第136話 山崩し
「うう……」
パウトはボロボロの身体を起こす。視界に映ったのは倒れている仲間達。生きているのか、死んでいるのか。かくいうパウト自身もどうやら気を失っていたようだ。この惨劇を引き起こした剣士達の姿は見えない。すでに撤退したのか? パウトは側に横たわっている仲間に声を掛ける。
「あ……あう……」
が、喋れない。どうやら気絶する前、剣士の攻撃が首にヒットした時に声帯をやられたらしい。
辺りを見回すパウト。左、少し先にアイロウの姿が見える。そしてそのアイロウの先、木にもたれ掛かって座っている男。あの魔導師だ。
(マスター、勝ったのか……)
アイロウが魔導師を追い詰めている。そう判断したパウトはその場に立ち上がる。
「う、うう……」
そして痛みに顔を歪めながらアイロウの
(なん……だ……? あの魔導師……いや、背中の木か……?)
木にもたれて座っている魔導師の背中が、ぼやけて見えるような歪んで見えるような、そんな感じがしたのだ。あれは一体何なのか? しかしその答えはすぐに分かった。同時にあの状況を勘違いして見ている自分にも気付いた。
(違う! あの魔導師、狙ってるんだ……マスターが危ない!)
あれは魔力だ、魔力を溜めてるんだ。恐らくあの魔導師は追い詰められた振りをして、起死回生の一撃を放とうとしているんだ。
「あ……あうう……」
(クソッ! 声が……)
アイロウに注意を呼び掛けようと思ったが、やはり声が出ない。
「うう……うう……」
パウトは足を引きずりながら、アイロウを助けようと必死で前進する。
◇◇◇
(あと少し……あと……数歩……)
アイロウは左足を引きずるように一歩一歩近付いてくる。アイロウは左足に
(来い……は……早く……)
間もなく呪文の
(あと、二歩……)
アイロウの様子はどうだ?
(あ……あと、一歩……)
大丈夫だ、痛みに顔を歪めてはいるが余裕のある表情、完全に勝ったと思い込んでいる。もう少し……
(……ここだ!!)
アイロウが一歩足を踏み出した瞬間、俺は隠してあった魔弾を操作しアイロウにぶつけるように移動させる。
「な……!」
さすがにアイロウは気付いたようだ。が、すでに遅い。アイロウが対応するより早く、魔弾を広げてアイロウの身体をすっぽりと包み込む。そしてそれと同じタイミングで、呪文の
しかし、俺も
◇◇◇
(早く、早く……!)
気ばかり焦り身体が追い付かない。だが早くしないと手遅れになる。パウトは必死にアイロウに向け進んでいた。
「あ……あう、あうう……!」
声が出ない、アイロウは気付かない。クソッ!
(急げ! 急げぇぇ!)
パウトは最後の力を振り絞る。足を引きずり、バタバタともがきながら、ついにアイロウに追い付いた。だが、そんなアイロウに異変が起こる。
(あ……まずい!)
目の前のアイロウをすっぽりと包み込むようにシールドが形成された。何だ? 何が起こる? 分からない。分からないがしかし、これは間違いなくあの魔導師が仕掛けたもの、攻撃だ!
「あず……だぁ~~~!!」
パウトは叫びながら飛び込んだ。喉が焼け付くように痛い。無理に声を出したからだ。だがそれが何だ? この
ドン
アイロウは突き飛ばされた。何事が起こったのか? すぐに理解が出来なかった。突き飛ばされ倒れるまでの間、アイロウにははっきりと見えていた。自身を突き飛ばしたのはパウト。右手を突き出し、突き飛ばしたのはパウトだ。必死の
(なん……で……?)
俺は
全く気付かなかった、あの男の存在に。こんなに近くまで接近していながら、全く気付かなかった!
(く……そ……)
もう、呪文の詠唱が終わる。
(デサリ……マク……)
ボン……!
「パウト……?」
突然現れたパウト。自身を突き飛ばした直後、低く鈍い爆発音と共にその姿が消えた。
アイロウは呆然とした。視界が真っ赤に染まった。いや、正確に言おう。目の前には赤く染まった大きな球体が見える。ボトッ、と地面に何かが落ちた。
腕だ。
球体の外に飛び出していたパウトの右腕だ。自身を突き飛ばした時に、腕は球体の外にあったのだろう。直後、シュ……と赤く染まった球体が消えて、ビタビタビタ……と地面に真っ赤な液体が落ちる。
その瞬間、アイロウは理解した。この真っ赤な液体はパウトだ。粉々どころか、肉も、骨も、内臓も、まるで身体の全てをすり潰されたかのような、真っ赤な液体となったパウトだと。
「お前……何をした……? 何をしたぁぁぁぁ!?」
叫ぶアイロウ。鬼の形相で俺を睨む。
(そんな顔で……見るな……あんたの……勝ち……だ)
不思議と落ち着いていた。全て出しきった結果だ、やり残しはない。その上で届かなかったのだ。受け入れる他ない。それにもう、身体が動かない。
「マスター!」
突如アイロウを呼ぶ声。馬を引いて現れたのはアイロウの部下、ベルナディだ。
「マスター!
「
「ダメだ! 皆死んだ、スールーもラムテージも、皆死んだ! パウトは分からないが……」
「……パウトはそこだ」
そう言って真っ赤な血溜まりを指差すアイロウ。ベルナディは絶句した。
「これが……」
「そうだ。こいつがやった……こいつがぁ!!」
そう叫びながら俺に詰め寄ろうとするアイロウ。しかしベルナディはそんなアイロウを押さえ付けるように制す。
「ダメだ! そんな時間はない! すぐに離脱だ! この状況でバルファが、テグザが動いたら……全滅だ! あんたも……死んじまう!」
ベルナディはアイロウを引っ張り馬に乗せようとする。しかしアイロウはベルナディの腕を振りほどこうとする。
「放せベルナディ! こいつは……こいつだけは!!」
「ダメだ!!」
そんなアイロウを一喝するベルナディ。スールーの意志を無駄には出来ない。
「あんたはマスターだろ! 状況を見ろ!!」
沈黙するアイロウ。そして俺を睨みながら静かに話す。
「仕留め損ねたのは久々だ。お前にとっては運が良いのか悪いのか……」
「マスター早く!」
アイロウを馬に乗せるベルナディ。そして自身もアイロウの後ろに
「いずれにせよ次はない、次に会ったら……殺す」
「マスター!」
「撤退する!」
アイロウとベルナディ、二人を乗せて馬は走り出した。そして丘の向こうへ姿を消した。
全て出しきり、もう何もない、何も出来ない。もはや死ぬだけだと思っていたが、思いがけず生き残った。人間とは現金なものだ、生き残ってしまったら途端に悔しさが込み上げてきた。あと少しだった。ほんの少し足りなかった。
(くそ……くそ……)
こんなに苦戦するとは思わなかった。
(くそ……アイ……ロウ……)
俺の意識はそこで途切れた。
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