3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

第137話 幻影

(死ななかったのか?)


(そうだぜ、死んでねぇ。生きてやがる)


(なんと口惜くちおしい、悪運の強い奴だ)


(全くだ。いよいよか、と期待したのによ……)


 暗闇の中、もや・・が立ち込めている。


 矛盾している。暗闇なのに何故なぜもや・・が判別出来るのか?


 分からない。


 分からないがしかし、これはもう、そうだ、としか言いようがない。他に説明のしようがない。間違いなく暗闇。そして間違いなく白い煙のような霧のような、モヤモヤっとしたものが立ち込めている。そう見えているのだから、そうなのだ。


 そのもや・・の奥から話し声が聞こえる。聞いた事があるような、ないような……そんな声が。


(では、どの様な死を望む?)


(無論、凄惨せいさんで、むごたらしく、一切の慈悲がない、絶望的な死だ)


(そうだ、決して即死などさせるな! 激痛にもだえ、苦しみ、長い時間を掛けていたぶり殺せ!)


(こいつが死ぬのは勿論だが、俺はこいつの大事な物を潰してぇ。こいつの目の前でその大事な物を、ギッタギタのボロボロにしてやんだよ。それを見るこいつの顔……クゥ~~~、たまんねぇ! 考えただけでイッちまいそうだぜぇ!)


(気持ちは分かるが、俺達には殺せない。ただそれを、強く強く願うのみだ)


(分かってんよ、そんな事は! 想像するしかねぇって事くらい……)



 何なんだ、こいつらは? 随分と物騒な話をしている……いや、その前に……ここはどこだ?



(おい……こいつ目を覚ましそうだぜ?)


(ふん、永遠に眠っておればいいものを……その方が世の為ではないか?)


(そう言うな。せっかく話が出来そうなんだ、文句の一つや二つ言ってやろう)



 何だお前ら、何者だ? どこにいる? 出てこいよ。



(出てこい? 何言ってやがる、俺達はとっくに出てやってるぜ?)



 何……?



(その通り、我々はすでに姿を見せている。貴様が見ようとしないだけだ)



 どういう事だ?



(おいおい、ふざけた野郎だな。てめぇが見たくねぇから隠してんだろ、この白いもやもや・・・・でよ!)



 俺が……隠してる? 見たくないから? 何を言って……



(我々が何者か知りたければ、目を背けず向かい合え。もっとも、その度胸があるのならな)



 何を偉そうに……だったら見てやるよ! ほら、出てこい!



 すると白いもや・・はすぅ~、と晴れてゆく。そしてそのもや・・の中から、何人もの人影が現れた。段々とはっきりと、くっきりとしてゆく人影。鎧を着込んでいる者、ローブを羽織はおっている者、軍人のような者、堅気かたぎには見えない者。しかし共通して言える事は、彼らの身に付けている鎧やローブなどの衣服は、裂けていたり、欠けていたり、穴が空いていたり、焦げていたりと皆一様にボロボロだ。


 そしてもう一つの共通点。皆、顔がない。


 誰も彼もその顔は、まるでクレヨンでぐりぐりと塗り潰したかのように黒いのだ。ゆえにもやから現れた彼らが何者なのかなど分かるはずがない。



 な……何だ、一体……



(何だ、とは随分な言いよう。よもや我らが分からぬとでも?)


(そのよもや、なんだよ。こいつは俺達の事なんざ欠片かけらも覚えちゃいねぇよ。じゃなきゃあんな場所に押し込めてねぇだろ。ご丁寧にもやもや・・・・まで出しやがってよ)


(うむ、しかし完全に忘れた訳ではない。現に我らはここに存在する)


(ああ、そうだ。だがそこがまた腹の立つ所なんだがな。中途半端というか何と言うか……)



 何なんだ!? お前らは……



(ほらな、まるで分かっちゃいねぇ)


(……腹立たしいが致し方ない、我らが何者か教えてやろう)


(しゃあねぇ……俺はてめぇとトランで会った。トラン奇岩群だ、覚えてんだろ? フルプレートの鎧にデカいハルバード持って、てめぇを真っ二つにしてやろうと思ったんだが、バーン! ……と、雷一発であの世行きだ。全く笑えねぇ)


