第106話 口論

「やっぱりリガロの件が絡んでんじゃねぇか……?」


 ブロスが呟く。本部棟エントランスには次々と団員達が報告に訪れる。ライエ捜索の成果だ。しかし皆一様に口を揃えて言う。「いなかった」と。


「いくら裏切りがあったとしても、同期のリガロをいとも容易たやすく処分しちまうような……そんな陣営にはいられねぇ、ってよ。いや、俺と一緒にはいられねぇ、って事かもな。リガロを殺ったのは俺だからよ。そこで都合良く……アルガンっつったか? 南のヤツが引き抜きに来たからそれで……」


「待って、だとしたらさすがに都合が良すぎるわ。それに、そのアルガンとは言い争ってたって……」


「エイナ、さっき聞いてただろ? 店の外から見てただけだって言ってたじゃねぇか。実際話を聞いてる訳じゃねぇ、何を話してたかなんて分かりゃしねぇよ。それに……だったらもっと前から引き抜きの打診があったんじゃねぇか? 返答が今になった、ってだけでよ」


「ちょっと待ってよ、ライエが裏切ったって決まった訳じゃないでしょ? そんな断定的な言い方……」


 俺は口を挟まずにはいられなかった。なぜブロスはライエが裏切った前提で話をするのか。確かに、ライエはリガロの処刑でショックを受けたかも知れない。でも、だからって結論を出すのが早すぎる。だが、ブロスは言う。


「いいか、クソ魔ぁ。俺達は仲良しこよしで一緒にいる訳じゃねぇ、それぞれに目的ってもんがある。単に仕事だって割り切ってるヤツもいりゃあ、ジョーカーってもんに特別な何かを求めてるヤツもいる。ジョーカー内で出世を考えてるヤツ、ジョーカーを足掛かりに、将来的に他の事をやろうってヤツもいるだろう。金夜亭きんやていのサブライもそうだ。アイツは店を開く資金を稼ぐ為にジョーカーにいた。いいか、同じ方向を向いてるから一緒にいる。だがな、目的地はそれぞれ違う。途中で降りるヤツもいりゃあ行き先が変わるヤツだっている。どのタイミングで何をどうするかは個人の自由だ。ライエが何を考え、どう行動しようがな」


「そりゃ分かるけど……」


「それに裏切りって言うが、今回はちっと違うだろ。リガロの時みたいに何か被害があるって訳じゃねぇ。ライエが勝手に離れてった、それだけだろ」


「だから、まだそうだって決まった訳じゃないだろ。それに、昨日のライエはどこかおかしかった。俺に何か言いたそうだったんだ」


「……てめぇを一緒に連れて行こうとしたんじゃねぇか?」


「バカな、それはないだろ。俺がどういう経緯でここにいるのか、ライエは知っている。何で何の繋がりもない支部に俺を連れて行けると思う?」


 そう、ゼルとの奇妙な縁で俺はここにいる。だから他の陣営に行く意味がない、行くはずがない。それはライエも知っている事だ。


「ハッ! それこそ知ったこっちゃねぇって話だよ。大体なぁ……」


「皆さん」


 突然後ろで声がした。振り返るとデームが立っている。


「ライエさん失踪の件、真相が分かりました。参謀部へ行きましょう、そこで話します」



 ◇◇◇



「――というのが全貌ぜんぼうです。現在もライエさんはアルガンらとバルファ支部へ移動中と思われます。諜報部の者が張り付いているので逐一ちくいち報告は来るはずですが、動くのならば早い方がいいでしょう」


(そういう事か。やっぱり……助けを求めようとしてたんだ……)


 昨日の夜、ライエはこれを言いたかったのだ、助けて欲しかったのだ。でも言わなかった。いや、俺が聞かなかったのだ。察しが悪い……我ながら情けない。どうしてもう一歩踏み込めなかったのか? どうして聞いてやれなかったのか? ジョーカーじゃないからとか、そんな事は関係ない。ライエは大切な仲間なのに……


「そう……ライエは望んで南へ行った訳ではないのね」


 エイナは少しばかりホッとした表情を見せる。彼女は自分達に愛想を尽かした訳ではなかったのだ。しかしすぐにその表情を曇らせる。


「でもこれは……」


「ああ。間が悪い、としか言えないな……」


 ゾーダは呟いた。エイナの懸念を理解したようだ。しかし俺には意味が分からなかった。


「あの、どういう事?」


「エイナ、アルマドに入ってから南とコンタクトは取れたのか?」


「いいえ。ここに戻ってすぐに南へ会談の打診をしたのだけれど……返答はないわ」


「という事は、やはり南もジョーカーのトップを狙っている敵だという事だ。東と南、そしてここアルマド、三つ巴の戦いになる。西はすでに押さえた。そしてゼルは北のリスエット支部を落とす為に出立しゅったつした。リスエットを押さえれば北にも西にも敵はいなくなる訳だ。そこでようやく東と南に向き合える。後方の懸念を潰さなければ両陣営とは戦えない。ける部隊の数にも限界があるからな。つまり北を押さえていない今の段階では、南と事を構えるのは大きなリスクを伴う。仮に動こうとしてもだ、今はゼルがいない。あいつがどの様な判断を下すのか、すぐに確認が取れる訳ではない」


