第130話 それぞれの戦い

「うおらぁぁ!」


 ガィン


 振り下ろされる剣。ブロスは自身の剣でそれを受け止める。ギリギリとつば迫り合いが始まるがブロスはスッと力を抜き、同時に相手の剣を右側へ流す。「うおっ!」と声を上げ体勢を崩した相手の腹に膝蹴り、さらに右こめかみ辺りを握っている剣のつかで殴る。そして「う……」と唸りながらうずくまった背中にズン! と剣を突き立てる。剣を抜くとブロスはそのまま振り返る。そして振り返り様に背後に迫っていた敵を真っ直ぐに斬り付けた。


 ブロスとデーム、ライエらは戦いながら戦場右へ移動、六番隊の隊員達と交戦していた。


「てめぇ!」


 左、ブロスに斬り掛かろうと剣を構える男。しかしその男は「ぐっ!」と声を漏らし、手で首を押さえながらその場に膝を付く。見ると男の首には小さなナイフが突き刺さっていた。


「へぇ~、やるじゃねぇか」


 ブロスは呟くと膝を付いている男に止めを刺す。


「ふぅ、当たったか」


「いい腕してんじゃねぇか、ユーノル。助かったぜ」


 ナイフを投げたのはユーノルだった。ユーノルはほっとしたような表情を浮かべる。


「ブロスに当たらなくて良かったよ」


「ハッ、俺に当てやがったら叩っ斬ってやるぜ、覚えとけよ。ちなみに……命中率はどんなもんだ?」


「五分五分だ」


 サラッと答えるユーノル。ブロスは驚いた。


「五……? はぁ!? 何だそりゃ! てめぇそんな命中率で俺の近くに投げたのかよ!」


「だから言ったろ、お前に当たらなくて良かった、と」


「……てめぇ、もう投げるんじゃねぇ。大体なぁ……」


「待て待て……ブロス、囲まれてる」


 気付けば六番隊の隊員十人程に取り囲まれていた。


「チッ、てめぇユーノル。あとでじっくり説教してやるぜ……」


「そんな事よりどうすんだ!? 俺を当てにすんなよ!」


「分かってんよ! 何とかして……」


「ブロスさん!」


 ブロスを取り囲んでいる隊員達の後方、デームはしゃがみながらブロスに呼び掛ける。


「取り敢えず、地面を割ります!」


 そう言うとデームは短い呪文を唱え、地面に右手を置く。するとデームが右手を置いた地点から前方に向けて、地面が割れるように陥没してゆく。まるで地面の下に突如空洞でも出来たかのように、ボコン、ボコンと音を立てて割れる大地。「うおっ!」「何だ!?」などと声を上げながら六番隊の隊員達は崩れる地面に足を取られる。


「ハッハァ! いいぜ、デーム! ユーノル、後ろ下がっとけ!」


 ブロスは崩れる地面をピョンピョンと蹴りながら、身動きの取れない隊員の前へおどり出る。そして斜め下からの斬り上げ、斬った相手をドンと蹴り倒す。すると左、隣にいた隊員が魔弾まだんを放ってきた。しかしブロスには当たらない。デームがしっかりとシールドを張りブロスを守ったのだ。


 そうして混戦を制し、一人また一人と六番隊の隊員をほふってゆくブロスとデーム。しかしそこで二人の動きは止められた。背後から突然の攻撃、いくつもの魔弾まだんが二人を襲う。


 パシパシパシ……


 咄嗟とっさにシールドを張ったデーム。何とか攻撃は防げたが、魔弾を放ったのは厄介な者達だった。


「随分とはしゃいでるな、ブロス」


「ラムテージ……」


 現れたのはスールー、ベルナディ、ラムテージの三人。いずれもアイロウが信頼を置く、腕の立つ魔導師だ。


(チッ、何だって三人もこっちに来やがる……)


