒臭そうにブロスが話す。
「駄々こねるんじゃねぇよ。大体てめぇはジョーカーの人間じゃねぇ、部外者だろが」
カチン、ときた。
「……確かに、俺は部外者だ。ジョーカーに所属してる訳じゃない。でもな、ライエは仲間だ、友人だ。そんなライエを助けるのに部外者とか関係者とか……そんなのどうでもいいだろ! 助けに行く以外の選択なんてあるはずがない!」
「勿論助けたいわ、今すぐにでも……でもこんなに早く南と事を構えるのは……」
「南も敵なんだろ? いずれ戦う、早いか遅いかの違いだろ」
「だから、さっきから話してんだろ? 北を押さえてからじゃねぇと……」
「何だブロス、お前何をビビってるんだ?」
「……あぁ?」
「ライエに会うのが怖いのか?」
「チッ……そんな話はしてねぇだろが」
「あ~そう、これは驚いた。ジョーカー三番隊の副官はビビりのチキン野郎だったのか。そう、そうかぁ」
「あぁ……? 誰がビビりのチキンだコラァ!」
「ビビってんだろ! いつもだったらうるさいくらいにギャンギャン吠えるくせに、いつもだったら真っ先に声上げて、助けに行くって騒ぎそうだけどなぁ! どうした? 今日は随分と静かじゃないか。何だ? ライエの目の前でリガロを殺したから、どう思われてるか気になるか? ライエに会うのが怖いんだろ? 情けない、口ばっかのチキン野郎が」
「てめぇ……いい加減にしろやぁぁ!!」
「ハッ、今さら
ブロスは無言で剣を抜く。
「待ってブロス! それはダメ!」
エイナはブロスの腕を掴む。当然だろう、こんな場所で斬り合いなんて誰も得しない。しかしブロスは全く聞いていない様子。そして同様に俺も
「やれやれ、ビビりの上に頭まで悪いとは救いようがないな。忘れたのか? ミラネリッテで初めて会った時の事。お前はあの時、どうなった? 俺にどうされた? あの時と同じように……瞬殺すんぞ……?」
俺は右手を前に出す。当然マーキングは……すでにしている。
「やってみやがれゴラァ!!」
「待て待て!
ゾーダが割って入り剣を振り上げようとするブロスを押さえ付ける。
「放せやゾーダゴラァ!」
「コウも
「弟を人質に取られて、助けを求めようにも迷惑掛けるからって、自分が我慢すればいいんだって……きっとライエはそんな事考えて行きたくもない南へ向かったんだ……いい訳ないだろ、ライエが一人で背負って、それでいい訳ないだろ! 揃いも揃って仲間一人助けらんないのかよ! 何がジョーカーは変わるだ、変わる訳がない! この程度の事も出来ないで変わる訳ないだろ!!」
参謀部は静寂に包まれる。きっとここにいる誰もがライエを助けたいはずなのだ。状況が悪いから、ゼルの判断なく動けないから、ライエと顔を合わせづらいから、様々な事情と
「私の立場からすれば……」
終始黙って今までのやり取りを聞いていたデームは静かに話し出す。
「私の立場からすれば、今すぐにでも行動を起こすべきだと考えます。勿論、私にも役目がある。諜報部マスター、ラクター・トゥワイスからの指示は、ジョーカーの内部抗争時に
「……それに、何?」
エイナは静かに尋ねる。
「ライエさんの弟もそうですが、何よりライエさんの命も……いや、その前に彼女の
「…………」
エイナは無言だった。
「行こう、デーム」
「コウさん……」
「時間が惜しい。魔導師が二人いたらどうにか出来るでしょ」
「待て、さすがに二人じゃ無茶だ」
参謀部を出ようとする俺の腕を掴むゾーダ。
「……あんたらが動かないんだからしょうがないだろ?」
「俺も付き合う」
「ゾーダ! あなた……本気で?」
エイナは驚いて声を上げた。
「二番隊はここに来て間もない。一応受け入れてもらっているようだが……今二番隊に必要なのは、身体を張り身を切る行動だろうと思う。打算的ではあるがな。それに……俺はテグザを好きではない。ゼルが作ろうとしているジョーカーには、あの外道は必要ないだろう」
「外道?」
「ああ。さっきチラッとデームが話していたが、バルファの支部長テグザはとんでもない外道だ。エクスウェルもよく外道だ何だと
「ちょっと待って、ゾーダあなた……今テグザとやり合う気?」
「さすがに難しいとは思うが、チャンスがあるならな。それに、このコウって魔導師は凄いんだろ? ユージスさんも話していた」
「え? ユージスさんって……ロイ商会の?」
「ああ。東から脱出する際に彼がかくまってくれたんだ。君に会ったらよろしく伝えてくれと言っていた」
「そう……ユージスさんが……」
「さて……」
ゾーダはブロスの前に立つ。
「ブロス、どうする? コウにここまで言われて、それでも動かなければ本当にチキン野郎って事になってしまうが?」
ブロスはジロリ、と俺を睨む。怒り、苛立ち、諦め、そしてどこか安心したような……色々な感情が混ざりあった複雑な表情だ。
「……おいクソ魔ぁ、ここまでデカい事吐いたんだ、てめぇには誰よりも働いてもらうぜ……」
「ほう、という事は……?」
ニヤッとするゾーダ。
「チッ……嫌な野郎だな、クソッ……てめぇらだけに任せらんねぇ、付き合ってやるよ」
「はぁ……」とため息をつくエイナ。
「動くのならば少数よ。アルマドを
「はい、何とかなるかと」
デームはニコッと笑う。それを見たエイナは少しだけイラッとした。
「ラクターの
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