 男がそう話すと、着込んでいるゴツい鎧は見る見る黒焦げになり、煙を立ち上らせ始める。


(私はエリノスで貴様にられた。部隊をまとめて城門に総攻撃を仕掛けようとした矢先、広域攻撃魔法で吹き飛ばされた、部隊ごとな。私だけではない、あの日あの場にいた部下達も、全員ここにいる)


 男がそう話すと、男とその後ろにいる男達の腕や足、頭などが次々と千切れ、血が吹き出し始める。


(俺は他の連中よりも悲惨だぜ? なんせお前にられたっていう認識すらない内に吹き飛ばされたんだ。アウスレイの支部ごとな)


 男がそう話すと、男の身体はボン! と音を立てて爆発、右肩から腹部に掛けて大きく弾け飛んだ。


(後ろを見な、お前が殺したオーク共も勢揃いしてるぜ)



 馬鹿な……お前らは俺が殺した連中だって言うのか!? 化けて出たと……?



(違う。我々はすでに存在していない、肉体も、魂も。ゆえに我らは亡霊ではない)



 じゃあ、何なんだ?



(我々は貴様の記憶の奥底に眠っていた存在。貴様の記憶が作り出した幻影)



 俺の……記憶?



(そうだ。貴様が我々を作ったのだ。我々の言葉は、貴様の心の内を代弁したものに過ぎない。つまり我々は、貴様自身という事だ)


(そういうこった。その証拠にてめぇには俺の顔が見えてねぇ。当然だ、てめぇは俺の顔を知らねぇからだ。フルプレートの鎧、ヘルメットまでがっちり被ってたからなぁ、俺の顔を知っているはずがねぇ。エリノスの高い城壁からは、ハイガルド兵の顔なんて見えやしねぇし、アウスレイの連中もそうだろ? 何人死んだか知らねぇが、ほとんどが支部の中にいたんだ。だから顔なんて分かるはずがねぇ。最近加わった新入りは、そうでもなさそうだけどな)


 そう話す男の横にはいつの間にかもう一人男が立っていた。ブレスレットやリングなど、ジャラジャラとアクセサリーを沢山身に付けている男。


(会話する事もなく、一合も打ち合わず、出会い頭に顔面掴まれて叩き付けられた。もうちょっと何かあると思うけどな……)



 お前は……アルガン……



(見ろよ、穴空いちまったぜ)


 アルガンがそう話すと、胴の真ん中から血が溢れダラダラと滴り落ちる。


(てめぇはそいつの顔を見てる、記憶してる、だから今こうやって顔が分かんだよ。しかしあれだな、どいつもこいつも魔法でボン、か……ずりぃよなぁ)


しかり。魔法とは不条理な力だ。その手を血で汚さずとも命を奪えるのだからな。武器を使わぬ分、殺すという行為の現実感や後ろめたさといったものが薄れるのかも知れん。銃と同じ様にな)



 何で、銃を知っている?



(おいおい、覚えが悪いな。俺達はお前が作った幻影だと言っただろ? お前の中から生まれたんだ、お前の持っている知識は当然俺達も持っている。銃もミサイルも、核兵器だろうとな)



 お前達は俺の記憶……



(そうだ。俺達はてめぇの記憶の奥底に押し込まれていた。てめぇにとっては思い出したくねぇ、都合の悪い記憶って訳だ。死の淵に立った事で固く閉じていた蓋が開いて、俺達が溢れて出て来たんだろう。まぁ理解は出来るぜ。てめぇが産まれて育った世界は殺しがタブーだからな。それが急にこんな闘技場コロシアムみてぇな、殺し合い上等ってな世界に放り込まれたんだ、人を殺してるっつう事実を意識しねぇように、思い出さねぇようにしねぇとよ、気が狂っちまう)


(だがお前の世界にはいい言葉がある。ごうればごうに従え。いい言葉じゃないか、実に都合のいい・・言葉だ。どの世界の人間だろうが、この世界に来たからにはこの世界のルールのもとで生きる。生きる為、守る為に殺さなければならないのなら、殺すしかない。誰にとがめられる訳でもない、その選択と判断が許されている世界だからな)