「いいのかぁ、アイロウに付いてなくてよ。られっちまうかも知んねぇぜぇ?」


 ブロスの問い掛けに顔を見合せ笑う三人。


「誰が誰をるって? ひょっとしてあの場に残ってたボクちゃんみたいな奴か? ブロスお前、随分とジョークのセンスが良くなったなぁ?」


 ラムテージはニヤニヤしながら馬鹿にしたように話す。


「そいつはちっとばかしウチのクソ魔導師をなめすぎだ。確かに青臭ぇボクちゃんだが、何の勝算もなくアイロウの前に置いてきたと思うか?」


 軽く笑いながら話すブロスに、ラムテージの表情は険しくなった。


「ジョークのセンスは良くなったが、代わりに物事を見る目はなくなったようだ。マスターを相手に勝算とは……笑わせる!」


「四の五の言ってないでさっさとやろうぜ? てめぇにゃ随分貸しがある。ここらでキッチリ返しといてもらわねぇとな」


「貸し? お前に何か借りた記憶はないが?」


「やった方は忘れるが、やられた方は忘れねぇ、ってな。てめぇには何度も手柄を横取りされてっからなぁ、思い出したかよ、コソ泥野郎?」


 三番隊と六番隊は一緒の任務になる事が多かった。そのたびブロスとラムテージは手柄を競い合ったのだが、あと一歩の所でラムテージに追い付かない、という事が多かったのだ。これだけ聞くとブロスの逆恨みのように聞こえるが、実際の所は、ラムテージがかなり強引な方法でブロスを出し抜く、というような事がしばしばあった。

 例えばブロスが苦労してこじ開けた前線に飛び込み敵の中枢を押さえるとか、例えばブロスが引き入れた協力者を買収し自部隊に引き込むとか。しかし、当然のごとくラムテージは全くかいしていない。


「フン、何を言い出すかと思えば……お前がモタモタしてるからだろ? 俺はてっきり手柄を譲ってくれてるのかと思ってたぜ。とにかく、ここらで終わらせようか。また変な難癖なんくせを付けられる前にな!」


 ラムテージは魔弾を放つ。シールドを張ろうとするデームに「いらねぇ!」と叫ぶブロス。そして向かってくる魔弾に剣を振り上げる。


(まさか……斬るつもりか?)


 デームの予感は的中する。ブロスは迫り来る魔弾を斬るべく、速く強く剣を振り下ろした。



 ブン……



 ドン……



 静寂の中、ブロスはゆっくりとその場に膝を付く。魔弾は見事ブロスに命中した。




「もう! バカブロス!!」




 静寂を破ったのはライエ。後方から一部始終を見ていたライエは怒鳴りながらブロスに駆け寄った。


「何なの!? バカなの!? 何やってんの!!」


 ライエはブロスに罵声を浴びせながら治療を始める。


「るせぇ……あのルピスってのに出来て、俺に出来ねぇ理由はねぇ……」


「出来るか! 本当ほんとバカなの!? バカブロスなの!? こんな事で魔力使わせないでっ!!」


 ライエの罵声は止まらない。デームの予感は的中した、ただし悪い方にだ。治療を受けているブロスを見ていたら、デームは何だか切なくなった。


(ブロスさん……そのくらいの判断は出来るでしょう……)


 魔弾を放ったラムテージも何だか切なくなった。


(何で俺はこんな馬鹿と張り合ってるんだ……?)



 ◇◇◇



「何なんだ……こいつら……」


 思わず口から漏れた。相手は剣士だ、しかも魔法は使えない様子。なのに何故なぜこんな事になる!?


 次々と斬り伏せられてゆく仲間達。その信じられないような光景を目にしたパウトは大声で叫ぶ。


「落ち着けぇ! 立て直すぞ!!」


「パウト!」

「パウトが来たか!」

「よし、何とかなるぞ」


 パウトはアイロウの指示で他の隊員達を助力すべく戦場左側へ移動。あとから現れた剣士達に一方的に蹂躙じゅうりんされていた、六番隊の隊員達にげきを飛ばす。パウトの参戦で息を吹き返す隊員達。目にも力が戻った。


「増えたぞ?」


「ああ。指揮官なんだろ」


「誰でもいい。久々の実戦だ、楽しもうぜ」


 ルピスの部下達は攻撃を再開する。その戦い方は異様なものだった。


 ドン! と踏み込む剣士。すると次の瞬間には目の前にいる。一瞬でふところに飛び込まれ斬り付けられるのだ。それを見たパウトは再び驚いた。


(何だ、あの技は……!)


