4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

第237話 針金のギフト

 カチャ、と扉を開くリアンセの目に飛び込んできたのは、細長い腕を後ろで組み窓の外の景色を眺めている男の後ろ姿。


(本当に居るわ……)


 男の姿を見て、瞬間げんなりとした気持ちに包まれたリアンセ。きっとろくな話ではない。あの男が直接会いに来る時は、大抵面倒臭い案件をまるでギフトのごとく抱えてやって来る。


(ふぅ……)


 扉を閉めるとリアンセはパッとにこやかな笑顔を浮かべる。


「お待たせ致しましたわ、ミーン博士」


 面倒な男が面倒な話を持ってきた。しかし、だとしてもリアンセはミーンをぞんざいには扱わない。邪険じゃけんにしてミーンの心証しんしょうがいそうものなら、自身にとって損しか生まれないという事を良く理解しているからだ。

 呼び掛けられたミーンはくるりと振り向くと、細長い両手を広げて笑顔を見せる。


「いやぁリアンセさん、お久しぶりですねぇ。お元気そうで何より」


「博士こそ、お変わりない……様で……」


 と、リアンセは口ごもる。元々枯れ木の様にひょろりとしていたその身体は以前よりも更に一回り程細くなっていた。そんなミーンの姿にリアンセは思わず針金を連想してしまった。


「博士……ちゃんと食べて、休んでいます? 前にお会いした時より更に細くなってますわよ」


「おや? そうですか……? まぁあれやこれやと忙しいですからねぇ。仕事に没頭してしまうと食べるのも忘れてしまったり……」


 などと言いながらミーンは自身の腕や腹を触る。リアンセは右の人差し指をスッと立てて「いけませんわ、博士」とミーンの前にグッと進み出る。


「今や博士は我が国になくてはならない存在。お倒れになられでもしたら一大事ですわよ? ご自愛じあいなさって頂かないと……」


 そう、ミーンに何かあっては展開している作戦が完全に頓挫とんざしてしまう。時間と手間を掛けて膳立ぜんだてし、そんな事になろうものなら目も当てられない。リアンセの指摘にミーンは「ハハハ」と笑い「そんな心配をしてくれるのは貴女あなたくらいですねぇ。以後気を付けますよ」と言いながら窓際の丸テーブルに着く。


「しかし、ゲートの設置候補地がイオンザとは思いませんでしたねぇ……」


 窓の外を眺めながらミーンは呟いた。その言葉に懐古かいこの念を感じたリアンセは、ミーンの向かいに腰を下ろしながら「そう言えば博士はこの辺りにいらっしゃったのでしたわね?」と問い掛ける。


「ええ。ここより南東、ダグべという国です」


「そうですか。それはさぞお懐かしいでしょうね」


「いえ、全然」


「…………は? 全然……?」


 ケロッと答えるミーン。リアンセは思わず聞き返した。するとミーンは「私の素晴らしい研究を否定した国の何を懐かしむ事がありますか? いっそ滅んでくれれば気も晴れるというものですねぇ」と肩をすくませる。


(はぁ……これだからこの人は……)


 折角せっかく気を使ったにもかかわらずこの返答。相変わらず捕らえ所がない。


「で、急なご来訪、如何いかがされましたか?」


 リアンセはそれ以上付き合うのをめた。


「はい。実は貴女あなたに一つ、お願い事がありましてねぇ」


(ほら来たわ……)


 十中八九じゅっちゅうはっく、お願い事という名の厄介事だ。そう思ったリアンセは辟易へきえきとする。しかし笑顔は保ったまま「まぁ、何でしょう?」と問い掛ける。


「実は南方産オークの運用に目処めどが立ちましてねぇ。二千程ご用意出来ますので、ぜひ貴女にお預けしたいと思います」


(またオーク……冗談じゃない……)


 オークと聞いたリアンセの脳裏には、過去に行ったハイガルド王国を巻き込んでのオークの実戦実験の記憶が蘇った。実験だけを見れば成功、ミーンを含め研究所ラボの連中もその結果には満足していた様だ。たが作戦としては失敗、敗北した。

 ハイガルド王国の右将軍ベリムス・アーカンバルドを担ぎ王国内に取り入ろうとした作戦。ベリムスを操りハイガルド王国に東側の拠点を設けようと画策かくさくしたのだ。しかしイゼロンは制圧出来ず敗走の屈辱を味わった。

 確かに、実験にかこつけて拠点作りまで行おうと欲をかいた自分が悪い。今思えば見積もりも甘かったと言えよう。だがいくら実験の初期段階だったとはいえ、正直オークはもっと使えるものと思っていた。それがあんなにも簡単に壊滅させられるとは、全く予想外だった。


