第138話 結末

「クソ魔ぁ、起きてっか?」


 夜、ドアの外からはブロスの声。


「いいよ」と返事をする。すると「入るぜ」とドアを開け部屋に入ってくるブロス。俺が横になっているベッドの側へ座る。


「どうした?」


「ああ。デームとユーノルが明日出発する。一足先にアルマドへ戻る、って話になってな。マスターゼルがいつ北から戻ってくるか分からねぇ。マスターが始まりの家に戻ったらすぐに状況を説明出来るように、な」


「そっか……俺がこんなだから足止め食らってるんだもんな。本当だったらとっくにアルマドに……」


「あぁ?」と眉間にシワを寄せるブロス。


「何だお前、そんな事気にしてたのかよ?」


「そりゃあ……気にするでしょ? もう二週間も経ってるんだし……」


「全くてめぇは……」と言いながら頭をガシガシとくブロス。そして身を乗り出すようにして声を張り上げる。


「いいか、てめぇは凄ぇ事やってのけたんだぜ! あのアイロウを退しりぞけて、死にかけたとは言え今こうやって生き残ってんだ。てめぇがあの化け物を抑えられてなかったら、俺達は今ここにはいねぇ。全員で仲良く手ぇ繋いで、合唱でもしながら天に昇ってただろうよ、神さんの御許みもとまで行ったっきりの楽しいハイキングだ。そのくらい凄ぇ事やったんだ、俺のおかげでお前らが生きてんだぞ、くらいに思って胸張っとけ」


「……そんなもんかね?」


「そんなもんだよ!」


(そうなのか。傭兵のノリはよく分からん……)


「しっかし……」と言ってじっ、と俺の顔を見るブロス。


「ん? 何?」


「いや、よく死ななかったなと思ってよ」


 俺がこの諜報部の隠れ家に担ぎ込まれてから二週間が経っていた。最初に目覚めたのはここに来てから三日後。ライエに水を吹き掛けられたあと、再び眠ってしまったそうだ。

 次はその二日後。腹が減ったと訴えたそうで、スープを少し口にした。そしてライエ特製の造血作用が高いという薬を飲んで、気を失うように眠りに落ちたらしい。その直後、ライエが薬で俺に止めを刺した、とからかったブロスに対し、ライエの右アッパーが炸裂したとか。まぁあながち間違いではないのかも知れない。あの薬、とてつもなく苦いのだ。

 それはさておき何故なぜ、らしい、なんて曖昧あいまいな言い方をしているのかと言うと、この辺りの記憶がすっぽりと抜け落ちているからだ。意識はぼんやり、身体はだるく、とにかく眠かったのは覚えている。傷や切り落とされた腕はライエのおかげで綺麗に治っており痛むことはない。しかしライエいわく、治癒魔法で血までは作れない、だそうだ。俺はアイロウとの戦いで血を流しすぎていた。輸血という考え方と技術がないこの世界、いくら治癒魔法が凄くても失血死は充分ありる。そう考えると俺は随分と運が良かったのかも知れない。しかし、おかげであの苦い薬をずっと飲み続ける羽目はめになったのだが。

 その後もずっと寝て少し起きるを繰り返し、こうやってまともに会話出来るようになったのは二日前。そこで初めて聞いたのだ、あの夜俺が意識を失ったあと、何があったのかを。



 ◇◇◇



「いた……いたぞぉぉ! おい! クソ魔ぁ!!」


 ブロスは叫びながら駆け寄る。そしてその傷のひどさに絶句した。


「こいつぁ……」


「ブロス、どいて!」


 ライエはブロスを押し退け膝を付く。そして止血をしながら右手をとり脈をはかる。


「生きてる……生きてる!!」


「そうか! よし……」


「でも弱い……このままじゃまずい……腕を、腕を探して!!」


 そう叫ぶとライエはすぐに治療を始める。ブロス達は切り落とされたのであろう左腕を探し始めた。


(まずは左肩の裂傷れっしょう……)


 ライエが治癒魔法をかけると、ぱっくりと裂けていた左肩の大きな傷は見る見るふさがってゆく。そして傷痕も残らず綺麗に治った。


(よし、あとは……)


「ありました! コウさんのローブと同じそで……コウさんの左腕です!」


 デームが叫びながらライエのもとに駆け寄る。「ちょうだい!」と腕を受け取るライエ。


「よし! 水かけて切断面キレイにして!」


 ライエの指示を受けデームは水筒の水をジャバジャバとかけて、砂利や砂などを洗い流す。


「じゃあくっつけるよ! 手伝って! ずれないように、ピッタリと切断面を合わせて……」


 ピタッ、と傷口にあてがわれた左腕。「そのまま、動かさないで……」と話しながらライエは治癒魔法をかける。


(骨は放っといてもくっつくから、まずは血管と神経……)


 治癒魔法をかけ続けるライエ。その表情は険しいままだ。黙って見ていたブロスはこらえきれずライエに問い掛ける。


「おいライエ、大丈夫なんだろ? な? 大丈夫だよな!?」


「うん、分かんない……出血が多すぎるから……」


「くそ……」と呟くブロス。ふと視界に入ったユーノルに近付き声を掛ける。


「おいユーノル、街道沿いに小さい集落があったよな。荷馬車かなんか調達してこようぜ、こいつこの様子じゃ馬は厳しそうだからよ」


「そうだな……分かった、行こう」


 ユーノルと二人、走り出すブロス。しかし急に立ち止まり振り返る。




「ライエェ!! 絶対そいつを死なすな! 死なすんじゃねぇ!!」




 叫ぶブロスに「死なせない!!」と叫び返すライエ。


(コウが声を上げてくれたから皆が動いてあたしは助かった。ううん、あたしだけじゃない、ベクセールも……絶対死なせない……今度はあたしが助ける番だ……!)



