第105話 協力者

「どう?」


「いや……」


 始まりの家、本部棟エントランス。心配そうに尋ねるエイナに対し、ブロスは言葉ずくなに首を振る。


「こんなとこで何してんの?」


 その日の修行を終え始まりの家へ戻った俺は、いつもよりザワザワしている雰囲気を不思議に思い本部棟へ顔を出した。


「ライエがいないのよ。コウ、何か知らないかしら?」


「いない? いないって……どういう事?」


「朝から姿が見えねぇ。今日はアイツ、街の巡回任務だったんだがな……」


「皆に黙っていなくなるなんて、今までそんな事なかったのよ」


「そう言えば……」


「何か知ってんのか!」


 ブロスはグイッと俺の胸ぐらを掴む。俺はその手を振りほどきながら話す。


「昨日の夜、ライエと二人で晩飯食べに行ったんだよ。帰り道、何か様子がおかしくて……何か言いたそうだったんだけど、やっぱりいいって……んで、寄る所があるから先に帰っててくれって」


「どこ行ったんだ?」


「さぁ……付き合おうかって聞いたんだけど、一人でいいって……」


「そう……やっぱりリガロの件が尾を引いてるのかしら……?」


 リガロ。粛清の件だ。ライエはリガロと同期だったと聞いた。同期が目の前で殺されたのだ、しかも同僚、ブロスに。そのショックは計り知れないだろう。その一件のあと、ライエとブロスが話しているのを見ていない。昨日の夜、ライエにその一件の事を聞く事も出来た。実際に聞こうとも思っていた。だが聞けなかった。行動を共にしているとはいえ、俺はジョーカーの人間ではない、部外者だ。そのせいで何となく気後れしたのだ。あまり踏み込んだ事は聞かない方がいいのではないか、と。


「リガロの件が原因だとしたら、俺にも責任があるな……」


 二番隊のゾーダが本部棟へやって来た。そう、ゾーダがリガロを捕らえて始まりの家へ連れて来たのだ。自身が率いる二番隊の庇護ひごを求める為、その土産として……


「……別にあんたが気に病む事じゃねぇよ」


 ブロスはゾーダの腕をポンと軽く叩く。


「恨まれてるとしたら、俺の方だろ……」


 そして伏し目がちにそう呟いた。


「ゾーダ、どうだったの?」


 エイナの問いにゾーダは首を振る。


「街の東から南にかけて捜索した。が、手がかりすらない。ひょっとしたら、もうアルマドを出ているのかもな」


「……とにかくもう一回街ん中探そうぜ。ダメなら捜索範囲を近隣の街まで広げて……」


「ブロス!」


 突然ブロスを呼ぶ声。本部棟に入って来たのは三番隊の隊員だ。


「今、外でライエの件を聞いたんだが、ちっと気になる事があってな……」


「何だ?」


「実はな、昨日巡回の時に街の南にあるカフェでライエを見かけたんだ。男と一緒だった。顔までは見えなかったんだが、見知った奴じゃねぇと思う。でな、何か言い争ってる感じでよ、俺は店の外から見てたんで何話してたかまでは分からねぇが……男が店を出た後、ライエ頭を抱えちまっててよ……」


「てめぇ……何でそれ昨日の内に言わなかった!」


 ブロスは三番隊の隊員に掴み掛かる。


「な……しょうがねぇだろ! 俺ぁてっきり痴話喧嘩とか……そんなんで揉めてんじゃねぇかと……」


「その男の特徴は?」


 エイナは隊員を掴んでいるブロスの腕を振りほどきながら聞く。


「ああ……何かやたらジャラジャラとアクセサリー着けてる奴でよ、ブレスレットが何本も光ってて、指なんて五本全部にリング着けてたぜ」


「んだよ、それ……もちっとバシッと分かる特徴ないのかよ……」


「んな事言ったってよぉ、顔見てねぇ訳だし……」


「あ~……それひょっとして……」


 カウンターの奥に座っていたビーリーが何かを思い出したかのように話し出す。どうやら心当たりがありそうだ。エイナは驚いてカウンターに両手をついて身を乗り出す。


「何!? ビーリー、分かるの?」


「ああ。多分そいつ、アルガンだ」


「アルガン? 誰だそいつぁ?」


 ブロスは眉間にシワを寄せる。


「バルファ支部のアルガン。腕どころじゃねぇぜ、全身アクセだらけのスケコマシ野郎だ」


「ハッ!」


 ブロスは吐き捨てるように話す。


「何でそのコマシ野郎がライエと会ってんだよ」


「さぁな。さすがにそこまでは……あ、デーム!」


 本部棟にデームが入ってきた。ビーリーはデームを呼び止めるとカウンター越しに四つ折の小さな紙を渡す。


「これは?」


「さっき預かった。中は見てねぇぜ? 多分あの人だな」


 デームは紙を開き中を確認する。そしてその紙をクシャッ、と握り潰す。


「ありがとうございます。マスター、少し出てきます」


 そうエイナに話すとデームは外へ出て、クシャクシャに丸めた紙を地面へ放ると魔法で火を点けて燃やす。そしてそのまま始まりの家を出た。


「帰ってきたと思ったらすぐまたお出かけかぁ? せわしねぇ野郎だな。とにかくもう一回探そうぜ。クソ魔ぁ、てめぇも手伝え。それと……」



 ◇◇◇



「珍しいですね、呼び出しとは……」


「仕方がない、お前が全然顔を出さないからだ」


「あ……これは済みません……色々とやる事が多いもので」


「謝罪は必要ない。お前の意向は理解しているつもりだ」


 アルマド、西地区にあるオープンカフェ。デームは自身を呼び出したとある男と会っていた。だが同じテーブルに着いている訳ではない。隣り合った別のテーブルでそれぞれ背中合わせに座り会話している。


