第135話 欺け

 俺は愕然がくぜんとした。ない、腕がない! 左腕の肘から下がない!


「何だ……!? 何で……っぐぅぅぅ………!!」


 ドクンドクンと脈打つように走る激痛。き出しの肉や骨はヒリヒリと火傷でもしたかのように痛む。まるで触れている空気に反応して焼け付いているようだ。そして切れた断面からはボタボタと血が流れ続けている。


(……止血……止血だ!!)


 早く、早く血を止めないと! 治癒魔法、止血……どうだった? 思い出せ!


 俺は流れ続けている血を止めるべく治癒魔法で止血を試みる。適性がないにも関わらず、エス・エリテでエクシアに教わった治癒魔法。結局止血などの初歩の技しか覚えられなかったが、無理を言って教わって良かった。いずれ来るであろうこういう時の為に覚えておきたかったのだ。


(魔力を……魔力を患部に……右手も当てて、そっちからも……)


 良く見ると左腕だけではなく左肩も大きく裂けている。俺は当時教えてもらった事を必死で思い出しながら止血と、同時に痛みの緩和措置も施す。





 斬った。間違いなく斬った。斬り捨てた。なのに何故なぜあの魔導師は生きている? 浅かった? 浅かったのか? 確かに左腕で防がれたようだが、だからと言って……


 納得がいかず、理解も出来ないアイロウ。どうして奪えなかったのか、あの魔導師の命……

 ふと、アイロウは剣を見た。もしや剣に何かあるのでは? 案の定だった。


(バカな!? 何で……)


 剣の刃は欠けてガタガタになっていた。


(……あの剣士か……!!)


 アイロウの剣はルピスの強烈な攻撃を何度も防いだ事により、その刃は欠けて、刃こぼれし、ガタガタになっていたのだ。


(クソッ! あの剣士ぃぃぃ!)


 やはり追いかけて殺しておくべきだった。猛烈な怒りと後悔が襲う。


 魔導師はどうやら傷の処置をしているようだ。


(治癒魔法まで使えるとは……)


 なんとしぶとい奴か。呆れるようにそう思ったアイロウだったがすぐに冷静になった。


(……まだ何とかなる。いずれボロを出す……)



 ◇◇◇



「デーム……デームゥ!」


 ブロスは仰向けに倒れながらデームの名を呼ぶ。が、返答がない。


(チッ……くたばっちまったか……?)


「デェェムゥゥゥ!!」


 もう一度、今度はさっきよりも大声でデームを呼んだ。



「……はい」



 すると少し離れた所から小さく返事が聞こえた。デームだ。


 デームはスールーとの戦闘後、ブロスのもとへ向かおうとした。何故なぜならブロスが戦っていた辺りに人影が見えなかったからだ。よもやブロスが負けるとは思えない。しかし、何があるか分からない。デームはブロスの生死を確認する為ここまで来て、魔力切れを起こし倒れてしまったのだ。魔力切れを起こすと頭痛や目眩などの症状が出る。それがあまりに酷く、気を失ったのだ。


「おい、びっくりさせんな……死んじまったかと思ったぜ」


「飛んでましたよ……意識が。しかしもう少し静かに起こしてくれても……」


「何言ってやがる……っぐぅぅ……」


 ぐぐぐ、と力を入れブロスは上体を起こす。


「さっさとアイツん所行かねぇと……どうなってっか分かんねぇ……ぐぁっ!」


 立ち上がろうとするブロス。しかし立ち上がれず膝を付いた。ラムテージの魔弾を食らった右の脇腹がズキンと痛んだ。


「ブロス待って!」


 駆け寄ってきたのはライエ。すかさずブロスに治癒魔法を掛ける。


「っ済まねぇ……てか無事だったか。悪いな、全然見てやれなかった……」


「ううん、大丈夫。こっちはこっちでどうにか出来たよ。ユーノルにも助けてもらった」


 後方に下がっていたライエとユーノル達は、ブロスとデームが討ち漏らした六番隊の隊員達と交戦していた。


「そうか、ユーノルか。あいつ戦闘前は当てにすんなとか言ってたが……大した活躍じゃねぇか」


「茶化すな、ブロス」


 ユーノルと諜報部員がブロスのもとにやって来た。


「必死だったんだぞ。大体こういうのが苦手だから諜報部に入ったってのに……」


「ハッ、茶化してねぇよ。本気で言ってんだ。そういや、俺も助けられたな……ありがとうよ」


 礼を言うブロスに驚いたユーノル。


「お前……そういう事言えるんだな……」


「はぁ!? てめぇ俺の事どんな風に見てたんだよ?」


「荒くれ王子?」


「あぁ? なんだそりゃ!? てめぇなめてんの……っぐぅぅ!」


 怒鳴りながら痛がるブロス。ユーノルは無視してデームに駆け寄る。


「デーム、怪我は?」


「いえ、魔力切れで……あ、王子のような深手ではないので……」


「おい! デームゥ……っうぐぅぅ!」


「ブロス、黙れ! 全く、痛いんなら静かにしてなよ」


 ライエに怒られるブロス。精一杯反発する。


「はぁ!? 痛くねぇし!!」


「子供か……」


 呆れるライエ。


「それよか早くしてくれ、クソ魔がどうなったのか……早くしてくれ!!」



 ◇◇◇



 アイロウは待っていた。


 決して前のめりにならず、守りに専念した。どんなに挑発的な攻撃を受けても、ひたすらに受け流した。付き合う必要はない、その時が来るまで待てばいいのだ。


 そして、その時は突然訪れた。



 (……何だ? 視界が……かすむ……)



 俺は右手で目をこする。焦点が合ったり、ぼやけたり……一体何だ?