「南方産は今までのオークより二回り程大きく、その屈強な体躯たいくともない当然膂力りょりょくも増します。それで魔法も扱えるとなればそれはもう……」


「あの、博士……よろしいですか?」


 嬉々ききとして新たなオークのプレゼンを始めるミーン。たまらずリアンセは口を挟む。「おや、どうかしましたかねぇ?」と尋ねるミーンに、リアンセは精一杯申し訳無さそうな顔を作り「実は……」と現状の説明を始める。



 〜〜〜



「なるほど……王位継承問題ですか……」


「ええ。第一王子の戴冠たいかん、それがゲート設置の条件ですわ。しかしどういう訳か、その王子は一向に動こうとしない。どうやらやまいせっている現国王から何かを聞き出そうとしている様なのですが、それが何かまでは教えてもらえず……」


「つまり、その王子が玉座に座るのを待っていると?」


「そういう事ですわね。ローバイムきょうからもゲートの設置を最優先にとの指示を受けております。ですので、折角せっかくのご提案なのですが……」


「ローバイムきょうが。ふぅむ……」


 そううなるとミーンは腕を組み渋い表情を見せる。リアンセは思った、これで大丈夫だと。如何いか研究所ラボのトップであるミーンと言えども、あらゆる方面に影響力の強いローバイム卿の意向をないがしろには出来ないはずだ。今は余計な事はせず、早い所ヴォーガンに即位してもらいゲートを設置してしまいたい。と言うか実戦実験なんて面倒で手間ばかり掛かる仕事はやりたくない。何よりイゼロンの二の舞いはゴメンだ。


「……分かりました」


 ミーンはそう言うと立ち上がる。


(よしっ!)


 リアンセは心の中でほくそ笑む。勝った、と。


「わざわざお越し頂いたというのに、お力になれず……」


 さっさとミーンを追い出したいリアンセ。しかしミーンは予期せぬ言葉を口にする。


「私の方からローバイム卿に話しておきましょう」


「…………は?」


「リアンセさんは優秀な軍人です。二つ三つ仕事が重なったくらい、苦もなくこなしてくれますよ、と」


「はぁ!? いえ博士! そういう事では……」


「ゲートの設置は確かに最優先されるべき案件です。しかしオークの実戦実験、これも譲れません。何故なぜならそのゲートで送り込むのは他ならぬオークなのですからねぇ。そして外征がいせい部隊の中でオークの実験の一番の適任者はリアンセさん、間違いなく貴女です。こう見えて私、ローバイム卿とは良好な関係を築いておりますので、何の心配も問題もありませんねぇ」


「いえいえ! 今は本当にそんな余裕は……」


「現状は理解しました、準備に時間が必要でしょう。いつでも構いませんよ、ご連絡頂けたらすぐに! すぐさま! オークをお送り致しますので……」


 そう話しながらミーンは上着のポケットから魔法石を取り出す。


「それではリアンセさん、ご機嫌よう……」


 ぐにゃりとミーンの周りが歪む。「あ! ちょっと博士! 逃げるな!!」と怒鳴ったリアンセだったが、すぅぅ……とミーンの姿は消えてしまった。


「………………」


 静まり返る部屋の中。ガンッとリアンセはテーブルに拳を打ち下ろす。


「あのハリガネぇ……!」


 込み上げる怒り、しかしぶつけ所がない。リアンセはぎりぎりと奥歯を噛み締めた。すると静かに部屋の扉が開き「帰りましたか?」とルピスが顔を覗かせた。リアンセはジロリとルピスを睨みながら「今更なぁにルピス……貴方隠れていたわねぇ?」とすごむ。


「済みません、あの方はどうも苦手で……」


 ルピスがそう謝罪するとリアンセは再びテーブルを叩き「えぇそうでしょうよ! あのハリガネと仲良く出来る人間なんて居やしないわ!」と怒鳴る。


「押し付けられましたね、オーク。どうします? ヴォーガンに話しますか?」


(聞いてたんなら手助けに来なさいよね、薄情な……)


 どうやらルピスは部屋の外で一部始終を聞いていた様だ。薄情な部下にもやもやするリアンセ。ちらりと横目でルピスを見ながらテーブルをトントンと指で叩く。そして「はぁ……」とため息をくと「しゃくだけどそれしかなさそうね……」と呟いた。


「客人としての立場は崩せない、勝手な事は出来ないわ。となればヴォーガンに話すしかない……間違いなく乗ってくるわね、あの男。こんな面白そうな話、放って置く様な男じゃないもの」


「ではまた、どこかを攻めると……そういう話になるでしょうね」


 ルピスの言葉にリアンセは頭を抱え「あぁもう! 本当に面倒臭い!」と怒鳴った。


「ヴォーガンにはさっさと即位してもらいたいのよ。だから余計な事はしないで大人しくしていたというのに……」


 バンッと両手でテーブルを叩くとリアンセは項垂うなだれながら立ち上がる。そして「行ってくるわ……」と力なくルピスにそうげると部屋を出た。

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