 ◇◇◇



「絶対そいつを死なすなー(棒)」


「んな!? てんめぇクソ魔ぁ……まだそれ言いやがるか……」


「冗談だよ」


「いいか、次また言いやがったら叩っ斬るからな!」


 凄むブロス。でも耳を真っ赤にしてる奴に凄まれても怖くない。あの夜の話をライエから聞いて、「そんなに愛されてるとは知らなかった」、「今までの悪態は照れ隠しか」、「激ツンデレ」などと散々ブロスをからかってやった。だがそろそろ控えた方が良いだろう。本当に斬られそうだ。


 そして俺が眠っている間に、ライエにとってこの上なく嬉しい出来事があった。



 ◇◇◇



「ライエさん!」


 勢い良くドアを開け、デームが部屋に飛び込んできた。


「はい! ……何?」


 驚くライエ。そんなライエに告げられたのは待ちに待った吉報だった。


「ゾーダさんが戻りました」


「え……じゃあ……」


「はい、一緒ですよ」


 ニコッと微笑みながら答えるデーム。バッ、と立ち上がるとライエは部屋を飛び出し階段を駆け下りる。そしてエントランスで待っていたのは、彼女にとってかけがえのない人物だった。


「ベクセール!!」


「姉ちゃん!」


 ライエはベクセールを強く抱き締めた。弟との、たった一人の肉親との再会を喜びつつ彼の無事な姿に心から安堵あんどした。


「ごめん、ベクセール……あんたを巻き込んで……」


「何言ってんの姉ちゃん、俺は全然……姉ちゃんこそ大変だったって、ゾーダさんが……」


 スッとライエはベクセールの隣にいたゾーダに向かう。


「ゾーダさん、ありがとうございました」


「気にするな、皆無事だった。それでいい」


 ゾーダは笑いながらライエの肩をポンポンと叩く。


「うん……ありがとう……」


 ライエは目に一杯の涙を浮かべながら精一杯笑って応えた。


「んで、ゾーダ。トルムにいたバルファの連中はどうした?」


「無論、全員斬り捨てた。すぐに動け、との指示だったのでな、最速で行動した結果だ」


 今回ゾーダは少々強引な方法をとった。武装したまま学園に乗り込み学園長に直談判じかだんぱん、事情を説明しベクセールの引き渡しを求めた。しかし学園長はそれを拒否。はいそうですか、と簡単に生徒を引き渡すはずがない。

 だがこの時同時に、ゾーダの四人の部下が学園内でベクセールを捜索、接触に成功していた。当然その動きは職員として学園に潜り込んでいる二人のバルファ団員達も気付く。ゾーダの部下がベクセールに事情を説明している最中、バルファの団員達はふところに忍ばせたナイフを手に、ベクセールの命を狙う。しかしこれはゾーダが仕掛けた罠だった。ベクセールに接触する事でバルファの団員達を釣ったのだ。

 襲い掛かるバルファの団員達を一刀の元に斬り伏せたゾーダの部下達。たちまち学内は騒然となる。すぐさまゾーダの部下達はベクセールを連れ外に出る。すると外に出た所で、学園の外で待機していた残りのバルファの団員三人が敷地内へ乱入。しかしこの三人も敢えなく地面に倒れる事となった。

 その一報を聞いた学園長は、学園内での刃傷沙汰にんじょうざたに大変驚いた。しかしゾーダ達をとがめるような事はしなかった。何故なぜなら生徒や教職員など、大勢いた目撃者達は口を揃えてこう話したからだ。「ジョーカーの番号付き達は、ベクセールを守る為に戦ったのだ」と。


 当然これはゾーダの立てた作戦である。敢えて学内で仕掛けさせそれを撃退する事で、大勢の目撃者達に自分達には非も害もない、むしろ生徒を守った学園寄りの立場である、との印象を植え付ける為だ。


「このままベクセール君を学園に残しておけば、次なる刺客が送り込まれるかも知れない。そうなれば他の生徒達に危険が及ぶ。ぜひ、ベクセール君を我々に守らせてくれ」


 ゾーダは学園長にそう進言。さすがに学園長もこれを承諾した。同時にゾーダは衛兵隊に連絡し学園の警備をげんにする事を提案。そして衛兵隊が求めるなら取り調べにも応じる、その際はアルマドまで使いを送るよう伝えて欲しい、と告げる。そしてベクセールを連れ実に悠々とトルムをあとにしたのだ。



 ◇◇◇



「あぁ、そう言やゾーダは南に残るぜ」


「何で?」


「ここを離れたらもう諜報部からの支援は受けられねぇ。だから二番隊は南に残って情報あさるってよ」





 こうしてライエの失踪から始まった一連の騒動は終幕を迎えようとしていた。しかし俺の中には何か引っ掛かるものが残った。もやもやとするような、スッキリとしないような。一体何の事なのかと言うと、この隠れ家で目覚めるまでの間に見ていた夢、顔のない死人達の事である。


「なぁブロス……相手を殺す時、何を考える?」

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