第109話 所詮は…

「団長、ルシー殿がお見えになりました」


「お通ししてくれ」


 ラテールに案内されエクスウェルの陣幕を訪れる男。ジョーカープルーム支部があるエイレイ王国パルフェール領を治めるエルアイド伯爵の部下、ルシーだ。


「ルシー殿、お待ちしておりましたぞ」


 エクスウェルは立ち上がりルシーを迎え入れる。


「お待たせしましたな、エクスウェル殿。我が主、エルアイドから借り受けた兵、二千を連れて参った。これでようやくいくさていが整いますな」


「数日前に交戦しましたがその後は向こうも音沙汰がありません。エバール砦に籠り守りを固める腹積もりでしょう。ですが、長く国境を守っていらしたエルアイド様の屈強な兵がおれば、あの程度の砦など一揉みに揉み潰せましょう」


 話しながら中心のテーブルに着く二人。テーブルにはエラグ王国の地図が広げられている。


 数日前、エクスウェルはエラグ王国に取り入った南支部をまとめているアーバンの部隊と交戦した。共に三百程の小勢こぜい同士の衝突。アーバンは部下を率いてエラグ国境守備の要であるエバール砦から出陣。砦を望む小高い丘に布陣したエクスウェル隊に仕掛けた。まずは挨拶代わり、といった軽い攻撃だった為、双方軽微な損害が出た程度で収まった。が、この衝突により確かに戦端せんたんは開かれた。これより先は本格的な戦争である。


 エラグに対するクーデターが失敗し、からくも王都エラグニウスから脱出したエクスウェルは、自身の本拠であるプルームへ戻るとすぐさま部隊を再編。と同時に大規模な人員募集を行った。ジョーカーの悪評は大陸東側まで漏れ伝わっていたが、その強さと金回りの良さも伝わっている。戦争でつかえるべき家が潰れ、酒場の用心棒などで食い繋いでいた浪人や、待遇の悪さに耐え兼ね退役した元軍人、果ては盗賊、山賊といった手合てあいまでもがこぞって参加。ジョーカープルーム支部は実に八百名を超える大所帯となっており、その数は現在も増加中であった。

 しかしエクスウェルからすれば、このような有象無象うぞうむぞうなどいくら消耗してもすぐに補充の出来る使い捨ての駒であり、取り敢えず大軍をよそおえられれば良い、というくらいの存在でしかなかった。


出立しゅったつ直前、王都より早馬が参りましてな。七千の軍がすでに王都を出た、との報です。あと数日、といった所ですな」


 ゆったりと椅子に持たれながら話すルシー。出されたワインで喉をうるおす。


「おお、それは吉報。いよいよですな」


 エクスウェルはキセルに火を点け煙をくゆらせる。


「しばしの辛抱です。しかしながらよくぞここまでこぎ着けられた、お見事な手腕です。さすがはジョーカーの団長殿、よもや陛下のお心まで動かされるとは……我が主など、当初は怒り狂っておりましたしな。エクスウェルめ、出し抜きおった! などと……フフフッ」


「いやいや、全く不徳の致すところ……私が説明をおこたった事でエルアイド様には大変なご迷惑をお掛けしてしまいました。エラグの資源をジョーカーで独占するなどとんでもございません。エラグを落とした折りには、当然エルアイド様に融通させていただくつもりでした」


 無論、嘘である。エクスウェルはエラグのクーデターを成功させ、そのままエラグをべるつもりでいた。ジョーカーが治める国として国家運営するつもりだったのだ。


 エイレイは資源のとぼしい国である。そして同時に戦争を繰り返してきた国でもある。エラグの資源には当然目を付けていた。ゆえにエラグに侵攻しよう、という議論は常に国内にあったのだ。しかし仮に攻め落としたとしても、その後の防衛に苦慮くりょする可能性があった。エラグには潜在的に敵が多いのである。

 エイレイに限らずエラグの周辺国は皆、その豊富な資源を狙っている。時に外交で、時に戦闘で、小国ながらエラグは実に上手くそれらの国と渡り合ってきたのだ。エラグを攻め落とせば、当然エイレイは領土防衛の為の努力をしなければならない。場合によっては周辺国との永続的な戦争に突入する可能性もある。資源は魅力だがリスクは高い。よって今の今まで手を出せずにいたのである。そんな中、エクスウェルはエラグに対しクーデターを仕掛けた。支部の設置を許可しジョーカーを自領へと迎え入れた領主エルアイドからすると、エクスウェルに不義理を働かれ出し抜かれた、と感じて当然だろう。


