第223話 斯くして魔女は邪悪に笑う 8
「な……!? 城の地下からですか!?」
ミーンは脱獄した。マベットのその言葉に驚きイベールは思わず聞き返した。レクリア城地下にある留置場は王都内に三つある留置場の中でも取り分け重大な犯罪を犯した者が入れられる。城の地下という立地、そして収容される者の性質上当然その警備は厳重だ。にも
「そうだ……城の地下からだ……」
チラリとイベールを見て静かにそう返答するマベット。そんな王の様子を見たイベールは途端に緊張に包まれゴクリと唾を飲んだ。その目から、その口調から、否が応でも伝わってくる。王の怒りの感情が更に強さを増したのだ。イベールは
(でもこれは……
マベットの激しい怒りに当てられ、
(俺は氷……俺は石……俺は置物……)
そんな言葉を頭の中で繰り返しながら、イベールはこのまま微動だにせず王の怒りが収まるのを待とうと決意した。
「今からする話は、当時地下留置場の宿直勤務中だった衛兵からの証言だ。その日の深夜――」
マベットの怒りはイベールのみならずその場にいる者全員が感じていた。重苦しい空気の中マベットはミーンが留置場を
□□□
「いやぁ、いらっしゃいましたね、局長」
「……何ですか貴方、こんな所にまで顔を出すとは……ここがどこか分かっているんですか?」
「もちろん承知しておりますとも。ここは城、天下のレクリア城地下留置場でございます」
「……理解しているのなら結構。で、一体何の用ですかねぇ?」
「何の用とは寂しい事を仰る。もちろん局長、貴方様をお迎えに上がった次第でございます。こんな鉄の檻に閉じ込められてまぁ……何とお痛わしい」
「貴方とはそれ程親しい間柄ではなかったと思いますがねぇ。仕事上の付き合いしかなかった貴方が私を迎えにとは……誰に頼まれたんです?」
「またまた寂しい事を仰る。確かに局長とは仕事でしかお会いしておりませんでしたが……ま、良いでしょう。さて、誰かに頼まれたのかと問われるのであれば、私はこうお答えします。いいえ、誰にも。
「貴方商人ですよねぇ、商人の
「もちろん、必要な物を必要な人にお届けする事です。で、それにより生まれる
「仕入れとは………………あぁ、なるほど。商品は私という事ですか」
「ご名答にございます。さすがは局長、冴えていらっしゃる」
「お世辞なんていりませんねぇ、何の足しにもなりません。で、貴方に仕入れられた私は一体どこに売り飛ばされるんです?」
「そんな身も蓋もない言い方をなさらないで下さい、悲しいじゃあありませんか。ま、売るのには違いないのですが」
「どこにと、聞いているんですがねぇ?」
「はい、遠く遠く、西の国。三ヶ月程は掛かりますかね、長旅になりますよ?」
「ふむ……沈んだ大地のどこか……という所ですかねぇ。そこへ行って私に何をしろと?」
「研究にございます。局長の興味の
「何か……いまいち信用出来ませんねぇ」
「何と
「……相変わらず嫌な人ですねぇ、貴方。こちらの痛い所に遠慮なく手を突っ込む……まぁあれですねぇ、一言で言えば焦ったのですよ。あの素晴らしい薬の効果を早く世に知らしめたいと、そう思い焦ってしまったのです。
「なるほどなるほど……いやはや、理由を知れてスッキリしました。天才ミーン様も人の子なんだと、そういう事でしたか」
「……嫌な言い方をしますねぇ。でもまぁ、貴方には感謝していますよ。貴方があれを調達してくれたお陰でレゾナブルが生まれた訳ですから」
「これはこれは、ありがとうございます。私の仕事がお役に立ったのならば何よりでございます。ですが私はあくまで商品を販売したのみ。あれの可能性に気付き見事素晴らしい薬に仕上げたのは
「あの、そろそろここから出してもらえませんかねぇ。いい加減檻の中はうんざりです。
「おっとそれは大変。それでは局長、自由な世界へどうぞ」
「ふぅ、やれやれ……ようやく解放ですねぇ。あぁそうそう、ついで商品をもう一つ仕入れてみませんか? 三班の責任者で……」
「はい。ジタイン主任ですね。すでにお助けしております」
「すでに?」
「はい。あの方は優秀だと伺っておりました。そして局長を尊敬し心酔なさっておいでの様でしたので、一緒にどうかとお誘いした所二つ返事でご了承頂けました。すでに私の手の者がお助けし外で局長をお待ちになっておいでです」