 なるほど、理屈は分かった。でも……


「……だから、ライエは助けられないと?」


「そうは言わないわ、でも……」


 現状タイミングが悪い、というのは理解出来た。ゼルもいないから、それも分かる。だがそれがライエを助けないという理由にはならない。


「でも、何? 当然助けに行くんでしょ? だったら早く……」


 食い下がる俺の言葉を遮るように、面倒臭そうにブロスが話す。


「駄々こねるんじゃねぇよ。大体てめぇはジョーカーの人間じゃねぇ、部外者だろが」




 カチン、ときた。




「……確かに、俺は部外者だ。ジョーカーに所属してる訳じゃない。でもな、ライエは仲間だ、友人だ。そんなライエを助けるのに部外者とか関係者とか……そんなのどうでもいいだろ! 助けに行く以外の選択なんてあるはずがない!」


「勿論助けたいわ、今すぐにでも……でもこんなに早く南と事を構えるのは……」


「南も敵なんだろ? いずれ戦う、早いか遅いかの違いだろ」


「だから、さっきから話してんだろ? 北を押さえてからじゃねぇと……」


「何だブロス、お前何をビビってるんだ?」


「……あぁ?」


「ライエに会うのが怖いのか?」


「チッ……そんな話はしてねぇだろが」


「あ~そう、これは驚いた。ジョーカー三番隊の副官はビビりのチキン野郎だったのか。そう、そうかぁ」


「あぁ……? 誰がビビりのチキンだコラァ!」


「ビビってんだろ! いつもだったらうるさいくらいにギャンギャン吠えるくせに、いつもだったら真っ先に声上げて、助けに行くって騒ぎそうだけどなぁ! どうした? 今日は随分と静かじゃないか。何だ? ライエの目の前でリガロを殺したから、どう思われてるか気になるか? ライエに会うのが怖いんだろ? 情けない、口ばっかのチキン野郎が」


「てめぇ……いい加減にしろやぁぁ!!」


「ハッ、今さらすごんでもね。怒鳴って虚勢きょせい張ってないと怖くて震えちゃうもんな、ぷるぷるぷるぷるってなぁ?」


 ブロスは無言で剣を抜く。


「待ってブロス! それはダメ!」


 エイナはブロスの腕を掴む。当然だろう、こんな場所で斬り合いなんて誰も得しない。しかしブロスは全く聞いていない様子。そして同様に俺もめるつもりはなかった。最近なくなったとはいえ、今まで散々ブロスに悪態をつかれてきたという事実、なかった事には出来そうもない。つまりは俺も溜まって・・・・いたのだ。


「やれやれ、ビビりの上に頭まで悪いとは救いようがないな。忘れたのか? ミラネリッテで初めて会った時の事。お前はあの時、どうなった? 俺にどうされた? あの時と同じように……瞬殺すんぞ……?」


 俺は右手を前に出す。当然マーキングは……すでにしている。


「やってみやがれゴラァ!!」


「待て待て! めろ!!」


 ゾーダが割って入り剣を振り上げようとするブロスを押さえ付ける。


「放せやゾーダゴラァ!」


「コウもめて! どうしたのよ! いつもはそんな事……」


「弟を人質に取られて、助けを求めようにも迷惑掛けるからって、自分が我慢すればいいんだって……きっとライエはそんな事考えて行きたくもない南へ向かったんだ……いい訳ないだろ、ライエが一人で背負って、それでいい訳ないだろ! 揃いも揃って仲間一人助けらんないのかよ! 何がジョーカーは変わるだ、変わる訳がない! この程度の事も出来ないで変わる訳ないだろ!!」


 参謀部は静寂に包まれる。きっとここにいる誰もがライエを助けたいはずなのだ。状況が悪いから、ゼルの判断なく動けないから、ライエと顔を合わせづらいから、様々な事情と思惑おもわくで決断する事が出来なかったのだ。「チッ……」と舌打ちをしてブロスは振り上げていた剣を下ろす。