 しかしクーデターは失敗した。そこでエクスウェルは方針を変更、エイレイを巻き込み軍を派遣させ、正面からエラグを攻め落とそうと考えた。国を巻き込む事で当然自身の取り分が減ってしまうが、それは致し方ない。それを差し引いても尚、エラグの豊富な鉱物資源はジョーカーに更なる富をもたらす事は間違いないだろう。

 そしてエクスウェルは元々エラグの防衛にも自信を持っていた。それだけジョーカーの戦闘能力は高いのである。国軍に匹敵、あるいいはそれを超える力があると自負していた。それにエイレイの兵が加われば守りは更に強固になる。


 エイレイを巻き込むと決めたエクスウェルは、その工作をわずか二週間足らずで完遂かんすいした。プルームを治める領主エルアイドからエイレイ国王に至るまでを短時間で見事に口説き落としたのだ。作戦参謀であるラテールが計画を考えたとはいえ、実際に交渉を行うのはエクスウェル本人。いかにエクスウェルという人物が優秀であるかを物語っている。弁舌家としても非凡な才を持つエクスウェルにかかれば、エイレイを動かす事など容易だったという事だ。


「さて、作戦はどうなっておりますかな? やはりエバール砦が文字通りの難関かと思うが……?」


 エラグ王国は周囲を山々に囲まれた高地にある山岳国家である。それゆえ守りやすく攻めにくいまさに天然の要塞となっている。平地へと抜ける道はいくつかあるが、そのいずれにも関の役割を果たす砦がいくつも設けられている。

 大陸東側へ抜ける道を塞ぐように置かれているのがエバール砦。エラグの誇る堅牢な砦群の中でも特に大きく頑丈な代物だ。エクスウェル・エイレイ連合軍はこの砦を抜いてエラグ国内へ侵攻しようと計画していた。この堅牢な砦を落とす事が出来れば、それだけでエラグには相当大きなダメージを与える事が出来るだろう。


「エバール砦に守備を集中させないよう、軍を三隊に分けてはいかがでしょう? 本命のエバール砦には本隊を、そして南のピネリ砦、北のスティンジ砦と三方向からの同時攻撃。エラグはそもそも軍の規模が小さい。これだけでも大いに混乱するでしょう。勿論王都より国軍が到着したら、指揮官殿に改めて献策けんさくさせていただこうかと――」



 ◇◇◇



 ルシーが自陣へ戻ったあと、エクスウェルはラテールと二人エラグの地図を眺めていた。


「ラテール」


 エクスウェルは地図を見据えたままラテールに話し掛ける。


「ルシーってのはどんな奴だ?」


「……特筆すべき所は何も。いたって凡庸ぼんような男です」


「エルアイドも特に優れた男ではない。その部下もまたしかり、か。そんな連中が率いているんだ、兵も期待出来そうにないな」


 エクスウェルは実に気だるそうにぐりぐりと首を左右に回す。


「国境に接しているとはいえ、この辺では長くいくさがなかったようです。ゆるんでいるのでしょうな、色々と」


「二千もいればいくらか仕掛けられると思ったんだがな、国軍の到着を待った方がよさそうだ」


「賢明です。無駄に数を減らす事はないでしょう」


所詮しょせん烏合うごうの衆か……」



 ◇◇◇



 一方自陣へと戻ったルシー。腹心の部下達を集め早速酒宴を開いていた。


「ルシー様。いかがでしたか、エクスウェルは」


「相変わらず、一見すると柔和にゅうわで従順。しかし腹の内では何を考えているか分からん。なんせエラグを乗っ取ろうとまでした男だ、油断すればこちらが食われかねん」


 ドン、と部下の一人が叩きつけるようにテーブルにグラスを置く。


「傭兵風情がデカい顔をし過ぎなのです。何故なにゆえエルアイド様はあの様な信を置けぬ者共を迎え入れたのですか?」


「エルアイド様のご判断にケチをつけてはならんぞ? きっと我々のような凡人には分からん深いお考えがあっての事だ。それに我らの悲願でもあったエラグ侵攻、今回その流れを作ったのは間違いなくエクスウェルだ。そこは認めねばならん。だが、エルアイド様も申しておった。くれぐれも気を許すな、と」


 クッ、とワインを喉へ流し込むルシー。微かに笑いながら呟く。


所詮しょせんは傭兵、信用に値するような者共ではない」



 ◇◇◇



 エクスウェルとルシーが攻略目標としているエバール砦。エラグ王よりエクスウェルが付近に陣を張ったと聞いたアーバンは砦入りを志願、自身の手勢三百を率いてエクスウェルと相対する。