 するとカクン、と足の力が抜けその場に前のめりに転んだ。おかしい、身体の自由が効かない……


「ようやく来たか、限界が」


 何を……言ってる?


「気付いてなかったようだな、止血が甘いんだよ。さっきから凄い量の血が流れていたんだが?」



 !!



 左腕からか!!


 見るとついさっき失くなったばかりの左腕から、ボタボタと真っ赤な血がしたたっていた。全く気付かなかった……クソッ! 俺はバカか!! こんな大事な場面で……俺には治癒魔法の適正がない。止血や痛みの緩和くらいは覚えられたのだが、やはり適正がないと上手く扱う事が出来ないという事か?


 俺はすぐに止血し直す。だが……少しばかり遅かった。


 相変わらず視界は定まらず、力も上手く入らない。身体が震え出した。寒い、寒い、血が足りないのだ……


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 それでも何とかその場から離れようと、俺は地面を這いつくばりながら前に進む。


「はぁ、はぁ、はぁ……ぐぅっ……!」


 腕にも足にも上手く力が入らない。途中何度も顔を地面にこすり付け、気が付けば目の前には大きな木があった。俺はその木に掴まり立とうとする。が、力が入らず結局その場に座り込んだ。


「ぐぅぅ……」


 ぶるぶると震える身体、何とか体勢を入れ替え、木の幹を背にする。


「はぁ、はぁ……」


 ぼやける視界はどうにかアイロウをとらえようとする。アイロウはゆっくりとこちらに向かって歩いているようだ。


「正直……ここまで手こずるとは思わなかった。久しく、記憶にない……だが、まぁいい。俺の勝ちだ」


 うっすらと笑みを浮かべるアイロウ。こいつにはもう何もない、そう判断したのだろう。悔しいが……その通りだ。目もろくに見えず、身体の自由も効かない。ジョーカー最強、その言葉に偽りはなかった。強い……強い!


「クソ、クソ……!」


 どんなに悔しがっても、どんなにアイロウを睨んでも、もはや何も出来ない、させてもらえない。







 ここで……終わる……







 そう思わせろ!




 目の光を消せ!


 油断を誘え!


 狙いを悟らせるな!


 打つ手がないと思わせろ!




 あざむけ……!




 西からアルマドに戻ってこの南に来るまで、俺は毎日アルマドから程近い荒野に出掛けた。無論修行の為だ。高威力過ぎて周りに与える被害が甚大じんだいなとある魔法をピンポイント使う為、そしてその精度を上げる為にずっと練習してきた。それをまだ試していないのだ。



 古代魔法、禁術山崩し。



「はぁ、はぁ……」


 集中する。飛びそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、魔法を使う準備をする。ただし表情には気を付けろ。演じるんだ、俺はもう何も出来ない、ただ死を待つだけの……止めを刺されるのを待つだけの存在……


 ぐぐぐぐっ、と魔力を集める。魔力は目に見えない。しかし魔導師には見える、認識出来るのだ。通常自身の前方に集める魔力を後ろに回した右手に集める。俺の身体が壁となりアイロウからは見えない、死角になるはずだ。

 次は呪文の詠唱えいしょう。呟くように、ささやくように、小さく、小さく、口も極力動かさないよう、細心の注意を払って……


(ヘヤ……ザルホ、ミイコブ……)


 ここで魔弾まだんを準備する。アイロウをすっぽりと包み込む魔力シールドを形成する為だ。この魔力シールドがバリアのような役割を果たし、アイロウに向け発動させる山崩しの威力が、外へ漏れないよう抑え込んでくれる。そうする事で山をも吹き飛ばすくらいの威力がある超攻撃魔法を、ピンポイントで使用する事が出来るのだ。

 が、今は片腕だ。右手は山崩しの発動準備中、本来なら左手で魔弾を作る所なのだが、肘から下がない状態で果たして魔弾まだんを作り出すことが出来るのか? 勿論答えは、分からない。腕がない状態で魔弾を作った事などないからだ。一発勝負のこの状況、出来るかどうか分からないような博打は打てない。なので少しばかり仕掛けを施した。

 少し先に見えるあの岩。直径四、五十センチ程だろうか、這いつくばりながらこの木まで移動する途中、あの岩の辺りの草むらに魔力シールド作製用の魔弾を放出して隠しておいているのだ。


 そう、俺はこの戦闘中どこかで山崩しを使おうと、そのチャンスをうかがっていた。そして最後の最後に絶好の機会が訪れた。血を流しすぎて這いながら逃げ回る最中、ここが勝負所だと思った。俺が意識を失うのが先か、それともその前に山崩しを使う事が出来るのか。俺は腹をくくった。密かに魔弾を放出し、霧散むさんして消えてしまわないよう維持していたのだ。


 問題はアイロウが話していた魔力感知能力だ。


 自身の周りにある魔力を感知する能力、これが人よりも優れている。アイロウはそう言っていた。仮にアイロウがシールド作製用の魔弾に気付いたらどうするか。この魔弾を防ぐ為にシールドを張るだろう。ならば問題ない。アイロウの展開したシールドごと包んでしまえば良いだけの話だ。

 しかし、シールドではなく魔弾を放って弾き返そうとしたら? 問題はこの場合だ。魔弾を弾かれてしまったらシールドを展開出来ない。その場合は山崩しも使えないのだ。バリアの役割を果たすシールドがない状態でこの魔法を使おうものなら、この辺り一帯が吹き飛んでしまうだろう。

 ゆえに魔弾を隠した。少しでも不意を突きたいからだ。余裕がない状態ならば魔弾で弾き返そうとは考えない。シールドを張ろうとするだろう。


 かくしてお膳立ては整った。俺が死ぬか、アイロウが死ぬか、そのどちらか。後はただ静かに、その時を待つのみ。

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