「私の立場からすれば……」


 終始黙って今までのやり取りを聞いていたデームは静かに話し出す。


「私の立場からすれば、今すぐにでも行動を起こすべきだと考えます。勿論、私にも役目がある。諜報部マスター、ラクター・トゥワイスからの指示は、ジョーカーの内部抗争時にける我々・・諜報部のルールを破り、一方的に南に情報を与えた諜報部員、ナーチの処理です。その目的を果たす為には、今すぐ南へ向かわなければならない。しかしそれ以前に、コウさんの言う通り……ライエさんを助けたい。彼女は仲間です、助けに行くべきだ。それに……」


「……それに、何?」


 エイナは静かに尋ねる。


「ライエさんの弟もそうですが、何よりライエさんの命も……いや、その前に彼女の貞操ていそうも危うい……彼女を引き抜きに来たアルガンは、昔彼女と恋人関係にあったそうです。しかしこのアルガンは相当女癖が悪いそうで、飽きた女は支部長のテグザに献上・・する事もあるとか……今さらライエさんに対し気があるとは思えません。そしてテグザに関してもいい噂が一切ない。奴の唯一の美徳は仲間には手を出さない、という所でしょうか。しかし裏を返すと、仲間ではない者にはどんな残虐な事だって出来るという事。果たしてライエさんの事を仲間と認識するかどうか……もし使い捨ての駒くらいにしか思われていなかったら……どうなるかは想像がつくでしょう? マスターエイナ、あなたも同じ女性なら分かるはずだ」


「…………」


 エイナは無言だった。


「行こう、デーム」


「コウさん……」


「時間が惜しい。魔導師が二人いたらどうにか出来るでしょ」


「待て、さすがに二人じゃ無茶だ」


 参謀部を出ようとする俺の腕を掴むゾーダ。


「……あんたらが動かないんだからしょうがないだろ?」


「俺も付き合う」


「ゾーダ! あなた……本気で?」


 エイナは驚いて声を上げた。


「二番隊はここに来て間もない。一応受け入れてもらっているようだが……今二番隊に必要なのは、身体を張り身を切る行動だろうと思う。打算的ではあるがな。それに……俺はテグザを好きではない。ゼルが作ろうとしているジョーカーには、あの外道は必要ないだろう」


「外道?」


「ああ。さっきチラッとデームが話していたが、バルファの支部長テグザはとんでもない外道だ。エクスウェルもよく外道だ何だと揶揄やゆされるが、俺からするとエクスウェルにはあいつなりの筋がある。外道だと言われる行動の裏にはあいつなりの理由があるんだ。だがテグザは違う、あいつには理由がない。倫理観とか道徳観といった、人を人たらしめている重要な要素がいちじるしく欠如けつじょしている。卑劣で狡猾、おまけにこの上ないサディストだ。あいつが絡んだいくさでは、捕虜という存在が生まれない。捕らえた者は拷問の末、皆もれなく殺してしまうからだ。テグザこそ真の外道……奴を仕留められるのなら、こんな無茶もする価値はある」


「ちょっと待って、ゾーダあなた……今テグザとやり合う気?」


「さすがに難しいとは思うが、チャンスがあるならな。それに、このコウって魔導師は凄いんだろ? ユージスさんも話していた」


「え? ユージスさんって……ロイ商会の?」


「ああ。東から脱出する際に彼がかくまってくれたんだ。君に会ったらよろしく伝えてくれと言っていた」


「そう……ユージスさんが……」


「さて……」


 ゾーダはブロスの前に立つ。


「ブロス、どうする? コウにここまで言われて、それでも動かなければ本当にチキン野郎って事になってしまうが?」


 ブロスはジロリ、と俺を睨む。怒り、苛立ち、諦め、そしてどこか安心したような……色々な感情が混ざりあった複雑な表情だ。


「……おいクソ魔ぁ、ここまでデカい事吐いたんだ、てめぇには誰よりも働いてもらうぜ……」


「ほう、という事は……?」


 ニヤッとするゾーダ。


「チッ……嫌な野郎だな、クソッ……てめぇらだけに任せらんねぇ、付き合ってやるよ」


「はぁ……」とため息をつくエイナ。


「動くのならば少数よ。アルマドをからには出来ないし、あまり目立った動きも出来ない、敵は東にもいる訳だから……少数で一気に近付いて、出来る限り時間を掛けずライエと彼女の弟を奪還する。ただし、相当難しいミッションだと理解しなさい。作戦を考えるから朝まで待ってもらうわ。デーム、そのくらいの余裕はあるのよね?」


「はい、何とかなるかと」


 デームはニコッと笑う。それを見たエイナは少しだけイラッとした。


「ラクターの思惑おもわく通りっていうのが気に食わないけど、まぁいいわ。情報が届いたら全てここに回して。皆は早く休みなさい、明日は早いわよ」

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