「増援は来たか?」


 砦内、光が入らず薄暗い会議室に入るアーバン。中にいた部下は首を振る。


「まだだ。クライール将軍より取り敢えず一千送ると連絡が来たが……」


「たった一千!?」


 アーバンは呆れ返り声を上げた。


「向こうは新たに二千が来たんだぞ? 更に七、八千の増援が出たとの報もある。天才などと持てはやされてはいるが実際もういい歳だ。よもや計算も出来ない程ボケてるんじゃないだろうな?」


「ハハハッ、どうだかな」


「せっかくエクスウェルを出し抜いてエラグに取り入ったってのに、エラグが負けちゃあ何の意味もねぇ。どんだけ金掛けたと思ってやがる……」


「取り敢えず様子見だな。向こうも動く気配はない」


 苛立ちを抑えきれないアーバン。吐き捨てるようにぼやく。


「全く……さっさと兵を送れってんだ。所詮しょせんはただのもうろくジジィか……」



 ◇◇◇



「陛下はこちらか?」


「クライール将軍!?」


 エラグニウス城政務室前。突然訪問した全軍を預かる老将、クライール・レッシ将軍の姿に、警備の騎士は驚き慌てて敬礼する。


「陛下はこちらにいらっしゃいますが……クライール将軍、前線ではなかったのですか?」


「前線へ向かう前にちと、な。取り次いでもらおうかのぅ」


「は。陛下、クライール将軍がお見えです」


「良いぞ」


 室内から響く低い声。政務室の重厚なドアが開かれる。正面にある豪華な机に向かい、エラグ王は書類に目を通していた。敬礼をしクライールが入室するとエラグ王はちらりとクライールに目をやりため息をつく。


「今日も難しい顔をしておるな。また何ぞ小言でも言いに来たか?」


「ほう、お心当たりがおありでしたか」


「ハッハハハ! わしをいさめる事が出来るのは、もはやこの国ではお主くらいしかおらぬ。忠言ちゅうげん、しかとうけたまわろうぞ?」


「は、しからば……陛下におかれましては、随分とアーバンを気に入られているご様子。今回も要衝、エバール砦に真っ先に派遣されたとか。いささか、気にかかりまする。兵達からも不満の声が上がっておりますれば……の者……いえ、の者ら、決して信用に足る存在では……」


「案ずるな、信を置いている訳ではない。契約通りの仕事をさせようと思うておるに過ぎん。国境と王都エラグニウスの警備、それがあ奴らの仕事であろう?」


しかり……」


 エクスウェルがクーデターを起こす前、表向きの契約として国境と王都エラグニウスの警備を請け負うとの約定をエラグと交わしていた。アーバンはその契約をそのまま引き継ぐ事でエラグ国内に留まっていたのである。


「まぁお主の申す通り、確かに気に入ってはいるがな。あ奴の話は面白い、酒の席ではわしの隣に座らせたいと思うくらいだ。が、それとこれとは別。契約以上の仕事をさせる気は毛頭ない。あ奴をエバールへやったのも、エクスウェルが陣を張ったと聞いたからだ。エクスウェルを放っておくのは、あ奴としても宜しくないのであろう? 多少の気を遣ってはやったが、それ以上の意味はない」


「左様でしたか。なれば、申し上げる事は何もございませぬ」


「ふむ、所詮しょせんは警備部隊の隊長くらいにしか見てはおらぬ」



 ◇◇◇



「どうだ、見えるか?」


「……うん」


「無事だろ」


「……うん」


「テグザの話した通り、お前の弟は何も知らないままいつもと変わらない日常を送っている。商人になりたいんだったか? 授業態度、成績、寮での生活に至るまで、実に真面目で優秀な生徒だってな。お前も鼻が高いだろ。だがそんな自慢の弟の将来も、全てお前の態度と働きぶり次第だ」


「……分かってる」


「そうか、ならいい。じゃあ行くぞ、仕事だ」


 ライエはキュールとその部下数人と共にバルファのすぐ南にあるトルムという街に来ていた。この街の学園でライエの弟ベクセールは日々学んでいる。商人になるという夢を叶える為だ。直接会う事は許されず離れた場所から望遠鏡でベクセールが授業を受けている教室を覗き見る。そこには真面目に講師の話を聞いている弟の姿があった。


(ベクセール……)


 弟を守れるのは自分だけ。自分さえ我慢し下手を打つ事なく立ち回ればいい。それで全てが収まる。ライエは改めてそう決意し、後ろ髪を引かれながらその場を離れる。そんなライエを見て、監視役のキュールにも思う所があるようだ。


(バルファに来た以上何も出来ない、させてはもらえない。身も心も全てテグザに侵食されるだけだ。さすがに同情するな……所詮しょせんは籠の鳥か)


 本音と建前、各々おのおのの思惑。やがてそれらは火花を散らしながらぶつかり合うだろう。開戦は目前だ。

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