「そうですか、ならば結構。私より先に、という所が少し引っ掛かりますが……」
「まぁまぁ、細かい所は良いではありませんか。では参りましょう、衛兵達が目を覚まさないとも限りませんので」
「目を? これ、死んでるんじゃないんですか?」
「そんな訳ないじゃないですか、私は商人ですよ? 殺しはしない、これは商人としての私の
「深夜に城に忍び込んで盗みを働くのは違うとでも? しかし眠らせるというのは
「彼らは寝ている訳でもありませんよ。意識はあります、私達の会話も聞こえているはずです。少々面白い薬を入手致しましてね、これなんですが……
「……笑い事ではありませんよ、そういう事は先に言っておいて欲しいですねぇ。余計な事までペラペラと話す所でしたよ。しかし……面白い薬ですねぇ、それ」
「おや局長、興味がおありでしたらご用立て致しましょうか?」
「それは有難い。しかし私は今無一文です、出世払いで良いですか?」
「
「あぁ、ちょっと待って下さい。衛兵君、聞こえてますか? 陛下への伝言をお願いしたい。良いですか? え~、陛下におかれましてはご機嫌
□□□
「衛兵達は皆薬を嗅がされ身動きを封じられた。意識はあるが身体は動かないという状況で二人の会話のみ聞こえていた。
「協力者がいたのか……」
ポツリと呟くジェスタに対し「そうだ」と答えるマベット。そして怒りに歪んだ顔を更にしかめて「ふざけた話だ。取り調べをお喋りなどと……!」と吐き捨てた。
「ふざけたついでに言うとだな、会計部から開発局絡みの取引伝票を全て押収し精査したのだ。話の内容からすると、ミーンはどうやらその商人から薬の材料を調達していたと推測出来る。よもや全て奴が自費で購入していた訳ではあるまい。その商人というのが何者なのか、ヒントくらいは見つかるかも知れんと思ってな。そうした所、雑費名目の不審な取引伝票が何枚も見つかった。取引先は全て同じ、宛名は……」
マベットは一呼吸置くとギリッと奥歯を噛む。
「宛名はダグベ商会、レクリア城支部……!」
(うぉ……)
俺は心の中で唸ってしまった。そしてマベットの過剰とも思える怒りっぷりに納得した。それだけコケにされたら、そりゃあ怒るわなぁ……と。
「それはさすがに……」と呟いたジェスタ。しかしその先の言葉は出てこなかった。何と声を掛けたら良いか分からなかったのだろう。気持ちは分かる。
「ダグベ商会などと……馬鹿にするにしても程があるというものだ! 何だレクリア城支部とは!」
声を荒らげるマベット。対照的にジェスタは静かに、冷静に問い掛ける。
「つまり、ミーンはその伝票を切って材料費を回収していたのではないかと?」
それは
「私はすぐに会計部と監査部の責任者を呼んで事情を聞いた。逆らえなかったと、二人ともそう申しておったわ。ミーンは会計部と監査部の責任者を抱き込んでおったのだ。
コンコン、コンコンとソファーの肘掛けを拳で叩きながら、マベットは
「あの、ゴート将軍の方は……どうだったんですか?」
俺はデルカルに尋ねた。マベットが冷静さを取り戻すにはもう少し掛かりそうだったからだ。デルカルは「目ぼしいものは何も……」と答えたが「ただ、一つだけ……」と言葉を続けた。
「将軍の机の中からとあるメモが見つかった。その紙には副作用の症状を発症した特務隊の隊員の名と、その症状の内容や起きてしまった事件の詳細などが記されていた。私はそれを将軍が罪の意識故に記したものだと、そう受け取った。どうでも良いと思っていたらそんなものは残さないだろう。軽口を叩く皮肉屋ではあったが、ゴート将軍という人は本来自分の身を削ってでも国の為に尽くしたいと、そう考える実直な人だ。きっと後悔していたのだろう、自身の愚かな決断を……」
「ゴート周辺からは何も見つからなかったのでな……」
デルカルが話し終わるとマベットは再び口を開いた。その顔は怒りに満ち満ちていた先程の表情とは打って変わって穏やかなものになっていた。
「我らに残されたのは完成品と思われるレゾナブル百本のみとなった。これを解析しこの薬の秘密を解き明かさなければならん。私はすぐに研究員達にその
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