「三番隊の者が姿を消したのだろう?」


「はい」


「真相を知りたいか?」


 男のその言葉にデームは怪訝けげんな表情を浮かべる。


「教えていただけるので?」


「ああ。教えないとフェアじゃない」


「フェア?」


「我々は我々が定めたルールにのっとり現状を静観している。どの勢力にもみさない、加担かたんしない、情報を渡さない。お前のように個人でどこかに肩入れするのは自由だが、ただしその場合にいても我々の情報網は利用しない、そういう条件で容認している。お前は実に良くそのルールを守っている。しかし、そうではない者もいる」


「……それがライエさんの失踪とどう関係が?」


「三番隊のライエは南へ向かった。引き抜きだ、それも相当強引な」


「我々の誰かが情報を渡し、南が動いた……?」


「そうだ。元々南に配属していたナーチという男だ。こいつは随分とテグザに傾倒けいとうしていてな、テグザの要請で情報をあさっていたようだ」


「テグザに傾倒けいとう? あの外道にですか?」


「外道が故に放つ光に魅せられたのか、外道が故に手に入る旨味に惹かれたのか……テグザの目的は当然、狩猟蜘蛛の特殊能力だ。ライエにトラップを仕掛けさせ東の連中を一網打尽、って所だろうな。ただし真っ当に勧誘した所でなびくはずがない。なのでからめ手を使った」


「……脅迫でもしましたか?」


「察しがいいな、その通りだ。ナーチの情報によりライエに弟がいる事を確認したテグザは、ライエに自身のバルファ支部への帰属を求めた。弟の命と引き換えにな。実際にライエに会い脅迫したのはバルファ支部所属のアルガン。こいつとライエは昔恋人関係にあった。ライエは入団時バルファ支部に配属されていたからな」


「元恋人を脅迫とは……」


「類は友を呼ぶ、外道のもとには外道が集まる。アルガンは極めて女癖が悪い。今まで何人もの女を食い物にしてきた。適当に遊んで飽きたらテグザに献上したり、作戦に組み込み敵方に送り込む、ハニートラップとして利用したりな」


「……なるほど。ライエさんは裏切った訳ではない、と」


「ライエはアルマドを出て南方の街でアルガンらと合流、現在もバルファ支部へ向け移動中だ。うちの連中に跡を追わせている」


「で、見返りに何を求めるんです? ルール違反がありフェアじゃない。だからと言って全く無償でここまでの情報を提供するというのは、あなたの性格を考えると違和感がある」


「全く……お前を参謀部へ出向させたのは間違いだったと後悔している。手元に置いておくべきだった。優秀な人材を外に出したのは俺のミスだな。

 我々の要求はナーチの処理・・だ。情報というものは時に千のやいばにも匹敵する。乾坤一擲けんこんいってきの大勝負、その勝利を限りなく引き寄せる事だって可能だ。だからこそ情報に対しては常に誠実に、その取り扱いにはついては常に慎重、公平でなければならない。ジョーカー内で抗争が勃発した際、どの陣営にも肩入れしないというのはそういう理由からだ。

 そして一度ひとたびそのルールを犯した者は、恒久的こうきゅうてきに意図してバランスを崩し続ける可能性がある。故に見過ごせないし放置出来ない。毒は回る前に吸い出さなければならない。当然これはゼル陣営がライエ奪還の為に動くであろう、という推測の元に要求している。もしライエを切り捨てるという結論が出そうなら、お前が上手くライエ奪還の方向へ議論を誘導してほしい」


「恐らくその心配は杞憂きゆうかと。彼らはライエさんを追いかけますよ」


「根拠が?」


「ライエさんが望んで行動したのではないと分かれば、彼らはライエさんの為に動きます」


「なるほど、それ程絆が強いと……」


 先般せんぱんリガロが裏切ったばかりだが、と喉まで出かかった言葉を男はグッと飲み込んだ。


「ま、何でもいい。ゼル陣営が動くのであれば、我々諜報部は全面支援する。諸々もろもろまとめた書類を渡しておこう」


「公平に、という観点からすると、当然エクスウェル側にも何らかの情報を渡すんですね?」


「…………」


 返答がない。


「マスター?」


 デームが振り向くとすでに男はその場から消えていた。デームはテーブルに置かれた大きめの封筒を手に取ると、パキッと封蝋ふうろうを割り中の書類を取り出して目を通す。

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