 けど、それじゃあ……



(四の五の言うな。前はどうだか知らないが、今の貴様はこの世界で生きている一人の人間、この世界を回す歯車の一つだ。決して傍観者ぼうかんしゃや客人のたぐいではない。我関われかんせず、は通用しないと心得よ)



「……ウ! ……コ……」



(我らは貴様が犯した罪。同時に貴様が生きた証。我らは貴様の死を望む。同時に貴様が生き延びる事を願う。貴様が如何いかに生き、何をし、如何いかに死ぬか。我らはずっと見ている。これから際限なく増えるであろう仲間達・・・と共にな)



「コ……ウ……コ……!」



(そろそろ目覚めだ。努々ゆめゆめ忘れるなかれ……)



 ◇◇◇



「コウ! コウ!!」


 少しずつ視界が開ける。うっすらと、そしてぼんやりと見えてきたのは……


「ライ……エ……?」


「う……ううう……ゴウゥゥゥゥ~!! よかった……よかった! コウ! コウ!」


 視界がはっきりとしない。ぼんやりと見えているライエはどうやら泣いているようだ。


「ここ……は……?」


「セグメト! セグメトだよ! 諜報部の隠れ家……ホントによかった……ずっと眠ったままで、急にウンウンうなされ始めて……よかった……よかったよぉぉぉ~!」


「セグメト……生きてる……のか」


 記憶も曖昧あいまいだ。だがどうやら死なずに済んだ、という事らしい。


「ねぇ! 腕! 左腕……動く?」


「……腕」


 そうだ。腕がないんだ。切り落とされた……ん? 動く? って……?


「あ……」


 腕がある。どういう事だ? 確かに切り落とされたと……


「ねぇ……動く?」


 左腕を動かす。動かそうとする。が、動かない。いや、少しだけ……動いた。指も……動く。


「よかった……ちゃんとくっついて……」


 くっついた……うう……ダメだ。頭が働かない……眠い……でも、その前に……


「み……水……」


 のどがカラカラだ。


「水!? 水ね! ちょっと待ってて!」


 ライエは部屋の壁際のテーブルへ向かう。テーブルの上には水差し。しかし肝心な物がない。


(え? あれ……あれがない!)


 ライエの言うあれとは吸い飲みの事。寝たまま水が飲める口の長い小さい急須きゅうすのような道具だ。


(え……何で? どこに……)


「水……水を……」


 そんな事情など知らない俺は、とにかく水が飲みたくて仕方がない。


「う……うぅ~……待ってて!」


 ライエは水差しを手にベッドの側へ戻る。


(これは……これは看病! それ以外何でもない! 決してやましいあれとか、嬉しいあれとか、ドキドキのあれとか……そんなんじゃない! 看病……看病だから!)


 ライエは水差しに口を付けてグイッ、と水を口に含む。そして顔を近付ける。


(近い! 近い近い近い! ……いやいや、看病だか……ら……)




(っう~~~~~!!)




「ほらよ、これ使え、痴女」


 スコーン! とブロスは吸い飲みでライエの頭を後ろから小突こづく。



(!?)



 ブブゥーーーー!!



 豪快に水を吹き出すライエ。


「ちょ……ブロス! 何すんの!?」


「あ~あ、お前……弱ってるヤツの顔に水吹き掛けるって……鬼畜か?」


「へ……?」


「冷……た……」


「ああーーーーー!! ゴメン! コウ! ちょっとブロス!! あんたねぇ……!」


「お前がしまったんだろ、引き出しによ。テーブルの上に置いとけばほこり被るからとか言ってよ」


「あ……そう……だったっけ……?」


「それにお前……そういうのは他に誰もいない時にやるもんだろ。見ろよ、ちょっと引いてるぜ、ベクセール……」


「へ……?」


 ブロスの後ろにはライエの弟、ベクセールの姿が。眉間にシワを寄せながら姉の痴態(?)の一部始終を見ていたのだ。


「姉ちゃん……さすがにそれはどうかと……」


「ち……違うよベクセール! これはあれだよ……看病! そう、看病だから! 決してやましいあれとか、嬉しいあれとか、ドキドキのあれとか……そうゆうんじゃないから! そうゆうんじゃないからぁぁぁ~!!」

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