 まるで瞬間移動でもしているかのような気持ちの悪い動き。六番隊の隊員達は剣士達のこの動きに惑わされ苦戦していたのだ。こんな戦い方は見たこともない、パウトは困惑する。しかしすぐに気付いた、その攻略法に。


 パウトの前方にいた剣士はパウトに目を付ける。奴が指揮官ならば先に始末した方がいい、そう判断したのだ。シュン! と姿を消す剣士。パウトも自身が狙われている事に気付いている。


(いくら消えようが、姿を現すのは目の前だろ!)


 パウトは前面に魔弾を連射し弾幕を張る。


「な!?」


 ドンドンドン……


 目の前に現れた剣士は突如張られた魔弾の弾幕に対応出来ない。身体中に魔弾を被弾してその場に崩れ落ちた。


「やられたのは……ワイティか。全く、未熟な……だからあんな半人前は置いてくるべきだと……」


 その様子を見ていた剣士が呆れるように呟いた。すると首筋にシュ……と伸びてくる剣。横にいた剣士がやいばを向けたのだ。そして静かに呟く。


「仲間だろう?」


「……ああ。そうだ、仲間だ。悪かったよ、ブレイ」


 ブレイはスッ、と剣を引く。そして倒されたワイティを助けるべくパウトへ向かう。側で見ていた別の剣士は、剣を向けられた剣士に話し掛ける。


「口が滑ったな、ジョグ。ブレイにとってはワイティはかわいい弟分だ。あんな言い方されたら、そりゃ怒るだろ」


「ふん、事実だろう。でもまぁ……仲間だ。助けてやるさ」


 そう言うとジョグもワイティのもとへ走る。





 パウトは目の前で倒れている剣士に止めを刺そうとする。その様子を確認したブレイ。間に合うかどうか、微妙なタイミングだ。すると自身の横に並ぼうとする人影が見えた。ジョグだ。


「奴は俺が止める。お前はワイティを回収しろ」


 そう話すとジョグは加速する。しかし何故なぜあんなに速く動けるのか? 疑問に思ったブレイだったが、すぐに気付いた。ジョグが剣を持っていない事に。


(無茶を……)


 ブレイは少しだけ笑った。





 剣を捨て、さやも捨てた。少しでも速く動く為だ。


(全く、未熟者め。先輩にこんなにも骨を折らせるんだ、酒の一杯くらいじゃ済まないからな!)


 武器を捨てより身軽になったジョグはパウトへ向かい加速。一方パウトも自身に迫る二人に気付いていた。


(懲りずに……また来るか!)


 シュン……と姿を消すジョグ。パウトは迎え討つべく再び自身の前面に魔弾の弾幕を張る。と、斜め右側に姿を現したジョグ。タイミングは完璧、パウトはとらえたと思った。しかし魔弾は当たらない。ジョグはそこから再び加速し姿を消したのだ。ほんの一瞬の出来事。目にも止まらぬ、とはこの事だ。事実パウトは完全にジョグを見失っていた。


(どこに……)



「邪魔だ」



 さらに右。声が聞こえたと思った時にはすでにパウトの身体は宙を舞っていた。二回目の加速でパウトの側面に移動したジョグ。パウトの首元に渾身こんしんの突きを放った。





「ジョグ、済まない」


 無事ワイティを助けたブレイはジョグに礼を言う。と、ジョグはガクッとその場を膝を付いた。


「ジョグ!?」


 ジョグのもとへ駆け寄ろうとするブレイ。ジョグは右手を出してそれをせいす。


「加速しすぎた、筋をやったな。全く、やはり半人前は置いてくるべきだったんだ。俺はもう動けん、あとはお前らでやれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る