第131話 隙

 シュシュシュシュ……と連射される魔弾まだん。まるでマシンガンのように休みなく繰り出される魔弾まだんは、その一つ一つがしっかりと構築されており、決して手を抜いて作られたものではない。ゆえに確実な殺傷能力がある。

 これだけの数を出せるのは勿論だが、全ての魔弾をこのクオリティで作れる事に驚く。それだけでこの魔導師がただ者ではないという事が良く分かり、ジョーカー最強と呼ばれているその理由としても充分だろう。


(これだけ数が多くては一つ二つ斬った所で何の意味もないな)


 ルピスはアイロウのふところに入れず逃げ回る一方だ。途中、チラリとルピスは俺を見た。どうにかしてくれ、という事なんだろう。


「ルピスさん! 道を作る! でも加速はしないで!」


 そう叫ぶと俺はルピスの前面に何枚もシールドを張る。


 走り出したルピスは「済まん!」と叫ぶ。それだけでこちらの意図を理解したのだろう。俺はルピスの動きに合わせてシールドを移動させる。さすがに隠術いんじゅつで加速されたら合わせられない。そして同時に自身のシールドも張らなくてはならない為、中々に忙しい。


 パシパシパシ……


 ルピスはアイロウの魔弾がシールドに当たる心地好ここちよい音を聞きながら、ついにアイロウの目前に迫った。ふところに飛び込み左から水平に剣を振るうルピス。アイロウは短剣でそれを防ぐ。


「ぐぅぅ……」


 唸りながらグッと踏ん張るアイロウ。純粋な剣士の一撃は重い。防がれたルピスはすぐさま左回りに回転、今度は逆、右側から斬り付ける。


 ガイン!


 アイロウはこれも防ぐ。するとルピスはバッ、とアイロウから離れて距離を取る。さすが、戦い慣れているというべきか。回転した時にルピスは俺の姿を見たのだろう。俺が攻撃の準備をしている事に気付いたのだ。

 ルピスがアイロウから離れたのと同時に俺は魔弾を放つ。一発、二発、三発。シュゥゥゥ……と音を立てアイロウに迫る魔弾はバババッ、と分裂する。魔散弾まさんだん、オリジナルは違うという事を教えてやる!


「チィッ! またか!」


 アイロウはシールドを展開する。二枚、三枚、しかも厚い。だが散弾はそのシールドを食い破ろうとする。ふんだんに魔力を込め、尚且なおかつ高速旋回させているのだ、そう簡単に防がれてはたまらない。しかしアイロウは簡単にそれを上回った。

 アイロウはシールドで防ぎきれないと見ると、すぐに少し後ろに距離を取る。そして突き出した右手を左から右へと動かし、同時に魔弾を連射し始めた。魔弾はシールドを破った散弾に当たると次々と爆発。爆風と共に散弾を打ち消した。


 まさか、という思いはある。こうも簡単に防がれるとは。しかしどこかで予感していたのだろう。俺は無意識に魔散弾まさんだんが防がれたあとの事を考えていた。そして行動に移す。


 マーキングだ。


 極小の魔弾を放つ。目には見えず認識出来ない。込める魔力も極々ごくごく僅か、ゆえに感知もしづらい。恐らくアイロウ程の魔導師でも体験した事はないはずだ、恐ろしいまでの雷の衝撃は。


 放った極小魔弾はアイロウの胴に着弾。いざ雷を放出する寸前、俺はアイロウが何やら不可思議な表情を浮かべている事に気付いた。


(何だ? どういう……?)


 釈然しゃくぜんとしない。スッキリとしない。何だ、その表情は? モヤモヤとする気持ちを振り切るように、俺は雷を放つ。



 バーーーーーン!



 乾いた破裂音が響く。アイロウの側にいたルピスは、思わず身をかがめるように顔をそむけた。


(何だ……今のは……?)


 驚くルピス。突然の閃光と轟音。何かとてつもない力が働いたのは分かる。しかしそれが何かは分からない。何が起きたのか……? ルピス同様、俺も驚いた。ただし驚いた理由が違う。



 雷を防がれた。



 ゆらり、と身体を揺らし、じろり、と俺を睨む。そして、低く唸るように話す。


「お前……今、何をした……!?」


 何をした、とはこちらの台詞セリフだ。一体どうやって防いだ? シールドを張った? まぐれか?


 雷の魔法、過去に一度だけ防がれた事がある。ミラネル王国、王都ミラネリッテ。ロイ商会の倉庫でその時は敵同士だったゼルに放った雷だ。あとから聞いた話だが、あの時ゼルは勘でシールドを張ったそうだ。嫌な予感がしてシールドを張った所、そこに俺の雷が当たったと言っていた。


 アイロウも勘が働いたとでも?


 アイロウは俺を睨み続けている。その目には色々な感情が見てとれた。疑問、怒り、警戒、困惑……と、突如ルピスが仕掛ける。アイロウの意識は完全に俺に向いている、そこに隙を見つけたのだ。

 グンッ、と加速しアイロウのふところへ再び飛び込むルピス。斜めに斬り付けようとするルピスの剣を、アイロウはギリギリと強く握った短剣で弾き返した。


「なめるなぁぁぁぁ!!」


 アイロウはルピスの狙いに気付いていたのだ。剣を弾かれ大きくるルピス。アイロウはまるで無防備となったルピスに向かい魔弾を放った。


(まずい!)


 俺は咄嗟とっさにルピスの前面にシールドを張った。だが、少しばかり間に合わなかった。シールドに当たった魔弾は少しだけその軌道をずらしルピスの左腕に当たった。そしてボン! と爆裂する。



「ぐぁぁぁっ!」



 声を上げるルピス。しかしすぐに体勢を立て直し、シュッとアイロウから離れる。俺はすぐにルピスに駆け寄った。


「ルピスさん! 済まない、間に合わなかった!」


「っぐ……気にするな、コウ殿。死んではいない」


 ニコッと笑みを浮かべるルピス。


「しかし……これでは剣は握れんな」


 ルピスは左腕を動かそうと試みる。が、腕は動かなかった。それはそうだ。ルピスの左腕は全体が焼けただれて血塗ちまみれだ。


「ルピスさん、離脱してくれ。あとは俺が……」


「離脱? 何を言っている?」


「何って……だって腕が……」


「左腕がな。だが右腕は生きている」


 そう言うと剣を握る右腕をぐるぐると回すルピス。


「無茶だ! 片腕なんて……」


「コウ殿、良く聞いてくれ。どんな強者でも隙が生まれる瞬間がある。自身が優位に立ったと感じた時、攻撃を繰り出そうとする時、それと、攻撃を繰り出した直後だ。今から奴の隙をうかがゆえ……上手く合わせてくれ」


 俺の話をさえぎるように話すルピス。スゥッと剣を構える。ふぅぅぅと息を吐き、身を低くし切っ先は前に向けたまま剣を後ろに引く。と、ドン! と踏み込み加速する。


(来るか! 片腕で良くやる!)


 迎え討つアイロウ。どこだ? どこに来る? どこに現れようがこの身に剣が届く範囲である事に間違いはないはずだ。姿を見せたらカウンターで魔弾をぶち込んでやる!


 シュン、とルピスが姿を現したのは正面。アイロウの真正面に現れたルピスは剣を真っ直ぐに伸ばす。しかもそれは今までルピスが見せた動きの中でも最も速く、僅かでも触れたら致命傷になり得るくらいの超高速での突きだ。


(チィッ! 速い……)


 ルピスのあまりの速さにカウンターでの攻撃は無理だと判断したアイロウ。咄嗟とっさに身体を右にひねり、自身の胴を狙い伸びてくる剣をかわそうと試みる。



 チッ……



 ルピスの剣の切っ先が僅かにアイロウのローブをかすめる。剣はアイロウの身体ではなくくうを突いた。出来る限り少ない動きで、出来る限り速く、出来る限り正確に、アイロウはルピスの突きを見事にかわした。剣を突き出し伸びきったルピスの身体。それはまさに、ついさっきルピスが話していた通りだった。


 攻撃を繰り出した直後に隙は生まれる。


 がら空きとなったルピスの右脇腹。当然アイロウは狙う。左手をルピスの身体に向け、勝利を確信した。


(終わりだ……剣士ぃぃぃ!!)


 俺は隠術いんじゅつを使い地面を強く蹴り込む。グンッ、と加速し猛烈な勢いで前へ飛んでゆく身体。次の瞬間には目の前にアイロウの姿がある。ルピスを仕留める為攻撃を繰り出そうとするアイロウ、この攻撃でルピスを倒せると、勝利を疑わないアイロウ。


 ルピスの話していた通り、隙が生まれた。攻撃を繰り出そうとする時と、自身が優位に立ったと感じた時。ルピスは自身を餌として、アイロウの隙を誘ったのだ。


 今のアイロウは、隙だらけだ。


 アイロウは背後に気配を感じた。チラリと視線を移すと、そこには冷たい視線を浴びせる若い魔導師の姿がある。


何故なぜ……そこにいる!?)


 いつの間に? どうやって? まさか……こいつもこの剣士と同じ技を!?


 その理由が判明した所で、もうどうする事も出来ない。俺はがら空きとなったアイロウの背中に、至近距離から魔弾を放った。



 ドン……



 ボン!



 アイロウの背中に着弾した魔弾は爆発、炎と黒煙を上げる。


「グゥゥゥ……アアァァァ!!」


 アイロウは苦し紛れに右手の短剣を振り回した。すでに体勢を整えていたルピスは背後に飛び、俺は違和感を感じながら剣の間合いから離れる。


「コウ殿! 見事!」


「いや……防がれた……」


「防がれた?」


「シールド張られてるよ、あれ。じゃなきゃ立ってなんていられないはずだ。殺すつもりの魔法だったんだし……」


「あの状況から防いだと?」


 うなずく俺を見たルピス。呆れるように笑う。


「全く、化け物め……まぁだとしてもだ。手傷を負わせた、それは間違いない。それにしてもコウ殿、あの技……一体どこで?」


 あの技? 隠術いんじゅつの事か。


修道女シスターに習ったんだよ」


修道女シスター修道女シスターがどうして……?」


「ルピスさん! 来るよ……」


 アイロウは苦悶くもんの表情を浮かべながらこちらを睨む。爆発と炎で背中に火傷を負った。ヒリヒリと痛む背中、沸々ふつふつと湧き上がる怒り。


(……認識を改めよう。こいつらは……強者だ!)

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